741(天平13)年に、聖武天皇の詔(命令)で、国分寺とともに全国に造営された。10人の尼が置かれていたという。伽藍は、南門、中門、金堂、講堂、尼房の順に配置され、講堂の両脇に経蔵があった。寺域は東西145m、南北270m、東側に東西52m、南北211mの張り出し部が確認されている。
遺構はきれいに整備されているが、何も残っていない。礎石らしきものが柱の位置にはめ込まれているが、おそらく模造品だろう。古代史ファンでも、ただの原っぱだと思ってしまう。
案内板は親切だ。カラーで復元図が描かれ、天平時代への想像を助けてくれる。周りには、桜の木が植えられており、花見シーズンには多くの人で賑わうという。
しもつけ風土記の丘(栃木県) 文明遊歩道・日本の遺跡
訪問日:2007年2月 交通:東北本線小金井駅徒歩30分
古代、しもつけの国と呼ばれていた栃木県。JR宇都宮線小金井駅と東武宇都宮線壬生駅の真ん中あたりに、古代遺跡が集中している。聖武天皇時代に建立された国分寺や国分尼寺、下野国府、そして古代豪族の古墳だ。
現在、風土記の丘として整備・保存が進んでいる。資料館や公園(前方後円墳を人口造成)などは完成しているが、国分寺跡などは、原っぱの状態。国分尼寺跡も礎石を並べているだけだ。期待していくとちょっとがっかりする。
見所は、古墳群の方だ。琵琶塚古墳と魔利支天塚古墳は時間がなくて訪問できなかったが、丸塚古墳や愛宕塚古墳はよく整備・保存されている。とくに、丸塚古墳は、横穴部が露出しており、古墳らしさが味わえる。
小金井駅の横には、観光案内所の「オアシスポッポ館」があり、地図や資料類が用意されている。
しもつけ風土記の丘資料館は、古代遺跡を時代ごとに展示。国分寺の七重の塔の復元された模型も飾られている。
食事は、資料館前においしい蕎麦屋さんがある。
下野国分尼寺と同様、聖武天皇の詔により建立。国家が建立した官寺で、20人の僧が置かれていたという。律令体制の崩壊とともに衰退し、古代末から中世初期には、ほとんどが廃寺になったと考えられている。寺の経営にも官と民の違いがあるとは思わなかった。
伽藍は、南門、中門、金堂、講堂、経蔵と国分尼寺と配置は同じだ。違うのは、国分寺には塔があったこと。基壇の規模から7重の塔と想定されている。伽藍地の規模は東西132m、南北205mで、寺域は東西145m、南北270m。その東側には東西52m、南北211mり張り出し部が確認されている。
現在は写真のように何もない。遺跡公園として整備が進められているが、復元建物の一つでもないとイメージは沸かないだろうなぁ。
甲塚古墳
山王塚古墳

山王塚古墳。民家と農地に囲まれ近づくことができない

甲塚古墳。前方後円墳。多数の埴輪が出土したことで話題に。
詳しい調査報告書がカラー刷りで出されている

国分寺の見取り図。復元図とともに見学には欠かせない

七重の塔の跡。復元模型がしもつけ風土記の丘資料館に展示されている。古代だけに七重
の塔の偉容に驚いただろう。今なら、東京タワーが各県に建設されたようなものだ

愛宕塚古墳
古墳時代末期(7世紀ごろ)の県内有数の大型円墳。周りが田んぼなので、形がよく分かる。
直径は38m、高さは7.2m。
開口部は切石積横穴石室と呼ばれ、壁は凝灰岩の一枚石で構成されている。
石室は昔から開放されており、盗掘などにより副葬品などは確認されていない。
東山道跡
下野風土記の丘資料館

東山道跡。古代の主要な道路の一つ東山道が復元されている

下野風土記の丘資料館。小さいが充実した内容だ

国分寺入口付近。何もないただの原っぱだ

金堂跡付近から講堂跡を望む。石の表示だけが遺跡であること
を示している

復元図はありがたい。これがないとさっぱり分からない。手前
が国分寺、右上が国分尼寺

堂付近を望む。伽藍を想像するのはかなり困難だ

下野国分尼寺の説明板。伽藍配置図が描かれている

きれいに整備されている。周りにビルがないのはうれしい

主要地方道栃木線脇に神社と古墳入口の標識

神社横から撮影。小さな祠が祀られている

後円部に比べ、前方部が大きい特徴を持つ前方後円墳。造営は古墳時代末期と推定されている。
神社の建物が古墳の一部にくい込んでいる。全体像は後円部の墳頂から見ると分かりやすい。
全長は50m、前方部の高さ3.3m、後円部の直径22m、高さ3.7m。
丸塚古墳

中には入れないよう柵が設けられている

よく整備・保存されているが、木はそのままの状態だ

丸塚古墳。横穴部が露出し、中を見ることができる

後円部。周りに木が繁っており、全体像が見難い

愛宕塚古墳の説明板。埋葬施設は明らかにされていないとの
表記があるが、壊されて分からないのか、調査していないのか、
どちらなんだろう

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下野国分寺

下野国分尼寺


丸塚古墳の説明板。墳頂は直径12mの平坦な面だ

石室内部の様子。見事な一枚石だ。石棺などはない