浄土真宗親鸞会とは
| 1.一般的なことがら | ||||||||||||
このホームページをご覧になる中に、親鸞会についてよくご存知ない方もあると思います。 そこで、親鸞会という団体についてごく簡単に説明しておきます。 『宗教総覧』などで分かるような情報は以下の通りです。
親鸞会の発足である1950年代は、いわゆる“神々のラッシュアワー”、第二次宗教ブームの時期にあたります。 しかし注意しておきたいことは、親鸞会では宗祖はあくまでも親鸞上人だとしていることです。 会員さんから「現代の善知識」と尊敬されている会長も「親鸞学徒」を自称し、「珍しき法」(自分で考えた新しい教え)は何一つ説かないとしています。 このことから親鸞会は新宗教・新新宗教と呼ばれることを好みません。 親鸞上人の教えの原点に立脚し、親鸞上人の教えを正確に、迅速に、一人でも多くの人に伝えるための団体、と自己を位置づけています。あくまでも伝統仏教の中の革新運動とする立場のわけです。 また、親鸞会の特徴として注目されるのは若者が多いことです。本願寺をはじめとする既成の仏教が若者にそっぽを向かれているのとは対照的です。 しかし若者たちが集まるのは、オウム真理教のような超能力やオカルトを求めてのことではありません。 親鸞会自身が行った参詣した若者が「どんな教えに心ひかれたのか」というアンケート結果を見ても、「諸行無常」「因果の道理」などがトップに挙げられています(『顕正新聞』第533号 平成8年4月15日)。 |
| 2.おおまかな教義 | ||||||||||
親鸞会の教義を簡単に説明すると、だいたい次のようなものだと思います。 ただし下記はあくまで管理人の受け止めなので、間違いがあるかも知れません。 掲示板等でご指摘いただけると幸いです。
このように親鸞会では「聴聞」、つまり法話を聞くことが重視されます。 特に毎週日曜日に行われる会長の法話には、全国の会員がチャーターバスやマイカーで参詣し、子どもからお年寄りまで数千人が集まります。 |
| 3.本願寺との関係 | |||||||||||||||
真宗系の団体だとすると、本願寺との関係はどうなのかと思う方もあると思うので、説明しておきます。 実は、同じように親鸞上人を宗祖としながら、本願寺と親鸞会では、その教義解釈にかなりの隔たりがあります。 そこで、かなり昔から、教義に関する見解の違いなどをめぐったビラ合戦がありました。 たとえば、1975年4月に北陸一帯に配布された親鸞会のビラには、次のようなものです。
特に西本願寺とは、全面対決に入ったことがあります。以下にその経過を簡略にまとめてみました。
近年ではこのような直接行動は見られなくなり、親鸞会は独自の団体として発展し続けています。 一方、本願寺側は「親鸞会は教義解釈がまったく別の宗教団体である」ということで、教義論争の相手はしない、という方針のようです。 とは言え、両者の対立は、今日まで続いています。 1996年、広島地裁の裁判で西本願寺の証人として出廷した広報部長中山知見氏は、次のように証言しています。
この発言についても親鸞会は「誹謗」だとして、西本願寺門主、勧学寮頭、広報部長あてに質問状を送付しましたが、回答はなかったようです。 また、同じ年には、西本願寺の広報部長中山知見氏の『高森親鸞会系ビデオの販売活動に関する対応への留意事項について』(1996年9月20日発行)と題する文書が全国の寺院に配布されました。 これを悪質なカルト教団だという印象を与えるような文書だと判断した親鸞会は、中山知見氏に文書の回収・謝罪文の配布を求める警告書を送付しましたが返答はありませんでした。 そこで親鸞会は、名誉毀損罪と業務妨害罪で中山知見氏を告訴しました。
要するに、過去から現在まで教義解釈が異なったまま、対立が続いているのが親鸞会と本願寺の関係だということです。 次へすすむ |
| 広島地裁の裁判 |
親鸞会の会員が虚偽の発言をしてアニメ『世界の光 親鸞聖人』を販売したとして訴えられた裁判です。 「西本願寺などから販売委託や推薦を受けている、と誤信させる文言があった」などとして一部有罪判決が出ましたが、広島高裁の控訴審で「各顧客は、うその説明を受けてだまされた、というものではない。被告が、顧客の判断に重要な影響を及ぼす不実を告げたとの認定はできない」と逆転無罪になりました。 本文にもどる |
| 参考:マスコミの紹介 | |||||
ジャーナリストや学者が親鸞会をどのように見ているのか、ということにも少し触れたいと思います。 ○『宗教を現代に問う』 横山真佳氏ら毎日新聞社特別報道部宗教取材班が編集した『宗教を現代に問う 1』(毎日新聞社、1976年)では、「反乱……異端か、改革か」という項を設け、新宗教団体として親鸞会を紹介しています。
と述べ、本願寺の三木照国氏のレポートの引用で文章を締めくくっています。 ○『新宗教の風土』 富山大学教授小沢浩氏は『新宗教の風土』(岩波新書、1997年)の「真宗原理主義の台頭」という章で親鸞会を紹介し、最後をこう結んでいます。
このように、親鸞会が生きている人間の救いを説くこと、死というものを真剣に見つめることは、識者の注目の的になるようです。 ○『若者はなぜ新・新宗教に走るのか』 フリージャーナリストの室生忠氏は『若者はなぜ新・新宗教に走るのか』(時の経済社、1984年)で親鸞会を紹介しています。 新・新宗教の本に親鸞会をとりあげているのですが、これは
としています。 ○『浄土の本』 『浄土の本』(学研、1993年)では「異流念仏の章」で親鸞会を「過激な布教活動を展開する原理主義的教団」と紹介しています。
しかし、「熱心そうだから洗脳されてるのでは」というのは、かなり乱暴な決めつけです。 そのようなことを判断するには相当な裏付けが必要な筈ですが、この本にそれはありません。 ○『「救い」の正体。』 比較的最近のものとしては、『別冊宝島461 「救い」の正体。』(宝島社、1999年)があります。 「『世界の終末』と『人類救済』を希求する人々」という章の中に、「親鸞会はカルトか、伝統仏教か?」という項を立て、親鸞会を紹介しています。 体験談から、親鸞会の学生がどういう活動をしているか、などが分かりやすく説明されています。 しかし、元会員の話が中心で、視点が偏っているきらいがあります。
このような扇動的なコピーも、気持ちのよいものではありません。 ○その他 他に、宮台真司氏のベストセラー『終わりなき日常を生きろ オウム完全克服マニュアル』(筑摩書房、1995年)のコラムに、親鸞会の元会員のインタビューが少しだけ載っています。 また、前述の横山真佳氏は『新宗教時代1』(大蔵出版、1997年)で、小沢浩氏は『岩波講座 日本通史 第21巻 現代2』(岩波書房、1995年)で、それぞれ親鸞会のことを紹介しています。 雑誌では『月刊現代』99年12月号に米本和弘氏のレビュー『若者を魅きつけるラディカル仏教「終末論」』、新聞では『北國新聞』『富山新聞』の連載記事『蓮如さん』などがあります。 |
| 三木照国氏のレポート | |
本願寺伝道院の研究員、三木照国氏が親鸞会を分析した研究レポート。 引用されたのは次の箇所。
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