親鸞会と科学【2】
超能力



 1.念力と催眠術

 『こんなことが知りたい(2)』の「(15) なぜ、阿弥陀仏が本師本仏なのか(二)」という項に、次のような記述があります。


 私達人間でも、その方面の修練を積めば、ある程度の念力を持つことができることは今日、催眠術や超能力などによって周知の通りです。(54頁)

 このように催眠術や超能力は一種の人間の精神力であり、念力と言われるものゝ働きであることは、科学的に説明されるようになりましたが、就中(なかんずく)今日、ソ連などで盛んに実験されているテレパシー、念写等によれば、念力は眼には見えませんが、光線と同じような働きや性質があることが知らされています。
 例えば、遠方の暗室に置いてある印画紙に向かって、ある人が一心に何かを念ずると、その念じたものが瞬時にして、遠方の印画紙に写るということは、念力は光のような速度を持ち、光のような作用を持っていることが判ります。
 物質万能の唯物主義のソ連においてさえ、この事実を認めざるを得なくなっているということは注目に値します。(54頁)

 散乱放逸の私達人間にさえ、ある修練を積めば相当の念力を持つことができるのですから(後略)。(55頁)


 この内容についてわたしは疑問をもっているのですが、それを述べる前に、この文章中での「念力」という言葉の意味について、若干断っておかなければならないことがあります。

 先に引用した文章では、念力が存在する一つの証拠として催眠術が挙げられています。つまり、上の議論は「催眠術とは念力の働きだ」という前提の上に成り立つものだと言えます。
 しかし、少なくとも世間一般では、「催眠術」は「念力」とは別個のものだと考えられていますし、そもそも、催眠術と超能力を同列に並べることはふつうありません。

 一つには、会長が催眠術というものを何か誤解している可能性があります。
 また一つには、ここで会長が使っている「念力」という言葉と、世間一般で言われる「念力」という言葉では指示内容が異なっているという可能性もあります。

 もし後者だとすると、会長は広く「人間の心の作用一般」を「念力」と呼んでいると考えられます。その意味では、「催眠術」も「手を触れずに物を動かす超能力」も同じく「念力(人間の心)」の働きだと言えなくもありません。

 ですが、もしそうだとすると、「念力は眼には見えませんが、光線と同じような働きや性質がある」という記述と上手くかみ合いません(光線と同じような働きや性質が催眠術に関わっているという話を、わたしは寡聞にして知りません)。
 それに、「ある修練を積めば相当の念力をもつことができる」という言葉は、催眠術を覚えるのと同じような方面の修練を積めば超能力も持つことができる、という意味合いになってしまい、不自然です。

 おそらくは、親鸞会で教える仏教で言う意味での「念力」という言葉をわたしが知らないことが問題なのでしょうが、わたしにはこの文章中の「念力」という言葉が示す意味が読み取れませんでした。
 もしかすると、わたしがこのことから大きな誤解をしている可能性があるので、最初に断っておこうと思いました。

 いつまでも考えていてもしょうがないので、ここでは「超能力の源となるような人間の精神力らしきもの」が「念力」だと思っておくことにして、本題に移りたいと思います。


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催眠術は念力とは別個のものと考えられている

 催眠に神秘性を感じて、これを超能力に結びつけて考えようとする人もいる。たとえば、テレパシー、念力、透視などが催眠で可能になると固く信じている。ここまでくると単なる過信ではなくて盲信である。(『催眠法の実際』 5頁)。


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 2.超能力が念力の働きだと科学的に説明されたか

 ある修練を積めば催眠術を使えるようになることは、広く知られています。

 しかし、テレパシーや念写能力を持つための「ある修練」とは、何でしょうか。そもそも、テレパシーや念写能力を持った人間が1人でもいるのでしょうか。

 会長が何を根拠に主張しているのか分からないので、具体的な反証はできません。
 しかし、超能力の実在がまだ科学的に確かめられていないことは、一般の書籍などに書かれている通りです。

 たとえば念写で有名な人としては、長尾郁子三田光一テッド・シリアスなどがいますが、いずれもトリックだったとして説明ができます。すこし腕のいい手品師なら、これらの自称超能力者と同じことが簡単にできます。
 そして、本当に念写に成功したという、妥当で信頼性のある証拠があがったことは、かつて1度もありません。

 テレパシーも同様です。ユリゲラーの超能力の真実性が『ネイチャー』に報じられたことアメリカ海軍がテレパシー実験に成功したという話などがありますが、いずれも妥当な証拠だとは言えません。

 現在、サイコップ(超常的主張の科学的検討委員会、1976年結成)などで、超常現象を研究しているまっとうな研究者も大勢います。
 その見解によると、現時点で、超能力の存在の証明になるかもしれないという実験結果ミクロPKの実験ガンツフェルト実験の2つだけです。

 ここでわたしが言いたいことは、超能力があるとかないとかいうことではありません。言いたいのは、もし仮に超能力が実在するとしても、科学的な研究は、超能力が起こる原理の説明をする以前に、超能力の実在を疑っている段階にあるということです。
 手品師のジェイムズ・ランディのエピソードなども参考になるでしょう。

 少なくとも、「超能力は一種の人間の精神力であり、念力と言われるものゝ働きであることは、科学的に説明されるようになりました」と主張できるような段階には、まだ及んでいないことは確かです。


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一般の書籍などに書かれている通り

 超心理学者はライン博士以後六十年以上にわたって地道な研究を続けているが、万人から認められる超心理現象といったものを見つけることには、未だに一つも成功していない。 (『トンデモ本の逆襲』271ページ)


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長尾郁子

 福来友吉博士の実験などにより、長尾郁子がさまざまな文字を念じただけで未現像の写真乾板に焼き付けることが確かめられたと言われています。

 しかし、科学者が立ち会った実験はすべて長尾郁子の自宅で行われました。
 しかも、実験に用いる乾板は実験前に準備室という部屋に置かれ、実験者は20分間そこに立ち入ることを禁じられていました。
 さらに、実験者が念写する文字を指定するときは、前日に申し込みをしておかなければなりませんでした。

 これが科学的な実験方法であるはずはなく、長尾郁子が20分の間に準備室内で乾板に文字を切り抜いた型紙をあてて感光させていた可能性が否定されてません。


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三田光一

 1931年、人類が一度も見たことのなかった月の裏側の写真を念写したことで有名なのが、三田光一です。福来友吉博士は「私の知る限りにおいて当代無比の大霊能力者だ」と述べています。

 しかし、この月の裏側の写真がNASAの撮影した本物の写真と一致しているという事実はありません。

 また、1918年2月12日に私立日本衛生会講堂で行われた公開実験でトリックを用いたことを見破られるなど、三田光一の念写の信頼性はかなり低いものです。


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テッド・シリアス

 デンバー大学のジュール・アイゼンバッド博士が研究したシリアスは、数多くの念写を成功させたとして有名です。

 しかし、シリアスは念写の実験の際、長さ数センチの紙筒をカメラのレンズの前にかざす癖があり、実験者がその中を調べさせて欲しいと頼んでも拒否しました。

 これが筒の一方の端に小さな拡大レンズ、もう一方の端にスライド・フィルムをセットした仕掛けなのだという可能性が否定されない以上、彼の超能力が科学的に確かめられたとは言えません。


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ユリゲラーの超能力の真実性が『ネイチャー』に報じられた

 スタンフォード研究所の実験で「ユリゲラーに超能力があると結論された」と『ネイチャー』に報じられたことがあります。

 しかしこれは、実験方法のずさんさが、手品師のジェイムズ・ランディや心理学者のディビッド・マークスらによって指摘されています。


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アメリカ海軍がテレパシー実験に成功した

 アメリカ海軍とウェスティングハウス研究所が、海中の潜水艦にテレパシーを送る実験に成功したと報じられた事件がありました。有名な「ノーチラス号実験」です。

 しかし結局、その日ノーチラス号はポーツマス港に陸揚げされて点検中だったことが分かり、デマと判明しました。


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ミクロPKの実験

 PKはサイコキネシスの略です。ミクロPKというのは、スプーン曲げのように目に見えるレベルで働くPK(マクロPK)のことではなく、電子レベルで働くPKのことです。

 ダイオードにホワイトノイズを発生させ、その際ノイズがプラスとマイナスに傾く確率を五分五分に調整しておきます。そこで「プラスよ出よ!」とPKをかけてやると、2500分の1くらいの小さな確率で結果がプラスに傾きます。

 単なる誤差のように思うかも知れませんが、これは何億回と繰り返した上での結果で、統計上、有意なデータだといえます。


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ガンツフェルト実験

 ガンツフェルト実験とは、外界の通常の光や音を感じることができない状態で行なうテレパシー実験のことです。
 ミクロPK実験と同様、ごくわずかながら、統計的には無視できないような有意な数字が出ています。

 これをもって即、超能力が存在する証拠になるとは言えませんが、この結果を否定し切ることはできない状態です。


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手品師ジェイムズ・ランディ

 超能力は科学界ではいまだに市民権を得られていないということは、彼のエピソードからも伺えます。

(1)
 ランディーは、ユリゲラーが見せた超能力をすべて手品で再現できます。


(2)
 1970年代、軍用機メーカーのマクダネル・ダグラス社が50万ドルの巨費を投じて、ワシントン大学の関連施設でミズーリ州にマクダネル超心理学研究所ができました。

 超心理学が専門で、ESP全般を総合的に研究する施設でした。研究所では12000人の候補に超能力テストを受けさせ、見込みのある人材を被験者に採用していました。
 そこにランディーは自分の弟子を被験者として送り込みました。本職の手品師なだけに、選別試験は楽々とパスしました。

 結局、研究所の学者たちは、ランディーの弟子を3年間テストし続けました。
 1978年から3年間、この弟子は全米中で超能力者として人気者になりました。

 そして、世間の騒ぎがピークになったところで、いよいよランディー登場です。得意満面で記者会見を開いて言いました。
 「う・そ・だよーん!」
 ……研究所は閉鎖されてしまいました。


(3)
 ランディのホームページには「超能力が実在すると言うなら私の前でやってみてください。本物だったら1万ドル差し上げます」と書いてあり、契約書まで記載されています。

 しかし、これで賞金をもらった人は誰もいません。
 「マインドシーカー」を作ったエスパー清田も駄目でした(ちなみにエスパー清田は、ランディーがいると負のサイキックが働くことを理由に棄権)。

 もし超能力がすでに科学的に説明されているのならば、このようなホームページは成立しません。



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 3.旧ソ連も念力の存在を認めざるを得なかったのか

 確かに、旧ソ連が超能力の研究に熱心だったことは、けっこう知られている事実です。

 しかし、超能力を研究していることは、超能力の存在を認めることとは何の関係もありません。
 超能力の存在を認めたと断定するには、旧ソ連の研究機関が、科学的に妥当な研究報告を出したことを示さなければなりませんが、そのような事実はありません。

 そもそも、旧ソ連が超能力研究をはじめた背景には、アメリカに先を越されているのではないかというあせりがありました。

 アメリカがESPの軍事利用に着手しているというニュースは、当時のソ連では真剣に受け取られていました。超能力研究で名高いベルナルド・ベルナルドヴィチ・カジンスキーも、1963年に出版された著書の中で、ノーチラス号実験のことを取り上げていました。

 ちなみに、アメリカ軍部が実際にESPの軍事利用を目的としたスターゲイト計画をスタートさせたのは、ずっと後の1977年からです。それも、ソ連の研究に遅れをとるのを警戒してのことでした。
 延べ二千万ドルを費やしたものの成果は上がらず、この計画は1995年に打ち切られています。

 つまり、旧ソ連で超能力の研究がされていたのは、デマに踊らされたからにすぎません。超能力の存在を認めたから研究をはじめたわけではないのです。
 そして、その研究の成果については、先ほど念力やテレパシーについて述べたとおりです。

 したがって、「物質万能の唯物主義のソ連においてさえ、この事実を認めざるを得なくなっている」と言える根拠はありません。


ノーチラス号実験

 アメリカ海軍とウェスティングハウス研究所が、海中の潜水艦にテレパシーを送る実験に成功したと報じられた事件のことです。

 結局、その日ノーチラス号はポーツマス港に陸揚げされて点検中だったことが分かり、デマと判明しました。


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