Das Tagebuch von Yosibei (Diary of Yosibei)  March 2005

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30.March.2005

仕事で、生まれて初めてハイヤーというものに乗りました。東京での仕事場近辺には黒塗り高級車がたくさんいますが、自分には関係のない物体・・・のはずが、仕事で羽田空港まで。セルシオで行く羽田空港は、いつもの羽田と違うものに見えました。首都高から見える都心も、いつも自分がうごめいている街とは違うものに見えます。いつもこんな風に見える東京しか知らない階層って、ある意味不幸だと思ったのは決して負け惜しみではない・・・と思います。


27.March.2005

3週間の居候生活を脱し、やっと上の階の自分の部屋に引っ越しました。17年ぶりの東京での自分の城。居候先には本当に世話になって感謝至極とは言え、うれしいものです。


24.March.2005

速めに退社後、東京都交響楽団の定期へ。池袋の芸術劇場が会場だと信じて疑わなかったのですが、6時半に大ホールの入り口に行くとどうも様子が違います。 開演は7時のはずなのに、「始まりま〜す。お急ぎお入りくださ〜い」なんて言っているし。慌てて切符受け取り所に走ると、電話予約名簿に私の名前が出てきません。

「お客さん、あの〜○中美幸コンサートですが」

あちゃ〜〜〜〜(^_-)-☆。それから慌てて池袋駅に取って返し、山手線で上野の文化会館まで。そりゃ、もう走りました!

Steven Sloane:東京都交響楽団:Tabea Zimmermann(Va)
G.Mahler:Adagietto-5.Symphonie Cis-moll
W.Walton:Viola Concerto
L.V.Beethoven:7.Symphonie A-dur op.92

久々の文化会館。何とか間に合い、席は1階24-23。大好きなウォルトンの協奏曲を、これまた昔から気になっていたタベア・ツィンマーマンが弾く、ということでS席を奮発。何の差なのかわかりませんが、17日の日フィルとは大違いで1階はほぼ満席です。うーむ、ご同慶の至り。年齢層がちょいと高いような気がするのは気のせいでしょうか?

17日に前音楽監督ベルティーニが亡くなり、「4つの海の間奏曲」はアダージェットに変更になりました。アダージェットが始まると、文化会館のデッドな響きには少し驚きました。サントリーホールだの芸術劇場だのに慣れた耳には、想定と違う響きです。昔は2曲目にでもなれば、耳が慣れて空間に消えていく響きを聞き分けたものですが、どうも勝手が違いました。

ウォルトンは期待通りの好演。テンポもばっちり。1楽章のメランコリーを歌い上げたツィンマーマンは、2楽章で機械的でない見事な機動性を見せ、3楽章では朗々とウォルトンの落ち着いた諧謔とうたごころを歌い上げていました。気持ちのいい演奏でした。でも、あまり有名な曲ではないだけに、長く続く盛大な拍手、というほどではありませんでした。これがサントリーホールだったら、と思ってしまったのは贅沢でしょうか。

最近のコンサートホールは、喫煙者には辛い空間です。サントリーホールはいったん外に出てカラヤン広場に出なくてはいけませんし、トリフォニーホールは2階のとんでもない場所まで下りていかねばなりません。芸術劇場は比較的マシな場所に喫煙所がありますが、文化会館はロビーの公園側中庭が喫煙所になっていました。外に出て行く通路は大渋滞(^^♪。

休憩後のベートーヴェンは、予想通り可もなく不可もなくサラっとした演奏。ま、不満はありません。終演後、降り出した雨の中、上野駅の一蘭でラーメンを食って帰りました。


21.March.2005

襲い掛かる眠気の中、気力を振り絞りながら東へ。宮島SAから福石PAまでの210kmを2時間20分で走破したSくんのおかげで、大いに距離を稼ぐことができました。

到着 地点名 出発
0230 福石PA(岡山県備前市) 0237/Sくん
0325 三木SA(兵庫県三木市) 0347/Yosibei
0448 大津SA(滋賀県大津市) 0455/Yosibei
0510 菩提寺PA(滋賀県湖南市) 0517/Yosibei
0602 養老SA(岐阜県養老郡養老町) 0612/Sくん

阪神間の運転は怖いというSくんから運転を引き継ぎ、前回給油した三木SAまで。燃料計はまだ1/3近くを指していますし、クルマが計算した走行可能距離を見てもまだまだ余裕があるということで、養老SA(841.4km、51l)まで給油は引っ張りました。養老に到着すると熊本−名古屋の高速バスと一緒になり、周囲からは熊本弁がちらほら。何となくホッとします。

眠さも限界なので、流れが荒っぽい愛知県内はSくんにやってもらいました。うつらうつらしながらも「100km/hをキープしようとか、運転にムリに流れを作らないほうがラクですよ」とSくんにアドバイス。

浜名湖SAで朝食。ここまで来れば焦る必要もないので、うなぎパイを買ったり記念写真など撮りながらぼちぼちと東上。いつも思うのですが、静岡県内の東名は走りやすいし風景は変化に富んで飽きません。ぽかぽか陽気で眠くなったりもしましたが、浜名湖から東京まで、どんなにゆっくり行っても夜までには着けます!富士山がくっきりと見え、Sくん大喜びでした。

福岡県内を走っているときには、果たして東京までたどり着けるのか!?と心配になったこのロングドライブも、お昼の12時過ぎには居候先に到着することができました。結果は1,210km,15h10min,平均80km/h,平均燃費16.5km/l。と、書いてしまえばどうということはありませんが、本当にSくんの存在は大きかったです。

到着 地点名 出発
0725 美合PA(愛知県岡崎市) 0737/Yosibei
0806 浜名湖SA(静岡県引佐郡三ヶ日町) 0845/Sくん
0913 小笠PA(静岡県掛川市) 0920/Sくん
1010 由比PA(静岡県庵原郡由比町) 1025/Yosibei
1159 東京料金所(神奈川県川崎市宮前区) /Yosibei

到着後、ちょっと仮眠を取ってから居候宅を出発、所用で上野まで運転。その後新宿まで出て、Sくんを宿に届けてから帰宅。流石に疲れました。


20.March.2005

熟睡していたところ、地震で目が覚めました。福岡県西方沖地震です。

「あれ、ここは東京か?!熊本に帰ってきたはずなのに・・・」。

東京で地震に遭うのは珍しいことではありませんが(大嫌いですが)、新潟のこともありかなりな揺れに身を固くしました。幸い自室のベッドの周りには落ちてくるモノはありませんし、家中見回しても何も起きていませんでした。安心して二度寝。後で愕然とするのも知らずに・・・。

いよいよクルマを東京まで運ぶ日となりました。予定では3時頃熊本出発、北九州発のフェリーに乗るか高速を走り続け、21日の夕方には東京に到着することにしていました。今回は前回の休暇時と違い、F/O(笑)の友人Sくんがいます。つまり運転者が二人なので、フェリーに乗らずともうまく交代で眠れば距離を稼ぐことが可能です。

ところが出発前から道路公団のHPを見ると、地震の影響で九州道は広範に通行止め(*_*)。ニュースを見ているとどんどん酷い被害状況がわかってきます。ま、後から考えれば、あれだけの地震。出発できただけマシです。「To go, or not to go」は夕方まで判断を伸ばしましたが、3時過ぎに通行止め解除。クルマに仮眠用の毛布と枕、お位牌と過去帳を安置して、出発しました。

到着 地点名 出発/運転者
  益城IC(熊本) 1750/Yosibei
1829 広川SA(福岡県八女郡広川町) 1836/Sくん
  基山PA Yosibei
2106 直方PA(福岡県直方市) 2124/Sくん
2213 美東SA(山口県美祢郡美東町) 2226/Yosibei
2350 宮島SA(広島県廿日市市) 0010/Sくん

広川まではいつもの九州道だったのですが、大渋滞に遭遇。考えてみれば携帯はつながりにくいわ、鉄道も止まっていたわで高速道路が混まないわけがありません。クルマの中でVICS情報やニュースを見ながら九州道を上ります。

助手席で渡る関門橋に、「もうしばらくは九州の地を踏むこともないのだ」と思うと、予想外にも涙が出そうになりました。


19.March.2005

お昼に前職場に出社、仕事の現況など報告しあいながら後輩Mcと「鴻翔」で坦々麺。その後墓掃除〜叔母を訪ねていったん帰宅。家の整理が進めば進むほど、家の中ががらんどうになっていきます。親友Fと「城の湯」に行き、Fの異動内示の話などしながら2日連続の温泉を堪能しました。Fと別れてから、小ドライブの後未明に帰宅。


18.March.2005

いよいよ引越し荷物の送り出し&彼岸の墓参り&クルマの東京フェリードライブのため、JL1813で帰熊。もともとスカイネットの711を押えていたのですが、前回帰京時の1時間20分ディレイに恐れをなし、退社後慌てて金券ショップでSF券を9,500円でゲット。急遽JLに切り替えました。会社は早く出たにもかかわらず、何だかんだで羽田空港到着は出発時刻の25分前。チケットロビーは大混雑で、まともに列に並んでいては乗り遅れます!係員に事情を説明してギリギリで航空券購入、シップサイドに着いた頃には、もうドアクローズ寸前でした。

それでも離陸時34Rの渋滞で見る限り、3機後に離陸した6J711は熊本到着後私が空港を出た頃に降りてきていたみたいですから、ナイスジャッジだったようです。自宅到着後外に出て、「一休」でゆったりと風呂につかると本当にホッとしました。


17.March.2005

同時刻に池袋の東京芸術劇場で行われる大友指揮東響のコンサートにも十分惹かれつつ、サントリーホールの日フィル568回定期を聴いてきました。席は2F-LA620。

広上淳一:日本フィルハーモニー交響楽団:堀込ゆず子(Vn)
D.Shostakovich:"Oktyabr" op.131
D.Shostakovich:Violin Concerto No.1 A-minor op.77
E.Elgar:Enigma Variations op.36

渋いプログラムであるのは間違いないにせよ、客の入りが悪い!1階席が6割程度でしょうか。実は私も、このプログラムでよく知っているのは最初の「10月」だけ。後の2曲はよく知りません。2F-LA620という席は、舞台下手上方の席で1stの4プルト以降は全く見えず。ヴァイオリンの直接音はあまり聴こえず、金管も木管も弦もひと塊になって聴こえてきます。あまり音楽を仔細に判断するにはいい席ではないかもしれません。

「10月」はいい感じでオケをドライヴした、という感じの演奏。この晩の重心はコンチェルトだったのでしょうか、曲を良く知らないものの堀米が曲をよく弾きこなしていたのは感じ取れました。盛大なブラヴォー。最後のエニグマ変奏曲も、プログラムノートに書いてある第○変奏をよく追えずに「あら終わっちゃった」という失態ぶりでしたが、ただ生ぬるい音楽という先入観は打破されました(苦笑)。

コンサート後新宿に出て、王将で餃子を食ったあと一献。


13.March.2005

週末を利用して熊本に帰り、引越し荷物のまとめをしてきました。安いチケットを取れなかったので、往復スカイネットアジア航空利用です。

金曜日退社後に乗った11日の6J711は、34Rの離陸順番待ちで10分ほど遅れたものの、そこそこ快適なフライト。ディーラーに向かってクルマをピックアップし、取りあえず某ステーキ屋に向かいました。その後ぶぶたんで風呂。東京別宅の狭苦しい風呂と違い、足を伸ばして入れる風呂は 本当に贅沢だと思います。土曜日は引越し荷物のまとめと、予め受けていたPC再インストール作業に掛かりっきり。夕方には2月までいた前職場にロイズの生チョコを持参しました。前任者とも会い、お互いヘトヘトになっていることをこぼしあいながら辞去。

荷物をまとめたりしているとあっという間に時は過ぎ、日曜夜8時半発の6J712に間に合うべく熊本空港へ。着いて到着ロビーを見ると前便が1時間強も遅れています! こりゃディレイセットだわ・・・さすがスカイネットですねぇ(苦笑) 。一度9時20分にセットされた出発時刻は、さらなる前便到着遅れのため、結局9時50分プッシュバック。到着は11時12分。家が遠い人は帰らなかったものと思います。私も午前0時10分過ぎに帰宅(-_-;)。ただ、この晩は非常に夜景がきれいで、DVDに出演した(笑)Yキャプテン指揮の下、FL310で岡山〜大阪〜名古屋〜浜松をクルーズ(JA737A)。美しい夜景を堪能できました(*^_^*)


8.March.2005

お昼は隣のビルの中華で坦々麺。私は関東風太麺が苦手なので、いまいち美味いと思えませんでした。退社後錦糸町のすみだトリフォニーホール。 地方オーケストラフェスティバル2005の一環で、仙台フィルを聴きました。3階RB36という席で3,000円也。

外山雄三&梅田俊明:仙台フィルハーモニー管弦楽団
北方寛丈・菅原拓馬(1981-):コラーゲンU〜二人の指揮者による〜
R.Strauß:Also sprach Zarathustra op.30
R.Strauß:Eine Alpensymphonie op.64

最初の「コラーゲン」なる曲は、24歳の青年二人による合作。大規模管弦楽の前に指揮台が二つ。曲はうまく表現できませんが、少なくとも明確に指揮者の分担が楽器群で決まっているわけではないようで、知的好奇心には訴えますが、それ以上は正直よくわかりません。終演後、1階席から現れた若い作曲者2人には盛大な拍手。自分たちの作品が音になるところに立ち会えたのは、さぞ嬉しかったことでしょう。

2曲目は梅田の指揮で「ツァラ」。大きな音は出ますが、やわらかい音や美音というのはあまり・・・。しかし、ただ美しければいいというものでもありません。少なくとも情熱は感じ取りました。この曲の中間、ワルツなどにはもう少し酒脱な味わいが欲しい所です。音楽の造りは間違っていないと感じます。

休憩後、外山指揮で「アルプス」。出てくる音はさして変わりませんが、梅田と比べると外山は役者が違います!甘美ではありませんが、音楽とともに大きな呼吸ができる演奏でした。特に「頂上」でテンポを落として思い切り歌うというやり方は首肯できます。思いの外烈しい「日没」は、登山が終わってやれやれという思いよりも、もっと厳しい味わい。総じて音はそれほど美しくはありませんでしたが、学生の頃、在京オケを聴いていた頃の感覚を思い出しました。あの頃、みんなこんな感じの音を出していたのです。今の在京オケのように、縦の線が合い小さな音がもっと美しくなるともっと音楽の幅は広がるはずです。しかし、壁に打ち当たっている感の強い在京楽団よりも、仙台フィルにはまだ壁まで距離がある分楽しみなのかもしれません。詰まるところ、前日のベルリン響と比べると「俺って日本人だなぁ」とヘンに感心。


7.March.2005

お昼は有楽町駅マリオン側のカレースタンド。いまいち。退社後、サントリーホールへ。

Eliahu Inbal: Berliner Sinfonie Orchester
G.Mahler:9.Symphonie

A席で11,000円と、決して安いコンサートではありません。あらかじめマネジメントに電話してB席(9,000円)が売り切れていたのは知っていたのですが、会場の当日券に期待。ところが、ボックスオフィスの列に並んでいると、私の2人前でB席売り切れ(-_-;)。ここまで来て聴かないのもシャクに触る なぁ、とA席購入(1階19列3番)。

中に入ると1階奥は何とガラ空き!もうちょっと安くして満席になったほうが、演奏者も気合が入るのではないでしょうか。 ベルリン響という団体、旧東の団体で決してメジャーではないだけに客の入りはそれほどでもないのかもしれません。しかし、以前熊本で聴いた「巨人」のような超ど級の演奏もできるオケだけに、ちょっと残念でした。

1楽章はAndante comodoという指示も忠実に、もたれないテンポで。音はそれなりに豊かではありますが、テンションはそれほどでもありません。2楽章のレントラーは雰囲気たっぷり。この、雰囲気というやつが、どうも日本人は苦手です。3楽章はスタイリッシュ、しかしそれほど美しいという感じではありません。終楽章はもっと流麗な演奏もあれば、切れば血が吹き出るような鮮烈な演奏もあるでしょう 。とりあえず、木目の暖かさがある演奏だった、と言っておきましょう。もちろん、納得できる立派な演奏でした。が、私はノり切れなかったという感じです。終演後は楽員が舞台を去っても、盛大な拍手でインバルは呼び出されました。それも正しいです。


6.March.2005

起床後パンとコーヒーの朝食。お犬の散歩を兼ねて、食パンの補充。一応の用事はこなしたので、午後から紀尾井ホールのコンサートに出かけました。3,000円で日曜の昼下がりにモーツァルト ・・・優雅でいいじゃん、てなもんです。 ボッセは子供の頃ゲヴァントハウスが熊本に来た時から知っていますが、奇を衒わない手堅い音楽を創る人なので日曜の午後にはぴったりです。

Gerhard Bosse指揮:神戸室内合奏団 伊藤恵(pf)
W.A.Mozart:29.Symphonie A-dur K.201
               :24.Klavierkonzert C-moll K.491
               :39.Symphonie Es-dur K.543

自由席なので、普通はS席になりそうな1階レフトに陣取りましたが、隣のおばさんの香水がきつくてたまりません。最近きつい香水のそばにいると咳き込むようになってきたので、コンサートでは気を使います。29番はごく普通のテンポで。耳障りな音はありませんし、至極伝統的で 温かみのある普通にいい演奏でした。

24番は、演奏が始まってから、この曲をあまり識らないということに気づきました(-_-;)。おまけに緩徐楽章ですやすやと寝てしまうし・・・。休憩後の39番は、香水から逃げるため席を移りました。2階の庇が上にある席でがらっと音が変わったのにはびっくり。前半に比べて音が荒っぽくなりました。アンコールで弾かれた「ジュピター」の終楽章は音がやわらかく名演だったのを見ると、あながち席の所為ばかりではないのでしょうが。先日のチャイコといい、アンコールになると肩の力が抜けたいい演奏に続けてあたると、コンサートは生き物だと痛感せずにはおれません。

コンサートがはねてから、紀尾井ホールから赤坂〜青山をだらだらと歩き結局表参道まで。かなりの距離で疲れました。銀座線で一駅、渋谷駅の立ち食いそば。 やっぱり不味い・・・。その後地元のレストランでハンバーグ。店を出る前に白ワインをあおったら、いい感じで酔っ払いました。


5.March.2005

起床後洗濯。パンとコーヒーの朝食後、お犬の散歩を兼ねて近所のスーパー巡り。以前からこの沿線は物価が高いと思っていたのですが、いちごもグレープフルーツジュースもカップラーメンも高い! 自分の感覚から2割は高い感じがします。土地代や人件費が高いのはともかく、トータルコストでは東京の方が圧倒的に有利なはず。とても買い置きする気にはなれません。

スーパーやドラッグストア巡りのお散歩を終え、自由が丘へ。GAPに無印からEddie Bauerという毎度定番のコース。歩き回って遅くなってしまった昼食は安いイタリアンでパスタ。値段の割には美味かったというところでしょうか。4月アタマのマンションへの入居に備え、家具も少々物色しなければならず無印はいい参考になります。私の学生時代、無印のインテリアで揃えられるなんてお金持ちでした!今回も実際は無印もどきで安く上げます(*^_^*)。

夜は隣駅のジャスコへ。熊本のくらし館で慣れ親しんだ値段に出会って、本当にホッとしました。 イオン万歳(爆)。とんかつ屋でチキンカツを食いましたが、これまたマズくて閉口。噛み切れないチキンカツってどうよ(爆)。


4.March.2005

朝から雪。電車は止まるほどではないものの、ダイヤは少し乱れていました。午前中は羽田の積雪で空のダイヤが乱れたようです。お昼はマック。

やっと辿り着いた週末の夜、早めに退けて新宿へ。小田急のJ.PressでタッターソールのBDシャツでも買おうと思ったのですが、今シーズンは作ってないとか(涙)。夕食は京王新宿駅入り口C&Cでカレー。 やっぱりんまい(笑)。その後、ディスクユニオンで中古CD、ヨドバシでPC部品を物色したり、靴屋をのぞいたり・・・。やっぱり勝手知ったる新宿はいいですね!2日からの生活で一番ホッとした瞬間でした。その後行きつけ2軒。 いい感じで酔っ払ったものの、きちんと終電3本前で帰宅。


3.March.2005

区役所で住所変更後、出社。これで晴れて大田区民になりました。

昼食を兼ねて、熊本の地方銀行東京支店まで歩いて記帳。 この支店、昭和通り沿いなのに中央通りで曲がってしまい、あれ何処だろ、なんて思っているうちに日本橋という住居表示にびっくり。迷いました(-_-;)。結局時間がなくなって、お昼は有楽町駅の立ち食いそば。こいつは激マズ。あまりの 不味さに呆れ、口直しにサンドウィッチを買ってきてしまいました。学生時代は言うに及ばず、社会人になってからも丸の内界隈は全く土地勘のないところなので、どうも疲れます。 独特の重みに疲れる、といったところでしょうか。

仕事ってそういうものですが、人がした仕事を追っかけるのは結構時間がかかりるもので、気がつくと退社は22時前。地元に帰って晩飯はメンチカツとハムエッグ。もたれました。


2.March.2005

歓送迎会の後、何だかんだで睡眠2時間。本当によく目が覚めたものだと思います。赴任するJL1800は8時発、ということは最低でも7時半には空港に着いていなければなりません。おまけにクルマをディーラーに預けるために遠回りしたので、家を出たのは6時45分。うつらうつらしながらの空の旅ではありましたが、降下中左手にきれいな富士山→。天もこれからの東京生活を祝福してくれた、ということにしておきましょう。

出社後、まず最初にしたことは自分にあてがわれたWin95マシンの掃除(-_-;)。キーボードが真っ黒で触る気もしなかったので・・・。自席の周囲を確認し、自分の使い勝手に合わせてモノの配置や書類の整理方法を変えてゆきます。これだけで午前中つぶれた(-_-;)。

お昼は支社長と塩鮭定食。 支社長は元上司でもあり、ことさら構えることはないのですが何となく緊張しました。食後、自分の通勤定期を買い、いよいよここで生活するんだなぁと実感がわいてきます。夕方、支社員の業務携帯の機種変更。 総務らしい仕事(*^_^*)。睡眠不足は如何ともしがたく、早めの退社後夕食は有楽町駅そばの中華で麻婆丼。これはいまいち。


1.March.2005

朝出社すると本社建屋内にはどこにも自分の机はなく 、まさに「オランダ人」状態。9時半過ぎ、「東京支社総務部員とする」という辞令を受け、正式に東京支社総務部員となりました。

辞令後、昨日までの部に戻って中間売上集計を続行。夜の歓送迎会まではヒマなので、一区切りついたところで各機関の諸手続きのため外出。夕方、会社に戻って古巣の事務部門でレクチャーを受けます。営業部門での6年しか知らない後輩たちの中には、ここでの私のキャリアを知らない者もいて、ちょっと愕然としました。仕方ないですが。

今回は大規模異動で、合計14人も入れ替わりました。残った後輩Mcと後輩Nが歓送迎会の幹事を務めましたが、「今度はこれが幹事だというのをお見せします」と豪語していた通り、マツケンサンバならぬ○トケンサンバ←で幕開け。会場は爆笑の嵐!ギター侍ならぬ「三線侍」→も登場、お茶目なK部長ばかりでなく、私も伐られてしまいました(^_-)-☆。楽しく飲んで酔っ払いましたが、二次会の最後でI次長が「Yosibei、がんばれよ」と涙ぐみながら手を取ってくれたのにはジンときました。語りつくせぬ最後の1年が、心の中で駆け巡りました。