Yoshiro Nakamura
Simples

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Sony Music (SME SRCS-2315)
2000.8.2 in stores

ブラジル録音「リオの鳥」('95) 「エスコンジ・エスコンジ」('96)
フランス録音「いつか君に」('99)に続く中村善郎の新作は、初の全曲カヴァー集。
ボサ・ノヴァの創始者ジョアン・ジルベルトのスタイルに見るように
ボサ・ノヴァは本来ギター一本と歌といった非常にシンプルな構成を土台にしている。
しかし完全なギター一本だけでそこにすべての感情とイメージを凝縮するそのスタイルは
最も魅力的だが最も困難な形でもある。
世界的に見てもジョアン・ジルベルト以外には殆ど見るべきものがないのが現状だ。
その最も困難で魅力的なボサ・ノヴァのソロの世界に
コスモポリタンなボサ・ノヴァアーティスト、中村善郎が挑戦する。
8曲のソロに加えゴージャスな6曲のwithストリングス・ヴァージョンのアレンジを
テレビ、映画、からアイドルまで最も多忙なアレンジャーであり
人気ブラス・セクション「ソリッド・ブラス」のリーダーでもある村田陽一が担当。
村田氏はA.C.ジョビン・ファンでもあり、その接点で中村ともライヴなど数多く共演してきたが、
今回は息の合った同士が最高のものを目指して録音に挑んだ。
そして2曲ピアノで参加しているのは
No.1ジャズ・ヴォーカリストとしてもお馴染みのケイコ・リー
彼女のピアニストとしての才能に注目していた中村の希望で実現したセッションだ。
最小限の音数で中村の歌とギターの間を楽々と泳ぐピアノは
彼女自身はまったく意識していないに係わらずジョビンを髣髴とさせるものになっている。

'90のデビューCD「リテラリオ」以来オリジナルを中心に活動
「エスコンジ・エスコンジ」をスペインで、「いつか君に」をフランスで
リリースしてきた中村にとって
SIMPLESは自分を原点であるボサ・ノヴァへの回帰であり
時代の移り変わりと共に表面的で安易、希薄になっていく
ボサ・ノヴァに対する哀歌でもある

レコーディング風景を納めたStudio Reortもご覧下さい!


中村善郎/SIMPLES (ソニー・ジャズ SRCS-2315) 2000.8.2リリース

収録曲
1.PRA MACHUCAR MEU CORCAO 私の心を傷つけるために (Ary Barroso)
2.EU VIM DA BAHIA エウ・ヴィン・ダ・バイア (Gilberto Gil)
3.ESTATE エスターテ(夏)(Bruno Martins / Bruno Brighetti)
4.O BARQUINHO 小舟(Roberto Menescal / Ronaldo Boscoli )
5.DESAFINADO デサフィナード (Tom Jobim / Newton Mendonca )
6.SAMPA サンパ (Caetano Veloso)
7.OUTRA VEZ もう一度 (Tom Jobim)
8.ISAURA イザウラ (Heriverto Martins / Roberto Roberti)
9.MARIA NINGUEM マリア・ニンゲン (Carlos Lyra)
10.VOCE NAO SABE AMAR あなたは愛を知らない (Dorival Caymmi / Carlos Guinle / Hugo lima)
11.SAMBA DE VERAO サマー・サンバ (Marcos Valle Paulo Sergio Valle)
12.O BEBADO E A EQUILIBRISTA 酔っぱらいと綱渡り (Joao Bosco / Aldir Blanc )
13.GAROTA DE IPANEMA イパネマの娘 (Tom Jobim / Vinicius de Moraes)
14.QUE RESTE-T-IL DE NOS AMOURS 愛の名残 (Charles Trenet / Leon Chauliac)
15.ATE QUEM SABE また会う日まで (Jooao Donato / Lysias Enio)
16.SAMBA DA PERGUNTA (ASTRONAUTA) 宇宙飛行士 (Pingalinho / Marcos Vasconcelos)

中村善郎 Gui&Vo
村田陽一 Strings arrange&Tbs (3.4.8.9.12.15)
ケイコ・リー Pf (7.14)
(Strings / 篠崎正嗣 strings)


中村善郎による曲目解説とレコーディング・エピソード

1.PRA MACHUCAR MEU CORACAO <私の心を傷つけるために> 
 世界中で最も広く知られるサンバ曲の一つに「ブラジルの水彩画(サンバ・ブラジル)」がある。アリ・バローゾはその作者だ。ブラジルの国民的ソング・ライターの一人である彼の作品には軽快な曲も多いが、この曲のようなゆったりとしたサンバ・カンソンの名曲も多い。
 エンジニアのデヴィッド・ベーカー氏とは今回初めての仕事だったが、最初に会った時から旧知の仲のような気がした。その事を話すと「君も僕も世界を一人で歩いてきたからね…」と言ってくれた。彼はブラジル音楽にも詳しくクラシック・ギターの特性もよく心得ていた。今回使った2台のギターをテストした後すぐに録音が始まった。ソロの曲の大半はテイク・ワンで終わっているが、このテイクも実際レコーディングの最初に録ったものだ。プレイ・バックを聴きながら顔を見合わせ、お互いに「何も問題ないよ」と言い合った。

2. EU VIM DA BAHIA <エウ・ヴィン・ダ・バイーア>
 ブラジルの東北部にあるバイア州の首都サルバドール。この街は通常バイーアとよばれている。アフリカの文化が色濃く残り、ミステリアスでエキゾチシズム溢れる街だ。そしてカイミ一家やジョアン・ジルベルト、カエターノ・ヴェローゾ、そしてこの曲の作者ジルベルト・ジルなど数多くの優れた音楽家を輩出した、音楽の宝庫でもある。バイーアを訪れた事のある人は誰でも魅了される。先日フォト・セッションでお世話になった女性カメラマンのSさんもブラジルを訪れた時一番印象に残った場所としてバイーアを挙げていた。僕自身はバイーアで南米旅行中唯一スリにあってその時の全財産をなくした経験があるが、一銭もなく一人でただ広い海と空を呆然と眺めていた時は、かえって何物からも解き放たれたような開放感を感じた。真っ青な海とうねるリズムそれが僕の印象に残っているバイーアだ。

3. ESTATE <エスターテ(夏)>
 ジョアン・ジルベルトが取り上げてヒットして以来、この曲はブラジル以外で作られた中では最も有名なボサ・ノヴァ曲になった。ジョアン版のクラウス・オガーマンのストリングスの印象があまりに強烈で、アレンジャーの村田陽一君は困ったようだ。その打開策として考えたのがバス・クラリネットの起用だった。「ちょっとギル・エヴァンス的な展開にしようと思って…」村田君の作戦は成功していると思う。
 雪の降らないブラジルの詞には滅多に出てこない「neve(雪)」という単語が出てくる。ヨーロッパの匂いと、大好きなベルナルド・ベルトルッチの映画にも共通するような無常観を感じさせる曲だ。
 
4. O BARQUINHO <小舟>
 ボサ・ノヴァを支えた育ちが良く知的好奇心旺盛な中産階級の若者達。ロベルト・メネスカルはその代表の一人だ。

 もう15年くらい前の事だが、青山にあるライヴ・レストランで僕が演奏している時、この曲の作者であるロベルト・メネスカルが若手女性歌手のレイラ・ピニェイロを連れて来た事があった。僕はサーヴィスのつもりでこの曲をギター・ソロで演奏したのだが、ステージを降りて挨拶に行くとロベルトは「今の曲いい曲だね、誰の曲?」と聞いた。レイラが爆笑して「あなたの曲でしょう」と言いながら彼の背中を叩いたが、ロベルト自身はなにかキョトンとした顔をしていた。そんなにひどい演奏だったのだろうか?その後何度か来日した彼に会う機会があった。「リオの鳥」で共演したミウシャ経由で僕のブラジル録音のCDを2枚とも持っていて、とても誉めてくれたのが嬉しかった。このテイクを聴くと、また「誰の曲?」と聞いたりするだろうか?

5. DESAFINADO <デサフィナード>
 僕が講師を務めるボサ・ノヴァ講座でのリクエストにギター・ソロがあった。それに応えるべくボサ・ノヴァの有名曲のソロ・アレンジを始めた。なるべく簡単でストレートにメロディが聞こえるものを目指し、相当数のものが出来た。譜面も揃えつつあるので、いつか日の目をみるときが来ればいいのだが。
 ボサ・ノヴァのレパートリーを考えるとき、トム・ジョビンのものは絶対にはずせないだろう。斬新なコード進行を持つこの曲も最も頻繁に演奏されてきている。しかしジャズのセッションなどで誤ったコードで演奏されている事も多い。ジョビン自身もインタビューの中でその事を嘆いていた。一見無駄に見えるコードが独特の膨らみを作る、ジョビンは和音の魔術師だ。欧米ではジョビンはボサ・ノヴァの、という肩書きの付かない一人の偉大な音楽家として個人名で認知され尊敬されている。おしゃれで軽いジャズ的なものではなく本来のアーティスティックなボサ・ノヴァとして真摯に捉えたいと思う。

6. SAMPA <サンパ>
 もう20年以上前の事になってしまうが、サン・パウロの小さな酒場に足を踏み入れたことから僕の音楽的体験は始まった。毎晩のように明け方近くまで飲み、ギターを弾き、歌い、冗談を言い合うボヘミアン達から僕はギターと歌を教わった。僕にとってサン・パウロは第二の故郷のようなところだが、その後リオにはレコーディングで行ったりしたが、サン・パウロには一度も行っていない。いつかまた訪れてみたいものだ。
 今ブラジル音楽の最先端を行くカエターノ・ヴェローゾ。彼の作品の中にはいつも古典的な面とアヴァンギャルドな面といった相反する要素が混在している。「サンパ」では彼が初めて訪れたサン・パウロの街を擬人化し皮肉な目で、そしてちょっと難解な言い回しで描いている。

7. OUTRA VEZ <もう一度>
 ディレクターの渡辺氏とはもう15年ぐらいの付き合いになる。その間に僕のデビューCD「リテラリオ」('90)を含め3年間、3枚のアルバムでお世話になった。その後はなかなか一緒に仕事をする機会はなかったが、お互い趣味で書いている小説を見せあったり、好きな映画の話をしながらの飲み会は続いていた。そして昨年のフランス録音盤「いつか君に」をきっかけに共同作業が再開し、以前から彼が望んでいた全カヴァー曲のこのアルバムが実現した訳だ。彼の出した候補曲リスト(リクエスト?)の中にジョビンの初期のこの曲が入っていたのは偶然だろうか?
 旅の荷物を持ったままケイコ・リーさんはスタジオに現れた。そしてすぐにワインをあけ一息つくと、セッションは始まった。リーさんはやはりヴォーカルの人らしくピアノの音なのにデュエットで歌っているような気になってくる。興が乗るにしたがってピアノの音数は減り、一音の重みは増していった。彼女は全然意識してないようだが、僕にはそのピアノがジョビンのものと重なって聞こえてきた。

8. ISAURA <イザウラ>
 ボサ・ノヴァのレパートリーを考えると、勿論ボサ・ノヴァとして作られたものも多いが、それ以前のサンバやサンバ・カンソンがそのままボサ・ノヴァのコンセプトにアレンジされて演奏されているものも多い。特にこの曲のようなサンビーニャ(サンバの小品)の多くは今でもボサ・ノヴァ・アーティスト達に好んで演奏され続け、重要なレパートリーになっている。
 「イザウラ、君とずっと一緒にいたいけど僕は仕事に行かなければ…」壮大なドラマを歌い上げるのではなく、なんでもないような日常の風景が、心のどこかにほんの少しの微笑みと温かさを残してくれる歌になってしまう小粋さ…。

9. MARIA NINGUEM <マリア・ニンゲン>
 作者のカルロス・リラはジョビンと並ぶ最高のクリエーターの一人だ。最近は来日回数も増え、万年青年のような若々しさでギターを弾き語る彼のファンも多いだろう。作風もルックスと同様明るくさわやかだ。ジョビンが時折見せるような深刻で哲学的な面はあまりない。でも柔らかくノスタルジックな世界はパーソナリティーとも合っているように思える。
 「僕のマリアはごく普通の女の子。だけど僕には特別な存在だ…」青春ドラマをみるような甘酸っぱい香りのする曲。このテイクではバス・クラリネットのベースラインが奏でるのどかな雰囲気が僕は好きだ。

10. VOCE NAO SABE AMAR <君は愛を知らない>
 「君は本当は愛すると言うことを知らない。ただ憧れを持っていただけ。別れる事は二人にとって良いことなんだ」辛い別れの詞がとても甘いメロディの乗せて語られる。知らずに聞いた人の大半はラヴ・ソングだと思うようだ。メロディが暗いと詞が明るい、詞が暗いとメロディが明るい、ブラジルの曲の多くはそう言った相反する構造を持っているものが多い。何かそういった事でリアリティのバランスを取っているのかも知れない。
 作者の一人ドリヴァル・カイミは正にブラジル軽音楽の父と呼ばれる存在だ。バイーアに住み、漁師や海、バイアーナ(バイーアの女性)の姿を歌ってきた彼だが、こう言った心に滲みるサンバ・カンソンも多い。僕がサン・パウロで入り浸った酒場でも、こう言った曲が多く演奏されていた。カーニヴァルとサッカーといった躁病的なイメージが強いブラジル人だが、普段はこんな風なセンチメンタルな曲を好んで演奏しているのだ。

11. SAMBA DE VERAO <サマー・サンバ>
 ワルター・ワンダレーのオルガンで世界的に大ヒットした曲。前出のエスターテとこのサマー・サンバでは同じ夏を題材にしていてもまったくアプローチは裏腹だ。濃い陰影を残す重いエスターテの夏の光に対して、サマー・サンバの夏は底抜けに明るい光を伴っている。
 作者のマルコスとパウロ・セルジオのヴァレー兄弟もボサ・ノヴァのクリエーターとして欠かすことの出来ない存在だ。彼らはボサ・ノヴァ誕生期には十代の若者だった、いわばボサ・ノヴァの第二世代だ。この他にも数多くのヒット曲を書いているが、ちょっとロック的なアプローチの曲が多い。

12. O BEBADO E A EQUILIBRISTA <酔っぱらいと綱渡り>
 ボサ・ノヴァの時代からそれに続くMPBの時代へとパワフルに駆け抜けた国民的歌手エリス・レジーナ。没後20年近く経った今でも敬愛され、その後登場するアーティストに多大な影響を与え続けている。彼女が取り上げることによって世に出るきっかけを掴んだソング・ライターも多い。そして結局その人たちが今のブラジルの音楽界を支えている。
 この曲の作曲者である、ジョアン・ボスコもそう言った中の一人だ。あまりに激しくエモーショナルだった彼女の姿を象徴するような曲だ。今でも彼女の事が語られる時はこの曲がテーマ・ソングのようにして使われている。

13. GAROTA DE IPANEMA <イパネマの娘>
 あまりに有名なボサ・ノヴァの代表曲。今回ギター・ソロでやってみようとした時、普段はまったく問題なく弾けるこの曲がレコーディングではなかなか上手く行かなかった。僕は無理を言って、モニター用のヘッド・フォンを外し家で弾いているような状態でやらせてもらった。ヘッド・フォンをしているとかえって細かいノイズなども聞こえ過ぎて、指がとまったりしたからだ。ギター以外なんの物音もしない広いスタジオでぽつねんと弾いていると。何かこの曲の裏側にあるジョビンとヴィニシウスという二人の中年の男の哀感、といったものがよく見える気がした。

14. QUE RESTE-T-IL DE NOS AMOURS <愛の名残り>
 シャルル・トレネのシャンソンの名曲。最も単純なコード進行で出来た曲だ。すべてとは言えないが、こう言った単純な構造を持った曲の中には音を整理することによってよりセンチメンタリズムにリアリティーを持たせる事が出来るものがある。この曲もその好例だろう。
 ボサ・ノヴァはあまりに美しいものばかりを描き、社会性を持たない、という悪評を言われることもあるが、僕はその事が逆に普遍性につながり、いつまで経っても古くならずに演奏され続ける要因にもなっていると思う。美しい思い出に彩られた失恋のシャンソンであるこの曲も…。

 
15. ATE QUEM SABE <また会う日まで>
 もう一人のボサ・ノヴァ最高のクリエーター、ジョアン・ドナートのサウダージ感覚に溢れた名曲。騒々しい奇行で有名な彼だが、彼の書くメロディーにはいつもどこか人恋しいような懐かしさが秘められている。ドナート自身この曲が気に入っているようで度々録音している。
 デヴィッド・ベーカー氏とアレンジャー用のデモを録音したとき、プレイ・バックを聴きながらデヴィッドは身ぶり手振りを交え熱心にこの曲のストリングスのアイデアを語ってくれた。そしてそれを村田君に話したのだが、彼もそれを面白がり、結局デヴィッドの言った通りの構成になっている。

16. SAMBA DA PERGUNTA (ASTRONAUTA) <宇宙飛行士>
 何か考え事をするとき人はよく上を見上げる。僕もよくライヴの間で次の曲を考えたりするとき見上げるクセがある。もしかしたらある種のヒントのようなものは頭の上から降って来るのかも知れない。
 いなくなってしまった恋人、彼女は今遠い空の彼方、金星か火星かどこかに行ってしまった…。空を見上げながら思いを巡らす、シュールでもの悲しい曲だ。
 和音というものは単体ではそれほど表情のないものだが、流れになると様々な感情や風景のイメージを喚起することが出来る。不安定さを感じさせるこの曲のコード進行は、曲全体をまるで夢の中の出来事のような雰囲気にしている。


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