NEW CD
Yoshiro Nakamura
Luminoso/ルミノーゾ

Sony Jazz Yoshiro ページもご覧下さい。

Sony Music (SICP-9)
2001.10.24 in stores

前作「シンプレス」で王道ボサ・ノヴァを聴かせた中村善郎の新作は、
今ジャズ界で熱い注目を集めるリチャード・ボナを迎えた
バンド・スタイルでのニュー・ヨーク録音
輝きに満ちた疾走感と、心地よい夢幻の小宇宙・・

20年にわたり自らのボサ・ノヴァ・スタイルを貫いてきたアーティスト、中村善郎
ボサ・ノヴァの原点である弾き語りスタイルをメインとする名曲集『シンプレス』を世に問うて1年、
「日本が生んだボサ・ノヴァのマエストロ」としての認知もいよいよ高まりつつある。
そんな中村の新作は
それぞれが強烈な個性を放つアーティスティックなミュージシャンが一同に会したバンド感の強い作品。
中村のギターとヴォーカルを中心に全体をボッサのソウルが貫きつつ、
多国籍でヴァラエティー豊かな内容になっている。
大注目はリチャード・ボナの参加。
ボナの無限の可能性を感じさせるマルチな才能と天真爛漫なキャラクターに
すっかり魅せられた中村の強烈なラヴコールで
タイトなスケジュールの中N.Y.で二日間のレコーディング・セッションが実現した。
(ふたりはボナが歌ったNHKみんなのうた『風がくれたメロディ』を共作しているが共演は初めて)
同じくアフリカにルーツを持つパーカッショニスト、カフェの参加もあり
この二人のリズミックなアフリカン・テイストが生み出す疾走感が今回の作品の大きな特徴になている。
またボナの友人であるアーロン・ハイク(Fl,Cl)の参加は
中村が一番大切にしているサウダージ感覚、距離感と持った叙情性の適格な表現を生んでいる。
そして、このアルバムのもう一つの世界として展開されるのが
長年の盟友フェビアン・レザ・パネをフューチャーしたトラック
美しい音色を絶妙の「間」とが
夢幻の宇宙を浮遊するかのような不思議体験へと聴くものをいざなう・・
もちろん中村の真骨頂である弾き語りやギター・ソロも収録。
彼が音楽を担当した映画「坂の上のマリア」からのトラックも・・



参加ミュージシャンからのコメント>

It was such a pleasure working with Yoshiro Nakamura for the first time.
He is a true universal musician.

中村善郎と初めて仕事ができてとても嬉しかった。
彼は、真にユニヴァーサルなミュージシャンだ。

- Richard Bona


What a treat to record with Yoshiro, a Japanese artist with a true "coracao
brasileiro". I thoroughly enjoyed working with him on this project, as well
as the rest of the musicians and look forward to the next time!

真の「ブラジルの心」を持つ日本人アーティスト、
善郎とのレコーディングはどんなに素晴らしかったことか。
彼と、そして他のミュージシャン達とのプロジェクトは本当に楽しかった。
次の機会が楽しみだ!

- Aaron Heick


Mr. Nakamura is not only a great musician, but a great singer and composer.
When I heard his voice in a demo tape, I thought he was Brazilian. He was
born in Japan, but he has the soul of Brazilian with a great sense of humor
and great music skills.

ミスター中村は偉大なミュージシャンであるばかりでなく、偉大なシンガーであり作曲家だ。
デモテープを彼の声を聴いた時には、ブラジル人だと思った。
彼は日本生まれだが、素晴らしいユーモアのセンスと音楽的能力を備えた
ブラジル人のソウルを持っている

- Cafe


ボナの疾走するベース、カフェのしなやかなリズム、アーロンの確かな描写力・・全てNYならではの得難い体験でした。また、長年の夢だった善郎さんとの「二人会」レコーディングも果たす事が出来ました。素晴らしい機会を与えて頂いたことに心から感謝します。まだ見ぬ新しい地平を一緒に旅する日がまた来ることを祈って
- Febian Reza Pane

レコーディング風景を納めたStudio Reortもご覧下さい!


収録曲

01 坂の上のマリア/Maria
<Yoshiro Nakamura>
02 許さなければ/E Preciso Perdoar (It's Necessary to forgive)
<Carlos Coqueijo-A.lcivando Luz>
03 サンバがサンバであるからには/Desde Que O Samba E Samba (Since Samba is Samba)
<Caetano Veloso>
04 君の窓辺に/Na Tua Janela (At Your Window)
<Yoshiro Nakamura-Lysias Enio>
05 坂の街の若者/Cancao dos Jovens(Song of Young People)
<Yoshiro Nakamura>
06メニーナ・フロール(花のような少女)/Menina Flor (A Girl Like a Flower)
<Luiz Bonfa-Maria Helena Toledo>
07 白黒のポートレイト/Retrato em Branco E Preto (Picture in Black and White)
<Tom Jobim-ChicoBuarque>
08 バラの園に降る雨/Chovendo Na Roseira (Double Rainbow)
<Tom Jobim>
09 ジェットのサンバ/Samba do Jato (Samba of Jet)
<Toquinho-Vinicius de Moraes>
10 空と風の物語/A Historia do Ceu e a Brisa (The Story Of The Sky And The Wind)
<Y.oshiro Nakamura>
11 トムへの手紙~トムからの手紙/Carta ao Tom~Carta do Tom
(Letter To Tom Jobim~Letter From Tom Jobim)
<Toquinho-Vinicius de Moraes/Toquino-Tom Jobim-Chico Buarque>
12 すべてがあなたのようだったら/Se Todos Fossem Iguais a Voce (Someone to lightUp My Life)
<Tom Jobim-Vinicius de Moraes>
13 さよならを言うために/Pra Dizer Adeus (To Say Good Bye)
<Edu Lobo-Torquato Neto>
14 風がくれたメロディ/A Melodia Que o Vento Me Deu (The Melody The Wind Gave to Me)
<Richard Bona-Yoshiro Nakamura>
15 夕暮れの情景/Por-de-Sol (Sunset)
<Yoshiro Nakamura>



Musicians:
Yoshiro Nakamura (vocal, guitar)
Febian Reza Pane (piano)
Richard Bona (electric bass, guitar, chorus)
Aaron Heick (flute, alto flute, clarinet, bass clarinet)
Cafe (Edson Ada Silva) (percussion)

Richard Bona appears courtesy of COLUMBIA RECORDS.
Cafe appears courtesy of CAFE RECORDS AND LINK ART PRODUC.CORP.

All songs arranged by Yoshiro Nakamura

***

Produced by Kozo Watanabe* & Yoshiro Nakamura
Recorded by Jay Messina, Naoto Tanemura (vocal dubbing; tracks 4, 5, 9, 14)
Mixed by Tom Suzuki
Assistant engineers: Todd Parker, Adrian Dawson, Naoto Tanemura, Yoshinori
Yamamiya
Mastered by Machiko Suzue
Recorded at Sear Sound in New York City, June 26 ~28
and Sony Music Studios Tokyo (Nogizaka)
Mixed at Sony Music Studios Tokyo (Nogizaka) , August 1, 2 and 8, 2001
Mastered at Sony Music Studios Tokyo (Nogizaka)


 中村善郎自身によるライナー

 LUMINOSO(光)に関する二つの情景と解説
 広いところを放浪してみたい、というのが子供の頃の夢だった。空がとても大きくて大地が果てしなく続く、そして木々の葉を揺らせて様々な風が吹き抜ける場所、その中をあてもなく歩く自分、そんな風景をぼんやりとで思い浮かべるのが好きだった。どちらかというと内向的で、何に対しても飽きっぽくて面倒くさがりやで、何かに熱中すると言う事があまりなかった僕だが、不思議とその想いだけは飽きずに抱き続けていた。そしてその広い場所として思い描いていたのがブラジルだった。今と比べるとはるかに情報がない時代、なんの根拠も知識もあったわけではない、ただブラジルという言葉の響きと小さい頃に見た国旗のデザインが僕のイメージにぴったりだったのだ。具体的なものはなにもなくただのイメージとして、はるかに遠く広大な大地、それが僕のブラジルだった。
 今の僕の仕事を考えるとブラジルを中心に二年間南米を放浪したのは、音楽の修行のためだった、と思われてしまうのだが、実際はその子供の頃の想いを果たすための旅だった。音楽の方はどちらかというと、放浪中に出会ったというのが本当のところだ。
 それももう20年以上前の話だ。
 バックパックを背負い南米大陸をバスで移動し続けた。南米にいる間は飛行機には乗ったことがなかった。理由は単純に運賃が高いためだが、時間が掛かっても広大な大地を肌で感じたいという気持ちもあった。
 それにしてもブラジルの大地は広大だった。バイーアからサン・パウロの旅で36時間バスに乗りっぱなしだったことがあるが、その間風景が殆ど変わらなかった。赤土の大地がうねり濃い緑の灌木がその上にへばりついている。時々埃っぽい赤茶けた町や村が現れそれがまた後方に去って行く。まったくうんざりするほど変化のない風景。長時間の乗り物に乗っていると時間の感覚が麻痺してくる。眠りも浅くボンヤリとした頭で僕はエンジン音のうるさいバスの後部でガタガタと揺られながら、いつまでたっても変化しない窓の外を眺めていた。
 夜明け前、休憩のためドライヴ・インに立ち寄った。バスは乗客を降ろすと給油にどこかに行ってしまい、急に静寂が戻った。短い休憩とは言え、狭いバスから開放されるのは気分がよかった。顔を洗ってコーヒーと軽い食事をとると少しボンヤリしていた頭がはっきりしてくる。バスが帰ってくるのを待つ間僕はドライヴ・インの外に出て、夜明け前のまだひんやりとした風に吹かれていた。僕以外の乗客達もみんな外に出てタバコを吸ったりぼんやりと外を眺めたりしていた。目の前に疲れたような道路が横たわっていたが、そこを通る車は殆どなかった。その向こうはお馴染みになってしまった大地が、はるかに続き、どこか遠くの町の灯りが見えていた。
 夜が白み始めた。陽が昇る直前、ゆっくりとあたりが明るくなる時間、僕はずっとその光景を見ていた。光の量が増えるに従って静かに様々な色が甦って来る。その情景は地球が太陽の光を浴び始めた、というよりは大地が貯めていた光を解き放っているようだった。光を解放しながら大地が目覚めていく・・、なぜかその光景に僕は懐かしさを感じた。そして時間の流れがまるで顕微鏡でのぞくようにつぶさに感じられた。
 今、日本は夜を迎えようとしているのだな、とボンヤリ考えた時、突然思いもしなかったことに強烈に孤独を感じた。でもそれが僕にはとても心地良かった。
 ボロボロのバスと時々素晴らしく遅い鉄道を乗り継ぎたどり着いたアンデスの高地。もう名前も忘れてしまったがボリビアのはるかな田舎の村に行った時のことだ。いつものとおり行き当たりばったりで、なんの情報もなくトラックの荷台に揺られながら、その村を訪れたのだが、そこでは偶然ささやかな祭りが行われていた。その最大のイベントが松明を持った若者が村のさらに高台を目指して走る一種の競争だった。電気の通っていない村、まばらな家の中のランプと満天の星だけが唯一の光だった。その中で急に灯された松明の光は異様に明るく輝いていた。
 荒々しい足音と共に村の中心の広場をスタートした若者たち、その足音が次第に消え、微かに見えていた白いシャツの後姿も闇に溶ける。そして松明の明かりだけが点々とゆっくり移動していく。空気が薄いせいでそれがなんの曇りもなく見える。村の人たちもその光をただ静かに見詰めていた。誰が先頭を走っているかは誰にも分からなかったと思う。みんな黙ったまま小さくなっていく光の行進を見ていた。
 そして坂道にかかりその光は空に向きを変える。闇に溶け込んだ急な坂道を微かな光が上って行く。高地のさらに高みを目指して・・。若者達の荒い息遣いは届かず、ただ静寂のなか満天の星の中にそれが溶け込んでいく。やがて僕の目にはもう松明の光と星の光を区別することができなくなっている。それはあまりに幻想的で美しい風景だった・・。
 今の僕はかつての自分とは違う。あの頃のようにあてもなく放浪する、もうそんな機会はないかも知れないと思う。あの星空や風の感触、いつでもその世界に戻れるような気がしていたが、本当ははるかに遠くなっていた。でも今の僕は気がつくと音楽を通してあの頃の風景を語ろうとしている。それは必ずしも現実の風景ではなく、多分に僕の思いを反映した心象風景だろう。でも僕はギターを演奏し歌うとき必ずそういった風景の中にいる。イマジネーションの世界では僕はスタジオのマイクの前や、地下のライヴ・ハウスではなくいつも広大な大地と空の中にいるのだ。
 リチャード・ボナのことに少し触れよう。
 僕が初めて彼と会ったのは一昨年の暮れのあるパーティの中でだ。その時の彼は少し疲れていたのかも知れない、普段の彼を考えると口数が少なく、どちらかと言うとひっそり、といった感じで部屋の片隅にいた。飛び入りライヴもあるパーティで彼も誘われていたが、恥ずかしそうに断っていた。ただ僕の楽器に興味を持ったらしく、「少し弾かせてくれるかい?」と聞いてきた。僕は喜んでギターを渡した。部屋の隅っこに座り彼は僕のギターを弾き始めた。あまり彼のことを知らなかった僕は、彼をフュージョン系のスーパーなベーシストとしか思っていなかった。ミュージシャンの中には自分の専門以外の楽器をこなす人も多くその中でギターは一番手軽なものだ。だから、そこそこのものは弾くだろう、とは思ってはいたが、実際彼が弾き始めた瞬間僕は目を見張ってしまった。軽く躍動するアフリカ的なリズムのカッティング、早いスケールのパッセージを弾いたとき、それはまるで大草原を走る野生の動物のようにスピードと躍動感に溢れていた。短い間だが楽しそうにそして表情豊かに何曲かの断片を弾いて見せてくれたあと、「Good guitar!」といいながらギターを返してくれた。その間僕は東京のバーにいながら広大な草原の中にいるような気がしていた。
 その後彼の曲、二曲に日本語の詞を書くことになった。そのうちの一曲がこのアルバムにも収録されている「風がくれたメロディ」だ。元々はNHKの「みんなの歌」という番組で彼自身の歌で流すために作ったもので、実際昨年の暮れから今年の初めにかけて放映された。広大な大地を放浪する吟遊詩人をイメージして書いた、というより、彼の存在感があまりにも強くてどうしても、そういった内容の言葉しか浮かばなかったのだ。
 いながらにしてある風景を体現する人、なにもしなくてもその人がいるだけで場の雰囲気が一変してしまう、例えばボナの場合だったら、そこがどこであれそこには広大な空間を吹きぬける風や、そこを自由に駆ける俊敏な筋肉を持ったものの姿を感じることができる。僕の比較的身近な存在でそうなのはピエール・バルー氏だ。ボナの場合あまりにベースのプレイが強烈でそのことを重点的に評価されがちだが、彼もタイプは違うがピエールと同じような強烈な空間を感じさせる存在感を持っている。 
 乱暴な言い方をするとミュージシャンには二つのタイプがあると思う。ひとつは音を音で語る人、例えばジャズのジャム・セッションなどは音のピンポンを楽しむような世界だ。その他でも音自体を聞かせる為の音楽は多い。もうひとつのタイプが音を通じて様々な感情や風景を語る人たちだ。ピエールやボナは明らかにそのタイプで、それは意外と稀なことだ。余談だがヒーリング系と呼ばれる柔らかな音を主体にした音楽がある。その多くは自然や空間を意識して作られている、という風に明記されているが、実際にそういったものを感じさせるものは少ない。誇張された柔らかなタッチの音があるだけでそこには空間が感じられない。ボナのアルバム「シーンズ・フロム・マイ・ライフ」それからこのCDがリリースされるまでにはもう出ている彼の新作を聴いてみて欲しい。センチメンタルで優しい彼独特の広大な空間に浸ることができるだろう。
 カフェ、N.Y.でボナとのレコーディングが決まった時に真っ先に思い浮かべたのが彼のパーカッションだった。彼はブラジルを離れN.Yに拠点を構えてから16年経つと言っていた。ボナと彼はハリー・ベラフォンテのバックで共演して以来の友人だということだ。コンソール室では彼とボナがさかんに冗談を言い合い、プレイバック中はずっと二人で踊っていた。エンジニアのジェイがちょっと煩そうにしていたが、そんなことはお構いなしだった。今回収録した僕のオリジナルは小品映画「坂の上のマリア」(瀬木直貴監督)のために書いた曲が中心になっているが、カフェは映画の内容まで詳しく僕に説明を求めてきた。その結果は見事に的確なものになっている。
 「音楽を目指すものはすべて魂の兄弟だ。僕はまた素晴らしい兄弟にめぐりあった・・」そういって彼は僕の音楽を祝福してくれた。
 ボナの友人、アーロン。このレコーディング・セッションが始まる前日まで一週間ほどバイーアで休暇を過ごしていた、と言っていた。片言のポルトガル語も話すブラジル好きだ。このアルバムも本当に楽しんで参加してくれている。ボナのアルバムでも彼の素晴らしいプレイが聞けるが、このアルバムでもリリカルなプレイでサウダージ感覚のテイストを加えてくれている。骨太で安定した音色が本当に心地良い。あまり演奏する機会がない、といっていたバス・クラリネットも素晴らしいかった。彼にはプレイして欲しい場所を言ったぐらいで、演奏の内容に関してはなにも言っていない。でもプレイを聞いていて僕が違和感を覚えることは一度もなかった。彼もボナの友人らしく音で風景を語れる人だ。その風景を僕らは共有できたと思う。
 そしてパネ君、彼は僕のもっとも古くからの友人の一人だ。ライヴやレコーディングなど様々なセッションでも一緒に演奏してきたが、ここ6,7年ほどは「二人会」というタイトルでデュオの活動を中心にして来た。リズム・セクションを安定させるより二人だけの方が自由なリズムの中を泳ぐことができるからだ。目をつぶって崖の上からジャンプしても同時に同じところに着地できる、それがパネ君と一緒に演奏しているときの僕の感想だ。このアルバムでもデュオの曲の殆どは譜面もなしに演奏している。もっとも尊敬し信頼しているミュージシャンの一人だ。以前から二人を中心にしたアルバムを作ってみい、と思っていたが、今回部分的ではあるがそれが実現してうれしかった。
 面白いことに今回のメンバーは全員の国籍が違っている。パネ君は、今はもう日本人になっているが、インドネシアの血を半分もっている。ボナがアフリカ・カメルーンでカフェはアフロ・ブラジリアンだ。アーロンが生粋のアメリカ人で、僕は生粋の日本人だ。そのメンバーがN.Y.という人種の坩堝の大都会でボサ・ノヴァを土台にしたセッションをしている。考えてみれば不思議なことだが、それが音楽を通じて風景を共有する、ということだと思う。
 僕がブラジルに行くきっかけにもなった、ヴィニシウス・ジ・モラエスの「祝福のサンバ」の詞の一節にこんな言葉がある、「人生は出会いの芸術だ・・」
 このアルバムに関わってくれた人々、そして僕の音楽を聴いて頂いているすべての人々感謝をささげたい。Saravah!

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