オウムが棲んだ杜
| 「『電話じゃなんだから、とにかくすぐうちに来てくれ』
前々日の三月十八日の夜、私の自宅に会社の上司からこんな内容の電話がかかってきた。 いったい何が起きたというのだ。電話ではすまない内容なのか。土曜日の夜だというのに……・ 渋々、上司の家を訪ねた。 『どうも二〇日、オウムに強制捜査が入るらしい』……」 1995年3月20日、山梨県上九一色村で、「強制捜査」を待ちわびていた著者の耳に飛び込んできたのはラジオから流れる「地下鉄サリン事件」のニュースだった――。
日本中を震撼させたあの事件からすでに丸5年が経とうとしている。多くの謎を残したままオウムの教団施設は取り壊され、全盛期には800人の信者が生活したという上九一色村の「サティアン」、麻原教祖の出生地・熊本県にあった「シャンバラ精舎」は今では更地となってしまった。
著者は二つの"場所"を行きつ戻りつ、ひとつひとつの光景をカメラにおさめていく。当時多くの報道陣がつめかけ、我々も目にしたはずの教団施設の映像とは一風異なる光景がそこにはある。彼らがかたむけたエネルギーの出所を「マインドコントロール」の一言で片付けることはできるのか。また彼らが本当に目指したものは何なのか。オウムの痕跡を追う旅の果てに視えてきたものは――。 古賀義章写真集『場所―オウムが棲んだ杜』(晩聲社刊)のプレスリリースより】 |