13.歴史

<千葉・市川の歴史>
「博物館に学ぶ ちばの歴史」
千葉県高等学校教育研究会歴史部会/山川出版社/\2500
発想は素晴らしく、出来もまあまあ。博物館を紹介することによって千葉の通史を理解させようという意図はよく分かるが、著者達の力量が付いて来なかった。イデオロギーや通説に捕らわれて真理の追究が出来なかったり、読者に面白がってもらえる発想や文章力が不足していては楽しんでもらえない。惜しいなあ。
「市川の歴史」
中津ゆう子/市川よみうり新聞社/\2000
有名な世界史や日本史ではなく、各地には各地の歴史があり、それぞれの歴史が書かれ読み継がれて行くべきだと思う。歴史は一つではなく、立場、思想、文化によってそれぞれ違う解釈が成り立つものだから。そういう意味でこの本は素晴らしいし、新たな認識ももたらしてくれた。しかし、内容と文章はもう少し何とかならないものか。奥付けを見ると、昭和58年発行。なるほど。
「市川まちかど博物館」
いちかわ・まち研究会/エピック/\1143
市川の魅力を簡便に紹介し、未来の発展に結びつけたいという地元グループの本。応援します。

<通史>
「帰化人」
関晃/講談社学術文庫/\880
帰化人は我々の祖先で有り、彼らのした仕事は、日本人のためにした仕事ではなくて、日本人がしたことなのだという。新撰姓氏録の姓の三割は帰化人の系統らしい。なるほどと思う。真面目に地道に学問している方だと思う。遣新羅使の重要性も指摘しているが、知らなかった。
「古代史 9つの謎を掘り起こす」
関裕二/PHP文庫/\476
邪馬台国はどこにあったのか、なぜ継体天皇が即位したのか、など9つの謎に著者が挑む。意図は充分分かるけれど、思い込みが強くて仮定の上に仮定を積み重ねて話を進めるので、ちょっとしんどい。小説と歴史は違うんだからね。
「日本冒険 第一巻 異界の旅へ」
梅原猛/角川書店/\1500
火・鳥・柱・異界について、梅原史学のエッセイ炸裂という感じだ。昔、「隠された十字架」を読んだ時、こんな考えが有ったのかと感動したが、何冊か読み進むと、証拠の無い思いつきには飽きが来る、良い視点を提出してくれるのだが。今回もその感がある。突き詰めて研究し、論理性のあるレポートにするか、面白い小説にしてくれると楽しめる。歌舞伎ヤマトタケルの脚本を書いたそうだから、一度見に行きたい。
「古代人のコスモロジー」
谷川健一/作品社/\1600
コスモロジーというには大げさだが、日本の神観念・異界観から始まり、天皇と斎宮の関係までの試論。面白く考えさせられるが、もうちょっと推敲して文章をまとめて欲しいものだ。
「日本古代史の歩き方徹底ガイド」
オフサイド・ブックス編/彩流社/\1200
異論はおおいに歓迎するのだけれど、小説と学問は違うという最低の認識は有って欲しい。政財界・知識人と言われる中にも多い現象だが。ただし、銅鐸は神山の方に開口部を向けて埋納されるという説と、福岡平野周辺の地名が大和平野にコピーされているという説は面白い。地方へ行ったり、地図を見たりして同じ地名に驚くことが有る。追求してみたいことだ。
「国民の歴史」
西尾幹二/産経新聞社・扶桑社/\1905
この内容をよくこの値段で出版したモノだ。確かに「国民の歴史」と名付けただけの価値がある。もちろん著者によって歴史は変わって当然だが、西尾氏の説く歴史は納得できるし、日本人に勇気を与えるモノだと思う。価値と文化の相対性、歴史を見る公正な視点を持ち、なおかつ日本の正当性を叙述する姿勢は見習いたい。
「日本人の自然観」
伊東俊太郎編/河出書房新社/\3689
縄文から現代科学まで、日本人の自然観についての、国際日本文化研究センターの共同研究をまとめたもの。現代に近づくに連れて、私の理解が及ばないが、それなりに勉強にはなります。
「日本異界絵巻」
小松・宮田・鎌田・南/ちくま文庫/\880
異界に係わる人物、異界に属する妖怪変化の身元調査記録。歴史は実在人物の行動の集積が作る。しかし、想像された物によって人は動き、歴史は作られる部分も多い。思想・書物・芸術作品等はその最たる物だろう。
「続・照葉樹林文化」
上山・佐々木・中尾/中公新書/\680
照葉樹林文化は、BC5000年頃、中国雲南省辺りを中心とする「東亜半月弧」を源流として広まったとする壮大な仮説。アワ・稲の植生から、歌垣・夜這いまで幅広い知的冒険が心地よい。

<暦>
「旧暦と暮らす」
松村賢治/ビジネス社/\1600
現在の暦は、季節と合わなくていつも変だなと思っていた。それは当然の話で、日本の風土に合わないヨーロッパの太陽暦を強引に当てはめたものだから、季節と合わないのは当然のことなのだ。いわゆる旧暦は、アジアと日本の風土に合わせた太陰太陽暦で、決して時代遅れのものではなく、緻密に構築された、自然と共存できる素晴らしいものらしい。使ってみようと思うが、製作元の大阪南太平洋協会に問い合わせたら、売り切れという素っ気無い返信が来た。
「暦をつくった人々」
ディビッド・E・ダンカン/河出書房新社/\2300
テーマに惹かれて買ったのだが、途中で投げ出してしまった。興味津々の話なのに、サッパリわくわくしない。何故かなあ。

<その他>
「絵巻物に見る日本庶民生活誌」
宮本常一/中公新書/\760
絵巻物に描かれたモノから日本の歴史を読み取るという発想は素晴らしいが、読み取りと表現が稚拙で、表面をなぞっているだけのように感じる。これが宮本常一かあ、という感じだ。
「山の民、川の民」
井上鋭夫/ちくま学芸文庫/\1200
中世史を研究するのに、文献だけでなく考古学、民族学、地名などを駆使して学際的に研究する。地方を証査する。どちらも当たり前のことだが、筆者以前にはあまりいなかったらしい。問題は文章が分かりにくいこと。
「弾左衛門とその時代」
塩見鮮一郎/河出文庫/\720
江戸時代、関八州の長吏・穢多・非人などを支配し、治安維持、牛馬の処理、皮革武具の製作に携わった人とその制度を弾左衛門という。明治からの部落差別に繋がる、まだ手のつかない重要な歴史課題だ。
「天璋院篤姫と幕末動乱」
-/新人物往来社/\1800
鹿児島にも行って島津藩に興味を持ったし、篤姫もと思ったが、面白くなかった。別冊歴史読本は独特の変な文章が多い。篤姫の写真は興ざめ、あの傲慢そうな顔つきはいただけない。
「犬は「びよ」と鳴いていた」
山口仲美/光文社新書/\740
日本語は諸外国と比較して、擬音語・擬態語が多くて面白みがある。その日本でも、時代により変化があり、江戸時代初期以前には、犬は「びよ」と鳴くと表現されていた。その他擬音語・擬態語についての薀蓄が楽しい。
「鬼と魔で読む日本古代史」
武光誠/PHP文庫/\571
酷い本だ。学術論文とフィクションの区別がついてないのではないか。思い込みと非論理性には困ったものだ。
「戦国水軍の興亡」
宇田川武久/平凡社新書/\760
この著者は国立歴史民俗学博物館教授なのだが、古文書の翻訳をすることが学問だと思っているらしい。まったくつまらない記述だが、参考文献の資料としては使えそうだ。鎌倉時代から瀬戸内で海賊衆といわれた海の武士団が、海外では倭寇として恐れられ、室町時代には守護大名と結託して警護衆となり、戦国時代になると戦国大名の水軍と化していくというのが日本の海賊の歴史らしい。
「古代日本のミルクロード 聖徳太子はチーズを食べたか」
廣野卓/中公新書/\720
日本でも弥生時代あたりから牛を飼っていて、仏教伝来以前から乳加工品を作っていたらしい。酪=ヨーグルト、蘇=チーズ、醍醐=バターオイルに近いものだったようだ。鎌倉時代にいったん日本から消え失せて、明治以降の舶来モノに取って変られたということだ。知らなかった。面白い。でも文章と構成をもう少し何とかしてよ。酷過ぎる。
「徳川慶喜家にようこそ」
徳川慶朝/文春文庫/\543
最後の将軍慶喜公の分家の曾孫、慶朝さんの随筆。まあどうということはないが、同世代として、知っていても良いかな、という程度。
「徳川慶喜家の子ども部屋」
榊原喜佐子/草思社/\1854
15代、最後の将軍慶喜公は、明治維新後に小石川の広壮な屋敷で余生を送った。その孫である筆者が、当時の生活を淡々と書き残してくれた。武家・華族の日常と風俗、言葉・思考などが彷彿とされて、貴重な民俗資料となっている。良し悪しは別として、当時きちんとした風習と躾が有ったのは間違いないし、私の子育てを反省している。でも本当にこういう喋り方をしていたのだろうか、聞いてみたい。
「信長の朝ごはん龍馬のお弁当」
俎倶楽部/毎日新聞社/\1333
題名に惹かれて買ったが外れだった。孫引きと推測が多く、話にならない。
「声に出して読みたい日本語」
齋藤孝/草思社/\1200
暗誦・朗誦とは、「日本語の宝石を身体に埋めておく」ことだという主張は正しい。50歳の私がふと口ずさむ平家物語を、覚えていなかったならばこの幸せは味わえない。受験勉強の暗記ではない、文化の継承という暗誦はもっともっと大事にするべきだ。
「密教入門」
西村公朝/新潮社/\1553
空海・最澄の伝記、曼陀羅の美的空間、護摩供の神秘的所作、秘技的な教義などに興味を持っていたが、何となく遠ざかっていた密教について読んでみたくなった。驚いたことに、仏教が大乗的になり衰えていたインドで、大衆により身近な物とするために、インド古来の神々に大乗仏教を加えて密教が生まれたという点。私は勘違いしていた。

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