写真で見る多々良木


自然




川の水はダムが出来る以前から伏流水であったので、流れているというよりところどころに水溜まりがあるという表現が合っている。多々良木川は昔からそうけ川と呼ばれてきた(笊笥[そうけ]は竹で編んだざると言えばいいか。水が漏ってしまうことからきている)。

狭い谷間の集落なので、家のすぐ裏側には山が迫って来ているという家が多い。
村の氏神さんの神社には、周囲が5m以上もの杉の大木が。

ダム




多々良木といえば何と言ってもダム。昭和46-50年頃に関西電力によって建設されたダムは揚水式では日本一。舗装された広い道路ができ、観光客誘致の施設が次々とできといった具合に、ダムによって多々良木は様相を一変した。

ダム建設のため、奥多々良木の24戸が水没し、先祖伝来の土地家屋を離れて口多々良木に移った。渇水時には、湖底に住居跡が見えたようにも。

あさご芸術の森美術館




目の前がダムという立地条件の美術館も珍しいのではないか。それだけにダムを背景にした屋外展示が見所。

歴史民族資料館



昭和47年、ダム建設のために水没する予定だった井上家を移築復元したもの。
元禄年間(1688〜1704年)に作られたとのこと。兵庫県指定文化財になっている。

家の周りには臼、鋤、鍬、大八車、熊手、竹箒、脱穀機、薪などなどしばらく前の農家には普通にあった農機具、生活用品が並べられている。新世紀になったとは言っても、牛と人力で田を耕していたのはそんなに昔のことではない。

歴史民族資料館の案内書に記載された詩を以下に転載する。
あなたが、
ここを訪れたとき、
あなたは
何に感じ
何におどろき
何を思い続けるでしょうか。
ここは、あなたの
父母のふるさと
祖先のふるさと
それはまた
泣きたくなるような
あなたの
心のふるさとです。

宿



昔は泊まれるところといえばキャンプ場くらいだったが、今は町営の「みのり館」、「播磨ふれあいの家」、民宿の「山水荘」などいくつも。なお、夏場に緑ヶ丘キャンプ場を訪れる人は今も多い。