
中坊の時にもらった中嶋選手直筆のサイン!かなり黄ばんでしまったが今でも宝物だ。
下のレポートは心に残ったレースを自分なりに綴ったもの。中学の夏休みの課題で提出したものの抜粋です。(こんなもん学校の課題で提出していいのか?)
〜 心に残った名グランプリ 〜
1987 ブラジルGP 〜 F1デビュー戦 〜
フォーメーションラップが終わり中嶋は12番目の自分のグリッドに着いた。その瞬間だった、それまで何とも無かったのに、突然胸の辺りが熱くなって涙が滲んできた。
シグナルが赤から青になった。かれにとって始めてのフォーミュラ1決勝レースだ!中嶋は走った、気がつくとそこはフィニッシュラインだった。入賞まで一歩手前の7位入賞!!彼は新人のデビュー戦としては、これ以上は無い成績を挙げた。
引退発表後、彼はこのレースが「一番のいい思い出」と言っている。
1987 イギリスGP 〜 ホンダエンジン1・2・3・4フィニッシュ! 〜
中嶋はこのレースの朝「今日は6位をねらうよ!」と言った。彼がレース前にそんな風に言うのは珍しい事だ。
午後2時30分、決勝レースがスタートした。予選12位の中嶋はスタートでベルがー、パトレーゼをかわした。その後ヨハンソン、チェザリス、ファビ、そしてワーウィックらと戦いフルブーストの走りで4位に入賞した。
そして、このレースはホンダエンジン史上初の「1・2・3・4フィニッシュ」となった。
1987 日本GP 〜 母国入賞 〜
グリッド6列目の予選11位、これが彼のスタートポジションだ。
午後2時決勝スタート、15週目にパトレーゼに追いつくが、彼を抜けない。しかし18週目、中嶋は3年後の日本GPでも見せたF2時代の得意技”1コーナーでアウトから抜き去る!”彼独特の走りでパトレーゼを抜いた!!そしてチーバー、ブーチェンと戦い6位でフィニッシュ!!
レース中、彼のタイヤはチーム事情で早めのタイヤ交換を強いられた。そのためレース終盤タイヤがダレていた。レースに”もし”はないが、もし適正なタイミングでタイヤ交換ができていたら5位になったはずだ。
1988 メキシコGP 〜 2台のフェラーリぶち抜く 〜
左にベルガー、右にアルボレート、2台のフェーラーリ勢の中央突破を決めた。それは決勝スタート直後の出来事だった。スターティンググリッドは3列目の6番目。そしてここロドリゲスは中嶋が得意とするサーキットだ!優勝も不可能でない条件が揃った。
”2台のフェラーリをぶち抜く”自分が見たサトル・ナカジマの最もアグレッシブなレースのひとつがこのシーンだった。
しかし、27週目突然のスローダウン、そしてストップ。ロータスが使用していたエルフのガソリンに混入していた不純物がエンジンストップの原因だった。
1988 日本GP 〜 奇跡 〜
グリッド3列目、予選6番手!充分に表彰台を狙えるポジションだ。
日曜日午後2時、2度目の母国決勝レースがスタート。しかし、クリスマスツリーが青になったが、カーナンバー2、中嶋のロータス100Tは動かない!エンジンストール!マシンが息をとめた。しかし、そこで奇跡は起きた、マシンが再び息を吹き返したのだ。
スタートで大きくポジションを落とした中嶋は、自分が育ったここスズカでアグレッシブな走りを見せ、次々とポジションヲを上げ、入賞まで一歩手前の7位でフィニッシュした。金曜日に母親を亡くした悲しみを乗り越えてのレースだった。
彼はレース後語った、「スタートの時、誰かが後ろを押してくれた!」と・・・。
1989 ポルトガルGP 〜 猛追 〜
予選25位、最悪のポジションだ。中嶋は土曜日のフリー走行で4位のタイムを出していた。しかし、予選でチームがマシンセッティングを間違えタイムが出なかった。
日曜日、決勝スタート。ここからの猛追がすごかった!次々にポジションを上げていく中嶋ロータス!アクセルは踏みっぱなしだ。そして7位完走!!もし、あと5台前からスタートしていたら、1年半ぶりのポイントゲットをしていたかもしれない。
その晩、中嶋は悔しくて眠れなかった。
1989 オーストラリアGP 〜 雨の中嶋 〜
中嶋は予選23番グリッドからスタートし、現在3番手を走行中のパトレーゼを追いかけている。中嶋得意のウエットレースだ!
雨のレースで中嶋の右に出るのは、おそらくアイルトン・セナだけだろう。若いころ中嶋は雨の日も雪の日も、故郷岡崎・三河山地に愛車フェアレディZで通い続けた。だから中嶋は雨に強い!
その日、アデレードで誰よりも速かった中嶋は、ファーステストラップを更新しながらパトレーゼを追いかけた。1分以上あった差を、1コンマ9秒の所まで追い詰めたが残念ながらパトレーゼを捉える事はできなかった。スターティンググリッドがあとほんの少し前だったら、ブーチェン、ナニーニ、パトレーゼを捉えて優勝していたはずだ。レースに”もし”はないが、こう思わずにはいられない。その晩、自分は悔しくて眠れなかった。
中嶋は3年間戦ったロータスに4位・3ポイントを置いてティレルに移籍して行った。