戦争論


「戦争が正しいか、間違っているかだって!?」
 幹下俊夫は、唾を飛ばしながら叫んだ。幹下の前に座っている笠原隆也がコクリと頷いた。
「そんなもの、決まっているじゃあないか。戦争が正しい訳ないだろ」
「何故?」
「それは、罪の無い人々が沢山死んでしまうからに決まっているだろ」
「では問うが…」
 笠原が神妙に言う。
「罪の無い人々が死ななかったら、それは正しい事なのか?」
「な…!?」
「罪の無い人々以外が死ぬのなら、それは正しい事なのか、っていっているんだ、幹下」
 幹下はしばらくの間、それには答えずに黙っていたが、やがて口を開くと、
「…そ、それは屁理屈だ」
「なら、これならどうだ。例えば悪政などに苦しむ人々がいて、その人々を悪政から解放するために戦争をする、というのは? それでも間違いというのか?」
「それは…。いや、それでも戦争はよくない事だ」
「何故? 歴史上でも、解放のために戦争をする、という事はあったんだがな」
 口調を乱すことなく、笠原は淡々と疑問を投げかける。
「それに、戦争が悪なら、どうして戦争や紛争といったものが絶えないんだ? お前はその事をどう説明するんだ、幹下」
「…」
 幹下は答える事ができずに、ただ黙っているだけだった。そこへ、さらに笠原が追い討ちをかける。
「それは、戦争を行なう者同士は、自分のやろうとしている事が正しいと思っているからさ。だから戦争が絶えない」
「お、お前の言い方じゃあ、戦争は間違って聞こえるぞ。さっきまでは戦争は正しいって言ってたじゃあないか」
「いや、俺には、戦争が正しいか正しくないかなんて、判らないね。だからお前に意見を訊いているのさ。今も言ったが、戦争の絶えない理由の1つは、戦争を行なうものは、自分たちの行いを正義と思っているからなんだ」
「じゃあ、そいつらは戦争が――人殺しが正しい事だって思っているって言うのか?」
「まさか」
 笠原は肩をすくめてみせる。
「俺も、戦争自体が正しい事だって思っていないさ。だが、戦争を行なう理由――つまり戦争をする目的が正しいと思っているのさ。それが戦争を正当化させている。主観的に、ではあるがな」
「主観的、か…」
 幹下がボソッと呟いた。
「ああ。それに自分が正しいって思っているだけで戦争が起きるんではない。あと、相手が悪いって思わないとな。だからこそ、戦争では普通の人が考えもしないような蛮行が、平気で行なわれてしまう」
「そうだろ。だからこそ戦争は間違った行為なんだよ、笠原」
 幹下は少しばかり興奮している様である。笠原はと言うと、やはり落ち着き払った様子で幹下の顔を正視していた。
「そうかな? さっきも言ったように、悪政から市民を救うための戦争も、歴史にはあった事だ。国王や貴族などの力の強い者たちが、市民を踏みつけて私服を肥やす。そんな奴らを倒すために、市民が立ち上がる、というのも間違いだって言うのか?」
「…」
 またも返事に窮した幹下は、なにも答える事ができずにワナワナと震えるだけだった。
「さっきも言ったように、俺も戦争自体が正しい事だなんて、全く思っていない。しかし、戦争をしてまで成し遂げなければならない事も、存在するという訳さ。つまり時と場合によっては戦争を起こして良い、というのが俺の意見だ」
「いや、そんなことない。戦争は、人間の行ないの中で最も愚劣な行ないなんだ。お前には解らないのか?」
「ああ、戦争は愚劣な行為だ。それは解っている。しかし、それを理解した上で、戦争を行なった事もあるんだ」
「…」
「話が平行線だな。そこで1つ、面白い話をしてみよう。戦争が間違いか正しいかは別としてな」
「何だ、面白い話って?」
「ある世界で、いくつもの国が存在していたが、その国家の間では戦争や紛争が絶えなかった。そんな時に、ある国の王が類希なる才能を発揮して、近隣の諸国を併呑して行ったんだ。この王は政治的にも、かなりの才覚を有していたので、自国の国民だけでなく、占領された国の国民までもが、ある程度、豊かな生活を送る事が出きるようになった。――ここまではいいか?」
「ああ…」
「それからその国は、帝国と改名した。すでに世界の8割が彼の手中にある。だが、残りの2割の諸国は、一致団結し帝国に立ち向かうんだ。一応、この一致団結した勢力を同盟と呼ぶ事にしよう。
 そして同盟のリーダーが、肯定に向かって、こう言うんだ。『なぜ戦争を――侵略をするのか?』とね。すると皇帝は『今まで色々な国々が戦争を繰り返し、それは絶える事がなかった。それならば、力のある国家が世界を1つにまとめれば、戦争はなくなる』と言ったんだ。それを聞いた同盟のリーダーは『力による統一によってうみだされた平和は、所詮はうわべだけのもので本当の平和ではないし、その力がなくなった時が恐ろしい』と言って帝国に抵抗したんだ。ファンタジー小説なら、この同盟が主人公サイドになるんだがな。幹下、この話をどう思う?」
「もちろん、同盟の言っている事の方が正しいに決まっている」
「なぜ? 帝国の力による統一を否定する。それだけなら、同盟が正しいと言えるだろう。しかし、同盟も所詮は力で帝国に抵抗している。言う事とやる事が全然違う。さっきも言ったが、帝国は悪政を敷いているのではないんだしな」
「それはそうだが…」
 幹下が声のトーンを落とす。
「ここで、両国家には3つの選択肢がある。1つ目、あくまでも戦争を続ける。2つ目、和平。3つ目、同盟が降伏する」この場合、帝国の方が同盟より圧倒的に強いから、帝国の降伏はありえないので、項目に入れていない。お前なら、どれを選ぶ、幹下。ちなみに帝国は、同盟の国民を虐殺したり差別したりはしない」
「そりゃ、もちろん2番目だ」
 幹下は即答した。
「でも、帝国の方新は、世界の統一だから、2番目も項目から外すべきだろう。そうなると、徹底抗戦か降伏の、二者択一になるが、お前が同盟のリーダーなら、どっちを選ぶ?」
「そ、それは…」
 幹下は先程と違って即答しない。
「どっちを選ぶんだ?」
 再度訊かれても、幹下はそれには答えずに黙り込んでいる。
「答えられないだろうな…。降伏を選べば、国家の存亡に関わるし、徹底抗戦を選べば、国家は存続できるかもしれないが、多大な犠牲がでる…」
「そ、そもそも、帝国が戦争を始めなければ、良かったんじゃないのか?」
「ふーっ。話を変えよう」
 急に笠原は話題を変えた。
「2人の男がいたとしよう。その男達は重い病気にかかっている。その病気を治すには、Aと言う薬が必要なんだが、その薬は世界に1つしかない。お前がその病気にかかった男なら、この場合どうする? まさか、自分は死んでも良いから、薬をもう一人の男に渡す、とか言うんじゃないだろうな…」
「…」
 幹下は答えない。
「そう言うことさ。戦争が起こる最大の理由は、自国の――または自分のためなのさ」
「な!! それは違う!!」
 幹下が大声で怒鳴る。
「それも戦争はなくならない原因の1つさ」
「えっ?」
「自分の考えを曲げず、それを貫き通す事が、さ…。だってそうだろ。今のお前は、頭に血がのぼっているが、そんなお前が自我を制御できず俺を殴ったとしよう。個人レベルならそれはケンカだが、国家レベルなら戦争になるんだ」

  後書き

 富山です。
 どうでしたか、戦争論。
 書いてるうちに訳が解らなくなってきました(笑)
 さて、幹下と笠原のどっちが正しいのでしょうか?


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