広大な海。太平洋。
その中心点ともいうべき海域に大小あわせて一三七の島々によってこのハワイ諸島は構成されている。
諸島の総面積は一六七〇七平方キロメートル。
ハワイ諸島の中心であるホノルルは北緯二一度二〇分、西経一五七度五五分に位置している。
『常夏の楽園』
ハワイ諸島は時にそう形容される。
確かに一年を通して燦々と太陽が煌き、寒さに震えることがないこの地は楽園と形容するに相応しい。
そして陽光に煌く湾がある。
その煌きは宝石のよう。偉大なる大自然が産み落とした美の煌き。
その湾の名前は『真珠』。パールハーバーであった。
そしてパールハーバーには巨大な鋼鉄の塊がその身を横たえていた。
北部コロンブス連合が誇る太平洋艦隊の海獣たちであった。
北部コロンブス連合。
西暦一四九二年、『意欲に燃える』若者 クリストファー・コロンブスによって発見されたコロンブス大陸の北部を占める大国である。
しかし大きいのは国家面積だけではない。
その経済規模も恐ろしいまでに大きい。
一度、この北部コロンブス連合が経済制裁にでれば弱小国のみならず、大国であっても傾きかねないほどの力を持っているからだ。
その世界最強の人造国家が誇る最強の海上兵力。それこそがパールハーバーに停泊する太平洋艦隊であった。
ここで舞台を一旦は太平洋艦隊から外させていただく。
パールハーバーから歩いて二〇分ほどの距離に設けられている一軒の家。大きさとしては並程度のまさに『庶民の家』に舞台を移させていただく。
「パパ。ホラ、朝よ。早く起きて!!」
高価な黄金のようなブロンドの長い髪をなびかせた二〇代前半の女性がベッドにだらしなく寝ている男を揺さぶる。
「うぅむ………エレン、後三分でいいから寝させてくれェ」
男は情けない声で金髪の女性 エレンに言った。
「もう! 今日はハーベイさんが挨拶に来るっていうのに………」
エレンのその一言を聞いた瞬間、男は目をカッと開き、ムクリと起き上がった。
「そ、そうだった………エレン! い、今何時だ!?」
「もう九時半よ」
「な、何で起こしてくれなかったんだ!!」
男の抗議の声に対し、エレンは呆れ返ったような表情を浮かべた。
「何言ってるのよ。パパったら何度揺さぶっても起きやしないんだから」
「ヤ、ヤバイ………」
「そうよ。コロンブス海軍太平洋艦隊司令長官ともあろうかたが部下の前でそんなラフな格好じゃダメよ?」
男の格好は本当にラフであった。寝ている最中に何度も寝返りを打ったのであろう。パジャマはヨレヨレ。髪型はボサボサで寝癖がつきまくっている。ハッキリいって威厳など欠片も感じさせない。
しかしこの男こそコロンブス海軍太平洋艦隊司令長官のロバート・アンダーソン大将であった。そして傍らの女性は娘のエレン・アンダーソンである。
現在、彼は娘のエレンとパールハーバー近郊の、提督の住む住宅とは思えぬ小さな家で二人で暮らしている。娘がいるのだから妻は当然ながらいたのだがエレンが八歳の時に病死してしまった。
本来ならば男手一つでロバートはエレンを育てなければならないはずなのだが肝心のロバートの家庭能力は皆無というより絶無であり、逆にエレンに世話してもらっているくらいであった。
「と、とにかく早く身だしなみを整えないと………おい、エレン! 私の制服はどこだ?」
「タンスの中にあるわよ。私は朝ご飯を作ってるから早くしてよね。ハーベイさんにだらしのない所見せないでよ?」
「う、うむ………」
複雑な表情を浮かべながらパジャマを脱ぎ、コロンブス海軍の正装に着替えるロバート。糊のよく効いた、パリッとした純白の軍服は身長一九〇センチ近い長身の彼によく似合っていた。
寝癖でボサボサになっている白髪交じりの金髪………というよりは金髪交じりの白髪を手ぐしでササッと直す。幸い、彼の髪の毛は素直であり、水をつけて撫で付ければあっという間にシャンとしてくれる。
そして顔を洗い、一応の準備を完了させるロバート。
「よし。これでいいな」
鏡に映した自分の姿にウムウムと頷くロバート。
「パパ。髭、髭!」
「いや、これを機会に髭を生やそうかと思うんだが………」
「何言ってるの。パパに髭なんか似合うわけないでしょ?」
「…………………」
そしてブスッとした顔で髭を剃るロバート。娘にはまったく頭の上がらない男であった。
その時、アンダーソン家の呼び鈴が鳴った。
「ゲッ!? もう来ちゃったのか?」
アンダーソンは慌てて髭を剃り終えようとする。しかし慌てすぎて自分の顎まで剃ってしまい、流血沙汰になってしまったのであった………
時計は一九四一年一〇月二日午前九時五三分を指し示していた………
「長官、その………大丈夫なのですか?」
二〇代中盤に見える青年士官がロバートに尋ねた。ちなみに彼の実年齢は三三歳。二〇代半ばではない。
「いや、すまんな。ハーベイ少佐。情けない所を見せてしまって………」
顎に大きな絆創膏を張ったロバートが苦笑いする。後ろでエレンが必死で笑いを堪えている。
「ハーベイさん、朝食は済ませたました?」
エレンがロバートの時とは違い、女性の声でハーベイ少佐に尋ねた。
「いえ。実は私も今日は寝坊寸前だったもんで………」
「ハーベイ少佐。こういう時は素直に『君の手料理が食べたくて』と言いたまえ」
「いや………その、まいったなぁ」
頬を真っ赤に染めて頭を掻くハーベイ少佐。
いい奴だなぁ、まったく。ロバートは思った。
だからこそ娘を任せられるというものだ。
彼、ハーベイ・ランカスター少佐とエレンは恋仲である。ハーベイはロバートから見て、娘を任せるに充分な素質を備えている男だった。
そしてエレンが二人の分の料理を運んでくる。
「………おい、エレン。何でハーベイ少佐の皿にはベーコンがあって、私のには無いのだ?」
「パパは最近、太ってるみたいだからダイエットしなきゃダメよ?」
「あの、長官。自分のをわけましょうか?」
「いや、確かにダイエットは必要かもしれんからなぁ………」
そう言って自分の腹をつねるロバート。二人はそれを見て笑った。
平和な時間であった。
………………………
食後のコーヒーの香りがロバートの鼻を心地よくくすぐる。
「どうだ、ハーベイ少佐。エレンのコーヒーは最高だろう?」
「はい。美味しいです」
「後、一年もしたら君がこの香りを毎日楽しむことになるぞ」
ロバートは微笑みながら今日の朝刊を開いた。
「………ム?」
朝刊の内容に眉をひそめるロバート。
「どうかしましたか、長官?」
心配そうに尋ねるハーベイ。
「………ハーベイ少佐。エレンとの結婚が延期することになるかもしれんぞ」
「「ええ!?」」
同時に驚きの声をあげるハーベイとエレン。
「これを見たまえ」
ロバートは新聞の記事を提示する。
「これは………また大日輪帝国ですか?」
「うむ………」
ロバートは真顔でコーヒーをすする。エレンのコーヒーの味を感じる余裕すら無くなっていた。
大日輪帝国。
ちょうど北部コロンブス連合から見て太平洋の対岸に存在する細長い、まるで弓のような形をした島国である。
ほんの一〇〇年ほど前は産業革命すら行われていなかった後進国家であったが、かの国の国民は皆が勤勉であり、瞬く間に大国の一つにのし上がったという国家である。
かの国がここまでのし上がったのには理由がある。
大日輪帝国には超巨大な金山があるからだ。
彼らはその金を財源に富国強兵を推し進め、一八九四年には大陸のシワノを。一九〇四年にはイワン帝国をも撃ち破るという快挙を成し遂げてみせたのであった。
そして今、大陸のシワノとの第二次シワノ戦争を戦っていて、戦況は大日輪の圧倒的優勢という状況である。
「あの国は危険だな」
ロバートはコーヒーをテーブルに置き、言った。
「かの国は未だにこの世界をセンゴクジダイとかいう群雄割拠の時代と思っている節がある」
「………植民地の時代は後一〇年もすれば終わるというのに」
ハーベイの声は暗い。何故ならば………
「この新聞の記事を信じるならば、大日輪の奴ら、いよいよシワノを併合するようだな」
「信じられません。シワノの国土は大日輪の数十倍もあるというのに」
「不思議ではないさ。かつて、モンゴル帝国は元の国土よりはるかに巨大な土地を支配してみせた」
「………やはりこれも『大日輪の鬼畜王』の成果なのでしょうか?」
ハーベイは『大日輪の鬼畜王』という言葉を忌むべき言葉であるかのように言った。
「………この新聞は推測であるが、『大日輪は我が国を降し、経済の派遣を握って世界を統一する』とされているな」
「ね、ねぇ、パパ。これはあくまで新聞の推測なんでしょ? まだ戦争なんか始まらないわよね?」
エレンが心配げにロバートに尋ねる。
「そうだな………ハーベイ少佐、私はできる限り政府のお偉方と話し合い、戦争を食い止めてみるつもりだ」
「ありがとうございます、長官。しかしそれでは長官のお立場が………」
「構わんよ。戦争なんぞやってはならんのだ。私はそれを食い止めるために極限まで粘ってみせるつもりだ。………この命に代えてもな」
「長官!」
「………第一、この時期にフィリピンのアジア艦隊への増援など危険極まりない話だ。かえって大日輪を刺激するだけだと私は思っている」
「パパ………」
「これはハーベイ少佐がアジア艦隊の増援に加わっているから言ってるのではない。私の嘘偽りない本音でもあるのだ………」
大日輪帝国首都大京。
大京の中心部に首相官邸、国会議事堂を始めとする官庁街がある。
その官庁街の一角にそれはある。
大日輪帝国統合作戦本部。
大日輪帝国の陸海空軍を一本化するための組織である。
「作戦本部長。コロンブス連合がフィリピン方面に艦隊をおくりだすことを決定したようです」
眼鏡をかけた痩身の男が作戦本部長席に腰掛ける男に向かって言い、報告書を手渡した。
眼鏡の男の名は西村 有道。統合作戦本部少佐である。
「そうか。では海軍が提案してきている作戦は中止だな。保有艦艇の何割かを割くことになるハワイ奇襲作戦などをやってしまえばフィリピン方面からの突き上げを受けてしまうからな」
作戦本部長はペラペラと西村少佐に手渡された報告書に目を通す。
「………と、いうことは我々の方針は?」
西村がどこか作戦本部長を試すかのような口調で尋ねた。
「フィリピン方面に対する全面攻勢。GFの保有艦艇のすべてをフィリピンに出撃させてもいい。一週間でフィリピンの制海権を固め、然る後に太平洋方面での攻勢にでる」
「まるで綱渡りですね?」
西村は遠慮なく言った。それに対し作戦本部長は楽しそうに笑い、言った。
「そうだな。確かに綱渡りだ。だが『大日輪の鬼畜王』はやれると言っておるよ」
「なるほど………ところで首相から作戦本部長に言伝です。時間ができ次第、首相官邸に電話するように、とのことです」
「そうか。では今しよう。ごくろうだったな、西村少佐」
そう言って西村を退室させた後で作戦本部長は受話器を取った。
「私だ………ああ、作戦本部長の遠田だ。首相に繋いでくれ」
『遠田君か。すまんな、色々忙しい所を』
白々しい奴だな。貴様がおっぱじめたがっている戦争のせいで私は死ぬほど忙しいのだぞ?
だが遠田と名乗る作戦本部長は内心をおくびにもださず、普段どおりに話した。
「いえ。で、何の用ですか?」
『いやいや。シワノとの停戦が先ほど結ばれたよ』
「!?」
バカな。あのシワノがそんな簡単に停戦に応じただと? 私は後、一ヶ月以上は停戦会談に費やすと踏んでいたのに。
『それで、だ。遠田君。スケジュールの繰上げを頼みたい』
「スケジュールの繰上げ………ですって!?」
思わず声を荒げる遠田。
「………いつですか?」
『そうだな。年内に開戦として欲しい』
「バカな! 今、我々は………」
『わかっている。我々は来春よりの開戦にむけて準備を進めていた。しかしそれでは遅いのだよ』
「何ですって………」
遠田の受話器を握る手が汗に滲む。無論、暑くてではない。
『フィリピン方面に増援の艦隊が来るのは知っておるな?』
「はい」
『その艦隊に我が方の工作員を乗り込ませてある。彼によって開戦を誘発させようと思っているのだよ』
「………なるほど。台湾あたりから偵察機を出させ、それを撃墜させる訳ですか」
『うむ。まぁ、そういう訳だ。という訳で年内開戦ということで準備を進めてくれ』
「わかりました」
……………………………
受話器を置いた遠田 邦彦統合作戦本部長は吐き気に近い感覚に捕らわれた。
クソッ。ダメだ。このままでは準備が整わぬままに開戦になりそうだぞ。
遠田は胸ポケットからタバコを取り、火をつけて思いっきり吸い込み、そして紫煙を吐いた。
「とんでもないことになりそうだな………」
実際には遠田の想像をはるかに上回るレベルの『とんでもない』ことに発展する戦争はこうして始まろうとしていたのであった。
解説(?)
山本「どもどもジャンボ。山本 瑞鶴です」
結城「アシスタントの結城 繁治です」
山本「遂に始めちゃいました。日本を悪役とする架空戦記小説」
結城「そもそも何でこんな小説を書こうとしたんだよ?」
山本「実は私の親父も架空戦記が好きでな。よく買ってくるので私は架空戦記にそれなりに詳しくなったのだが………昔から架空戦記=アメリカが悪でしょ?」
結城「まぁ、な。そうしないと売れないっていうのがあるのだが」
山本「プロというのは商売が絡んでくるのは事実。それは仕方の無いことと諦めよう。しかし私のようなアマにはそんな制限って無い訳じゃないか」
結城「まぁ、そうだわなぁ」
山本「だから一度、日本が悪の小説を書いてみたくなった訳ですよ」
結城「ふぅむ。しかしZHURAVLIKのキャラ総出演みたくなってないか? どうせ『大日輪の鬼畜王』って………」
山本「バカ。ここでネタバレの話はしてはいかん!」
結城「じゃあ話題を変えるが………最初、この解説のコーナーを知得留先生に任せようとしていたというのは本当か?」
山本「ノ、ノーコメントだ」
結城「図星かい」