「世界革命論」を唱えるレフ・デヴィドヴィッチ・トロツキーを指導者と仰ぐソビエト連邦により分断されてしまった大日本帝国。
そんな中、一九四二年四月一日。
「北日本」こと大日本人民共和国は南侵を開始した。
当時、北海道に展開するは帝国陸軍第一〇九師団のみ・・・・・・
さらに開戦初頭のソ連空軍の空襲により三沢基地は壊滅し、制空権をも失っていた。
そんな中、第一〇九師団救援の為に帝国海軍第二艦隊は呉を出港。
一路、北日本の海軍の最重要拠点である室蘭を目指して進撃を続けていた・・・・・・・・・・・・
「長官・・・・・・」
室蘭にある北日本の海軍、正式名称「大和民族解放海軍」の総司令部・・・・・・
海軍長官、山本 吉行大将は参謀長の蒼井 勇中将の言葉に振り返った。山本は今まで室蘭の司令部から見える景色を見ていた。
室蘭港にいた艦艇の大半は既に出撃していない。無論、帝国海軍の進撃を阻止するために出撃したのであった。その為、軍港は寂しげなものとなっている。
「千歳の屋久島少将からの報告はあったか?」
「はい。今、それを報告しようとしました」
「蒼井参謀長・・・・・・」
山本はデスクに座り、腕を組んだ。
「これで我らは同胞殺しの汚名に塗れる事になるな」
「長官、それはもう・・・・・・」
「わかっている。考えても無駄なことはな・・・・・・」
・・・・・・旭川事件での結果、帝国海軍は当時最強の戦艦、長門と陸奥をはじめとする多くの艦艇を接収された。
それらの艦艇で構成されているのが大和民族解放海軍なのである。
その大和民族解放海軍の艦隊の旗艦を勤めるのはかつての戦艦長門、現在の艦名を戦艦「民族」と言う・・・・・・
←戦艦 民族(旧名長門)
その艦橋・・・・・・
「同志長官、あと二時間ほどで砲撃戦可能域になります」
戦艦民族艦長の柿木 武生大佐はそう報せた。
民族艦橋内の長官席に腰掛ける大和民族解放海軍第一艦隊司令長官の緒川 晃中将は一瞬であるが表情を曇らせた。彼もまた「亡命組」である。「亡命組」とは北日本に半ば拉致同然で集められた者たちのことを示す隠語である。
だが表情を曇らせたのは緒川だけではない。民族艦長柿木も、参謀の連中も、皆一様に苦渋の表情を見せている。この艦橋内の大半が帝国海軍の釜の飯を食べたことのある「亡命組」だからだ。
だが例外もいる。
「同志長官、いよいよですなぁ!」
その声に艦橋内は凍りついた。誰もが一様に彼に殺意を顕にした。
彼の名は清水 慶吾大佐。世界中でもソ連と関係のある軍隊しか持たない政治士官という奴である。彼の任務は戦いを勝利に導くことではない。党、つまりは政府に対し忠誠心を抱いていないものを摘発し、粛清することがその役目である。そんな役職のものが好かれるはずもない。おまけに清水大佐はそんな役職を嬉々としてこなそうとする。艦橋内で彼に好意を持つものはいない・・・・・・
「この戦艦民族は世界で初めて四〇センチ砲を搭載した偉大なる戦艦であります。しかもそれを操るのが全世界の人民を階級からの搾取から解放することを目的とした我々とあればもはや敵などおりますまい。奴等、戦わずに逃げ出すかもしれませんぞ!!」
清水はガハハハハハといやらしい笑い声を挙げる。
(日和見主義者め・・・・・・)
緒川は密かに侮蔑の視線を清水に送る。彼は清水の本性を知っていた。それは即ち、彼、清水大佐がかつて大日本帝国にいたころは熱烈な精神主義者であり、事あるごとに「天皇陛下への忠誠心」を誇示していたのである。そんな彼が「階級からの搾取」と戦うのだ。おそらくこの戦いはとんでもない笑劇なのだろう。血に染まった笑劇。観客は誰か?
だが緒川はそんなことを微塵も感じさせずに清水大佐を適当にあしらう。
「同志艦長、帝国海軍の戦力をどうみるかね?」
緒川は柿木に尋ねた。
「はい。旗艦はあの新型戦艦のようです。あれは確か艦政本部で計画されていた四六センチ砲戦艦の『大和型』でしょう。如何に『長門型』が優れていても四六センチ砲艦には勝てません」
「何を言いますか、同志艦長!!」
清水が柿木の言葉を遮った。
「同志政治士官」
だが緒川が清水を黙らせた。その眼光は鋭く、清水大佐を圧するに充分であった。その眼光に怯んだ清水大佐は捨て台詞を残して艦橋内から出ていった。何せ緒川だけでなく艦橋内の全員から鋭い眼光を浴びせられては如何に厚顔の清水でも萎縮する。
「続けてくれ、艦長」
「・・・・・・ありがとうございます。だからこそ、今回の山本海軍長官の立案した作戦が有効と成りえましょう。あれならば撃退可能です」
緒川はクスッと微笑んだ。
「そうだな、艦長。だがあの政治士官の前で『長門型』というのは止めたまえ。今の艦名は『民族』。後方の旧名『陸奥』は『解放』なのだからな」
柿木もニヤリと笑う。
「そういう同志長官も。『同志』を付け忘れてますよ?」
そう言うと艦橋内は爆笑に包まれた。
こういう危険な会話をこの艦隊司令部では好んでいた。
粛清の対象になりかねないが北日本が自分たちの才能を必要としているのも事実。だからある程度の「言い間違い」は「昔のクセがでてしまって・・・・・・」という言い訳で通していた。
そしてこの気風は海軍長官の山本と参謀長の蒼井ですら好んでいた・・・・・・・・・・・・
「敵艦見えゆ!!」
見張り員のその報告に対し、宇垣 纏第二艦隊司令長官は顔を露骨にしかめた。
別にこれから生起するであろう砲撃戦に怯えたからではない。宇垣はそのような怯惰とは無縁の男だ。
だがそんな彼もこの砲撃戦の意味を考えるとさすがに気が引けた。敵は長門と陸奥を主力とし、他の艦艇もすべて帝国海軍から接収したものなのだ。
つまり帝国海軍史上初の同士討ちが生まれるのだ。そして自分はその司令長官・・・・・・
宇垣は己の不運を嘆いていた。・・・・・・嗚呼、もっと早く生まれていれば。そうすれば東郷さん(東郷 平八郎のこと)と共にロシアの海軍と戦えたのに・・・・・・
だが神ならざる身の悲しさ。宇垣には生まれくる時代を選ぶ資格は無かった。
「全力を尽くして奴等を撃滅する。・・・・・・そうすれば長門や陸奥たちの無念も晴れよう」
そう訓示する宇垣であるがその声は震えており、士気向上になったとは思えない。だがそれだけに宇垣の想いは切実であり、第二艦隊全将兵が共感した。
「砲戦準備!!」
第二艦隊旗艦、戦艦大和は自らの先輩を相手に初陣を飾ろうとしていた。
もはや宇垣の眼に迷いはない。後は武人として恥ずかしくない戦いをするのみ!!
「あれが大和か・・・・・・」
双眼鏡越しに見える帝国海軍の新型戦艦は今までの日本型戦艦と同様の塔のようなパゴダマスト。
主砲は戦艦として初めて採用された三連想砲塔が三基。計九門。
全長は全幅に対して短く、やや寸詰まりな印象を受ける。だがそれも被弾面積を少しでも切り詰めようと試みた結果のこと。決して無意味なわけではない。
何よりその戦闘力を裏付けにした威圧感は物凄い。後続の金剛型戦艦が巡洋艦にすら思えてしまう。
「何と言う・・・・・・」
恐らくは人類の生み出した物体の中でもっとも神に近い存在。
それこそが大和なのだ!!
大和はその外見だけで大和民族解放海軍第一艦隊の将兵を圧倒して見せた。
←戦艦 大和
「諸君・・・・・・」
緒川がマイクをとり、訓示を始める。
「我々は祖国の統一の為に遂に動き出した。もはや後戻りは許されない。そう、我々はルビコンを渡河したのだ。諸君等の命をしばらく私に預けてもらう。私の言う通りにすれば、必ずその預かり物を返却できる。では以上だ。一層の奮励努力を願う・・・・・・」
「ウラー!!」
政治士官の清水大佐がロシア語で「万歳」と叫ぶ。だが戦艦民族艦橋内でそれに続こうとするものはいない。
代わりに艦橋内の者は忙しなく動きつづけた。
「軍務に忙しくて付き合ってられないよ」との意思表示でもあるが、実態は一種のサボタージュであった。つまり、「自分たちが戦うのは己の生存のため。共産主義なんかのためではない」というアピールである。だが清水大佐はそれに気付かない・・・・・・
「敵、一番艦、発砲しました!」
尚、この時の双方の艦隊の艦艇は次の通りである。
大日本帝国第二艦隊:戦艦 大和、金剛、霧島。重巡 高雄、愛宕、鳥海、摩耶。軽巡 阿武隈。駆逐艦 四隻。
大和民族解放海軍第一艦隊:戦艦 民族(旧名長門)、解放(旧名陸奥)。重巡 人民(旧名青葉)、革命(旧名衣笠)、同朋(旧名加古)、英雄(旧名古鷹)。軽巡 同志(旧名天龍)。駆逐艦四隻。
奇しくも戦艦以外の数は同等であった。ただ大和民族解放海軍の艦艇は帝国海軍のそれよりも旧式であるのがネックではある。だがその分錬度では同等以上であるとされており、補助艦艇の戦力は拮抗している。
この状況下では水雷戦隊の活躍は望めない。
主力艦、即ち戦艦の実力のみがこの海戦の行方を決める。
こうして室蘭沖海戦は勃発した・・・・・・
大和が生涯で初めて放った斉射・・・・・・
九発の、世界最大の口径を誇る四六センチ砲弾は空を切り裂き、轟音と共に戦艦民族目掛けて飛んでいった。
だが・・・・・・
その弾道は明らかにズレており、命中弾は出なかった。一番近い砲弾で民族よりも五〇〇メートルは離れている。
だがそれでもその生み出す衝撃波は凄まじい。排水量三〇〇〇〇トンをも超えるはずの民族をいとも簡単に揺さぶる。
「クソッ、さすが四六センチ!至近弾でこの威力!!」
民族艦長の柿木が叫ぶ!艦橋内の者は皆、この衝撃と戦っていた。さすがに元帝国海軍のエリートだけにバランス感覚も発達しているのだろう。誰一人その衝撃に屈しようとはしない。
「アヒィッ!!」
・・・・・・否、例外がいた。清水である。彼はなんとも情けの無い声をあげて転倒した。ついでに頭を打って気絶した。その醜態振りに緒川や柿木等がクククと失笑した。
「おい、貴様。このおめでたいお方を自室にでもほりこんでこい」
柿木が駆けつけた軍医にそう命令する。・・・・・・かくして大和民族解放海軍第一艦隊の頭痛の種は退場した。
「情けないやつめ」
柿木が吐き捨てるように言う。
「艦長、射程距離に入りました。いつでも撃てますよ!!」
砲術長からの通達。そして「これを待っていた」とばかりに柿木は大声で命令した。
「撃ち方始め!!!」
民族も吼える!!
大和と民族、解放の撃ち合いは熾烈であった。
だが大和は四六センチ砲戦艦。対する民族、解放は四〇センチ砲戦艦。残念ながら数の優位を保ちながら民族は押され始めていた。
グオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォン
この世のものとは思えない空前絶後の衝撃。
四六センチ砲弾は民族の後部甲板に命中。易々とその装甲を貫いた。幸いにも重要区画ではない。だがこの調子では何時やられるかわかったものではない。
危機である。
だが緒川は落ち着き払っていた。否、落ち着いているように見えるが、しきりに艦隊の位置を気にしている。
「艦長、もう少し北上しよう」
「了解」
こうして大和民族解放海軍第一艦隊は帝国海軍第二艦隊を北へ、北へと吊り上げていった。
砲撃開始から二〇分・・・・・・
既に大勢は決していた。
大和は民族に三発の命中弾を挙げている。
対する民族、解放の二艦は大和に八発の命中弾を挙げていた。
単純に命中弾数だけなら大和民族解放海軍の勝ちである。だが大和の堅牢な防御装甲はそれら八発の魔弾をすべて弾き返した。逆に大和の命中弾はすべて有効打となり、民族は二番砲塔と四番砲塔を破壊されてしまっている。
なお、大和と共に艦隊決戦に加わっているはずの金剛、霧島であるが、この二艦の主砲は三六センチ。民族の四〇センチ砲が大和に通用しなかったように、金剛、霧島の三六センチ砲も民族、解放に通用しなかった。
だが宇垣は勝利を確信していた。大和一隻で、倍の数の四〇センチ砲戦艦を圧倒している!!
「ようし、速度を上げろ!ここで一網打尽にする!!」
「クッ、まだか?!」
緒川にはもうゆとりは無くなっていた。あと一発でも被弾すれば民族は沈みかねない。
「まだ来ないのか?!」
柿木も一緒に祈る。相手は共産主義のイデオロギーでは禁止されているはずの存在。神である・・・・・・
その時、見張り員の報告が届いた。そう、これを待っていたのだ!!
それは即ち・・・・・・
「敵機来襲!!」
見張り員の報告に宇垣は・・・・・・まったく動じなかった。
何故か?
「たかが航空機にこの大和が沈めれるものか。恐れることは無い。急いであの民族と名乗る長門の亡霊を始末せよ!!」
そう命令し、追撃を続行させた。回避運動すらとらせない。
後世にはこの宇垣の対応を非難するものがいる。だがそれは当然のことだろう。これから起こることを予測できた者は人ではない。ソイツのケツには真っ黒い尻尾がはえているはずだ・・・・・・・・・・・・
千歳の航空基地より飛び立ったのはIl−2 シュトルモビクというソ連空軍の新鋭機である。
液冷式エンジン機特有の尖った機首を持ち、さらに二三ミリ機銃二門を備える優秀な襲撃機である。
そのシュトルモビクが大和に襲い掛かった!!
その時、帝国海軍の陣形は砲撃戦の結果、バラバラであり対空砲火の相互支援など望むべくも無い。
そしてシュトルモビクが次々と鳥の糞のような爆弾を投下。
大和に命中し、幾多の閃光と鉄片と硝煙に包まれる。
だが大和は四六センチ砲戦艦である。これしきの打撃で沈没することなどありえない。
そう、この打撃は大和撃沈を狙ったものではないのだ・・・・・・・・・・・・
「やった!!」
民族艦橋内が歓喜に包まれる。あちこちで制帽が舞う。
シュトルモビク隊の執拗な攻撃。これにより大和は完全に行動を停止していた。あれほど恐れていた四六センチ砲は火を吹くどころか、獲物を求めて旋回しようとすらしない。
金剛、霧島、他の帝国海軍第二艦隊残存艦艇は旗艦に何が起こったのかまったく把握できていない。どうするべきか、それすら決めあぐねている。
「よし、反撃開始だ!!」
緒川が戦艦金剛を指差す。そして民族の残存の四〇センチ砲四門が金剛を指向し・・・・・・轟音と共に吼え狂った!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ううむ・・・・・・」
目を開ける。そこに飛び込んできたのは日の光・・・・・・いや違う。これは人工の光、つまりは電球のものだ。
ここは・・・・・・どこなのだ?
いや、待て。そもそもオレは誰だ?
・・・・・・・・・・・・
一五秒ほどでその回答を探り当てた。
オレは宇垣 纏。帝国海軍中将にして第二艦隊司令長官。
「ここは大和の中か・・・・・・」
声に出して呟く。別段返答を期待してはいない。ただの独り言・・・・・・
「いいえ、違います」
「?!」
ありもしないはずの返事を聞き、思わず宇垣はビクリと体を振るわせた。
「誰だ?!」
意識がハッキリしてきたのか、今度の声は凛としており、帝国海軍中将に恥じない威厳に満ちている。
「おひさしぶりです、宇垣中将」
そう言って右手を差し出した男・・・・・・彼は・・・・・・
「山本・・・・・・山本 吉行大佐か?」
宇垣の声に彼はコクリと頷いた。
シュトルモビク隊の攻撃。
あの爆弾は大和周辺にとんでもないものを撒き散らした。
つまりは強力な催眠ガス。
そのガスに包まれた大和の乗組員たちは次々とヒュプノスの誘いに誘われ、眠りに落ちた。宇垣長官であろうと一介の水兵であろうと、問わずにである。
大和を欠いた帝国海軍第二艦隊は総崩れとなった。
民族、解放等の大和民族解放海軍第一艦隊の突撃により戦艦金剛を沈められ、霧島を中破させられた。他にも重巡高雄も沈没するという大損害を受けていた。
さらに大和はそのまま戦艦解放に曳航されて、室蘭に入港した。要するに拿捕されたのである。
・・・・・・そのことを聞かされた宇垣は言い知れぬ敗北感に襲われた。体がカタカタと震えている。
「宇垣長官・・・・・・」
「いや、山本大佐・・・・・・君の勝ちだ。だが・・・・・・」
宇垣は慰められることを拒否した。だが山本にすがるような目つきで重い口を開いた。
「私の部下はどうなるのだ?」
「ご安心下さい。国際条約の通りの扱いをさせて頂きます」
それを聞いた宇垣は安心しきった顔になり、そして倒れこんだ。
宇垣をそのような惨めな状況に追い込んだ山本は得も言えぬ後味の悪さを感じていた。だが退室した。札幌の連中が呼んでいるからだ・・・・・・
「いや〜、見事だったな、同志山本海軍長官」
大日本人民共和国書記長の徳田 球一は至極上機嫌であった。
無理も無い。最大の脅威であった帝国海軍最強の戦艦を拿捕できたのだから・・・・・・
「あれこそ戦術の魔術、とでも言うべきだな。君のような軍人がいる限り祖国統一の日も近いぞ」
徳田は自分の乏しいボキャブラリーの限りで山本を称える。だが山本はそれを内心では冷ややかに見つめていた。
・・・・・・私の祖国はこんな国ではない。私の祖国は・・・・・・
山本は距離的には近いのに、精神的には世界のどの地よりも遠くにある己の祖国に思いを馳せる。この思いが報われる日がくるのだろうか?
自問してみるが答えはまだ出そうにない。
だがこれだけは言える。
山本は自らの手で悪夢を拡大させてしまった・・・・・・・・・・・・