妙好人才市・略年譜

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嘉永3年
(1850年)
  2月20日,大浜村小浜に生まれる。父:要四郎(法名:西教),母:トメ(1才頃から,要四朗の従妹,原田屋のスギに養育される)。
万延元年
(1860年)
11才父方の祖母の実家,大家屋(おおえや)に船大工の弟子として引き取られる。
慶応4年
(1868年)
19才母トメ死去。
明治2年
(1869年)
20才年季奉公をおえ,江津(ごうつ)市和木方面に出稼ぎに行く。この頃から聴聞が始まる。
明治7年
(1874年)
25才セツ(当時24才)と結婚。3年後,加島屋(かじまや)を再興。
明治11年
(1878年)
29才娘サキ生まれる。この前後から,九州の直方方面に出稼ぎに行く。この頃から博多・万行寺の七里和上の法話を聞くようになる。
明治15年
(1882年)
33才本願寺で帰敬式を受け,法名を釈秀素と授かる。
明治17年
(1884年)
35才3ヶ月にわたり,北陸・新潟に親鸞・蓮如の旧跡を尋ねる。
明治18年
(1885年)
36才この頃から宅地や畑などを購入しはじめる。
明治25年
(1892年)
43才この頃,父西教,涅槃寺を引き上げ小浜に戻る。
明治27年
(1894年)
45才父,西教死去。この頃から特に聞法に励む。
明治28年
(1895年)
46才妻セツ,帰敬式を受ける。
明治33年
(1900年)
51才才市,二本松に移る。翌年,二本松からセツに手紙(→手紙2)を送る。
明治40年
(1907年)
58才小浜に定住し,履物屋をはじめる。この頃,娘サキ,梅木右之助と結婚し,朝鮮に渡る。
明治41年
(1908年)
59才才市の育ての親,小鉄屋のスギ死去(83才)。
大正2年
(1913年)
64才9月頃から,「口あい」をノートに記すようになる。
大正8年
(1919年)
70才「角のある肖像画」を描いてもらう。娘サキの三女マサヨを養女とする。本願寺より「金泥六字名号」を授かる。寺本慧達氏により,才市の詩が紹介される。
昭和7年
(1932年)
83才1月17日死去。

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