「時と空」とは、亮がノートに書き残した詩のような散文のようなものの中にあった文言です。
このノートは、亮の死んだ数日後に、友人が亮の机の引き出しにあったのを見つけてきたものです。
このノートは中学校卒業前ぐらいから死の二週間ぐらい前までの間に、気が向いた時に、
たまに書き綴っていたようで、それほど多くはないものの
誰かに見せたいとの目的ではないために、迸る気持ちを正直に表している文章と思い、
私共はこの位の年の若者が何を思い何を感じとっていたのかを紹介致したい気持ちになり、
敢えて数編のみ表に出す事としました。以下はノートからの原文です。
(平成8年1月14日)
今日、久しぶりにこのノートを書く。日記は無理だ。俺の性分にあわんようだ。
そのかわり詩を書いていこうと思う。詩集を作ったのはけっこう前だが、俺には自作の詩がない。
それ故だ。気が向くまま書こうと思う。
冬の夕暮れ もう空は暗い
気がつくと俺は 単車の音と振動に揺られていた
不気味な街灯と 排気音と 単気筒の爆音
俺と政安を乗せたSRは
そのままその大きな16号へと呑まれていくようだ
制服のまんま ふるえながら病院へとたどりつく
昼の顔と夜の顔 ふと考えてしまった
エレベーターに乗り込み 301号室へと向かう
カーテンを開くと寝転んだ実がいた
無邪気な笑顔で俺達は笑っていた
その顔は夜の顔
喫煙所でたむろし 喋りこむ 女 女 女 いつでも女さ
こんな時間が 無意味な時間が たまらなく大切だと考える
失いたくない時だと 俺が生きている時だと・・・・
しかし 俺は感じてない 我を忘れる時が多すぎる
ふと気付き 目を凝視しても感じれない 悲しい
笑う顔は表の顔 泣く顔は裏の顔
笑う顔は昼の顔 泣く顔は夜の顔
俺達の放課後は 単車の排気と煙草とヤニで汚れた顔なのさ
あなたに側にいて欲しい 俺は弱いからだ
あなたにすがりついてしまう自分が嫌だ だから女などいらない
心を埋めるなにかが欲しい。 「夢を追い続けたい!」そういう奴らが羨ましくて、夢をみれない俺が
歯がゆくて、涙が出た。ふさぎ込みもした。怒りもした。けれども、あがけばあがく程、先はやみになり、
やりたい事が失くなっていった。
「応援するぜ! 俺はあんたが夢を忘れない限り」と吐いた俺。
その裏には、嫉妬があったんだ。
やりたい事があってもやれない。
夢を見たくても見られない。
だからきっと大物ぶりたいんだ。
心をふるわす何かが欲しい。
昨日、君は髪を切ったね。いつもの横顔と何だか違う。でも変わりない存在は・・・・・あなたです。
街の人波に目を移すと、とたんに消えゆく君、流れゆく時の速さを限りなく緩やかにするあなたの笑顔、
俺の存在はこの娘と共に在りたい。
一緒にいるという空間だけで、俺の欲望が消えていくのだ! と同時に、現実に引き戻される瞬間もある。
苦しく悲しくうちのめされたその時、泣けて泣けて泣いてしまったあの夜、俺を抱きしめてくれた。
君の手をつなぎ 空を見よう
君の手をつなぎ 星を見よう
君の手をつなぎ 雪と共に行きたい
「17」という歳の重さを感じていた。弾けやしないギターを片手に俺は涙を流した。
動き続ける日常の中で 動き続ける人の群れの中で
詰まったように動かない俺 情けなくて背中を丸める
信じた者には裏切られ 信じて欲しい事も疑われ
寒い夜空を見上げる俺 暗すぎて星も見えない
足の裏が妙に痛んだ 見ると俺は裸足だった
欲望が ごろごろした砂利道を歩いていたんだ
夢を追いつづける奴ら 夢を売り快楽を買う奴ら
夢を見れない俺 切なくて拳を打ちつけた
いつまでも笑う人達 楽しそうに幸せを感じる人達
夢は枯れ果てた
「今」を感じたい俺 血が流れ夜はおちつく
(平成8年5月1日)
俺は葛西の海を見ている。
暖かい夕暮れの日差しと 寄せては返す波。
海の風を受け波を凝視し、彼女の声を聞いていた。
彼女の唇が動く度に、肩しか抱いた事のない俺達の関係を考えていた。
恋というのはこういう事なのだろう。惚れるという事はこういう事だろう。
きっとそうなのだと、弱い俺は思い込む。
恋人という線まで踏み込む事がない俺は、そう思いこみたいのだ。
環七を抜け、六号へと向かう暗闇の国道。
波のような赤いテールランプをかき分け俺達は帰路にいる。
古い写真の中にいるようなナトリウムランプと現実の実感を湧かせる単車の鼓動、
そして背中一杯に感じる彼女の温もり。
そんな夢見心地の一瞬がとても大事に思え幸せと感じる>
これから先はどんな道になっているのだろう。
俺達はどこに流れるのか
俺はどこに流されているのだろうか。これからの未来は・・・・。
そう、今までの進路と言えば、この国道ように、大きく真っ直ぐだった。
大したカーブもなく、道もきれいですさまじいスピードで流れてきたさ、
コンタクトをつけていない俺でさえ。
だからこそ、国道を曲がる時、それがたまらなく不安になる。
そう、国道を曲がる時・・・・・・
信号が赤になり ゆっくりとギヤを踏み下ろす。
クラッチを握り、ブレーキを握る>
いつものようにすり抜けてきた車を見ようとすると、笑顔があった。
笑顔は純真で清楚で、とても・・・・・白かった。
天使が俺の単車に降りてきた。
俺の心の中のわだかまりや、ねたみが薄く安らいでくる気がする。
何故なのだろう>
俺は安心しているんだ。背中を預けてしまっているんだ。
いつ、背中に輝くジャックナイフを突き刺されるかもしれないのに・・・・・
そんな御時世でしょう、今の世の中って言うのは。
誰を信じても同じなのではとおもいませんか?
どいつも腹を割って話さないし、人の心など考えない。
自分の利益になるような事を、
頭の中のそろばんで弾いているような顔をしていやがる。
「大丈夫。大丈夫だよ。」
そう言った。彼女は今、そう言った。
何を言ってるんだろう俺は、最終的に腹を割れないのはこの俺ではないか。
心の奥深で寛容になれないから溶けきれない。芯が溶けない錠剤のような
「信じる事は裏切られる事より苦い事だ」
私も同じように思います。
彼女の広さに、強くなりたいと願う自分は、
また一つ弱さを見つけたのです。
俺達は流れている 時空という大きな激流を
しかし、忘れるな。流されているわけではない、流れているのだ。
その作業は孤独に見えるだろう。が、違う。
単車や車を自ら操り、長い旅に出るのはとても楽しい事なのだ。
途中で体がしびれることも、苦いこともあるだろうが。
人生の地図というものは存在しなく、人はそれぞれ思いのまま、
夢を見つめる虚ろな目で、果てしない時空の迷宮を、
傷ついても手探りしてまで、歩き続けていくんだ・・・・・・・・。
(平成8年5月17日・・・・・死亡する前の最後の記述)
背中が痛くて俺は目を覚ました。体中がアスファルトとその上のガラスの破片で傷ができていた。
どの位眠っていたのだろう。見上げると、月が排ガスの雲に隠れていく。
想えば最後に目を閉じてしまったのは、もう随分と昔のような気がする。
最後に瞳に映ったのは
赤いシグナルと間違いそうなパトカーの赤灯
最後に聞こえたのは
闇を吠える単車のうなり声と パトカーのサイレン
最後に匂ったのは
農夫が精を出して作りあげた田畑の匂い 排気ガス
最後に感じた体の感覚は
突き刺さるような冷風と 強い衝撃
そして
最後に俺の口から出たものは・・・・・・
紅蓮の炎に灼かれる前の悲痛な叫び
そう、俺は逃げていたんだ。生を受けた時からある大きな束縛から・・・・・・。
大気圧のように何も感じなさそうで重い、とても重い圧力から・・・・・。
成長するにつれ実感してくる、見えない社会、見えない汚れ・・・・・
見ることで実感するという
癖をつけてしまっているのか、体のみで感じるとてつもなく大きく存在する「それ」に、
震えることもできず、
恐怖のみが、俺の肩を離さない。
そう、俺は逃げていたんだ。弱く弱く脆い。俺は逃げていたんだ。
進む道を間違え、さらに違う道へUターンした。そして
「それ」が形を成して追ってきた・・・・・パトカーが。
様々な人の前で吐き捨てるように言った言葉が俺にはある。
「俺は強くなりたい、自らの弱さを凌ぐ程強くなりたい」
果たしてそれは実現できたのだろうか。
雲の切れ目から月が顔を出した。やけに美しく見える上弦の月が、やたら痛くて俺は背中を丸めた>
今の俺は本当に弱く脆い。
闇夜に響く音は家族の団欒の声でもなく、人々の雑踏の音でもなく、電車の音でもない。
ましてや単車の爆音でもなければパトカーのサイレンもしない。ただ
俺が肩を震わせすすり泣く音だけがする。
弱さは強敵であった。想像する以上に。いや、想像を絶する程のものだった。
強さを求め経験を積み、さらに強くなったところで、弱さの中から出られなかった。
そして、俺は弱さに負けた。
弱く弱く限りなく強いその弱さは 追い討ちをかける
弱さは 体中の活力をも包み衰弱させる
弱さは 俺が育てあげた強さも衰弱させる
弱さは 俺の弱い部分と認めた所も衰弱させる
弱さは その弱さ自身までもを衰弱させる・・・・・無限地獄
そんな弱さへの旅の中で、弱さへの旅の果てで、惨めさだけが頭を垂らす中、
俺はある事を考えていた。
昔、女神アテナが108匹の魔物を封じ込めた「パンドラの箱」というものがありました。
その箱は誰にも知られず、ひっそりと受け継がれてきました。とても長い歳月をかけて・・・・・。
ある日、少女が父親の倉庫で遊んでいました。そこで、とても美しい装飾の箱を見つけました。
少女がためらいもなく開いたその箱の中からは、封印された悪魔達が飛び出してきました。
一瞬にして空は魔物の影で暗くなり、世界は地獄へと化しました。
その少女が開いた魔物が次々と飛び出してくる箱から最後に出てきたものは
「希望の光」
でした。
俺は、この話を思い出した後、今までの自分を作り上げてきてくれた人達、家族、友人、師・・・・
多くの人の顔が浮かんだ。また強く生きようと思った。
顔を見上げ月をみたら、あの娘の顔が浮かんだ。逢いたい。
この詩のような散文を最後に残して、2週間後に亮はあの世に旅立って行ってしまいました。