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 鹿児島の市電と街  その3
市立病院前電停〜郡元電停
市立病院前電停
鹿児島市立病院の前を走る市電 鹿児島市立病院
 鹿児島市立病院といえば、1976年に誕生した東京・渋谷の山下家、1980年に誕生した鹿児島・徳之島の伊仙町の上木家の五つ子誕生で大いに注目されましたね。特に、NHK政治部記者の山下頼充・紀子夫妻の五つ子の場合は、日本で多胎児を無事に生育させた初めてのケースでしたから、大々的に報道されました。
 その五つ子の誕生と成長を見守った医師が武弘道氏ですが、「東日本税理士法人・特定医療法人協議会」の公式サイトに載っている同氏の特別寄稿「ドクターの肖像」によりますと、鹿児島市立病院に存在した学閥を打破し、「ベッド数687 床、1 日外来患者数1353 人と九州最大の自治体病院」へと成長させ、またその健全経営によって「自治体病院の中では『黒字御三家』のひとつ」と評価されるまでになったそうです。
新屋敷電停
新屋敷電停付近を走る市電
広いパース通りと雄大な桜島

 新屋敷電停は、電車通りがナポリ通りからパース通りと続く広い道路と交差する地点近くににあります。市立病院の横に架かっている大きな歩道橋から眺める景色はなかなかのものがあります。
 左の写真は、その歩道橋から撮りましたが、新屋敷の交差点から東北東の方向にのびる広い道路と東に聳える雄大な桜島が写っています。広い道路はパース通りで、鹿児島市がオーストラリアのパースとの姉妹都市盟約を記念して名づけられています。また右手にある大きな建物は鹿児島中央警察署です。
武之橋電停
武之橋電停付近を走る市電
 鹿児島市の路面電車は、1912年12月1日に鹿児島電気軌道が武之橋から谷山を結ぶ路線を木造の単車7両で運行したのがその始まりでした。南日本新聞開発センターが1985年12月に出した『かごしま市電物語』によりますと、「開通式当日、武之橋停留所は発足を祝って、大きな菊のアーチが飾られ、雨の中を大勢の見物人で賑わった」とのことです。
 天文館通の電停から谷山方面に行くために市電の1系統に乗り、新屋敷から武之橋の電停辺りに差し掛かりますと、車窓から雄大な桜島を見ることが出来ます。なお、1993年8月6日の大水害以前には、桜島をバックにして甲突川に架かる五連アーチの立派な石橋の武之橋も見ることができましたが、残念ながらその大水害のために流失し、いまはその豪壮な姿を見ることは出来ません。


交通局前電停
鹿児島交通局の前を走る市電  鹿児島市交通局

 鹿児島の市電は市の交通局が運営しています。交通局前電停を降りますと、目の前に木造平屋建ての交通局の建物(左上の写真)があり、その右手にはたくさんの電車が並んでいる車庫(左下の写真)を見ることができます。ここが鹿児島の市電の「おうち」なんですね。

 1928年に鹿児島市が路面電車を運営していた鹿児島電気軌道を買収して鹿児島市電気局と称するようになり、鹿児島の市電が誕生しました。その後、電気局は市バスの運行も開始し、1952年には電気局が交通局に改称して現在に至っています。


 
乗客数がピーク時には年間4457万6千人(1963年度)だったのが、2002年は995万9千人まで落ち込みましたが、2003年は1018万8千人と7年ぶりに増加し、2004年度は1057万2千人、2005年度は1063万2千人と増加させています。ガンバレ、鹿児島の市電!!
 

荒田八幡電停
荒田八幡宮付近を走る市電
 交通局前電停からビルの立ち並ぶ電車通りを進んでいきますと、緑の木々がこんもりと生い茂った神社が見えてきます。これが荒田八幡宮です。
 獅子文六が小説『海軍』(1942年発表)のなかで、この荒田八幡宮についてつぎのように言及しています。
 「荒田八幡宮は、由緒のある社で、現在の社殿は、島津十五代の貴久の造営になってるが、奉祀は遥かに古いらしい。九月二十三日の祭礼には、浜下りの行事があって、鹿児島の名物となっていたが、今は廃れた。ただ、宝殿の下の白浜を、蝮蛇(まむし)除けとする風習は、今なお続いている。」
 
 
 
騎射場電停
騎射場電停に停車する市電
騎射場は学生の町

 騎射場は鹿児島大学のキャンパスに近いため、この周辺のお店は鹿大生(鹿児島大学の学生のことで「ろくだいせい」ではなく「かだいせい」と呼称します)がよく利用する飲食店がたくさんあります。
 私が二軒茶屋に住んでいた頃(1979年〜1989年)は、この騎射場の「名画座」という映画館によく行っていました。この映画館、建物はかなり老朽化しており、座席のシートも破れが目立ち、館内はネズミの運動会状態、というのはいささかオーバーな表現ですが、お世辞にもおしゃれできれいな映画館とは言えませんでしたが、ときどき昔の名画がB級、C級映画(さらにはピンク映画)と一緒に安い入場料で上映されていたものです。しかし、残念ながらいまはもう存在していません。
鴨池電停
鴨池電停から郡元電停に向かう市電と鹿児島県庁
鴨池と鹿児島県庁

 鹿児島市民にとって鴨池といえば、いろいろお馴染みの施設がたくさんあります。鹿児島県庁やプロ野球の千葉ロッテマリーンズがキャンプする鴨池市民球場、鴨池公園水泳プール、市立図書館、市立図書館等々。しかし、鴨池電停はすぐ近くに郡元電停があるためかいささか影が薄い電停のような気がします(そう思うのは私だけかな?)。

 そんな鴨池電停を降りて、郡元電停に向かって歩いていきましたら進行方向左手に鹿児島県庁が見えましたので、市電がやって来るのを待って県庁と一緒に一枚の写真に収めてみました。
郡元電停
ダイエー前の郡元電停に停車する市電  郡元電停付近の公園の桜
画像をクリックすると拡大
郡元電停

 
郡元電停は、鹿児島の市電の1系統(谷山線)も停車しますが、2系統(唐湊線:鹿児島駅前〜天文館通〜高見馬場〜鹿児島中央駅前〜郡元)の終点でもあります。両系統の接続地点ですし、また目の前にダイエーも立っているので、乗り換え客や買い物客でいつもこの電停は賑わっています。私も日之出町に住んでいた頃は、よく家族揃って二軒茶屋の電停からこの郡元電停まで市電でやって来て、ダイエーでショッピングや食事を楽しんだものです。

ダイエー鹿児島店西側広場のブロンズの動物たち


 郡元電停のすぐ前がダイエー鹿児島店ですが、その西側広場にロバ、クマ、ウマ、ヤギのブロンズ像が置いてあります。この動物たち、いまはみんなブロンズで作られていますから、もちろん動き回ったりはしませんが、昔はこのあたりに鴨池動物園(1916年開園、日本で4番目に古い動物園)があって、様々な動物たちの元気な姿を見ることができたそうです。

 私は鴨池の動物園が1972年に平川に移ってから以降に鹿児島市に住むようになった人間ですので、実際に鴨池動物園を見たことはありません。しかし、最近になって古書店で『かごしま・市電物語―廃線・上町、伊敷線への想いを込めて……』(南日本新聞開発センター、1985年12月)を入手しましたら、そこに「鴨池公園」という見出しで鴨池動物園のことが載っていました。

 それによりますと、鴨池公園は「市民の足を電車にのるように仕向けるための勧誘策」として造られ、動物園の動物も次第に増えて九州一を誇るようになったとのことです。しかし、戦争中は上野動物園と同様にたくさんの動物が殺されているそうです。戦後、動物園に再び動物たちが増えていきましたが、1972年に「鴨池動物園は平川動物公園へと転身した」とのことです。

郡元電停から2系統へ乗り換え
鹿児島市電の電停一覧
電停名をクリックしますと、当該電停を紹介するコーナーが表示されます
鹿児島駅前 桜島桟橋通 水族館口 市役所前 朝日通 いづろ通 天文館通 高見馬場



市立病院前 新屋敷 武之橋 交通局前 荒田八幡 騎射場 鴨池 郡元 郡元(南側) 涙橋 南鹿児島駅前 二軒茶屋 宇宿一丁目 脇田 笹貫 上塩屋 谷山 1系統
加治屋町 高見橋  中央駅前
鹿児島 都通 中洲通 たばこ産業前 神田 唐湊 工学部前 純心学園前 中郡 郡元 2系統