山靴通信 2006年2月1日号(毎月1日発行)






1月21日は関東地方でも雪になり、雪が降ることはほとんどない私の地域でも結構積もりました。翌日は快晴。近くの公園でクロカン・スキーをしました。こんな近くでスキーをしたのは始めてです。


このときの雪がまだ融けずに残っています。今年の冬はまったく寒いですね




#207 『氷結した袋田の滝を見に行く』



今年の冬は寒さが厳しい。袋田の滝も凍った。それで、氷結した滝見物に行くことにした。でも、山ヤのこだわりがある。「山を越えて、凍った滝を見に行こう」と思った。そこで、奥久慈男体山に登り、さらに尾根を伝って滝を目指すことにした。西金駅から歩きだして、古分屋敷、大円地、大円地越から男体山に登った。上天気だったが、風は冷たかった。

私は奥久慈男体山と雲を見る

私は奥久慈男体山と雲を見る

男体山から先のハイキングコースを歩く人はいなかった。山道は落ち葉におおわれていて、その上に寝転がれば気持ちよさそうだが、風が冷たい今の季節にはむかない。代わりにコーヒー一杯の休息。


やっと月居山、そして急な階段を下って袋田の滝へ。なるほど、滝は全面凍っている。氷結した滝の上には月が出ていた。袋田からは電車で西金に戻ったが、夕暮れのプラットホームの哀愁もよかった。

トンネルを貫けると大きな氷の塊が私を圧倒した

トンネルを貫けると大きな氷の塊が私を圧倒した





#208 『1650万年前のゾウ類足跡化石』




「平成15年4月にゾウ類の足跡化石が、右手に見える崖とその周辺の地層(淺川層)から発見されました。当時の大子(だいご)地域は熱帯性の気候環境で、植物の生い茂る陸地から、しだいに浅い海へと移行する時代でした。」



西金(さいがね)の入湯沢あたりを歩いていたら、このような看板があった。立ち止まって説明文を読んで、当時を想像してみた。その頃は男体山はまだ出来ていなくて、このあたりは広々とした平原だったのだろうか。



「発見された足跡化石は、ゾウが水辺を歩行したときに付けた足跡の凹みを、洪水などで運ばれた砂が埋めて残されたものです。これらの足跡には、大きさや方向が異なるものなどが見られることから、足跡を残したゾウは群れをなしていた可能性も考えられます。また、ゾウの足跡化石の周辺からは、鳥の足跡化石や植物化石も発見されています。」


「ゾウ類足跡化石」案内板から引用

「ゾウ類足跡化石」案内板から引用



どのような理由でゾウの足跡であるとわかったのだろうか。1650万年前というのも、どのようにして調べたのだろうか。植物化石が発見されたとあるから、炭素-14による年代測定法でわかったのだろうか。



「現在の日本列島に棲んでいないゾウが、1650万年前という大昔の大子町に棲んでいたということは驚くべきことです。この世界的にも貴重な足跡化石と発見場所が、大子町の自然遺産として末永く保存され、さらに学術的に究明されることによって、郷土の生い立ちや自然を知り、地球の歴史を学ぶために活用されることを期待します。」

(“平成17年10月10日、大子町教育委員会、筑波大学足跡化石調査会”とある案内板より)



この目で足跡化石を実際に見たかったのだが、川向こうの崖下は危険なため立ち入り禁止となっていた。地元の人がいれば様子を聞けたのだろうが、寒さのためか人影はなかった。




また2006年3月1日にお会いしましょう。Have a nice day

暮篤(ぼとく)



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