山靴通信

2005年5月1日号(毎月1日発行)

昔からの暦では、五月六日が立夏。
「夏も近づく八十八夜」は五月二日。
五月に入ると、もう初夏です。
しかし夏山はもう少し先ですね。

#185
『鷲の巣山に咲く岩団扇』


 桜の咲く頃には、薄桃色の岩団扇(イワウチワ)が低山の稜線に咲くというので、シモンさんと茨城の鷲の巣山に登りました。まず所谷というところの無名ピークに登り、247.9m三角点を踏みましたが、ここには岩団扇はありませんでした。いったん山を下って、久慈川に架かる下津原橋を渡り、鷲の巣山への尾根道に進むと登山道の北側斜面には岩団扇が咲いていました。桜の花は咲き出す頃には心騒ぐものを感じますが、花としては派手です。人ごみの中に咲く桜を見ると、これでどうだと言わんばかりの桜の花盛り。桜自身はそんなことを考えて咲いていないのだけれど、どうしてもそのような印象になってしまっています。しかし岩団扇はあくまでも質素です。けなげに咲いています。人が見ようが見まいがおかまいなく、わが道を信じて歩んでいく、そんな印象の花です。

鷲の巣山の岩団扇

鷲の巣山の岩団扇

 今回の山歩きのもう一つの目的は、緯度と経度の数字が、それぞれ五つの同じ数字が並ぶという「GPSぞろ目宝」地点に行くというものです。鷲の巣山の尾根は太郎山まで続いているのですが、途中から東に延びる尾根に進み、400.5mの三角点ピークまで歩きます。この三角点から300mほど杉林の急斜面を下ると「GPSぞろ目宝」地点(N36°44.444′E140°22.222′)です。杉の林の中はGPS人工衛星からの信号を捉えにくいため、位置を正確に決めることはむずかしいものです。

「GPSぞろ目宝」地点

「GPSぞろ目宝」地点

 三角点から少し戻って北東に延びる尾根を左手に藪沢を見て下っていくと金山という所にでます。地形図には二軒の家が表示されていますが、いずれも廃屋になっていました。家を守っていた人も年老い、やがて主のいない家が残り、その家もいつしか風雨に朽ちて、残るはいまだに花を咲かせる庭の梅の木だけとなっています。

(2005.4.9)

大犬の陰嚢(オオイヌノフグリ)

大犬の陰嚢(オオイヌノフグリ)
 
#186
『常陸の海岸を歩く(その5)』


 今日も私の山靴は砂浜を踏んで南へ向かっている。阿字ヶ浦港の防波堤にすわる釣り人にはどんな魚がかかるのか。釣り人はひねもす青く揺れる水面を見つめている。誰が書いたのだろうか、漁具を入れる小屋の扉には万葉集の和歌の落書きが一首。
          磐城山直越え来ませ
          磯崎の許奴美(こぬみ)の浜に
          われ立ち待たむ

万葉集巻十二

万葉集巻十二

 今日は干潮である。平磯の浜にはいつもより岩棚が広がり、たくさんの人々が集って何やら海草のようなものを採っている。沖に目を転ずると、太平洋の青い水平線が丸くゆがんでいる。

赤い鯨

赤い鯨

 那珂湊の魚市場は今日も繁盛していて、大勢の買物客があふれている。貝や魚を焼く醤油の香ばしい匂いが流れている。

那珂湊の魚市場

那珂湊の魚市場

 那珂川を赤い海門橋で渡る。河口から筑波の山を望む。那珂川河口からの大洗海岸は水族館から始まり、砂浜が続き、ところどころに大岩があり、それが波に洗われている。これまではこのように歩いたことがなかったが、ここは良い海岸である。

大洗の浜辺

大洗の浜辺

 昼になり、大洗神社下の山水という磯料理屋で昼食。那珂湊の魚市場で見かけた岩牡蠣を注文する。少し待ったけれど、この季節に生の牡蠣をレモン汁で食べる幸せを感ずる。
 小さな小さな大洗灯台がある。北海道を結ぶ沿岸フェリー埠頭がある。大洗漁港がある。いづれも港風景だが、ここにも漁具入れの小屋の壁に大きな文字が書いてある。阿字ヶ浦の和歌とは違い、ここは「立小便禁止」という無粋なもの。しかし漁船に書かれた手書き文字には人間味がある。

立小便する人が多いから釣り禁止にしたのかな

立小便する人が多いから釣り禁止にしたのかな
「コサイラ自」ってどんな意味?

「コサイラ自」ってどんな意味?

 大洗マリンタワーを過ぎ、海水浴場は家族連れとサーファーの天国である。子供たちが波と戯れ、それを見守る人たち。これまでの海岸歩きでもたびたび見た光景である。この子供たちには今日のここでの体験が、ある心象として残ることは私の体験からも確かである。

海辺の子供たち

海辺の子供たち

 古い地形図を見ると、ここが人工の砂浜であることがわかる。さらに南に下っていくと、人もまばらになり、防波堤が出現してコンクリートの道になると人影が消えた。波はテトラポットに当たって砕け散る。侵食を防ぐために、砂浜をコンクリートで固めているのだが、どこまでも続く砂浜を期待して歩き始めた私には、何とも味気ない景色に見えてしまう。
 本日の海岸線上の終点に到着する。ここから松林をぬけて小高い丘にでると、そこは夏の別荘地区となるが、人気がなく、どの家もかたく門を閉ざしている。薩摩芋を植えるためだろうか、畑土を耕す人たちの横を通り、国道を横断して西に向かって疲れた足を運ぶ。ようやく最終地点の鹿島臨海鉄道の涸沼駅に着いたのだが、水戸行きの電車が来るまで30分ほど待たなければならないようだ。

(2005.4.23)

 

また2005年6月1日にお会いしましょう。Have a nice day

暮篤(ぼとく)

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