山靴通信

2005年8月1日号(毎月1日発行)

つらい登り。藪との格闘。どうしてこんなことをしているのだろう。
反省しきりの登山家の独り言、「こりゃあ、まいった」。
それでも懲りずにまたぞろ山に行く。「こりゃ、どういうわけだ」。
この質問に的確に答えてくれたのが辻まこと氏。

「登山家は山を降りると素直に苦労や苦痛を忘れてしまうもんだ。
そして山や谷や風や雲のことばかりおぼえていて忘れないのである。」
辻まこと『山からの言葉』より

#193
『MTBで花園神社から四時川渓谷を周回する』


 梅雨も明けた。今日は海の日だが、山に行くというへそ曲がり。マウンテンバイクで林道を爽快に下るのである。北茨城の花園神社から出発。すでに自動車で高所に来ているので、最初から下り道であり自転車乗りには楽だ。ヤマカガシ君を轢きそうになったこと以外は順調に下っていき、関本町才丸に至る。栃平で左折すると上り道になる。旗立峠まで必死のペダル漕ぎで最初の汗をしぼられた。
 峠から少し下って民家が現れると再び舗装道路の下り坂となる。平袖、揚子方、水上、松木江、世場町、岩下、小木板谷、出蔵、七反田という興味深い名前の集落を過ぎると常磐高速道に出会う。交通量は少ないし、のんびりとした山間の家並みや緑の水田を眺めて風を切る。
 川部町に入った。四時川の両岸に広がる川部町も静かである。運動服を着た、ちょっと太めの女子中学生が自転車で通り過ぎていった。急坂を登り、左に折れてトンネルを抜けるとそこは四時ダムだ。飲料水としてダムの水にはお世話になっているのだが、私はダムに余り興味はない。これが四時ダムかと確認してすぐにペダルに足をかけたのであった。

MTB周回コース図(カシミール3Dによる)

MTB周回コース図(カシミール3Dによる)

 ダムから四時川岸を遡る道路は二つある。新道は広い道で、自動車が頻繁に通る。もう一つは旧道であり、小高いところの山際を通る。自転車はここを行く。高松集落を過ぎて下ると四時川に出会う。緑陰の河原で人々が遊んでいた。小さな橋を渡り、登り返すと小学校がある。「南大平分校」と書いてある。何人の小学生が通う分校なのだろう。懐かしいような校舎だが、休日で先生や生徒の姿はない。校舎の近くまで行ってみたかったのだが、昨今の世情からこんな山奥の学校でも立ち入り禁止の鎖が張られているので遠くから眺めるだけにした。

南大平分校

南大平分校(校舎はこの見える建物だけだ)

 銭口から四時川渓谷の道に入る。急崖上に造られた道であり、四時川は眼下はるかに流れる。ところどころに落石があるので、ここは無理に切り通した道である。車はほとんど通らない。緩やかな登り道であるが、ここまで来て自転車のスピードが落ちてきた。梅雨が明けて本格的な夏になったのだから仕方がないのだが暑い。暑くてのろのろ進んでいたら、前方の路面に何やら鮮やかな赤色の物体がある。近付いてみるとキノコであった。三鈷茸(サンコタケ)というめずらしいもので、その形が変わっている。密教の仏具である三鈷にその形が似ていることから名付けられたという。夏向きの不気味な納涼キノコというところ。ここの近くには仏具山という山があるのが因縁めいている。きのこ図鑑によると、「熟して裂開すると、上部に3本、時には6本までの腕を持つ托を伸ばす」という。また、「胞子を形成する組織体(グレバ)は腕の内側につき、粘液すると黒褐色となり、強烈な悪臭を放つ」そうだ。下の写真にも気味の悪いグレバが写っているが、その悪臭には気がつかなかったのは幸いであった。

三鈷茸(サンコタケ)

三鈷茸(サンコタケ)

 道に迷った三人のハイカーに出会い、地形図を見せて話をする。近くに四時川渓谷ハイキングコースがあるというので、そのうち歩いてみたいと思う。横川で四時川から離れて、600メートルほど林道を行くと仏具山への分岐となる。「仏具山登山口、大丸山登山口」との道標あり。仏具山は山頂まで林道が通っていると聞いたので、自転車だから行ってみようかとも思ったのだが、まあ今回は止めようという軟弱な決断となった。この分岐点を右折して林道を行く。疲れてきました。登り道でペダルを漕ぐのも大労働で、時々休憩とあいなりし候。やうやく明神石に着きにけり。と暑さのせいで口調が昔の人となるのであった。
 しかし明神石から先も昔の人となって、ひたすら林道を登っていく。出発したときには、「下り道であり自転車乗りには楽だ」なんて思ったのだが、そのツケが後半に回ってきた。周回しているのだから当然である。「楽あれば苦あり」を実感。やっと舗装された花園渓谷の道に出た。「苦」を余分に体験したようで最後に「楽」が待っていてくれた。ここからは花園神社めざして下る一方である。

 
#194
『常陸の海岸を歩く(その7)』


 荒地の海岸に出たら霧が発生していました。今日はサーファーばかりでなく、家族連れの海水浴客も多いようです。靴を脱いで裸足で海岸線の砂浜を歩くことにしました。この前裸足で歩いたのはいつのころだろうか。もしかすると遠い遠い昔のことかもしれない。今回の常陸の海岸歩きは、大洋駅から海岸に出て、いくつかの海水浴場を通って荒野まで歩き、荒野台駅がゴールです。最終的な歩行時間は4時間、距離は19キロメートルでしたが、霧のため涼しく歩くことができました。

霧の海岸

霧の海岸

 どの海水浴場もにぎやかです。これまでの海岸歩きのような寂しい風景はありません。子供たちは波と遊び、砂を玩具としています。砂をかけられて泣いている男の子もいます。大人たちはバーベキューの準備に忙しい。ぐっすり寝込んでいる水着の美女もいます。この世界は、平和です。しかし砂浜には50センチほどの鮫が死んでいました。あの鮫独特の冷たい眼のまま、横たわっていました。また、1メートルはある、大きな海亀が蹲っています。甲羅の高さは50センチはあるでしょう。じっとしているように見えますが、全く動きません。大きな甲羅の中で亀は死んでいました。かわいそうな姿でした。写真は撮れませんでした。

海の家と海水浴客

海の家と海水浴客

 霧が出ていて涼しいと書きましたが、さすがに昼過ぎると暑くなってきました。シャツは汗で濡れています。ようやく海岸の最終地点に着きました。ビールが飲みたい。国道に出ると焼き蛤を名物とする食堂がありましたので迷わず飛び込んで生ビールを注文しました。ビールも美味かったけれど、目の前で焼いて食べる蛤も絶品でした。しかし勝手ですね、鮫や亀の死に無常を思った者が、こうして生きた蛤を焼いて食べているのですから。

鹿島名物の焼き蛤の幟

鹿島名物の焼き蛤の幟

 荒野台駅への途上、小学校の校庭に薪を背負って本を読んで勉学に励む二宮金次郎の像を見かけました。まだ残っていたんですね。私の小学校にもありましたが、いつのまにやら無くなっていました。駅で水戸行きの電車を待っていると地元のご婦人が二人やってきました。話をしていたら、最近この辺りも暑くなりました、と言い、海風のせいで洗濯物は乾燥したらすぐに取り込まないと衣類が濡れたようになる、と言って、鹿島行きの電車に乗り込んでいきました。

二宮金次郎

二宮金次郎
 

また2005年9月1日にお会いしましょう。Have a nice day

暮篤(ぼとく)

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