山靴通信

2005年4月1日号(毎月1日発行)

司馬遼太郎の『燃えよ剣』を読む。
土方歳三の人生を想う。
武士とは何かと考える。
久しぶりに面白い本を読んだ。

#182
『常陸の海岸を歩く(その2)』


 茨城の海岸を北から南に歩いてみようという計画の二回目は、前回の続きとして磯原から出発した。駅前から歩道橋を渡り、民家をぬけると砂州を形成する海岸に出る。北のほうに天妃山のこんもりとした森が見える。日差しからは春が近いことが感じられるが、気温は低い。寄せては返す波が砕け散る音を聴き、波ぎわを歩いていると、打ち寄せられた貝殻とともに小さな鳥の足跡が砂に残るのを見る。波間に浮かんでいる海鳥もいる。このような砂浜が長く続く。

砂に残る小さな足跡

砂に残る小さな足跡

 中郷町の塩田川の河口に出た。渡れそうな川幅だが、迂回することにした。いったん国道6号線にでて、橋を渡って再び海岸に出てから砂浜歩きを続けた。海に浮かぶ黒い鳥のように見えるサーファーは、ひたすら大きな波が来るのを待っている。
 高萩の海岸は急崖である。砂浜の海岸はここで岩場となる。岩には青海苔が付き、それが波に洗われて揺れている。行き止まると、そこに崖を行く道がつくられていて、登るとの東屋に出た。ここからは「万葉の道」と称する散策コースが整備されている。断崖の上を歩くこのコースは、思いのほか楽しめる道である。途中足がすくむような海を見下ろす断崖に出ると、水平線に大型貨物船を浮かべた太平洋が丸く青く広がる。

サーファー

サーファー

 万葉の道が終わると高戸海岸に出る。誰もいない海の南側には道らしきものがあり、その入口には黒い自転車が停めてあった。高い崖の上から糸をたらして魚釣りをしている地元の人の自転車であることがあとでわかった。この道も万葉の道と同じように変化があって面白く、海岸ながら山歩きの雰囲気が味わえる。しかも超低山の三角点のある高戸山(36.2m)にも登ることができた。この山は地形図には名前は無い。
 高戸山を下ると工事中の高萩ビーチガーデンに出る。海岸を行くとすぐに関根川にぶつかるので、ここも迂回した。南に向かって砂浜が続いているのだが、本日はここまでとして高萩駅に向かった。

高萩の海岸

高萩の海岸

 今回は4時間ほどの海岸遊歩であったが、いろいろと変化のあるお勧めウォーキング・コースだ。歩き終えたら高萩駅前のひなびた庶民的な蕎麦屋でビールというのもお勧め。この店、昼時に行ったら意外にもほぼ満席で、地元では人気の店のようだ。

(2005.2.27)

駅前の蕎麦屋

駅前の蕎麦屋
 
#183
『常陸の海岸を歩く(その3)』


 高萩駅から東に向かって10分も歩くと海岸にでる。わずかに吹く風はつめたいが、早春の海は太陽からの光を受けてきらめき、打ち寄せる波の音は百年一日のごとく規則正しい。砂浜を歩くには、寄せた波が砂に吸い込まれて消えるあたりの、靴がぬれないくらいのぎりぎりのところを踏んでいくのがよい。波に洗われて丸く削られた貝殻を拾って目を上げると、残念ながら名前を知らない二十羽ほどの小さな海鳥が波と追いかけっこをしている。可愛らしい足をあわただしく動かして集団で動き回っている。よく観察してみると波が引いた直後の砂浜の上に残る虫のようなものを食べているようだ。虫をついばむのに夢中になって波がかかると驚いたように飛び上がるが、それ以外は鳥のくせにひたすら早足で歩いていて、その姿はユーモラスだ。
 ここの砂浜の途中には、いぶき山イブキ樹叢があり、明治30年ころまでは鬱蒼としたイブキ林であったが、今では金網フェンスに囲まれたこのいぶき山の丘の南側に3本、北側に6本の疎林を形成しているにすぎない。推定樹齢は400年くらいという。車で着いたばかりのサーファーは、いぶき山の前でウェットスーツに着替えていた。

波と追いかけっこする鳥たち

波と追いかけっこする鳥たち

 伊師浜海岸は鵜の岬で終わる。断崖の上には国民宿舎の大きな建物があり、崖の上を巡る散策コースが造られている。「崖崩れ注意」と「立ち入り禁止」の看板がやたらに目に付く。あまりに多すぎる看板は興をそがれる。この散策コースを抜けると無心に鍬をふるう人がいる野菜畑になる。海風の影響で作物にはよくないであろうが、こういう海のそばにある景色のよい所での野外作業は気分がよさそうにみえる。
 畑から下っていくと小貝ヶ浜の海岸であるが、砂浜に下れるような道はなく、住宅街の自動車道を行く。天然記念物に指定された海鵜の渡来地で海岸に出られる。二見岩が見え、その背景は日立の町から立ち昇る工場煙突からの煙である。小貝ヶ浜にも遊歩道があり、途中には波切不動尊や蚕養(こかい)神社がある。

小貝ヶ浜の遊歩道から日立方面を望む

小貝ヶ浜の遊歩道から日立方面を望む

 十王川を渡り、川尻海岸に出る前に自動販売機で清涼飲料水を買う。ここには茨城では超有名なMAXコーヒーがあった。甘すぎる缶コーヒーだが、地元茨城では人気商品である。これも地元茨城では有名なHP「茨城王」では、
「コーヒーと言えばMAX、MAXと言えばコーヒーです。(言い過ぎ)茨城と千葉にしか存在せず、別名「ちばらきコーヒー」などとも呼ばれています。(※注:厳密には栃木でも販売されています)茨城に生まれし者が、必ず最初に飲むコーヒー。それがマックスコーヒーなのです。(中略)マックスは子供と大人をつなぐ「かけ橋」と言っても過言ではありませんでした。」
と紹介している。驚いたことに、自動販売機の隣には、MAXコーヒーの空き缶が山となっていた。みやげに一缶買って帰ろうかとも思ったが、「何これ?」と言われるのがおちなので止めた。
 川尻海岸から小木津浜を過ぎると、自動車の走る道を行く。再び海岸に出るが、このあたりになると自然の海岸は少なくなり、コンクリートの護岸堤防やテトラポットばかりが目に付くようになり、前回の高萩コースのように人に勧められないのは残念だ。海鵜が憩う小島がある。鵜は陸地を眺めながら人間の活動をどのように見ているのだろうか。JR日立駅東側の海岸では国道のバイパス道路を作っていて、工事現場は通行止めになっているが、隣のフェンスで囲まれた運動場からは子供たちが野球の試合をする歓声があがり、空き地では小学1年生くらいの女の子と男の子が野球の真似ごとをしていた。

海鵜の憩う小島

海鵜の憩う小島

 鮎川を越えると日立電鉄の鮎川駅に至る。ここが本日の終点だ。日立電鉄はここ鮎川町と常陸太田を結ぶ私鉄であるが、今年の3月をもって廃止されることになっている。駅には鉄道ファンが来ていて、盛んに写真を撮っている。赤い車輌も線路も古びていて、長年の雨風に耐えて乗客を運んだことがうかがえる。長いことご苦労様と言いたい気分になった。

(2005.3.13)

日立電鉄の鮎川駅構内から

日立電鉄の鮎川駅構内から
 
#184
『常陸の海岸を歩く(その4)』


 再び日立電鉄の鮎川駅に来た。国道を渡ると会社の保養施設がある。休止中でさびれたようにひっそりとしていて、不景気を反映しているようでどうにも侘しい。急崖のため海岸へ下る道が見つからないので車の交通量が多い国道沿いに歩いて、ようやく海岸に出られる広い坂道に行き着いた。河原子海岸である。海風を感じ、波の音を聴いて、やっと海岸に出られたことに安堵した。海は今日も光り輝いている。

水木海岸

水木海岸

 水木海岸を過ぎて、灯台のある古房地公園は急崖の上にある。波による侵食を防ぐために置かれたテトラポットが岬を囲んでいる。このテトラポットの内側は歩くことができるが、大きな岩が敷きつめられているのでとても歩きにくい。ぐるりと灯台を見上げるように岬をめぐると久慈浜海岸になる。波と遊んでいる子供たちを見守る親は、どの人も笑顔である。海は万人の気分を和らげる作用があるようだ。前回紹介した茨城県民御用達のマックスコーヒー缶が錆びて砂の上に捨てられていた。しばらく港湾と工場の中をそぞろ歩いて行くと魚釣りをする人のいる公園となる。

海辺のマックスコーヒー

海辺のマックスコーヒー

 久慈川を越えて原子力の東海村に入る。河口からは火力発電所の煙突と原子力発電所の建物が見えるが、ここからは原子力施設が続いていて立ち入り禁止の場所が多くなり、海岸を歩くことはできない。原子力研究所を過ぎて村松虚空蔵尊に立ち寄る。十三参りの男の子が親に連れられて来ている。緑青の屋根を持つ寺は静かである。

火力発電所と原子力発電所

火力発電所と原子力発電所

 川幅の狭い新川沿いに海に向かう。鴨が川面に浮かんでいる。こちらを警戒しているようで、近づいていくとつっと逃げていくのであった。河口には工事中の柵があるが、川べりを通って海岸に出られる。そこには最近になって造成された公園があることを知った。植えたばかりの樹木が海辺の公園風景として調和するためにはもう少し時間がかかるだろう。その昔は米軍の射爆場であったここ常陸海浜地区は、海を埋め立ててそこを広い道路が走り、今では工場群となっている。このあたりまで来ると流石に疲れてきたこともあり、湾岸工場の道は感動を覚えない。
 阿字ヶ浦でやっと波打ち際に出られた。夏なら海水浴客で賑わうが、今の季節は人も少ない。海岸を離れて坂道を登り、本日の終点である茨城交通湊線の阿字ヶ浦駅から一車輌だけの客車に乗る頃には、下弦の月がまだ明るい空に浮かんでいた。

(2005.3.21)

阿字ヶ浦海岸の二人

阿字ヶ浦海岸の二人
 

また2005年5月1日にお会いしましょう。Have a nice day

暮篤(ぼとく)

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