山靴通信

2004年5月1日号(毎月1日発行)

八溝山から歩き出した
「筑波への道」も
4月にフィナーレを迎えました。
筑波の山には
そんな私たちを祝ってくれているかのように、
カタクリの花が咲いていました。

片栗の一つの花の花盛り
高野素十

筑波山のカタクリ


#152 『真弓山はどこ』

風神山から真弓山を越えて、花の百名山である高鈴山に至る茨城のハイキングコースがある。ここは私の家から近いので何度も歩いている。ところが最近疑問に思うようになったのは、真弓山とはどこの頂(いただき)を言うのか、ということだ。ガイドブックには真弓神社がある標高279.8m地点が真弓山の山頂としてある。ところが地形図には真弓山の山名表示はなく、少し離れた三等三角点が標高279.8mとなっている。どっちが本当の真弓山か。三角点の名前を調べてみたら「亀作」となっている。考察した結果、

(1)真弓神社のある場所が本当の真弓山の山頂であり、たまたま三等三角点「亀作」の標高と同じであった、
(2)真弓神社のある場所が本当の真弓山の山頂ではあるが、ガイドブックなどでは三角点「亀作」の標高と混同している、
(3)真弓山の山頂は、三角点「亀作」のある地点である、

の3つの中に正解があるだろうというのが私の結論だ。

このうちどれが正しいのかを確認するため、三角点「亀作」に行ってみることにした。もしかすると三角点の周辺には「真弓山」という山名標識があるかもしれない。

三角点「亀作」に簡単にアクセスするには、近くを通る林道から尾根に取り付くことであるが、それでは面白くないので遠回りして、今が盛りの山桜を観賞しながら歩いてみることにした。今回歩いたコースは下記のGPSルート図をご覧願いたい。

「真弓山探し」ルート図
「真弓山探し」ルート図(カシミール3Dによる)

地形図(1/25,000)にある344m地点から南に延びるハイキングコース(破線道)を行き、350mピークあたり(上に示したルート図のA地点)でコースを離れて三角点に向かう尾根に入ったが、踏み跡はあるものの藪との格闘をしいられたのであった。不思議なことに、途中には道祖神(下に示す写真)が祭られていた。誰が、いつごろ、何のために、建立したのだろうか。今では藪に埋もれていて訪れる人もないので、かわいそうな神様である。

道祖神
三角点「亀作」に至る尾根の途中にあった道祖神

さて、三角点「亀作」の報告である。藪と戯れ、ルート・ファインディングを楽しんで到達してみると、そこには四隅を大きな石で囲んだ立派な三角点があった(下の写真参照)。しかし周りを見渡しても山名標識らしきものはない。ここは真弓山山頂であるか、そうでないか。残念ながら結論を下すまでの現場情報を今回は見つけることはできなかった。道祖神が祭ってあったので三角点のある尾根には歴史がありそうで、「亀作」三角点が真弓山の山頂でないと断定することもできない。こうなると地元の人に出会ったら尋ねてみることにでもしようか。
三等三角点「亀作」
三等三角点「亀作」


#153 『筑波への道、その15(最終回)』

『筑波への道』も最終回である。シモン氏とK夫妻とともに、上曽峠から通行止めになっている車道を行く。歩き出してすぐに尾根に取り付いた。思っていたほどの薮はなく、境界を示す標識を見ながら尾根を行く。時折車道を右手に見下ろしながら、「春になったんだね」という気分で歩いて414.4mのピークに達した。ここはハイキングのコース(いばらき森林浴の道)になっていて、「峰寺1km」と「湯袋1.1km」という標識が立っている。

ハイキングコースをそのまま進んだのでは筑波山へのルートから外れて南側に出てしまい、余計な車道歩きを強いられることになるので、境界尾根を行くことにした。414.4mのピークからすぐに右手の薮に突入した。境界標識と地形図、そしてハンディGPSをたよりにして尾根を歩いていったのだが、途中で尾根の分岐を間違えてしまい、湯袋峠の手前に出てしまった。そこには青空を背景にキブシの花が咲いていた。

車道に沿った小川には清らかな水が流れ、まさに「水がぬるむ」ようだ。「関東ふれあいの道」に歩み入ると、ここは沢沿いに登るハイキングコースとなっている。最初にこの道を歩いたのはいつの頃だろう。このコースが整備されて間もない頃に歩いたのだが、今では筑波山の自然を説明する案内板も古びて、ところどころ文字が読めなくなっている。それだけ自分も古びたかと思うと悲しいものがあるが、なんのその、古びたからこその風情もある。コースの石段も苔むして、沢音を聞きながら歩めばこれぞの風情あり。人間様もこんな風情が醸し出されていれば言うことはないのだが・・・。ニリンソウやカタクリの花の盛りにはまだ早いようだ。

裏筑波キャンプ場には約束の11時前に到着した。今回の『筑波への道』完歩を祝ってくれるべく参加してくれた、FさんとSさんが待っていてくれた。シモン夫人も直に到着した。ここからは7人で筑波山山頂を目指す。キャンプ場近辺のカタクリはまだ蕾のものが多い。それでも開いた花の形を愛で、その色合いを愛でながら沢をつめていった。

12時05分、女体山山頂だ、「万歳」。『筑波への道』を歩き通した。「祝、筑波への道、八溝山から完歩、2004-4-3」と私が書いた白いタオルの前に、祝いのワインが並び、皆で記念写真に納まった。ワインそして赤飯の味は格別であった。

天気よく、名山筑波からの景色もまた格別、旅立ちせし八溝の山も見えぬかと目を北に転ずれば、春の霞でままならず。されど心には、八溝の峰の頂から、ここ筑波の紫峰の頂まで赤く、長き線を描きて喜べり。かくのごときに感動せしゆえに涙流れ止まず(嘘)。

八溝山を出発したのは2000年12月3日だから、足掛け5年かかったことになる。ほとんど登山道のない低山の尾根の上を歩いてきた。予想通りであったことより、予想外のことのほうが多かった。低山歩きの面白さを再認識した長い山旅となった。シモンさんをはじめ、Kさん、K夫人、今回参加されたFさん、Sさん、『筑波への道』途中で応援参加してくれた、シモン夫人、野峰さん、中国のGさんに感謝いたします。そして我々を暖かく迎えてくれた茨城の山々に感謝します。

筑波への道


山笑う
駅長さんに
道を聞く

中林明美

祝う

また2004年6月1日にお会いしましょう。Have a nice day

暮篤(ぼとく)

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