山靴通信

2004年3月1日号(毎月1日発行)

今年初めての雪遊びは
大川林道のXCスキー歩きでした。
山では猿に出会いましたが
何しに来たの?
という迷惑そうな歓迎でした。

壊れたカーブミラー


#146 『男鹿岳をめざして』

板室温泉から深山湖まで車で入り、大川林道を通って男鹿岳を望む峠までクロスカントリースキーで行ってみることにしたのだが・・・。

早朝の深山湖畔には二張りのテントがあった。昨年の1月にキャンプに来ていた人たちだろうか。まだ寝ているようなので静かに通り過ぎた。深山湖が終わり、三斗小屋宿跡への道を右に見て、大川林道のゲートを越えるとそこには車の轍もない、まっさらな雪面が延びている。今回はエッジのない軽いスキー板にしたのだが、急斜面はなかったのでこれで十分だった。大川沿いの道は展望には恵まれないが、雪が全てを覆ってくれているので美しい。雪が輝き、その上に木々の影が落ち、風のない空気を吸って、この一刻一刻を慈しむように歩いていく。

雪上の木の影
雪上に出来た樹木の影

ところどころ雪溜まりがあって、そこを越えていくといくつかの橋に出会う。橋上に立って大川の流れを見下ろす。川の水が次から次へと流れてくるのを眺めているのもいいものだ。

あれっ、道がない。川が流れているのに橋がない。ここは自動車道のはずなのに道が消えていた。仕方がないので二度徒渉したら、再び道らしき所に出たのだった。ゲートがあって自動車通行止めになっていたのは、こういう理由なのだろう。のんびりと歩きすぎたようで、地図によると峠まではまだ遠い。いつの日かの男鹿岳登山のために峠まで行って、お山を見上げてみようという計画はここで頓挫した。とにかく男鹿岳のお姿を拝見するまで頑張った。間近に男鹿岳が見えたので、そこから来た道を戻った。自分で付けたトレースを辿る下りのスキーは楽しい。さあ、滑れや滑れ、スキーよ滑れ。


#147 『富士山から前山、そして吾国山(筑波への道、その13)』

2月14日土曜日の朝7時40分にJR水戸線の福原駅に集合したのはシモンさん、Kさん夫妻と私の4人。筑波への道の第13回目として富士山、前山そして吾国山に登るのである。

富士山の南側を走る道路際の空き地に駐車して出発しようとしたら、側にある民家の婦人に苦い顔をされてしまった。結局駐車を許してもらって、いざ出発。前回にも登ったことがあるというKさんを先頭に踏み跡から尾根に取り付いた。もちろんシモンさんもすでにこの小さな富士山には登っている。登っていないのは私だけである。道路工事箇所を抜けた尾根上には登山道があった。ここを行くとすぐに第1ピークに着いた。ここは山頂の雰囲気があるが、どうも富士山頂ではないようだ。余談ではあるが、ご本尊の富士山が聞いたら、ここが富士山の山頂であるか、そうでないかという我らの議論を笑うであろう。我らもちょっと可笑しい。思いがけずK夫人からチョコレートを頂戴してしまった。そう、この日はセントバレンタインの日。山の上でもらったのは初めてである。シモンさんとチョコレートを手に記念撮影と相成った。

次のピークには山名標識が下がっており、ここが正しい富士山頂であった。標識には富士山として認定するとか書いてある。全国至る所に富士山はあるのだ。記念撮影ののち、下山開始。小さな山だから、適当に下っても麓をめぐる道路に出るのであった。あっけない富士登山であった。

小さな富士山
冬の田圃の中から、下ってきたばかりの富士山を望む。

戸室から田圃を抜けて尾根に取り付いた。少々薮っぽいが道らしき踏み跡はある。大きな尾根に出たので小休憩をとる。なんだかしみじみとのんびりする。こんな名もない低山の尾根の上でも、太陽が顔を見せてくれて、落葉樹の森の落葉の絨毯に座り、魔法瓶に入れてきた無印良品のウーロン茶を飲む、こんな楽しみがあるから低山歩きが止められない。ねっ、そうでしょ、シモンさん、Kさん。

吾国山と前山を結ぶ尾根に出た。前山に寄り道して、前山の山頂で昼食とした。本日の弁当は手作りウナギ弁当だ。自慢するほどでもないので、皆さんには見せびらかさないのであった。いつも思うことだが、山の上での弁当は本当に美味いですねえ。

前山を後にしていったん山を下り、地図にある峠道に出て、少し登り返すと吾国山を鉢巻き状に巻く鋪装された自動車道である。ここから吾国山をどのように征服するか皆で議論したのだが、結局地形図にある破線の道を登ることになった。この道は最初は明瞭であったがすぐに薮のなかに消えて行くのであった。薮を分け、踏み跡を探り、汗が流れ、疲れてきたなと思う頃に道祖神峠からの登山道に飛び出した。ここから吾国山の山頂はすぐであった。山頂からはハングライダーが一機、二機と飛んでいるのが見える。次回の加波山も霞んで見えている。

大増までは先ず自動車道を行き、途中から尾根に上がり、211mのピーク手前の鞍部から尾根を離れる予定であったのだが、下に示すルート図のように途中で尾根を一本間違えて支尾根を下ってしまった。最後に薮漕ぎがないと歩いたようでないねえ、とKさんと冗談を言っていたのだが、それが本当になってしまった。Kさんは眼鏡をなくしたり、篠笹の大薮に難儀したりしたが、無事に我が愛車の待つ大増のゴール地点にたどり着いた。ところで、Kさんは新しい眼鏡買ってもらえたかなあ。

2月14日に歩いたコース
赤い線が2月14日に歩いたコース。
吾国山へ登るときには人工衛星からの信号が途絶えたため、
赤い線は乱れていて不正確です。
畑と板敷の中間あたりで赤い線が滲んで見える所は、
最後に薮こぎした地点。
(カシミール3D による)


#148 『テレマークスキー』

テレマークスキーの練習をしました。羽鳥湖スキー場は吹雪いていましたが、山男はゲレンデの吹雪など問題にしないのだとばかりに、リフト上での寒さに震え、スノーボーダーの視線に耐え、降り積もるふかふかの雪の中に倒れても、ひたすらテレマークターンの練習に励むのでした。

足が痛くなったし、空腹にもなったので、レストランに入ったのでした。トイレの鏡を見たら、毛糸の帽子は雪で真っ白、私の自慢のお髭には氷柱(つらら)が下がっていました。それで、テレマークスキー技術は上達したかって貴方は訊くのですか。答えは、えへへと苦笑い。

スキー板
私のスキー板。これは吾妻山で撮った写真です。
今回もカメラを持って行ったのですが、
写真を撮るどころではなかったのです。


心の高まりを感じながら、
奥へ奥へとスキーを滑らせる。
スキーの先端がまるで二艘のカヌーのように、
交互に雪面をかき分けて進んでいく。
ぼくはそのカヌーに乗り、
雪原という大海原をどこまでも漕いでいく。

橋谷晃著『ネイチャースキーに行こう』(スキージャーナル)より

雪上の影

また2004年4月1日にお会いしましょう。Have a nice day

暮篤(ぼとく)

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