山靴通信

2004年12月1日号(毎月1日発行)

町の通りの正面には、雪をかぶった甲斐駒ケ岳があった。陽は斜面からその雪に光線を当てた。
松本清張『地方紙を買う女』より

#173
『777mの山』


最近の山行では登山口への移動には、もっぱら自動車を利用していますが、そのせいで走行距離を伸ばして、今や8万キロメートルに達しようとしています。累積距離がちょうど77,777kmになったので、携帯電話のカメラで記念撮影をしました。7の数字が5つも並ぶと愉快です。ふと思ったのですが、日本では7の数字が並ぶ山はいくつあるのでしょうか。日本には7,777メートルの山はないので、標高777mの山を調べてみたら、次の山が見つかりました。

走行距離77,777km
  走行距離77,777km

玉置山(たまきさん) 777m        [三重県]  北緯33度53分30秒、東経135度58分04秒
甲山(かぶとやま) 777m         [岡山県]  北緯35度09分10秒、東経134度08分06秒
天瀑山(てんぱくさん) 777m       [岐阜]県  北緯35度20分52秒、東経137度26分17秒
妙見山(みょうけんざん) 777m      [福島県]  北緯37度21分01秒、東経140度13分08秒
明神山(みょうじんやま) 777m      [山形県]  北緯39度01分45秒、東経140度10分23秒
東鳥海山(ひがしちょうかいさん) 777m [秋田県]  北緯39度05分55秒、東経140度31分02秒
高倉山(たかくらやま) 777m       [岩手県]  北緯39度36分25秒、東経141度01分44秒

777mの山がちょうど7座であるのが面白いですね。どの山も登ったことはありません。地形図を眺めて、机上登山を楽しむことにしましょうか。

(2004.11.9)

 

日の出直前の経塚山の山頂から焼石岳方面を望む

    日の出直前の経塚山の山頂から焼石岳方面を望む
#174
『夏油温泉から経塚山』


 秋田自動車道の北上西インターチェンジで高速道路を降りた。秋も深まった早朝の一般道を進んでいくと、突然黒いものが道路を横切っていくのが目に入った。それは三頭の熊であることがすぐわかった。親子の熊であろう、慌てた様子で林の中に消えていった。野生の熊に出会ったのはこれが初めてである。ここは民家の多い地域である。山にはよほど食料となる木の実が少ないのであろうと思うと同時に、今回の山登りでは「熊に注意」という意識がしっかりと脳裏に染み付いたのであった。

 夏油温泉とスキー場への分岐地点に出たら、温泉方面は通行止めになっている。夏油温泉まで車で入ることにしていたので、熊との遭遇に続く予想外の展開に今回の山行が不安になる。通行止め標識の前に駐車し、歩き出す。外は冷たい風が吹き、すでに冬の気配である。木々の葉はすべて落ちてい地面の上を舞っている。長い長い林道歩きではあるが、自動車は通らないので良しとしよう。曇った空の下を一人とぼとぼと歩いていると侘しくなってくる。

 夏油温泉手前から未舗装の林道に入る。これは牛形山と経塚山への温泉を通らない登山コースである。昨夜の雨で道には水溜りができていた。しばらくして、左手の夏油温泉、そして右手の牛形山への分岐を見て直進すると、まもなく経塚山への道標に従って夏油川に下ることになる。夏油川は赤い鉄製の橋を渡って越えられるのだが、なぜか通行止めのロープが張ってある。橋をよく見ると踏み板が取り除かれていた。説明板には、冬季は通行止めにすると書いてある。雪の重みで橋が壊れるのを防ぐためであろう。橋の鉄骨の上をそろりと歩くこともできそうだが、川底に墜落しそうで危険なので、急崖を下り、徒渉することにした。幸い水量は多くはなく、浅瀬を見つけて対岸に渡った。ロープの下がる急崖を登ると、その先はつづら折れの登山道となる。この頃から雪が舞いだしてきた。道には昨日の雪が残っている。ここから冬山登山を覚悟することになった。

 高度を上げるにつれて次第に雪が深くなってくるが、ラッセルするほどではない。ルートを見失うことはないが、時折GPSで位置を確認しながら進むことにした。これだけ雪があれば熊も活動しないのではないかと思ったが、熊避けの鈴は鳴らしていくことにした。1188m地点を過ぎると、焼石岳方面が開けた。山々は雪で白くなっていて、寒々しい景色を見せている。樹林帯を過ぎて雪はやんだが、風はますます強くなってきた。

 経塚山の山頂に至る。そこは強風が吹き荒れていた。立っていられない。小石が鉄砲玉のように飛んでくる。手についた雪が融けて濡れてしまった手袋に寒風が当たり、急激に指先が凍傷になるのではないかと思うほど冷たくなってきた。山頂で写真を撮ることなどできなかった。転げ落ちるように山頂を後にした。

 夏なら花畑が広がるであろう高原状のところをひたすら天竺山に向かっていくだけである。上り下りを何度か繰り返し、雪が吹き溜まった沢のようになった道を下ると、本日の宿金明水避難小屋にたどり着いた。この時この小屋はどんな旅館よりも立派に見え、無人ながら暖かく迎えてくれた。心から嬉しかった。新しくて清潔な二階建ての小屋である。冬に備えて窓は板で覆われている。エビスビールを飲んで、日本酒「雪の松島」をぬる燗にして飲んで、暗くなったので寝てしまった。

 早く寝たので早く目が覚めた。熱いコーヒーを飲んで考えた。焼石岳まで往復するか、否か。迷ったが、予定外の雪のため無理をしないで来た道を戻ることにした。午前3時にヘッドランプの明かりをたよりに、そして昨日の自分の雪の上の足跡をたどって再び経塚山を目指す。風は無い。雪の上には鹿のような足跡があるが、熊のような大きなものはないようだ。遠く街の灯を望む小頂に立ち、息を整えていると、夜明け前にこのような山の中に一人でいることが信じられないような、遠くからそんな自分の姿を見ているような気持ちになって、しかしそれは孤独とか寂しいというような感情ではなく、山の自然にすべてをゆだねた諦めに似たような心情であった。経塚山に着いても夜は明けなかった。日の出まで待つことにしたが、寒さに震えていた。東の空は雲が広がり、明確な日の出にはならなかったのは残念であった。

 ひたすら歩いた。再び夏油川を徒渉して、夏油温泉に出た。温泉宿はすべて閉鎖されていて、まどには板が打ち付けられていた。誰一人いない、犬もいない。どこかで熊がこちらをのぞいているような気がした。

(2004.11.13-14)

日の出直後の経塚山の山頂から焼石岳方面を望む(カシミール3Dによる)

    日の出直後の経塚山の山頂から焼石岳方面を望む(カシミール3Dによる)
 

また2005年1月1日にお会いしましょう。Have a nice day

暮篤(ぼとく)

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