山靴通信

2004年4月1日号(毎月1日発行)

先月の『山靴通信』#146で栃木の深山湖から大川林道をクロスカントリー・スキー
で歩いたことを報告しましたが、3月14日に再挑戦してどうにか峠まで行くことが
できました。雪の男鹿岳を望む峠で弁当を食べました。残念ながら山頂を往復す
る時間はありませんでした。この時期の大川林道は雪崩のために大量の雪と岩と
なぎ倒された太い樹木が行く手をふさいでいました。雪の塊はまるで大岩のよう
で、雪崩の恐ろしさを実感しました。峠往復で25kmの雪上ハイキングでありました。

鳩の春


#149 『三太の山越えハイキングコースからぼとく山へ』

この『山靴通信』でたびたび登場願っているシモンさんから、茨城山方町の「三太の山越えハイキングコース」を教えてもらった。コース入り口には地すべりのため通行禁止の看板が出ていたが、問題なく歩くことができた。途中でコースをはずれて岩場のある痩せ尾根を登って"ぼとく山"(山仲間の通称、地元ではおかめ山と呼ぶらしい。『山靴通信』#13参照)に行った。風はあったが明山や奥久慈男体山が良く見えた。ぼとく山を下り、地割地区で三太の山越えコースに戻った。このハイキングコースは四季折々に里山の自然を楽しめるだろう。次回は新緑の頃にのんびりと歩いてみよう。

ぼとく山からの景色
ぼとく山からの景色


#150 『爺杉』

茨城の風神山から高鈴山に至るハイキングコースの途中に、真弓神社がある。その参道から外れて谷に向かって5分も下ると、樹齢900年という杉の木がある。爺杉と呼ばれている。その爺杉の太い幹に触れて、900年という年月を想像してみた。この爺杉が芽を出した頃にも、人々はいろいろなことを考えながら生活していた。案外、今の人とそれほど変わらない考え方をしていたような気がした。つまり人間はちっとも進歩していないということだ。この想像が正しいか、間違っているか。爺杉はその答えを知っているはずだが、訊ねても私などには教えてくれないであろう。しかし暗くなって訪ねてきた動物には話し相手になっているはずなので、今度イノシシ君に出会ったら答えを聞いてみよう。「そんなこと知らないよ、タヌキ君」とはぐらかされそうだが。

爺杉  爺杉の案内板
真弓神社の爺杉(左)とその案内板(右)


#151 『加波山(筑波への道、その14)』

「筑波への道」も終わりに近づいてきた。今回は大増から地形図の破線の道をたどって加波山に登り、足尾山、きのこ山を越えて上曽峠まで歩いた。

●今回もシモンさんが先頭を歩き、その後を小生、K夫人、Kさんが続いた。
●前日の降雪のために思いがけずスノー・ハイキングとなった。
●今回のコースは林道や車道を歩くことが多く、迷うようなところはほとんどなかった。
●加波山の山頂での昼食はサンドイッチにしてみた。美味くなかった、失敗であった。
●ハングライダーやパラグライダーが気持ちよさそうにたくさん飛んでいた。
●最後に車道をそれて近道をしたが、やっぱり最後は藪こぎになった。

ずっと前にも加波山から足尾山ときのこ山を経て上曽峠まで歩いたことがあるが、そのときのハイキングコースが自動車の走れる舗装道路になっていた。それがちょっと残念だった。さて、次回で「筑波への道」も最終回となる。

筑波への道
色とりどりのハングライダーの横を行く三人(右手)。遠くに見えるのは筑波山。


山男は仰向(あふむ)けになつて、
碧(あを)いああをい空をながめました。
お日さまは赤と黄金(きん)でぶちぶちのやまなしのやう、
かれくさのいゝにほひがそこらを流れ、
すぐうしろの山脈では、
雪がこんこんと白い後光をだしてゐるのでした。

宮沢賢治著『山男の四月』

山の石仏

また2004年5月1日にお会いしましょう。Have a nice day

暮篤(ぼとく)

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