2003年1月1日号(毎月1日発行)
新年おめでとうございます。
本年も『山靴通信』を、どうぞご贔屓に。
さてさて、
今年はどんな年になるのか。
まったく先が読めない世の中ですが、
地図とコンパスを頼りにして、
そろりそろりと歩いていきましょうか。
#110 『葉書』
拝啓、
先日は突然の訪問で、たいへん失礼いたしました。おかげさまで沖縄滞在を楽しむことができました。
東京が寒く厚着をしていたので、那覇空港に着いてロビーに出てから汗が止まりませんでした。
沖縄料理と泡盛はおいしくいただきました。それから沖縄三線の哀愁のある音色に感動しました。あいにく曇り空でしたが、それでも海の青さは遠くからでもわかりました。こんな美しいところで昔に戦があったのかと、そんなことを思ったこともあって、三線の音色に哀愁を感じたのかもしれません。
ではまた。
ぼとく拝

首里城にて
#111 『半落ち』
「このミステリーがすごい!」2003年版第1位、というキャッチフレーズに釣られて買った、横山秀夫著『半落ち』(講談社)を読んだ。久しぶりのミステリーに感動したのであった。感涙のミステリーという広告は本当である。この正月休みに一読を薦めたい。ミステリーなので内容はここでは述べない。本の帯には次のようなことが書いてある。
「人間五十年」- 請われて妻を殺した警察官は、死を覚悟していた。全面的に容疑を認めているが、犯行後二日間の空白については口を割らない「半落ち」状態。男が命より大切に守ろうとするものとは何なのか。
人間五十年か。この五十年で何をしてきたか。これから何ができるか、何をすべきか。
#112 『グランド・ジョラス北壁』
グランド・ジョラス北壁のウォーカー・バットレスは、1938年8月6日に
イタリア人カシン、エスポジト、チゾニによって初登頂された。フランス人の
ガストン・レビュファがE.フレンドとウォーカー・バットレスの第2登を
果たしたのが1945年7月16日。日本人による冬期初登頂は、
1971年1月1日に小西政継、星野隆男、植村直己、高久幸雄、堀口勝年、
今野和義のパーティーによって達成された。森田勝はウォーカー・バットレスの
冬期単独登頂をめざしたが、レビュファ・クラックで墜落して重傷を負い、
1979年2月20日に救助されている。森田は翌年の1980年2月19日に、
再び村上文裕とウォーカー稜の冬期登攀をめざすが、
25日に二人の遺体が発見された。登山家森田勝については、
佐瀬稔著『狼は帰らず』(山と渓谷社)に詳しい。
一匹狼として登山界の組織になじまず、著者によれば
「ひたむきにおのれの人生を生きた、みごとな男だった」。
グランド・ジョラス北壁の写真を見ると、
カシン、レビュファ、小西、森田など多くのクライマーが挑戦した
北壁ダイレクト・ルートは、ウォーカー・ピーク(4208m)から氷河に向けて
まっ逆さまに切れ落ちた稜線を形成している。
女は静かな調子を一段張り上げて、
「百年待っていて下さい」
と思い切った声で云った。
夏目漱石『夢十夜』より

また2月1日にお会いしましょう。Have a nice day
暮篤(ぼとく)
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