2003年8月1日号(毎月1日発行)
島々から上高地へ越す徳本峠、
白骨温泉から平湯温泉に越す阿房峠、
鰍沢から西山温泉に越す西山峠も、
それぞれ特徴を持つ立派な峠である。
田部重治『峠あるき』(昭和6年6月)より
#129 『徳本峠』
明治24年にウェストンが島々谷から徳本(とくごう)峠を越えて槍ヶ岳や穂高連峰に登り、これが日本のアルピニズムの始まりとされている。徳本越えと呼ばれるこの名門ルートは、昭和8年に梓川沿いに上高地までバス道路ができてからは、今では訪れる人も少なくなってしまった。
喧噪の北アルプスでも静かな山歩きができるというので、何年も前から徳本越えをやってみたいと思っていた。今回それがやっと実現した。今年は梅雨明けが遅れていることもあって、峠まで誰にも出会わないという山旅になった。長いこと想像していたよりも自然が色濃く残るコースであり、峠越えの道としての歴史を感じながら歩く幸せを感じたが、久しぶりにテントを担いでの長丁場に両肩が痛くなった。
徳本峠から見る明神岳
島々谷の底を縫うように二俣、岩魚留小屋を過ぎ、つづら折れの山道を行くと、ひょいと峠に飛び出した。目の前に穂高連峰の明神岳が大きく立ち上がっている。これを求めていたのだ。バスで上高地に入ったのでは味わえない、はるばると島々谷を巡ってきたことで手にした感動の瞬間である。
#130 『霞沢岳』
徳本峠ではテントに寝た。夜半から雨になった。朝になっても雨は止みそうにない。大滝山を越えて蝶ケ岳に行く計画は断念して、霞沢岳を往復することにした。
雨が止んで穂高の山並が望めることを期待して歩き出したのだが、雨は小降りになったりはするものの、いっこうに止む気配はない。霞沢岳は穂高の絶好の展望台として知る人ぞ知る隠れた名山である。しかしいくら名山でも、山の名前の通り霞の立ち籠めるばかりでは黙々と歩くしかない。
霞沢岳から見えたはずの展望(カシミール3Dで作成)
頂上に着いても雨は止まず、ここも雲の中。朝7時に出発して、テント場に戻ったのが午後4時過ぎ。これほど長時間雨の中を歩いていると、悟りが開けて雨また楽しというような気分になってきたが、これは風がなかったからであって、いつでも「雨に唄って」歩けるとはかぎらない。
穂高の名がはじめて文献に出てくるのは、
享保年間(1716〜36)に松本藩で編纂された「信府統記」とされ、
当時の上高地の様子とともに、穂高岳の山容を伝え、
653年に穂高岳に穂高大明神が鎮座されたいきさつについて記している。
三省堂『コンサイス日本山名辞典』より

また9月1日にお会いしましょう。Have a nice day
暮篤(ぼとく)
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