山靴通信

2002年10月1日号(毎月1日発行)

夏には、
高くて大きな遠くの山に登るのを楽しみにしているのだが、
今夏は果たせなかった。
山は逃げない、というけれど、
季節はすうっと逃げて行く。
舞茸を採ったという便りも届いた。
もう、すっかり秋になった。

Opera


#101 『オペラ見物』

ウィーンの国立オペラ座で『シュタインフェルトの巨人』というオペラを観た。
開演1時間前にオペラ座に行って、立ち見席券を入手したのだが、
立ち見席料金は3.5ユーロだから、
日本円にして五百円もしないで本物のオペラを観ることができるとは驚きである。
一番高い席は三万円もするという。
オペラは巨人に生まれた男の悲恋物語。
退屈するのではと思っていたのだが、
演出が上手であり、舞台装置も斬新で飽きさせない。
指揮者が音楽監督に就任した小澤征爾でなかったのが唯一残念であった。

S.Ozawa
国立オペラ座パンフレットの表紙


#102 『冬の一ノ倉沢を登った犬』

谷川岳の一ノ倉沢を登った犬を紹介しましょう。これは遠藤甲太『登山史の森へ』(平凡社)という本にある話です。

1970年頃、上越線土合駅前にクマとシロという二頭の犬がいました。ともに山が大好きで、趣味は登山者と一緒に谷川岳に登ること。夏ばかりでなく、冬でも長谷川恒男らのパーティーに尾(つ)いていきました。クマは先頭でラッセルしてくれるので有り難いのですが、シロは足許にじゃれつくだけで、なんの役にも立たない。一ノ倉沢に入り、急峻なテールリッジに取りつくあたりで、自分の登攀能力を識るクマはさっさと引き返してゆくのですが、シロはどこまでもくっついてくるのです。犬には無理な岩場なので、心ならずも邪険に追い払うのですが、せつない眼をして尾を振るばかり。長谷川は雪塊をぶつけたりして、やっと踵を返させたというのです。こんなお荷物を背負って登攀するわけにはゆかない。

ところが、それをやっちゃった人がいたんです。71年3月、大浜健次と鈴木昭秀は、初めての本谷を詰めていくと、シロも尾いてくる。二人がザイルを着けて登攀を始めても、シロは懸命に岩と氷を引っ掻いて追ってくる。一度ならず墜落したが、それでもついに4ピッチまで登って来てしまった。

「七十度雪壁を懸命にトラバースしていたワン公は足を滑らし、たまりかねて落下していった。思わず息をのみアンザイレンしてやらなかったことを悔む。でもあわや二ノ沢本谷に直行かと思われたが、辛くもブッシュにひっかかり一命を拾う。これで決まった!ワン公お前の生命は俺たちが預かる。どんなことがあっても頂上まで連れていくよ。(大浜健次遺作集『わが青春の山行日記』より)」

シロの尻を押し、引っ張り上げ、最後の難関ドーム壁ではザックに詰め込み、二晩のビヴァークに耐えた彼らは、ついに登攀を了えたのでした。犬の積雪期一ノ倉沢の初登頂でした。

大浜健次は傑出した登山家であり、山岳画家としても知られていましたが、86年8月、大型トレーラーの暴走に巻き込まれて、38歳にして非業の死を遂げてしまいました。シロも列車に轢かれて死んだそうです。両耳が半分垂れていて、いつも哀しい眼をしていた、山の犬でした。

山頂の犬
上田哲農『山とある日』より


#103 『クサウラベニタケ』


9月23日に近くの里山の林道を歩いた。昔は踏み跡程度の山道であったのだが、杉の切り出しで広い林道ができてしまって、残念に思っていた。しかし数年で林道は古びてしまい、道の両側にはススキが生い茂って良い雰囲気になっていた。途中の二つの小さな沼では、驚いた蛙が飛び込む音がしていた。水鳥も驚いて飛び去った。小さな魚だけが悠然と水面を泳いでいた。近道の斜面を下ったら、雨後の湿った地面からムラサキシメジが生えていた。白いシメジのようなキノコもたくさん生えているのだが、食用キノコかどうか自信がなかった。あとで毒キノコのクサウラベニタケと判断した。ウラベニホテイシメジと間違えて誤食する中毒例が多いそうだ。たくさん採れたので食べられないのは残念だ。

きのこ
ムラサキシメジ(食)とクサウラベニタケ(毒)


赤とんぼ
じっとしたまま
明日どうする

渥美 清

baloon

また11月1日にお会いしましょう。Have a nice day

暮篤(ぼとく)

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