山靴通信

2002年11月1日号(毎月1日発行)

できるだけ小さな焚き火にすることにした。
杉の表皮と細い枯れ枝を拾い集めて、
先ず杉の皮を細く割いて火をつけると、すぐに燃え上がった。
そこに細い枝を載せると白い煙りが出て、
しばらくして枝から炎がぽっとでた。
もうすこし太い枝も拾ってきて、
これが燃えだす頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。

Opera


#104 『仏頂山と高峯山』

茨城の笠間に近い仏頂山(431m)と高峯山(520m)に登った。
歩いていて、低山だからと甘くみていて仏頂山から下る箇所を間違えて、
予定していない所に出てしまった前回を思い出した。
今回はコースも整備されていてコースを間違えることはなかったが、
やはり低山だからと甘くみていたのだろう、
仏頂山から高峯山までは何度も登り下りがあるコースで、
しかもそれが「関東ふれあいの道」として階段に作られてあって、
なんだかとても疲れてしまった。
持参した地形図をよくよく見てみれば、
いくつもの小さなピークを越えていくコースである。
途中で真っ赤なタマゴタケを見つけたので、
高峯山から下ってすぐに登り返したところのパラグライダー基地で、
ベンチの上に置いて写真を撮った。
左のキノコはササクレヒトヨタケと判断したのだが、
GVPさんはヒトヨタケのようだと言っていたな。
「一夜茸」の名の通り、生長すると傘の下端から黒くなって溶けてしまうキノコだ。

タマゴタケ
タマゴタケ


#105 『つくばりんりんロード』

常磐線の土浦駅から水戸線の岩瀬駅まで電車が走っていたのは何年前までだったろうか。筑波山に登って、下山後に駅で熱いおでんを肴にビールを飲みながら電車を待ったこともあった。その後この路線は廃止されてしまった。私にはほとんど利用したことのない路線ではあったが、駅舎のベンチで食べたあのおでんの味は懐かしい。

その路線跡がサイクリングロードとなった。岩瀬土浦自転車道(つくばりんりんロード)という名前がついている。岩瀬駅東側に駐車場があるので、ここに車を置いて、マウンテンバイクで一路土浦を目指してペダルを漕ぎ出したのだった。

加波山から筑波山に連なる山々を左手に眺めながら、刈り入れ間近い稲田の中を風に吹かれていく。地元の人が買い物に自転車を走らせる。健康のために歩いている人もいる。すいっと追い抜いていくのは細身のタイヤの自転車に乗るヘルメットの若者。これもヘルメットを被った中学生が、野球のバットを荷台にくくりつけて行く。駅舎跡の石で組み上げたプラットフォームは昔のままに残り、そこには休憩舎がある。数人の兄さん姉さんが、ピクニックのようにたくさんの手料理を前に談笑している。

片道30kmはある。土浦駅に近付くころには少々うんざりする。それでも工場敷地を通り抜けて、団地の前を通り、常磐線のガード下を潜って霞ヶ浦が見えると達成感で疲れもふっ飛ぶ。さてさて、問題は帰路をいかに乗り切るかだ。

つくばりんりんロード
「つくばりんりんロード」の案内板より


#106 『向田邦子の恋文』


疲れている。こういう時は自然の中にいるのが一番。という理由で、静かな山の中で一夜を過ごすことにした。紅葉にはまだ早かったが、穏やかな風が吹き、気温は高くて寒くはない。昼過ぎに出かけたので、山の麓に着いたのが午後3時。早速テントを張って、テーブルを出し、最近買った折り畳み椅子を並べて、これで「静かな山の一夜」の準備完了。小さな焚き火を作って、鮭の粕漬けを焼いて、ちょっと温めた日本酒を飲む。見上げた夜空に星が無数。

翌日は朝寝坊。コーヒーとパンの質素な朝食。今日も快晴、風は少し冷たい。

行くつもりのなかった山頂を踏んだおかげで、キノコ(ムラサキシメジ、クリタケ、スギタケ)を見つけたのだった。我が庵(?)に戻ってもまだ日が高いので、椅子に座って持参した『向田邦子の恋文』を読む。山で読むような本ではないが、誰もいない山で読んだからか、感動の一冊となった。向田邦子の隠された人生はひたむきで哀しい。

本を読み終えたので我が庵(!)を畳んだら、静かな時間は終わりを告げた。

向田邦子に捧ぐ
向田邦子に捧ぐ


では、そちらもお大切に。
手足を冷やさないように。
バイバイ

『向田邦子の恋文』(向田和子著、新潮社)より

baloon

また12月1日にお会いしましょう。Have a nice day

暮篤(ぼとく)

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