山靴通信

盛金富士から青麻山(筑波への道、その6)

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[日時]:2001年12月22日(土)
[天気]:前日は雨であったが、当日は晴れ
[参加者]:シモンさん、Kさん、ぼとく
[1/25000地形図]:山方、上小瀬
[コース]:下小川駅 (8:21) - 盛金富士 (340.7m、9:07-9:20) - 尾根休憩 (10:20-11:15)- 青麻山 (394.9m、12:05-12:45) - 竹ノ内 (13:20)

  Kさんの車を下山口の竹ノ内に置き、下小川駅から出発しました。じっとしていると寒い季節になりましたが、歩いていると寒さを感じることもありません。昨日降った雪が所々ハイキングコースに残っていました。盛金富士の山頂からは眼下に雲海、その海に浮かぶ奥久慈男体山などが望めて、まるで水墨画のようです。(今月号の表紙の一番下の写真もこの時のものです。)ベンチには雪が融け残っていました。

雲海に浮かぶ奥久慈男体山(盛金富士からの眺め)
雲海に浮かぶ奥久慈男体山(盛金富士からの眺め)

 山頂を後にして北西に延びる尾根を一気に下りましたが、少々下りすぎてしまったようなので地図で確認して登り返しました。太陽の光が放射状に差し込む幻想的な霧の杉林の中を通って小瀬川左岸にある尾根に向かいました。葉を落とした広葉樹の尾根は、うす暗い杉植林地帯に比べると、それはそれは気分の良いものです。このような尾根で早い昼食にしました。斜面の下のほうに倒木があったので行ってみたら大きなシイタケを見つけました。途中でキクラゲもみつけましたよ。
 地図を頼りに、そしてシモンさんの山歩きの直感を頼りにして、道を間違えることもなく無事青麻山に着きました。山頂からは、めざす筑波山方面の低山が幾重にも重なって見えました。ここには石碑が建っていて、それには次のようなことが書いてありました。

文政五年に村人の小室喜十が多年信仰していた奥州青麻三光神社をこの霊峰に招請して氏神として祀ると中風や虫切などの霊験があり、この恩恵に浴する近郷の人々が春と秋の祭典を催して以来百有余年を経た時に、小室喜十の後裔が土地を寄進し、氏子はこれを記念して百五十年祭の式典を挙げるとともに桧をニ千本を植林した。

 下山は地形図の破線の道を通らずに、尾根を下りました。ここは私が以前に歩いたことがあり、薮道と記憶していたのでしたが、思いのほか歩きやすい道でした。どうも私は別のコースと間違えっていたようです。地元の人がゲートボールをしている竹ノ内という所に出ました。その地元の人は青麻三光神社の祭りは最近では盛んではなくなったと言います。里山が広がる山村はのどかです。次回の「筑波山への道」はここから歩くことになります。

165グラムもあった冬のシイタケ(大きさは15x12cm)
165グラムもあった冬のシイタケ(大きさは15x12cm)

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ぼとく

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