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『海外ミステリを読む』(12)

 <ロサンゼルスの探偵達>(その2)

 ロス・マクドナルド編(4)

    「象牙色の嘲笑」1952年(高橋 豊訳。ハヤカワ・ミステリ文庫)

   [概略]

     私立探偵リュー・アーチャーはユーナ・ラーキンと称する女に1日50ドル
      で雇われて、行方をくらました黒人女中ルーシーを捜した。ルーシーはな
      んなく発見できて、アーチャーの仕事は片付いたのだが、何故か彼はル
      ーシーをそのまま抛っておく気になれなかった。黒人の女にしては稀な美
      貌や、毅然たる態度が、何かを底に秘めているように思われてならなか
      った。
      果然事件はおきた。彼女はホテルの一室でナイフで刺されて死んだのだ!
     文学作品としてのハードボイルド探偵小説と諸家激賞の名編。
             (ハヤカワ・ミステリ総解説目録より)

   [ストーリー]

    『その女はおれの事務室のドアの前で待っていた。背の低いずんぐりした
     女で、青のタートルネックのセーターの上に青のだぶだぶのスーツを着て、
   体の線を優美に見せるために青のミンクのストールを肩に掛けていたが、
   これは無理だった。顔が角張って黒く日に焼け、短く刈られて首すじをまる
    出しにしている髪が男みたいな感じを強調していた。どう見ても朝の8時半
    ごろに起きてくるようなタイプの女ではなかった。それとも、夜どおし起きて
    いたのだろうか』

   これがこの作品の冒頭です。アーチャーの事務所に依頼人が訪れる場面
    です。予約してから来たという状況ではなさそうです。たまたま事務所を開
    けたらそこに人がいたという感じですが、これでは訳者が省略した部分が
    あるのでなければアーチャーは8時半には仕事を始めるということになり
    ます。サラリーマンの出勤時間と変りませんね。まあ、そんなことはどうでも
    いいことですが、ここで問題になるのは主語が 「おれ」になっていることです。
    創元社版も含めて18作のアーチャー・シリーズの長編ではこの作以外は
    すべて「私」を使っています。

   「おれ」と「私」の問題についてはチャンドラー編で一度触れましたので、ここ
   では深入りはしませんが、この訳者が「あとがき」でこのことにわざわざ触れ
   ていますので、少し長いですが、大事な問題だと思いますので全文引用させ
   て頂きます。

  『ついでに私がこの一人称小説の主語を「おれ」と訳したことについて、一言
   触れたいと思います。この一人称の代名詞を日本語でどう言ったらいいの
    か、訳者としては選択に迷う問題です。アーチャー・シリーズは短編を含め
    て様々な人達によって翻訳されていて、「私」、「わたし」、「ぼく」とまちまちな
    がら無難な日本語が選ばれてきました。そんなことは主観の相違に過ぎな
    いと言ってしまえば身も蓋もありませんが、しかし、そういって片付けられな
    いものがあります。それをつきつめて考えると、我々自身の日本語に文句を
    つけたくもなるのですが、思案のすえ、リュー・アーチャーのイメージは「おれ
    」という語感がぴったりしそうだと思い決めました。
    なぜなら、日本語の「おれ」は対人関係を全く無視したーつまり、敬語や尊譲
    語などの意識のないーある意味では孤独な男の一人称代名詞だからです。
    リュー・アーチャーは天才的で、神経が繊細でありながら、いたって無作法で、
    しんは強いけれども野放図で、おんぼろな孤独な男です。しかも、この「象牙
    色の嘲笑」という小説のスピーデイなタッチが、「おれ」であることを要求して
    いるように思われました。とはいっても、実際に「おれ」にしてみると、使い分
    けるべき対人関係語の多い日本語の性格上様々な問題に逢着してー狭い
    島国にわんさと住みついて一人になる空間さえも持てない我々自身の悲哀
    を感じさせられた次第でした。』

   急いで書いたらしく、自らの人間関係の悩みを露呈したような文章ですが、
   言いたいことは伝わってきます。実はこの方は最後の作品の「ブルー・ハン
    マー」も訳しておられますが、こっちは「私」を使っています。でも、何故、「お
    れ」をやめて、「私」に変えたのかの説明は一切ありません。ご自身の考え
    方の変化なのか、早川書房側からの要請なのかも読者には知らされてい
    ません。私などは 「ブルー・ハンマー」の日本語訳で一番知りたかったのは
    実はそのことだったのです。

   私個人の意見としてはロス・マクドナルドに「おれ」は似合わないと思います。
    この作品のように地の文で「おれ」を使って、会話で「ぼく」と言わせるのは
  私なんかの感覚では違和感があります。まあ、好みの問題ですから、「私個
  人としては」と付加えておきます。違和感を覚えない人もいるでしょうから・・

  ユーナと名乗るその女の依頼は自分の所で働いていた黒人の女中ルーシ
  ー・ チャンピオンがルビーのイヤリングや金のネックレスを持って出て行っ
   たの で、見つけて欲しいということでした。出入りする場所までわかっている
    という話が嘘くさいと読んだアーチャーは彼女が差出した100ドル紙幣を突
    返します。すると、今度は実は喧嘩して出て行ったので、家庭の内情を言い
   ふらすかもしれないので、逢って話合いたいのだと説明します。それも怪しい
    ものだと思いながらもアーチャーは引受けてしまいます。

   早速、ルーシー・チャンピオンがいるという「峡谷の上の方の」ベラ・シテ イへ
   と車を走らせます。この街は架空の街です。「鮮やかな緑のビロードの 帯を
   敷いたような果樹園や褐色のコールテンのような穀物畑や、みごとな錦織り
   のような野菜畑が一面に広がっている。ベラ・シテイはその中にあった.。 お
  れはそこへ向って丘を降りて行った。」

   アーチャーはベラ・シテイで簡単にルーシーを見つけ、尾行します。彼女が
   いたのは下宿屋でした。ですが、そこの一人息子のアレックスにルーシー
   が 色目を使ったのを見つけた母親がルーシーに出て行けと言出す場面が
   アーチ ャーの目の前で繰広げられます。ルーシーはタクシーを呼んで、ス
   ーツケースを持って乗り込みます。アーチ ャーは当然尾行します。
   タクシーはマウントヴュー・ホテルという看板のあ る建物の前で止り、ルー
   シーが下ります。そして、彼女はそのホテルに入り ます。尾行したアーチャ
   ーはルーシーが宿泊の申し込みをしたことを聞出す と自身も隣りの部屋を
   申し込みます。そして、依頼人が待機しているホテルに電話して、ルーシー
   の居場所を教えます。

   やがて、ユーナがルーシーの部屋にやって来ます。アーチャーは壁に耳を
   当て二人の会話を盗み聞きします。随分、壁の薄いホテルのようです。
   二人は結局喧嘩別れになり、まず、ユーナがタクシーに乗って去り、それか
   ら少し経って、ルーシーも外出します。アーチャーはそんなルーシーを今度
   は徒歩で尾行します。 次にルーシーが入ったのはサミュエル・ベニングとい
   う医者の家でした。少 しして出てきた彼女は駅へ向います。

   駅でアーチャーが見張っているとマッ クス・ヘイスという私立探偵がアーチ
   ャーに話しかけてきます。警官時代の アーチャーを知っている彼はルーシ
   ーには自分が優先権があるのだから手を 引けと言出すのです。聞いて見
   るとヘイスの依頼人もユーナだったのです。
   アーチャーが断ると、今度は5千ドルになる仕事があるから共同でやろうと
   ヘイスは持ちかけます。

   二人がそんな話をしている隙にルーシーは突然待合室を出て、外に出ます。
  慌ててアーチャーは追います。ルーシーが下宿屋の息子のアレックスの運転
  する車に乗って立去るのを見たアーチャーはタクシ ーで後を追いますが、逃
  げられてしまいます。タクシーで駅に戻ると、ヘイ スの姿もなかったので、食
  堂で食事をします。朝からまだ何も食べてなかっ たのだそうです。時刻は夕
  方の5時です。食事のあと、ホテルに戻ったアーチャーは隣りのルーシーの
  部屋に鍵がドアに指し込んだままになっているのを見て、心配になり、ノック
  をしてみます。 返事がないので、ドアを開けて、中に入ります。

  『壁の腕木に取りつけられた紙の傘をかむった電灯の光が、まっすぐルーシ
   ー を射して、黒い血の海の中に浮んでいる灰色の粘土のデスマスクのよう
   な彼女の顔を照らして出していた。彼女の切られた喉は、悲しみのあまり絶
   句した口のようにざっくりと開いていた。
   おれはドアにもたれた。ルーシーから離れてその外へ出たかった。だが、死
   はいかなる儀式よりも強くおれを彼女に縛りつけた。』

  アーチャーはスーツケースを探り、彼女宛の手紙を読み、ハンドバッグの中
   にあった新聞の切抜きを読みます。それはチャールズ・シングルトンという
   若者が行方不明になったのでこの土地の有力者である母親が5千ドルの
   懸賞金をつけて情報を求めているという記事でした。それらをすべて元通り
   にしたアーチャーはホテルの事務室の方へ行こうとして、じっとこちらを見つ
   めているアレックスに気が付きます。するとアレックスは猛烈な勢いでアー
   チャーの方へ走ってきて、殴りかかります。簡単に殴り倒されたアレックスは
   それでもアーチャーに彼女の部屋で何をしていたのだと食ってかかります。
  そして、彼女と一緒に街を出るつもりで、彼女は荷物を取りに部屋に行った
  だけだと話します。アーチャーは彼を連れて、事務室に入り、警察に電話し
  ます。

  ブレイクという刑事がやってきて、事情聴取をはじめるのですが、その途中
   アレックスは逃出してしまいます。そのあと、アーチャーはユーナに会いに
   行き、どうなっているのだと問いただすのですが、ユーナの答えは隙を見て
  逃出すことでした。

  ここからアーチャーは事件の背後を探り始めるわけですが、依頼人がいない
  のです。つまり、彼はお金を貰う当てもないのに動きまわるわけです。かと言
  って、正義のためでもなさそうです。ですから、犯人を見つけた時も誰に頼ま
   れたのだと聞かれても「いや、僕は勝手に来たのさ」としか答られないのです。
   証拠はないだろうと犯人に詰寄られたアーチャーは「必要なら僕は全市民に
   呼びかけて、その証人を捜すよ」と答える始末です。
  また、何故そんなに私を憎むのかと問われて、「あなたは人間の理想を殺し
  たのだ」とわけの分らないことを言います。この作品はストーリーとしては入
   組んでいて、ラストまで読者を引張って行きますが、肝心のアーチャーの動
   機が弱いのです。ルーシー・チャンピオンが好きだったからでもなく、お金が
   欲しかったためでもないし、正義の為の戦いとも思えません。そこが欠点と
   いえるでしょう。従って、初期の傑作という言葉はどうも宣伝文句に終ってい
   るような気がします。

  ロス・マクドナルドは「ハメットに脱帽」という文章でこんなことを書いています。

  『もし、スペードの自己完成を目指しての痛烈で、不器用なあがきがもっと完
   全に展開されているなら、あるいはまた、彼が求めざるを得ずして求めた褒
  賞が無であることを最初から読者に分らせておくことができたとしたら、(探
   偵小説の基本的制約として、主人公の行動が、ある意味では物語の最初か
   らの経過で予定されているのだから仕方がないとも言えるが)サム・スペード
   は本質的に悲劇の主人公として描写されただろう。』(岩下吾郎訳)
   (「エラリー・クイーンズ ・ミステリ・マガジン」1964年11月号)

  この文章のサム・スペードをリュー・アーチャーに変えれば、この作品のこと
   として通用するような気がしてなりません。つまり、作者がアーチャーをもっと
   しっかりと描いていたら、もっと良い作品になったに違いないと思えるのです。
   作者の中にアーチャーの存在がいかにあるべきかで迷いがあるのではない
   でしょうか。

  この文章にはもう一つ、見逃せない点があるのです。(  )の中の言葉です。
   うっかり漏らした言葉だろうと思いますが、これは彼の作品の本質に係る問
   題だと思います。しかし、今はまだこのことに触れる時期ではない思うので、
   もっとたくさんの作品を読んでからにしたいと思います。

  この作品は題名の意味する所もよく分りません。誰が誰にgrinしたというの
   でしょうか。ただ、日本語訳の題名の付け方はうまいですね。「アイヴォリー
   色のにやにや笑い」では本は売れないですからね。「アイヴォリ」を「象牙色」
   と訳した方には「お見事」と言いたい気がします。

  [深読みコーナー]

  この作品のポイントはルーシー・チャンピオンという黒人の登場です。チャン
   ドラーの長編8作の中では日本人は庭師、黒人は女中かボーイという花や
  木と同じような点景に過ぎなかったのです。ロス・マクドナルドも長編4作目
  で初めて黒人を「セリフのある登場人物」として舞台に上げたのです。

 この作品は1952年の出版です。つまり、この頃からロサンゼルス郡、さら
  にはカリフォルニア州における有色人種の台頭が目立ってきたということな
  のです。そして、今ではロサンゼルス郡の白人の人口は全体の3割に過ぎ
  ないのだそうです。その始りがこの頃なのです。そういう時代背景があるこ
  とを頭に置いて読んで行くと一層面白いのではないでしょうか。
  言ってみればルーシー・チャンピオンはウオルター・モズリイが描いたブラッ
  ク・べテイの先輩にあたるようなものです。

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