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『海外ミステリを読む』(11)

<ロサンゼルスの探偵達>(その2)

 ロス・マクドナルド編(3)

    「人の死に行く道」1951年(中田耕治訳。ハヤカワ・ミステリ文庫)

    [概略]

   行方不明の娘を探してくれと、その母親に依頼され調査をはじめた時  私立
    探偵リュー・アーチャーの頭に、すぐピンときたことがあった。 娘は看護婦だっ
    た。そして彼女が、病院で最後に看護したのが重傷を負って担ぎこまれたギャ
    ングの仲間だったからだ。果して娘はタランタインと呼ばれる名うてのギャング
    と共に姿を消していた。アーチャーは後を追った。
   批評家バウチャーがチャンドラーの「さらば愛しき女よ」以来最高のハードボイ
   ルド探偵小説と絶賛を惜しまなかった作品である。

             (ハヤカワ・ミステリ総解説目録より)

    [ストーリー]

   『そのサンタ・モニカの邸宅にはいくつもブールヴァードのあいだを交差する道
    路にあって、海岸のハイウェイからすぐに音が聞え、海がすぐに  近い場所
    だった。かってはここで生活することが誇りになるといったストリートだったが、
    この数年の間に誇りとすべきものを失ってしまったという格好だった。このあた
    りの邸宅は何階建てにもなっているのに、窓が少なすぎ、塗装も十分ではな
   かった。こういう邸宅の歴史は簡単に想像がつく。もとは一家族だけが住んで
   いたものを、いくつも部屋をわけて、アパートや、お手軽なマンションや、旅行
   者向きの部屋に改造したのだった。街路に続く棕櫚の並木さえも、ひところは
   全盛を誇った時代も見てきたのに今は老いて毛が抜け始めたといった感じだ
   った。教えられていた番地の前で車をとめ、シートから歩道に身を乗出すよう
   にしてその邸を確かめた。』

   これがこの作品の冒頭です。アーチャーが電話をかけてきた依頼人の家を
   訪問する場面です。
   この時期のロサンゼルスがどのような状況にあったかを海野弘さんの「LA
     ハードボイルドー世紀末都市ロサンゼルス」から引用させて頂きます。

  『アート・サイデンボームの「ロサンゼルス200年」によると、1950年にはま
    だスプロール(都市が郊外に無秩序に広がること)は許容出来る言葉であり、
    スモッグは、もっぱら工場の煙によるもので、自動車の排気ガスのせいだとは
    考えられていなかったそうである。ロスに人口が集中し、人々は一戸建ての家
    を求めたので、郊外に宅地が造成され、住宅が建てられた。その代表的な例
    がロスの南、ロングビーチとの間のレイクウッドである。ルイス・ボイヤーという
    開発業者が3375エーカーの土地を買占め、1万7千戸の団地を作ったので、
    2年間で7万人の都市が出現した。
    しかし、この都市は、警察も消防も病院も持っていなかったからロサンゼルス
    郡からそれらのサービスを受けなければならなかった。一方、急激な人口増
    加により、それまでの高級リゾートであった浜辺が一気に大衆化した。カリフ
    ォルニアに航空産業が集中し、復員した軍人が海岸地帯に住むようになった。
    レドンド、サンタモニカ、マリブーといったビーチにはアウトドアの快楽的文化
   が賑わい出した。』
              海野弘著「LAハードボイルドー世紀末都市ロサンゼルス」
                                   (平成11年グリーン・アロー出版社)

    これはそんな時代のロサンゼルス、つまり郊外に大きく広がっているロサ ン
   ゼルスでの物語です。アーチャーは遠くサン・フランシスコの近くまで 走り回り
   ます。ですから、チャンドラーの作品のようにダウンタウンやハ リウッドなどの
   中心部はあまり事件の舞台にはなりません。一つにはロス ・マクドナルド自身
   がロサンゼルス市内ではなく、近郊のサンタバーバ ラに住んでいたせいもあ
   るのでしょう。

   依頼人のサミュエル・ローレンス夫人はパシフィック・ポイントの病院で 看護婦
   をしている娘のギャリイが2ヶ月前にアパートから引越してどこか に行ってしま
   い、連絡が取れないので探して欲しいというのです。
   最後に 担当だった患者が腹にピストルの弾を撃込まれたスピードというギャン
   グだったことが彼女の心配を深めたようです。話を聞いたアーチャーは最初は
   「警察のほうが私よりうまくやってくれま すよ。私の場合、一日当たり50ドル
    頂きます。警察ならいっさい無料で すからね」と言うのですが、写真も見せら
   れて、結局は引受けます。

   アーチャーはまずパシフィック・ポイントへ行きます。この街はロングビ ーチの
   南にあると書いてありますが、地図上にはその名前はありません。従ってロ
   ス・マクドナルドが作り上げた架空の町なのでしょう。 スラム街や商店街、オ
   フィス街が海岸近くにあり、その上の斜面に商店の経営者達の住宅地区が
   あり、さらにその上は本当の金持が住んでいる地区になっている街で、アー
   チャーは以前の仕事で来たことがあるのでその病 院は知っていました。
   そこでギャリイと一緒に働いていた看護婦から色々と情報を仕入れます。ギ
   ャリイのアパートはアカシア・コートにあること、ギャリイが看護した ハーマン・
   スピードはレスリングのプロモーターをやっていたこと。タラ ンチュラに似た名
   前の手下とギャリイが一緒にいたのをみたこと。アーチャーは次に病院から
   歩いて行ける距離にあるアカシア・コートへ行 きます。

   管理人のレイシュに会い、話を聞きます。アーチャーの仕事のや り方はとに
   かく人に会い、話を聞き、そこで得た情報を基に、また人に会 う。そして話を
    聞く。それの繰り返しなのです。
    レイシュからはピン・ボールというギャングの手下がギャリイの行方を知 らな
   いかと言って来たという話を聞出します。
   集金した金か何かを持ち逃 げしたタランタインという男がギャリイと一緒にい
   るらしいのです。

   次にアーチャーが訪れたのはボクシング・ジムでした。そこでサンドバッグを
   叩いている若者に話を聞きます。彼によると、スピードが撃たれて街 を出た
   あとはタランタインが経営しているということでした。タランタイ ンの住所を聞
   出すと、すぐその住所を訪れます。ところが、近所の人はタ ランタイン夫人は
   息子が入院しているので、その見舞に行っていると言う ので、アーチャーは
   病院に戻ります。

   母親が立ち去ったあと、病室に入り、顔全体に包帯を巻いた男に話を聞く と、
   それは自分の弟のジョオだと言うのです。彼は兄のマリオだと名乗り、さらに
 こう言出します。
 「あんたと相談したいことがあるんだ。あの二人がロサンゼルスで住んでいた
  場所は知っている。そこでだな、お前さんがあいつらを探し出したら俺に知ら
   せてもらいたいんだが、どうだろう?」
   アーチャーは承知し、ビバリー・ヒルズのカサ・ローマという場所を教えて貰い
   ます。

   ここで話はやっとロサンゼルスの市内に飛ぶわけです。このあと、作者は ア
   ーチャーがカサ・ローマを訪れる前に食事をさせます。

   『ハリウッドの<ムッソオズ>で食事をした。ビフテキが運ばれるのを待って
    いる間にジョゼフ・タランタインのアパートに電話をかけたが、5セント無駄に
    しないですんだ。不在だった。』

  この店は有名な店で、チャンドラーもマーロウにここで食事をさせています。
   (「長いお別れ」)

  食事のあと、アーチャーはカサ・ローマに行きます。そこは「マリオ・タランタイ
   ンが思っている程豪華な場所ではなかったが、それでも相当なものだろう」と
   いうような場所でした。
   受付係も案内係もいなかったのでアーチャーは勝手に中に入り、タランタイン
   の部屋の鍵をネジまわしでこじ開けて(つまり不法侵入して)、中に入ります。
   ですが、先客がいてピストルを構えて待っていました。
  その男にピストルを突きつけられたまま、アーチャーはその男の親分のダニ
   ー・ドウザーの家に連れて行かれます。その家でギャリイがパーム・スプリン
   グスで見かけたと教えられ、彼女を見つけた場合、居場所を教えてくれたら
   千ドル、ジョオなら5千ドル出すといわれます。ドウザーは自分の縄張の外に
   逃げたジョオを自分で捜しに行くよりはと考えたのです。
  その場を逃れる為にアーチャーは引受けます。

  『「あんたの為にさがしものをする以上、当然手数料を頂くぜ」 彼はぼそぼそ
     とした恰好で百ドル紙幣をくれた。金というものは、それを手にした人間から
  感情がのりうつるものだ。この金ときたら、私の手のな かでぶくぶく肥ったト
  マトの青虫のようにひっつれていた。』

   [翻訳の文章について]
    字数の関係でひらがなを漢字に転換することはありますが、翻訳の原文
    つまり訳者が訳した文章に手を加えることは一切していません。ここの訳
       も訳者の方が自分なりに日本語らしく変えようとされたので しょうが・・・。

   そのあとすぐ、アーチャーはパーム・スプリングスに行きます。実によく働 く男
   です。酒場から酒場を廻り、バーテンや客にギャリイの写真を見せて歩 くわ
   けです。
  「ラリアット」という名前の小さな店で手がかりを発見します。バーテンに 金を
   やり、彼女と一緒に店に来た男と話します。名前はキース・ドーリング で、向
   いの部屋に住んでいた男です。彼は砂漠に小さな家を持っていて、そ れをジ
   ョオに貸したというのです。キースはジョオがドウザーの金を持ち逃 げしたと
   聞き、自分も共犯されるのではないかと恐れているようでした。

   アーチャーがその家に案内してくれと頼むと、キースは承知します。 アーチ
   ャーは自分の車は置いて、キースの車に同乗します。家に着いても彼はジ
   ョオに知られたくないので、ここで待っているから一人で入ってくれと アーチ
   ャーに言います。アーチャーがドアをノックすると、ギャリイがチェーンを付け
   たままドアを かすかに開けます。手にはピストルがあります。車が故障した
   ので道を教え て欲しいと頼むと、チェーンを外して中にいれてくれます。
   アーチャーは母 親から頼まれたものだと名乗り、ドアを開けドーリングもいる
   から一緒に来 てくれと誘いますが、彼女は抵抗します。

   その時、アーチャーは誰かに後頭部を殴られ意識を失います。 アーチャー
   が意識を取戻した時、そばに見知らぬ女性がいます。丁度通りか かったの
   で気になったのだとその女性マジョウリイ・フェローズは言います。
   新婚旅行にきているのだが、夫の姿が見えないので捜しているのだと説明
   し ます。アーチャーは彼女の車でタクシーのある場所まで送ってもらいます。
   その場所で夫のヘンリとも会います。

   翌朝、アーチャーはカサ・ローマにドーリングを訪ねます。だが、そこにあっ
   たのはドーリングの死体でした。部屋を捜索したアーチャーは手紙からジェ
   ーン・ハモンドという女性の住所を手に入れます。そして、その女性にも会
   って話を聞きます。

   ここまでが約3分の1です。登場人物も出揃ったところです。ここから謎解き
  が始るわけです。

 [深読みコーナー]

 (1)この作品のタイトルは「THE WAY SOME PEOPLE DIE」 です。つま
     り、マクドナルドは群像を描くことを意図したようです。前作の失敗が頭にあ
    ったのか、出版社側からの要請の為だと思いますが、ハメットやチャンドラー
    が描いた「ハードボイルドなミステリ」を目指したに違いあ りません。
    確かに前作のようなアンバランスな所は消えましたが、登場人物が類型化
    され、平凡な作品になってしまっています。

     出版社側はそこそこ売 れて、これからもマクドナルドに依頼する気になった
    でしょうが(マクドナ ルドもそれが狙いだったと思いますが)、ハヤカワの解
     説目録にあるような 傑作では決してありません。
     マクドナルドもこの手の作品を作るテクニックは獲得出来たかも知れません
     が、先輩作家からの影響を脱して、独自の作品を完成させるには寄り道し
     た作品だったと言えるのではないでしょうか。

     主役のギャリイ・ローレンスが「SOME PEOPLE」の中の一人にな ってし
     まっているために描きかたが足りないのです。 最初にアーチャーが依頼人
     に呼ばれて行った時に、ギャリイが母親に出した クリスマス・カードをアーチ
     ャーは読ませて貰います。それにはこういう字 句があったのです。

      クリスマスの日に母に
                  はてしなき人生の荒海に
                  わが小船港を離れぬ
                  やさしき母上をしのびつつ
                   年ごとに楽しきクリスマスを迎えむ

     母の手元を離れ、一人で人生の荒海に船出したギャリイ・ローレンスは看護
     婦から出発し、ついにはギャングの群れに混じって、ピストルをぶっ放すよ
     うになってしまったわけです。
     この作品ではその過程が描き足りない為に、底が浅くなっています。マクド
     ナルドは誰が何と言おうと、前作で見せた方向を推進めるべきだったと私は
  思います。

     前作の失敗は単に主人公と他の登場人物とのアンバランスにあったのです
     から、そこを直す方向に行くべきだったのに彼はその冒険を避けたと私には
     思えます。
     だから、平均点は取れたかも知れませんが、マクドナルド独自の作風の確
     立の為には廻り道だったよ うな気がします。
     ギャリイ・ローレンスをもっと描き込んで、タイトルを
          「THE WAY SHE LIVE」
  とでもしていたら、“ミステリを文学の域に高めた”とでも評されるような作品
    になったのではないかと私には思えます。

 (2)この作品にはかわった保安官補が登場します。

    『私が給仕の眼をとらえて、会計の合図をした時、男が一人、正面のドアを
     開けた。ノブに手をかけて立ったまま、スタンドにたかっている連中に眼を
     走らせた。あっさりした服装で牧童のような帽子をかぶった大きな男だっ
     た。』
 
    『私は写真付証明書を見せた。
     「私が口をきいた男はカウボーイ・ハットをかぶっていた。ここではみんなが
      その帽子をかぶっているんですか?」
    「キャラハンだけですよ。・・・」』

    『キャラハンが戸口に姿を見せた。大きな帽子を手にして、この季節の激し
    い日光にさらされた頭を見せている。彼はギャリイをさきにとおすために
   すぐ引込んで、彼女が自分のものだというような微笑を見せた。』

  クリント・イーストウッドが演じるハリー・キャラハンの原像はここにあるので
   はないでしょうか。あの映画を最初に考えた人間がこれを読んで、この人間
   像を膨らませて行けば面白いキャラクターになると判断したのではないかと
   いう気がします。

 [この作品でのリュー・アーチャー]

 『私はハリウッドとロサンゼルスの中間の中産階級の住宅区域にある5部屋
  のバンガロウに住んでいる。この家と、この家が抵当物件になっていること
  は、私のただ一度の結婚の記念物になっている。離婚してからは睡眠時間
   が遅くなるまで家に帰ったためしがなかった。いまも、もうだいぶ遅い。』

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