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「海外ミステリを読む」(58) |
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(私立探偵アルバート・サムスン・シリーズ4) 「沈黙のセールスマン」(1978年作) (1985年・石田善彦訳ハヤカワ・ポケット・ミステリ1457) サムスンはドロシー・トーマスという女性から電話で依頼を受け、自宅を訪れます。ロフタス製薬でセールスマンをしている弟のジョン・ピッギーが、会社で薬品が爆発した際に負傷し、七ヶ月も会社内にある病院に入院したままになっているのだが、面会を拒否されているのが納得できないというのです。 「わたしが入院中の実の、そして、たった一人の弟と面会できない 仕事を引き受けたサムスンは翌日から行動を開始します。早速、会社に乗り込んで行くのですが、ガードが固く、一筋縄では行かないことを知らされます。しかし、弁護士やピッギーの妻のリン、会社内の様々な人間達に会い、少しづつ真実に迫っていきます。 この物語の中心は女性たちと言っていいでしょう。依頼人の姉と妻。二人の間には当然のように確執があり、憎みあい嫌いあっています。担当の医師のマーシャ・メローム。彼女達三人がサムスンに嘘をつき、あるいは自ら接近して事態を混迷させながら、自己保身に走るのです。サムスンは彼女達に振り回されながらも、事件の核心に迫っていくという構成です。 サムスンはリンを自分の部屋に泊めたり、事件の鍵を握るメロームのマンションに忍び込んだりと、女性に囲まれることの多い作品です。中でも一番の変化は女性の臨時助手が出来たことです。離婚した妻と暮らしていた娘のマリアンヌは17才になり、今はスイスの学校に行っているのですが夏休みに父親に会いに来たのです。サムスンは正式にマリアンヌを助手として届けて、仕事を手伝わせることにします。娘を登場させたことで話の内容に幅が出来て、物語を面白くしています。逆に言えば、これまでの三作はサムスンに恋人はいるらしいが名前もなく、交際の有様が描かれることもなく、美人の助手がいるわけでもなく、話に幅がなかったと言っても過言ではないでしょう。サムスンを等身大の普通の男に設定したために、リュー・アーチャーのように事務所に一人でいて、悲劇を重低音で語ることは似合わないという身動きの取れない状況だったのです。 娘を登場させて、ロフタス製薬の若い男と仲良くさせて事件に絡ませた上に、親子の情、離婚して別居している父と娘の愛情も描けて、奥行きが出来たと言えるでしょう。出版社ではポケミス版を発売する時に、帯に「娘に授ける探偵魂!」と見出しをつけ、次のような文章を入れているのです。 『十数年前に別れたきりの実の娘がひょっこり訊ねてきた。今は金持 つまり、一番の売りが親子の情だと言っているような宣伝文句ですが、娘を登場させたことが成功しているのは事実です。この作品をこのシリーズの代表作に挙げる人も多いのです。まだ、全部読んだわけではないので、ここで私の結論は言いませんが、今までの三作よりは出来はいいのは間違いありません。 娘を登場させることで最初に設定したサムスンの人間像を補充することが出来たわけですが、その辺りの事情を[深読みコーナー]で探って見たいと思います。 [深読みコーナー] 作品リストを見れば分かりますが、リューインはシリーズ三作目の「内なる敵」のあとに、別シリーズを始めています。何故かは憶測するしかないわけですが、私にはサムスン・シリーズに行き詰まりを感じていたことが根底にあるのではないかという気がします。その根拠は新シリーズを全く別に設定したのではなく、サムスンも脇役として登場させているからです。お馴染みのミラー警部補と一緒にインディアナポリス警察で働くリーロイ・パウダーを主人公に据えたシリーズがそれです。 「夜勤刑事」と題して、新シリーズ第一作を1976年に出しています。サムスン・シリーズ三作目の「内なる敵」が1974年ですから、その2年後ということになります。そして、さらに2年後の1978年にこの四作目が出ているわけです。ですから、4作目が3作目より出来が良かった理由の一つに、「夜勤刑事」の存在があるのではないかという風に私は思っています。 「夜勤刑事」の主人公のリーロイ・パウダーはインディアナポリス警察の警部補で48才。離婚寸前の奥さんと男の子が一人います。同僚のジェリー・ミラーはサムスンの高校の同級生として、一作目の「A型の女」から登場しています。サムスンにとっては警察の助けがいる時の大事な知り合いで、シリーズの中でも一番重要な脇役です。この作品では殺人事件を始めとして多くの事件を抱えているパウダーのところに、レックス・ファンクハウザーという高校生の男の子が学校で試験の成績をめぐって不正が行われていると告発に来たのですが、とても手が廻らないので私立探偵を紹介してやるという設定で、サムスンが登場するのです。 パウダーが署内で「私立探偵を知っている奴はいないか」と探すと、ミラーが知っていると教わり、会いに行きます。すると、ミラーは「学生時代の知り合いでたまたま探偵になった男がいるんだよ」と言ってサムスンを紹介します。パウダーはそのあと、早速レックスにサムスンの住所を教えます。 所が、そのレックスに盗みの疑いがかかり、パウダーはサムスンの事務所に現れます。誰もいないので、「誰かいないか」と声をかけます。その時、サムスンは歌を歌いながらシャワーを浴びていたのです。 『歌がやんだ。パウダーは部屋の中央まで後ずさりした。ようやくドア これがパウダーとサムスンが初めて出会う場面です。このあと、サムスンはふざけて応対し、パウダーを怒らせます。そして、会見はこのような終わり方をします。 『踊り場から、パウダーは机のそばまで引き返した。ふり返ったサムス 何故か、これまでの三作までのサムスン・シリーズの中のサムスンとはイメージを変えています。訳しかたによって、ある程度違ってくることを割り引いても、ひょうきんで、お茶目な感じを出そうとしています このあとも二人は会う度に対立し、漫才のようなやりとりを繰り返します。 「探偵さんよ、いいかね。これだけじゃ何もならん。その妙な面と声で パウダーがこんなことを言えば、サムスンも負けてはいません。 「あんたは知らんだろうがな、お巡さんよ。たった一人で情報をつか 読んでいる方としては、サムスン・シリーズの時と違ったキャラクターをサムスンに見出す思いがするのです。でも、それがパウダーのキャラクターに引きずられる印象が強いので違和感を感じないわけです。そこが作者の狙いだったのではないかという気がします。つまり、最初に自分で設定した主人公アルバート・サムスンのイメージを変えようとしているのではないか。そんな印象を持って、私はこのパウダー・シリーズの最初の一作を読みました。 さらに言えば、リューインは敬愛するロス・マクドナルド流の正統派私立探偵小説に行き詰まりを感じて、このパウダー警部を創りあげたのではないかという気がします。時代の要求もあるでしょうが、何よりも自分で納得出来る内容にならなかったのではないでしょうか。風景描写も得意とは言いがたく、心理描写もあまりうまくないとなれば、主人公と脇役達のキャラクターが生み出す会話で特色を出すのが最上の策でしょう。三作目までのサムスン・シリーズでは助手はいないわけですから、会話の相手は依頼人と犯人などの数人だけです。所が、警察署が舞台ですと、署長から本部長、部長に同僚と会話する相手はいくらでもいます。おまけに犯人とその周辺の人間達を含めると、何十人でも登場させることが出来るわけです。 警察小説が人気があるのは人間像の豊富さにあると言っても過言ではないでしょう。その人間達が織り成す行動は時代を浮かび上がらせることが出来るから面白いのです。かってスウェーデンのある時期の社会を抉り取ってみせた警察小説の傑作、マルティン・ベック・シリーズ。アメリカではエド・マクベインの「87分署」シリーズなどがそのいい例です。リューインはこれらの警察小説の手法を取り入れて、サムスン・シリーズでは出来なかったことをこのパウダー・シリーズでやってみたのだと思います。そして、皮肉なことに、「余計者文学の系譜」の著者である北上次郎氏をはじめてとして、サムスン・シリーズよりパウダー・シリーズの方が面白いと思っている人達が多いのです。 シュヴァールとヴァールーという夫婦作家の手になるマルティン・ベック・シリーズは角川文庫にあります。ビデオ化もされています。また、現在も続く「87分署」シリーズはハヤカワ文庫にあります。直井明氏の労作「87分署グラフィティーエド・マクベインの世界」の文庫版(双葉文庫)も2003年に出ています。 リューインは「A型の女」「死の演出者」「内なる敵」とサムスン・シリーズの最初の三つの作品ではサムスンに恋人がいることは書いていますが、その女性の名前を書いていないのです。なのに、「夜勤刑事」で名前を明かしています。その名はアデル・バフィントン。ソーシャル・ワーカーをしていて、ルーシーという女の子がいます。ですが、「夜勤刑事」で語られるのはアデルとパウダーの一夜の情事だけです。パウダーの方が彼女により強く惹かれているようですが、彼女は「この前の夜はこの前の夜よ。自分のことは面倒みるし、したいようにするだけだわ」というタイプの女性です。この作品ではアデルがサムスンの恋人であることは明かされません。ただ、仄めかすだけです。 「あなたを迷わせたくないわ、リーロイ。私は本当は自由な身じゃない この言葉をパウダーは彼女の娘のことだと誤解します。すると、彼女はこう言うのです。 「心を許しているお友達がいるの」 これがサムスンのことだと分かるのはこの後の作品でなのです。 この辺りのことを池上冬樹氏はかって、「リューインの軌道修正」と題して、「ミステリマガジン」1990年1月号に書いています。 『読者が知りたがっているサムスンの「彼女」。その素性を三作まで伏せ 大筋では同意見ですが、多少の異論を唱えたいと思います。私はこの三角関係は最初から考えてあったことではなくて、窮余の一策だったのではないかと思っています。三作目で行き詰った作者はその打開策としてパウダー・シリーズを思いつき、ついでにアデルをめぐる二人の男を付け加えたと思うのです。書く側の立場から言えば、エド・マクベインのように幾つかのペンネームを使い分けているベテランならともかく、リューインのような新人作家には四作目までの構想を作り上げてから、一作目を書く余裕などはなかったのではないかという気がするのです。三角関係の男女がそれぞれ主人公になれば、三つのシリーズが創れると思いついた時に、作者は「これだっ!」と叫んだのではないでしょうか。正直のところ、うまい手を考えたなと感心しました。この辺りの才能には、前回紹介した父親の奇才が遺伝しているのかも知れません。 このようにして、「夜勤刑事」を書き上げたあとに、サムスン・シリーズの四作目に取りかかったのだと思いますが、突然、実の娘を登場させたのは「夜勤刑事」の時に考えたことだったでしょう。あるいは四作目にアデルを登場させる手もあったと思いますが、そうなると、これまで奥さんの名前さえ書いていなかったのですから、名前から始めて、離婚の経緯、さらには新しい恋人との出会いと名前まで一気に説明する必要があるわけです。つまり、最初の設定を根底から覆す全面修正になります。だから、まず娘だけを登場させ、徐々に広げていくという部分修正に持ち込んだのだと考えれば、色んな謎の部分の説明にもなるのではないでしょうか。 この件に関しては、北上次郎氏が「ハードボイルドの男たち」(「余計者文学の系譜」に数録収録。角川文庫)の中で、色んな推理を提供してくれています。私の推理と違うので、ご紹介しておきます。異論は多い方がご自分の推理と比較して楽しめるでしょう。これもミステリの一つの「読み方」だと私は思っています。 『サムスンにはガールフレンドがいる。第一作「A型の女」から登場する その答えをこのあとの文章の中で「無名性の獲得」であろうと結論付けています。 『リューインは、ハードボイルドが語ってきた人間のドラマを、その物語 だが、探偵を無色にしたことで行き詰まってしまい、「夜勤刑事」で打開を図り、「沈黙のサラリーマン」では娘を登場させることで、つまり、サムスンに私生活を取り戻させて成功したというのが、私の解釈です。 いつ恋人の名前を明かし、本人をどこで登場させるのか。パウダーとの絡みはどうなるのか。三角関係はどう解決させるのか。それらがサムスンの私生活をどう彩るのか。このあとはその辺りが見所となるでしょう。
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