「海外ミステリを読む」(57)

 
 

[マイクル・Z・リューイン編]

 
 

(私立探偵アルバート・サムスン・シリーズ3)

「内なる敵」(1974年作)

  (1980年・島田三蔵訳ハヤカワ・ポケット・ミステリ1345)
  (1993年・島田三蔵訳・ハヤカワ文庫)

 ある日の夕方、営業時間の5時を過ぎてからサムスンの事務所に一人の男が入ってきます。男はウィルスンと名乗り、市内で骨董屋を営んでいるが、趣味で芝居の脚本を書いているのだと前置きして、シカゴから来たバーソロミューという男にある脚本をみせたら返してくれないで困っているというのです。その男はモーテルに泊まっているから、その脚本を取り返して貰いたいというのが依頼でした。その日は競馬で少し勝ったサムスンはすでにビールを飲んで酔っていたので、その奇妙な仕事を引き受けてしまいます。

 早速、そのモーテルに行って、バーソロミューに会うと、彼は自分はシカゴから来た私立探偵で、メラニー・ベアという女を捜すことを依頼されている。ウィルスンがその女のことを知っていると思ってきたのだと言い出すのでした。

 全く話が違うではないかと怒ったサムスンはウィルスンの店に行き、見張りを
始めます。店を閉めたウィルスンを尾行すると、まっすぐ自宅に戻りました。入口で華奢な男が出迎え、二人が抱き合うのを目撃します。バーソロミューから
ウィルスンはホモだと聞かされていたのでサムスンは驚きません。二人が家の
中に入ると、近づいて中を覗き込みます。すると、ウィルスンを出迎えた男が実は女だったと分かります。

 その女がバーソロミューが探していた女性メラニー・ベアだったことを作者は早々に明かしてしまいます。普通の私立探偵小説なら、それが明らかになるま
でかなりのページを費やす所ですが、リューインは全402ページ(文庫版)の53ページまでで明かしてしうのです。そして、ここから彼なりに凝りに凝ったストーリー展開を見せてくれます。

 この三作目までに、すでに「心優しき」とか「知性派」探偵のキャッチフレーズがついたサムスンはここからユニークな行動に出ます。愛し合っているウィルスンとメラニーから、「もう逃げ回るのは嫌だ。私達は二人で静かに暮らしたいだけなのだ。だから助けて下さい」と頼まれたサムスンは、バーソロミューと駆け引きをして、メラニー・ベアはこの街にはいないと信じさせて追い払う作戦に出ます。ですが、バーソロミューと会って話を聞く度に、二人の嘘が発覚してくるのです。サムスンはどっちの話が正しいのかと、他の人に会ったり、公的資料に当たりながら真実に近づいていくという構成なのです。二人の話の嘘の部分が分かると二人に会って白状させるわけです。二人はそうやってまた少し隠していることを打ち明けるのです。読んでいるこちら側がもどかしくなる位です。まるで「ガキの使い」のように依頼人と敵側(バーソロミューとその依頼人)の間をうろうろするのも、「心優しき」「知性派」探偵だからです。逆に言えば、作者が設定したキャラクター上、そういう動きしか出来なくなっていると言えるかも知れません。

 かって北上次郎氏は、「ハードボイルドの男たち」という論考でこう書いていました。この論は今では「余計者文学の系譜」(角川文庫)の中の一つの章に据えられています。

  『リューインは、ハードボイルドが語ってきた人間のドラマを、その物語
   をもう一度取り戻すために探偵の私生活を捨て、つまりは探偵を無色
     にすることで、物語をさまたげないようにする。すなわち、観察者の復
   権である。』

 こういう表現をするのなら、もう一言付け加える必要があると私には思えます。以下は私の文章です。

  『ただし、それには主人公たちが勝手に動き回るような、巧みな設定を
   必要とする。それを誤ると、探偵は「ガキの使い」のようにうろうろする
     だけになってしまい、物語がさまたげられる。』

 この作品の主人公はメラニー・ベアです。彼女の過去が作品の鍵になっているのですが、書き方次第ではもっと重厚で、心に響く物語に出来る内容なのです。それをリューインは意識的に軽く仕上げていると言えるでしょう。私などにはもっと面白く出来たのにと残念な気がします。同じように地方都市(アトランタ)を舞台に一人の女性の過去を追っていく、トマス・H・クックの初期の傑作「だれも知らない女」(丸本聰明訳・文春文庫)に匹敵できる作品になっていたと思います。しかし、それは今こうして1970年代の作品を読んでいるから言えるのであって、当時はこういう作品が求められたのだという点の指摘もしておくべきでしょう。クックの「だれも知らない女」は1988年作ですから、「内部の敵」と比較するにはネオ・ハードボイルド派の終焉という時代の変遷を抜きには出来ないでしょう。

 「あとがき」はポケミス版は訳者が、文庫版は柿沼瑛子氏が書いていますが、両者共、不思議なことにこの作品の内容には殆ど触れないという奇妙な解説になっています。その辺りも注意してお読み下さい。題名の意味は最後まで読めば分かる仕掛けになっています。汝の敵は汝だとだけ言っておきます。

 リューインの作品リスト・資料を別のページにして掲載しましたので、それを見て頂ければ分かりますが、リューインはこのあと、サムスン・シリーズを中断して、別のシリーズを始めます。その理由は分かりませんが、この作品の出来にも関係あるのではないかという気がします。次回はその辺りも含めて読んで行きたいと思います。

[深読みコーナー]

 この作品は両親に捧げられています。それに因んで、今回は珍しい作品をご紹介します。リューインの父親の作品です。と言っても小説ではありません。肩書きが政治ジャーナリストとなっていますので、政治評論とでも呼ぶのでしょうか。リューインの作品は翻訳が最初に出た時から読んでいますが、彼の父親も文筆業だったとはつい最近まで知りませんでした。2000年に出た「表と裏」(ポケミス版)の「訳者あとがき」を読んで知った次第です。訳者の谷口俊樹氏も未読だと書いている位ですから、同書には内容の詳しい説明はありません。

 一人の作家の父親がどのような作品を書こうが、本人の作品には全く関係がないのですが、伝記的側面からは興味のあることです。将来、本格的にリューインの伝記を書く人が現れた場合、この問題は避けて通れない問題だろうと思います。

 父親の名前はレナードC.リュイン(Leonard C.Lewin)。作品の題名は
「アイアンマウンテン報告」で、副題として「平和の実現性とその望ましさに関する調査」という文章が付記されています。1967年に出版され、1996年にこの本が巻き起こした騒動と言うか反響を付け加えた新装版されました。日本語版はこの新装版にさらに、日本での書評などを加えて1997年に山形浩生氏の訳でダイヤモンド社から出版されています。私が読んだのはこの日本語版で、引用はすべて同書からです。訳者は名前をリュインと表記していますので、それに合わせました。

 副題にもある通り、この本は1966年に行われた、民間の調査委員会の調査報告です。テーマは戦争と平和。「訳者解説」には「本書のなりたち」としてこういう文章があります。

  『世界は平和を迎えられるのか。そして、そのためにはどのようなステッ
   プが必要なのか。それを現実的かつ具体的に検討すること。これが
   本書のテーマである。1960年代半ば、冷戦終結の予感をもった匿
   名のアメリカ政府筋が民間有識者からなる委員会を組織し、この報
   告をまとめさせた。その結論が不穏で公表を差し控えることになった
   ものの、委員の一人が危機感を覚え、あえて世に問うたのが本書で
   ある。』

 委員の全員が呼び集められた場所がニューアーク州のアイアンマウンテンという町だったので、この報告書は「アイアンマウンテン報告」と呼ばれたようです。委員の一人が旧知の仲のレナードC.リュインに発表したいので協力して欲しいと言って、持ち込んだのだそうです。リュインは出版社を探し、序文を書いて、この本を世に送り出すのに力を貸したというのです。

 では一体、この報告書にはどんなことが書いてあるのか、少し読んでみたいと思います。

  『戦争こそが、基本的な社会システムなのであり、その中での合従連衡
   は、副次的な社会組織の様式によるものでしかない。戦争こそは有史
   以来のほとんどの人間社会を律してきたシステムなのであり、それは
   今日も同じである。』

  『一般民間経済の立場からも、戦争はまったくの「無駄」とは言い切れ
   ない。長期的に確立した戦争経済なくしては、そしてそれがしばしば
   大規模な実戦に移行することなしには、鉄の発明以降の歴史上の
   産業的な進歩は決して生じなかっただろう。』

  『われわれは経済における戦争の代替物が考案できないと主張する
   ものではない。しかし、これまで試された雇用、生産、消費の統制技
   法の組み合わせで、戦争ほど有効性を持ったものは一つも見つか
   っていない。戦争は、現代社会における不可欠な経済安定装置で
   あったし、今もそれは変わらない。』

    『人類は、他のあらゆる動物たちと同様に、環境の制約的条件への
   絶え間ない適応プロセスにさらされている。しかし、この目的のた
   めに人間が採用した主要なメカニズムは、生物の中でユニークな
   ものである。食料供給の不足という避けがたい歴史的サイクルの
   機先を制するため、新石器時代以降の人類は、組織化された戦
   争によって、余剰人員を抹消するのである。』

  『戦争は人類の生存を保障する役割を果たして来た。しかし、人類
   を改善するための進化装置として見た場合、戦争は信じがたい
   ほど非能率的である。(中略)(他の動物社会では)弱い成員が
   自主的に消滅し、強者に食糧供給を残す。生き残れるのは強者
   であり、弱者は倒れる。ところが、人間社会では、生存のための
   戦争で戦い、死ぬのは、通常は生物学的に強い成員である。』

 この本が出版された1967年というのはベトナム戦争の真っ只中です。そんな中でアメリカ政府は戦争終結後の社会はいかにあるべきかを民間の有識者に考えてもらったというのが、この報告書なわけです。この報告書の結論は、現段階では戦争状態の継続の方が、平和よりも経済的に社会が安定し、国民も潤うということのようです。

 当然ながら、この本は騒動を引き起こしたようです。

   『平和はあり得ないが、終わりのない戦争はどのみちアメリカには
    好都合ーこう結論している本書はワシントン政府筋を大恐慌に
    陥れている。(中略)ホワイトハウスに近い筋では、政府は事態
    を憂慮しているという。同じ筋の情報によれば、各国アメリカ大
    使館には通達が流れ、厳しい指示が出されたという。「アイアン
    マウンテン報告」の話題は避けよ。この本は政府方針とは全く
    関係ないと強調せよ。』
        (USニュース&ワールドレポート1967年11月20日)

   『一般大衆はこの報告が喚起するであろう議論に対し、冷静に対応
   する準備が出来ていない。本書の時期尚早な公開を決断した特別
   調査グループのメンバーが、その行動に関して負うべき責任は重い。』
     (ワシントン・ポスト・ブックワールド・1967年11月26日)

 しかし、この報告書が偽書であると見破った人も最初からいました。ニューヨーク・タイムズ(1967年11月20日)にこんな文章を書いたのはエリオット・フレモント=スミスです。彼はこれはパロデイだろうと述べ、作者の名前としてガルブレイスを挙げる人がいるが、自分は序文を書いているリュイン自身だろうと見破っています。

   『私の見当では、報告はリュイン氏自身の手になるものだと思う。』

   『リュイン氏はかってすばらしい政治的風刺集「アメリカ政治ユーモア
    宝典」(1964年)を編集しており、これまた偶然とは思えないが、こ
    の事実は本書には述べられていない。』

 この筆者はリュインが「政治的風刺集」を編集したことを隠したことから、この推理を展開した可能性があります。そして、この推理は見事に的中していたのです。この本はリュイン自身がすべてを書いたのです。1972年11月19日の「ニューヨーク・タイムズ」はリュインの告白文を掲載しています。

  『「報告」を書いたのはわたしだ。一字一句(そこに至る事情や、この陰
   謀に誰が荷担していたかについては、また別所にゆずるしかない)。
   しかし、なぜ偽書にしたのか?
   わたしの意図は、戦争と平和の問題を挑発的に提示することだった。
   つまり、戦争システムが、非常に嫌われている一方で、確実に世界の
   仕組みの中で必要な存在として受け入れられているという事実の異
   様さを示したかった。そして、シンクタンク的思考法の破産を、その
   科学的思考を論理的極限まで推し進めることで戯画化したかった。』

  1996年に再版した時には、「いまだに古びていない」と自信を見せ、こう書いています。

  『本書はもちろん、風刺的な偽書である。本書が最初に登場した1967
   年には、これはそれほど自明ではなかったし、そして困ったことに、
   今日もこれが理解できない人々がいるのである。』

  『本書のもう一つの目的は、戦争経済から平和経済への移行はそんな
   に簡単ではないという警告を発することだった。これは今日、ますます
   明白になりつつある点であろう。』

  『わたしとしては本書が今日においても、我田引水の論理に対する警告
   として機能してくれればと願う。』

 敵を共産主義者からイスラム教徒に変えて戦争を続けているアメリカの姿を見る時、リュインがいう「いまだに古びていない」という言葉は納得出来るような気がします。これはシンクタンクをパロデイ化した別のシンクタンクという気配を感じるのは私だけでしょうか。

 父親の話はこれ位にして、話を我らがリューイン氏に戻します。

 「内なる敵」のポケミス版にはありませんが、文庫版の方には柿沼瑛子氏の解説が載っていて、その中にこういう文章があります。

  『1969年、ニューヨークに住んでいたリューイン夫妻は、生まれたばか
  りの長女を見せるために、祖父母のいるロサンジェルスに六週間滞在
   した。いくら滞在費がただとはいえ、金のない若夫婦には娯楽にも限り
   がある。そこで退屈した妻を楽しませようと、手慰みに二十ページばか
   りの私立探偵小説を書こうと思い立ったのが発端だった。当時、リュー
   インは数学と物理を学び、教職についていたが、父の強い勧めで創作
   クラスもとっていたので、小説を書くことにまんざら縁がないわけではな
   かった。』

 この文章はリューインと言う作家を考える場合に、重大な意味を持っていますが、それについては、また後日触れることにして今回は父親に話を絞りたいと思います。1969年と言えば、「アイアンマウンテン報告」が出版されて2年後です。騒ぎの最中だったはずです。奥さんはイギリス人だそうですから、ここに出てくる祖父というのはリューインの父のことだと思います。ですから、この6週間の間、父と息子は父親の作品とそれが巻き起こした騒動について話し合ったと考えていいのではないでしょうか。まだ20代だったリューインは父から文筆稼業について、いろいろなことを学んだに違いありません。リューインの出世作「A型の女」はそれから二年後の1971年であり、父親が「アイアンマウンテン報告」を書いたのは自分だと告白したのは1972年。さらに、「死の演出者」は1973年です。父親の作品とそれが巻き起こした騒動がリューインに影響を与えた筈だと私は見ています。将来、書かれるであろうリューインの自伝もしくは伝記で、一番面白いのはこの時期だと思います。

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