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『海外ミステリを読む』(36)

 「ダシール・ハメットの生涯と作品」(9)

        第9章「最後の長編小説」

     このタイトルには「出版された」という但し書きがつきます。とい
     うのはハメットはこのあとも書き続けていたからです。決して筆を
     折ったわけではないのです。彼は生涯作家だったということを言っ
     て置きたいと思 います。

   ハメットの出版された最後の長編小説は「影なき男」です。年譜で
   見てみますと、こうなっています。 

   『1929年
    8年にわたるサンフランシスコ生活を切り上げてニューヨーク
    に移る。

     1930年
     2月 「マルタの鷹」をクノッフ社より出版。財政状態良好。
     3−6月 「ガラスの鍵」を「ブラック・マスク」に連載。
      「影なき男」の初稿を中断。
     10月映画会社に招かれ、ハリウッドに移る。
     11月リリアン・ヘルマンとの出会い。

    1931年
      「ガラスの鍵」を出版。
      「マルタの鷹」の映画化。

    1933年 
     「死と会社」(オプものの最後の作)をブラック・マスクに
      掲載。

    1934年
     「影なき男」を書き下ろしで出版。
      最後の短編を発表。以後、新作が発表されることはない。
      ヘルマンの最初の戯曲「子供の時間」初演。』

   これを見ても分かるように、「マルタの鷹」と「影なき男」の間に
    「ガラスの鍵」という作品がありますので、まず、この作品から読
   んで行きたいと思います。

    「ガラスの鍵」はこういう作品です。

    『賭博師と名乗るネド・ボーマンは、市政をあやつる実権を得るた
      めに上院議員の後押しをするボスと親しい。選挙を眼前に控えて、
       票読みに懸命になっているボスのそばで殺人事件が起こった。ボ
     ーマンはじめ多くの関係者のもとへ三つの質問を投げつけて、事
       件の真相を暴こうとする投書がひんぴんと舞い込む。事件の犯人
       は?真実の追究にやっきとなっているのは誰か?ボスの手足とな
       っている検事、ボスに対抗するもう一人のボス、その支配下にあ
       る新聞屋と、暗黒街を描き、ハメット自身が自作の中で最も愛す
       るという非情の文学!』 
                   (大久保康雄訳の創元推理文庫版より)

     スペンサー・シリーズを書き続けているパーカーはこの作品を「ハ
     メットは五作のうちではこの作品が最高傑作であると思っていたが
     同意する読者はいなかった。」と酷評しています。
     一方、日本での評価は無視という所でしょうか。小鷹氏や各務氏の
     ハメット論は「マルタの鷹」で終わっています。でも、小鷹氏は自
     ら訳したハヤカワ文庫版のあとがきで、この作品についてこう記し
     ています。

     『政治屋の食客で賭博師でもあるネド・ボーマンに視点をすえた、
       三人称一視点形式で書かれているが、物語の真の主人公は彼では
       なく、彼の主人兼父親役であるポール・マドヴィッグである。
       最終章の終わりの十のパラグラフに収斂されている物語の悲劇性
       には、作品にふくらみをもたせる大いなる遡及効果がある。
       これが、私の「ガラスの鍵」論の骨子となるだろう。』

      つまり、新たなるハメット論を考えておられるということでしょう。
      期待して待ちましょう。小鷹氏はこのあとがきの中で、この作品に
      ついてはノーランが的確に論じていると指摘していますので、その
      ノーランの「ハメット伝」を見てみましょう。

     『「ガラスの鍵」はハメットの作品中で最も難解なものとなった。
       動機は決して語られず、暗に示唆されるだけだ。全編を通じてボ
       ーモントの心には仮面がぴったりとかぶされ、行動は誤解されや
       すい。ボーモントが事件を解明しようと殺人の手がかりを追うの
       と同じ位慎重に、読者はネドのキャラクターについてハメットが
       与えてくれる分かりにくい手がかりを追って行かねばならない。』

     『「ガラスの鍵」は「血の収穫」を新しくした小説である。「血の
       収穫」では、悪党どもは昔の西部流に荒っぽく、ポイズンヴィル
       を支配するために爆薬や機関銃を使った。「ガラスの鍵」では、
       それが体裁よく 洗練され、やり方もはるかに手のこんだものに
       なっている。拳銃の代りに連中は政治的圧力や脅迫という手段に
       訴える。彼らは二十世紀の犯罪にふさわしい破壊的な進歩を見せ
       それがカポネの時代のあけっぴろげな街中での暴力にとって代わ
         っている。』

      『「ガラスの鍵」は、ハメットが「たまたま犯罪小説になったもの
        の、シリアスな小説」を書こうとした、彼の最も意欲的な試みだ
        った。出版以来十年の間に、この作品は「傑作」と持てはやされ
       たり、「最悪の出来」とけなされたりしてきた。モームとレイモ
        ンド・チャンドラーは二人ともこの作品を絶賛し、特にチャンド
        ラーは「人物像が少しずつ明らかにされてくる」ところを評価し
       ている。』

       これがノーランの作品論です。意見が一致することの少ないノーラ
       ンとジョンスンの二人の伝記作家もこの作品に関しては同じ意見の
       ようです。

       『ボーモントはその習性といい、外見といい、「デイン家の呪い」
         に登場する作家フィッツステファン以上にハメット自身と瓜二つ
         だ。彼は口髭を生やし、こざっぱりした服装をしている。』
           (ノーラン「ダシール・ハメット伝」より)

       『信条を重んじ、孤独で、捨てきれぬ俗心、友人たちの卑劣な心や
         野望を見抜く力、そして、結核に苛まれるネド・ボーモントにい
         たって、ハメットはほとんど自画像に近い男性像をつくりあげた
         のである。』
                (ジョンスン「ダシール・ハメットの生涯」より)

       ハメットはニューヨークに行き、「ガラスの鍵」を完成し、すぐに
       次の作品にかかっています。それが「影なき男」の初稿だったよう
       です。しかし、彼はそれを途中で止めています。映画界からハリウ
       ッドに招かれたからです。お金が入 り、彼の生活は変わりました。
       リリアン・ヘルマンとの出会いがそれを決定づけたと言えるでしょ
       う。

   『1931年、ハリウッドの銀行に千ドルの預金を持ち、「影なき
       男」の見本の一部を雑誌社にたらい回しながら、ハメットはお定
       まりの生活に浸っていた。「ブラウン・ダービイ」や「クローヴ
       ァー・クラブ」で作家やスターの卵や遊び人といった愉快な連中
       と酒を酌み交わし、おしゃべりにふけるようになったのである。』
                               (同上)

      こんな生活の中でいい作品が書けるわけがありません。初稿を中断
    したのは迷いがあったからです。だから、酒の酔いが覚めた昼にタ
    イプライターに向かっても長続きはしません。根本的なことが解決
      していないからです。だから、夕方になればまた、酒やおしゃべり
      を求めて街に繰り出して行くことになるのです。次の日の昼にまた
      タイプライターの前に座って昨日書いた文章を読み直しても出来の
      悪い文章であることは一目瞭然です。それを捨て、また新たに書き
      出したとしても、すぐにお遊びの時間が来てしまうのです。
       飲みすぎて、二日も三日もタイプライターから離れてしまうと、自
      分の文章を読み直しても、前後の繋がりがつかめないのです。自分
      がこの作品をどういう方向に持って行こうとしていたのか分からな
      くなるのです。全体の流れは決まっていても、小さな流れは書いて
      いる中から決まってくるのです。それが作品全体の流れにうまく繋
      がらないと、その時点で書き直しです。それの繰り返しだったので
      はないでしょうか。
ハメットは案がまとまれば、閉じこもって一気
    に書き上げるタイプの作家だったようですから、自分の頭の中で案
      が決まらない日々を送っていたに違いありません。

       チャンドラーもハリウッドでおかしくなりました。招かれなかった
      のか、拒否したのかは知りませんが、ロスに近いサンタ・バーバラ
      に住んでいたロス・マクドナルドがハリウッドの毒に侵されなかっ
      たのは立派だったと思うのは私一人でしょうか。

      恋多き女リリアン・ヘルマンは最後の恋人だったピーター・フィー
      ブルマンにこう忠告しています。彼はその頃、小説や戯曲を書いて
      いたのですが、生活が出来ずに、ハリウッドに来てシナリオを書く
      仕事を引き受けていたのです。

   『仕事が済んだら、その日のうちに立ち去った方がいいんじゃない。
    私だってハリウッドの誘惑を打ち負かすことが出来ないんだから。
       しかも、私は貴方よりしたたか者なのよ。ここはまじめな作家の
       いる所じゃないね。まあ、ここにいれば、プールを持つくらいの
       身分にはなるだろうけど・・・・(中略)
     映画の為に書くっていうのは、このご時世じゃ騙かしごっこでね。
       どんなに金儲け出来たって、一生を棒に振る価値なんてありゃし
       ない。金だけ取ったらすぐ出て行きなさい』

       ヘルマンはさすがに「私をそれをハメットから学んだ」とは言わな
      かったようです。しかし、その時、彼女の脳裏にハメットの生き方
      が過ぎったに違いないと私は思っています。
       この文章はピーター・フィーブルマンの「リリアン・ヘルマンの思
    い出」にあります。これからの、新しいハメット論には欠かせない
      資料だと思いますので、あとでまた触れるつもりです。というのは
      この本は1988年に出た本ですので、小鷹氏や各務氏がハメット
      論を書いていたころにはまだなかったのです。

      ハメットはそれでも「影なき男」だけはなんとか完成させました。
    1933年のことです。そして翌1934年に出版されると大いに
      売れて、ハメットはまた金持ちになったのです。おかげで小説を書
      かなくても遊んで暮らせるようになりました。もともと、生活費を
      稼ぎ出すために書き始めた男です。当分生活費の心配はないのだか
      ら、次の作品はじっくり構想を練ってから書こうと思ったのではな
      いでしょうか。ですが、そう思い通りには行かないものです。その
      間に詩神は逃げて行ってしまったようです。

      「影なき男」の内容を「ハヤカワ・ミステリ総解説目録」はこう要
      約して います。

      『ニック・チャールズが妻のノラと、愛犬アスタを連れて、ロスへ
        やってきた時は、事件なんか手がけるつもりはさらさらなかった。
        もう六ヶ月も探偵商売をやめて、製材工場と軽便鉄道の仕事にか
        かりきっていたのだ。所がひょんなことから、昔のお顧客、発明
        家のクライド・ワイナイトの秘書が殺されるという事件にすっか
        りはまり込んでしまった。ハードボイルドの第一人者ハメットが、
        めずらしくしゃれたユーモアを混えて描いた映画「影なき男」シ
        リーズの第一作原作』

      この作品のセールス・ポイントがヒットした映画の原作であるとい
      う文章に注目して下さい。昔も今も映画の原作は売れるのでしょう。
      裏を読めば、当時この作品を日本で売るためにはそれしかなかった
      ということになります。ハメットの作品はオプかサム・スペードも
      のでなければ売れないという判断が営業サイドにあったのでしょう。
      尚、ハメットの「続・影なき男」(日本での映画タイトル「夕陽特
      急」)のシナリオ第二稿は木村二郎訳で「ミステリマガジン」の3
      72号(19 87年4月号)と373号に掲載されています。

      「影なき男」を最初に訳したのは砧一郎氏です。1950年のこと
      です。氏の訳したこの作品がポケミスに入ったのは1955年。ポ
      ケミス109番です。ポケミス版の末尾の解説ではヘイクラフトの
      ハメット論を引用していますので、紹介しておきましょう。 

     『ハメットの第一作「赤い収穫」は構成が緊密を欠き、探偵小説と
       いうよりはむしろ血と銃声のギャング小説であったが、次作「デ
       イン家の呪」では、作者の才能と技術が本来の光彩を放ちはじめ、
       第三作「マルタの鷹」に至って、それが最高調に達したと云えよ
       う。これは全探偵小説史を通じて、最も高い地位を要求してよい
       傑作である。その次、1931年の「ガラスの鍵」は、作者自身
       はこの作品を最も愛しているらしいが「マルタの鷹」よりはいく
       らか劣り、「マルタの鷹」に次ぐ佳作と見るべきであろう。最後
       の長編「影なき男」はウィリアム・ポウエルとマーナ・ロイ共演
       の映画が大成功を収めたため、最もポピュラーになっている。こ
       の映画はハメットの名によって続編、続々編と幾つも書き下ろさ
       れ、いずれも成功したので、ハメットは財をなして、もう小説を
       書かなくなってしまった。「影なき男」はアメリカ探偵小説に、
       最もアメリカらしい好みと、ユーモアを導入した点で、記憶さる
       べき作品であろう。』

      推理小説ではなく、探偵小説という言葉を使っていた時代の文章で
      すが、ハメットが「財をなして、もう小説を書かなくなった」とい
      う一節は私には皮肉のように聞こえます。

    砧 一郎氏が訳してから40年後に小鷹信光氏がこの作品を訳しま
      した。現在、ハヤカワ文庫に入っているのがそれです。この作品の
      触りの部分の二人の訳を比較してみます。

   まず、砧訳です。

   「ワイナイトは、そんなに痩せていやしないよ。しかし、あの男の
     この世にうつす影は、何度もよこした手紙、それから例の小切手
     と同じ位、あってなきが如しというところだな」

    続いて、小鷹訳です。

      「ワイナイトはそれほど痩せてはいないが、影なき男といえそうだ。
        あの小切手やみんなが受け取った手紙の紙のように薄い存在とい
       ってもいい」

      これは小鷹訳の方が今風といえるでしょう。

      次にラストのニックの台詞。

      「いくら殺人事件といったって、殺されたやつと殺したやつとの生
        活を変えるだけで、そうやたらに誰でもの人生を変えたりはしな
        いよ」(砧訳)

     「殺人なんて、殺された人間の人生以外、誰の人生も変えやしない。
        殺したほうは少しは変わるかも知れないがね」(小鷹訳)

      小鷹氏の訳はカッコいいのですが、よく読むと矛盾している文章で
      す。結局、殺した人間の人生も変わるのなら二人の人生が変わって
      しまうのではないでしょうか。だとしたら砧訳の方が分かりやすい
      気がします。

      尚、小鷹氏は「翻訳という仕事」という、翻訳家を志す人への入門
      書を書いておられますが、その中での実技指導に使っているのが、
      この作品です。この本は2001年にちくま文庫に入りましたので、
      興味のある方はお読み下さい。翻訳家の内輪話がなかなか面白いで
      す。

      小鷹氏のこの作品への批評はハヤカワ文庫版の「あとがき」にあり
   ます。

   『コンチネンタル・オプ、サム・スペード、ネド・ボーモンに比べ
       れば、本書の主人公、ニック・チャールズは確かに影の薄い存在
       である。昔はトランス・アメリカン探偵社に勤めるコワモテの私
       立探偵だったニックは、四十歳になり、今は陽気で探偵ごっこが
       大好きな十四歳年下の女相続人ノラの「髪結いの亭主」におさま
       り、酒びたりの毎日を送っている。いうまでもないことだが、ニ
       ックはサム・スペードの成れの果てなのだ。引退したオプなので
       ある。このニック・チャールズを創造することによって、ハメッ
       トは彼自身が創造したタフなハードボイルド探偵の末路を描いて
       みせた。さらにいえば、作家として世俗的な成功を得たあとの自
      分自身の姿もそこに投影していたということになるだろう。』

      ハメットがヘルマンに会う前にすでに書き始めていた「影なき男」
   は出版されたものとは全く違う構成だったとノーランは書いていま
      す。

     『この物語の原型では、ハメットはもう一度、殺人と陰謀に立ち向
       かう探偵=ヒーローの形式に戻っている。ハメット調の探偵であ
       るジョン・ギルドは(中略)ベテランの探偵であり、慎重で愛想
       のない仕事の鬼だ。物語の中である女性が彼に言い寄ろうとする
       が、ギルドはその誘惑をはねのけ、彼女から「冷血人間」だとか、
       男の「抜け殻」だと言われる。彼は「浮世離れしていて、手出し
       が出来ない」と彼女は言う。「あなたの心に触れようとするのは、
       手で煙を掴むようなものよ」それを聞いて探偵は面白がる。「俺
       の商売じゃそういうところが美徳になるんだ」』

      ノーランによれば「この原稿がそのまま活字になっていたらどれほ
      どの成功を収められたか、予測をつけるのは不可能である」ほどの
      傑作だったそうです。問題は再びこの原稿に戻ったときに、ハメッ
      トは何故、そのまま書き続けることが出来なかったかだと思います。
      何故、ジョン・ギルドを捨て、ニック・チャールズを生み出したの
      か。勿論、本人の問題でしょうが、それに影響を与えたのはハリウ
      ッドであり、リリアン・ヘルマンだったことは間違いのない事実で
      す。一緒に遊ぶ女もいなく、そんな金もなかったらタイプライター
      の前に座って叩き続けるしかなかったはずです。そこから生み出さ
      れるのはニック・チャールズではなく、ジョン・ギルドだったでし
    ょう。ですが、ハメットはハリウッドに行き、ヘルマンに会い、ニ
      ック・チャールズを造り出したのです。ニックは「彼自身が創造し
      たタフなハードボイルド探偵の末路」なのです。ニックは朽ち果て
      るしかないのです。西部のガンマンが西海岸に辿りつき、大海原を
      前に馬から下りるしかなかったように、ハメットは酔い潰れて、使
      いものにならなくなった探偵の代わりに、ニック・チャールズを造
      り出すしかなかったのです。ですが、そのあとは思うように書けま
    せんでした。ニック・チャールズをそのあと、どう行動させればい
    いのか。それとも、また新しい主人公を造り出した方がいいのか。
    その悪戦苦闘の途中で彼の体力が彼を裏切ったのです。

      この小説はリリアン・ヘルマンに捧げられています。小鷹氏が訳し
      た文庫版にはその言葉がちゃんと入れてありますが、砧 一郎氏訳
      のポケミス版にはそれが抜けています。それだけ、彼女の名前が日
      本でも有名になったということなのでしょう。ハメットが最後の長
      編を出版した1934年にはヘルマンの最初の戯曲が上演されて成
      功を収めています。絶頂期を迎え、あとは下降する一方のハメット
      と戯曲作家として出発点に立ったヘルマン。この事実がこの後の二
      人の人生に大きな影響を持つことになるのです。

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