『海外ミステリを読む』(35)
「ダシール・ハメットの生涯と作品」(8)
第8章「リリアン・ヘルマン」
劇作家リリアン・ヘルマン(1905−1984)とハメットの関
係をどう呼ぶべきなのか私は悩んでいます。二人は正式な結婚はし
ませんで
したが、30年に渡る交際を続けていました。恋人同士。
文学の上での師弟。良き隣人。暗い時代を共に生き抜いた同士。そ
んな様々な関係を持った二人でした。一言で言えば、ハメットの人
生における最も重要な女性であったと言うのが正しいのかなという
気がしています。
あるいはハメットのことを最も多く書き残した人という言い方も出
来ると思います。逆に言えば、今日我々に残されているハメット像
の多くは彼女が作り出したとも言えるのです。今回はそんなヘルマ
ンの書き残した文章からハメッ
ト像を見て行きたいと思います。
なお、彼女の著作の詳細は私のHPの「ハメット」編の「作品と文
献」というページにまとめて載せてあり
ますので、ご参照下さい。
彼女は4冊の自伝風回想記を残しています。
「未完の女」(1969・稲葉明雄・本間千枝子訳)
「ペンテイメント」(1973・中尾千鶴訳)
「眠れない時代」(1976・小池美佐子訳)
「メイビー」(1980・小池美佐子訳)
これらのすべてにハメットが登場しますが、「ハメット」と題した
章を設けているのは「未完の女」だけです。その中で、一番引用さ
れることの多
い、有名な文章から始めて行きます。
『そこで、私が、貴方が亡くなったあと、貴方の伝記を書くことに
なる日のために、一部始終をちゃんと心得ておきたいのだという
と、彼は僕の伝記を書くなんてやめた方がいい。どうせ、それは
ハメットという名の友人が時々出てくるだけのリリアン・ヘルマ
ンの自伝になるだけのことだろうから、というのだった。』
こういう文章が、現在私達が持っているハメット像を創り出したと
言えるのです。これが本当にあったことなのかどうかは当事者同士
しか分からないからです。二人の当事者のうちの一人、ハメットが
何も書き残していないのですから確かめようがないわけです。さら
に、付け加えるならば、二人のこのやりとりがいつごろのことなの
かヘルマンは書いていないのです。彼女の文章の特徴はとりとめも
なく思い出を綴っているということです。時間ではなく、人物ごと
に思い出を語っていると言える
と思います。ですから、30年前
のことも、去年のことも入り混じって語られるのです。彼女の文章
を読む時にはそのことを注意する必要があるでしょう。
時に記憶違いがあり、それが彼女の記述の信憑性を疑わせるケース
もあるのです。単に記憶違いなのか、意図的に歪曲しているのかの
判断が困難なのも事実です。これは4冊すべてに言えることだと思
います。
この有名な文のあと、彼女はこう書いています。
『1961年の1月10日、彼の臨終の日がやってきた。今、述べ
たような伝記を書こうなどという気持は、私にはさらさらない。
誰よりも親しかった、誰よりも愛していた友人のことは、とても
文章になど出来るものではないのだ。それにまた、31年という
長年月にわたってのことなので、そうした質問も、ときおりの答
も、ごっちゃになってしまっているし、お互いの生活にも変遷が
あり、結局は質問も答えも一つのものになって、それが青春時代
から中年へと移ろって行く私の歩みと共に流れてきたせいでもあ
ろう。』
まだ、二人の出会いの頃のことを書いてもいないのに、もう彼の臨
終の日のことを書いています。彼女の、こういう話法をプルースト
に似ていると言う人もいます。確かにヘルマン自身がプルーストを
意識している所はあると思います。その当否はともかく、書くこと
によって、彼女の「失われた時」を求めているのは事実でしょう。
小池美佐子氏は自らが訳した「メイビー」の巻末の解説でヘルマン
論を展開し、このような文を綴っています。
『ヘルマンにとって、回想は「見出された時」をもたらさない。彼
女は頑なまでに現在と、推量と可能性としての未来にこだわり続
け、見出された過去の至福の瞬間へと逃げ込まない。ヘルマンは
勿論作家である。しかし、彼女にとって作家であることは、決し
て密室のあるいは真空空間の、あるいは静止した永遠の時間、プ
ルーストの言う「空間から開放された」世界の中に生きるのでは
なく、現在ただ今、人との関わりの中に生きることであり、その
現在は過去から未来へと続く時間の流れの中に立つ歴史の一点と
してとらえられている。そういう時間空間の中でヘルマンは自分
を見つめ、自分を偽らず事態をごまかさず、見出されない時の中
で生きて行く作家であろうとするように思われる。』
しかし、過去に対して「失われた時」という意識がなければ、現在
に合わせて、その意図がなくても過去を変えてしまう危険があるの
ではないかという気がします。過去を失ったものと固定出来れば、
もう変えることは出来ず、その中にいた自分を冷静に見つめられる
という利点はある
と思いますが・・・・
ヘルマン論があまり長くなってもいけませんので、これ位にしてお
きますが、最後にもう一言だけ付け加えると、今後、ヘルマンーそ
れはハメット論にも繋がるはずですーを語るのに欠かせない本とし
て、ヘルマンの絶筆とも言える「一緒に食事をー回想とレシピと」
(小池美佐子訳)を紹介しておきます。これまで日本語で書かれた
ヘルマンやハメットに関する文章では、この本は資料として採り上
げられていなかったと思います。
好きな料理の間に回想が入るという毛色の変わったこの本は小説家
であり、劇作家でもあるピーター・フィーブルマンとの共著ですが、
ヘルマンはこの本の校正刷りの段階で死んでいます。
ピーター・フィーブルマンはヘルマンにとってはハメットの次の愛
人です。訳者によるあとがきにはこう書かれています。
『ヘルマンとフィーブルマンの交友は43年間にわたった。フィー
ブルマンにとって、ヘルマンは母親の友人であったという。最初
の印象は毅然としてまっすぐに立つその背中であったという。そ
の時、ヘルマンは35才、フィーブルマンは10才であった。途
中、母親抜きで何度か淡い交遊があり、フィーブルマンが33才
の夏、ヘルマンの招きに応じて、マーサズ・ヴィンヤード島の彼
女の家に滞在した時に、二人は愛し合うようになった。25才と
いう年齢差は、二人にとって障害にはならなかった。』
彼と「愛し合う」ようになったのは、ヘルマンは58才の時のよう
です。ハメットが死んで2年目でした。彼女はこのあと、彼との愛
を生き甲斐にしています。ハメットと出会って、最初の夫を捨て、
ハメット亡き後は20以上も年下の愛人を持つ所などは恋多き女と
呼ぶ人もいるでしょうし、ハメットが死んですぐ次の愛人を作ると
はしたたかさな女だと感じる人もいるでしょう。
この本にはハメットの名前もちらちら出てきます。その中から二
つの文章を引用してみます。
『彼女はその頃、ハメットとレンガ造りの家に住んでいた。ハメッ
トは健康がすぐれずに、彼女はあまり外出しなかった。僕は何か
と口実を見つけては彼女を訪ねたが、それほど頻繁にではなかっ
た。』
新しい愛人として、死にかけている前の愛人に気を使っている様子
が窺えます。
『ハメットの死後、リリアンはいつでも旅に出られるようになり、
ぼくらはあの町、この町で、一週間とか、二週間、昼食か夕食か、
町を歩き回って食事をする場所を探したものだった。』
ハメットがやっと死んでくれてぼくら二人にはうれしい限りだとい
う思いをこの文章から感じるのは私だけでしょうか。それが言い過
ぎだとしても、ハメットが死にかけている間はヘルマンは旅にも出
られなかったし、好きな食べ物を求めて歩くことも出来なかったと
いうのは事実でしょう。
どうやら、先を急ぎ過ぎたようです。私達も失われた時を求めてハ
メットとヘルマンの出会いのシーンに戻りましょう。
ヘルマンは「未完の女」 の中でこう記しています。
『二人が出会ったのは、ハリウッドのあるレストランで、私が24
歳、彼が36歳の時だった。五日間の酒浸りで、彼のすばらしい
容貌はくしゃくしゃだったし、すらっとした非常な長身もくたび
れ、たるんで見えた。私たちはT・S・エリオットを話題にしたの
だが、話の内容がどんなだったかは、もはや記憶にない。続いて
彼の車に乗り込み、議論を戦わしたり、お互いのことを話し合っ
たりしているうちに、夜が明けてしまった。何週間か経って私達
はまた顔を合わせることになり、その後は彼にとっては世を去る
まで、私にとっては30年のあいだ、時折は別居しながらも、共
に暮らしてきたのだった。』
これが何年のことなのか書いていませんが、ハメットが36才なら
1930年です。この年は「マルタの鷹」の単行本を出版し、「ガ
ラスの鍵」を連載し、売れっ子になり、映画会社からハリウッドに
招かれたという彼の絶頂期と言ってもいい時期でした。ヘルマンは
こう書いています。
『私が知り合った頃のダッシュは、五つの長編のうちすでに四本も
書き上げており、ハリウッドとニューヨーク両都市で、ずば抜け
た人気者だった。』
ノーランはこの出会いの時期のヘルマンについて、「ハメット伝」
の中で、こう書いています。
『当時、ヘルマンは映画の脚本を書いている演劇関係の元エージェ
ント、アーサー・コーバーと結婚していた。夫の援助でMGMのシ
ナリオのリーダーという職を得ていたものの、彼女はその仕事に、
あるいは結婚生活に満足していなかった。彼女もアルコールとい
うハメットと同じ好みを共有していた。飲めば自分が報酬と引き
替えに読まなければいけない馬鹿げた話のことを忘れられた。
そして、また自分が抱えている最大の欲求不満にも対処しやすい。
彼女は自分で書きたかったの
だ。』
ここに書いてある「シナリオのリーダー」という仕事は映画化して
貰いたいとして、映画会社に持ち込まれたシナリオを読んで、その
出来具合をレポートにして会社に提出するという仕事です。会社で
は、そのレポートの中から評価が高いものだけを選んで、もう一ラ
ンク上の人間に読ませるわけです。ノルマがあり、かなりしんどい
仕事だと思います。つまり、出会いの時期の二人の関係は名を成し
て、得意の絶頂にある男と、夫にも仕事にも不満がある、作家志望
の女ということが出来るでしょう。その上、ヘルマンはハメットの
容貌に魅力を感じたと書いていますから、口説かれたら逃げる筈が
ないでしょうね。
ヘルマンは後年、「ペンテイメント」の中でこう書いています。
『私の書いた12の戯曲の内、10編はハメットと関わりがある』
まあ、この書き方にもヘルマンの特徴が見れると思います。原文を
見ていないので、あるいは読み違いがあるかも知れませんが、「関
わりがある」というのは「彼の助けがあってこそ完成出来た」とい
う意味に解すべきなでしょう。ヘルマンが劇作家になれたのは、ハ
メットの力があったからだと言って過言ではないでしょう。それを
「関わりがある」という言い方をするところがヘルマンの真骨頂だ
と私には思えます。
同じ本の中でヘルマンはハメットが彼女の叔母に「自分がこの世で
何より望んだのはおとなしい気立ての女なのに、めぐり合ったのは
リリアンのような女だった」と語ったと記しています。つまり、リ
リアンはおとなしい女ではなかったということなのでしょう。そ
れを証明するエピソードとして、こんなのがあります。
彼女の最初の戯曲「子供達の時間」のニューヨーク公演(1934)
が成功した時、彼女はその喜びをハリウッドにいるハメットに伝え
たくて、朝の六時に電話したら、女が電話口に出たので、誰なのと
聞いたら、女はハメットの秘書だと答え、ハメット氏は電話に出ら
れないと言ったそうです。酔っていたヘルマンはロサンゼルスでは
まだ夜中の三時だということに気が付かず電話を切ったのですが、
酔いが覚めて考えて見たら、その当時ハメットに秘書などいなかっ
たことに気が付いたのです。つまり、ハメットが自分の留守に浮気
していたことを知った彼女はすぐに飛行機に乗って帰ったのです。
『女がハメットの秘書だと告げた二日後のことだが、私がハメット
に電話を入れたのは、カリフォルニア時間の朝の三時で、ハメッ
トには秘書などいなかったことを思い出した。その頃、私達は頻
繁に電話で話していた。−彼は「子供達の時間」の成功を喜んで
くれ、私とのごたごたやり合ったのもその甲斐があったと鼻高々
であったーが、秘書と朝の三時の1件が分かるや、私はその日に
ロサンゼルスへ飛んだ。パシフィック・パリセイズの家に着いた
頃にはもう夜になっていて、私もかなり飲んでいた。まっすぐカ
ウンターに歩いて行って粉々に叩き壊し、その夜の深夜便でニュ
ーヨークへ戻って来た。』(「ペンテイメント」より)
このエピソードをみても、ハメットがいうように彼女はかなり激し
い性格のようです。ですが、この文章には少し疑問があるのです。
ハメットが成功を喜んでくれた云々は、この時よりあとの出来事で
はないでしょうか。今は成功を伝えるエピソードを書いているはず
です。ニューヨーク公演は1934年。「ペンテイメント」の出版
は1973年。30年近い歳月が経ってからの文章ですから、記憶
が前後しているようです。
さらに、もう一つの疑問はこの時、ハメットは家の中にいたのかど
うか書いていないことです。いたのに会わなかったのか。あるいは
会ったのか。会ったら大喧嘩になった筈です。それとも、いるかど
うかも確かめなかったのか。なぜ、その事に触れないのか。
ノーランは彼の「ハメット伝」の中で、このエピソードをこう書い
てい
ます。
『パシフィック・パリセイズの家に着いた頃には、彼女はしたたか
に飲み続けていたせいで、話をする気がしなくなっていた。ヘル
マンは家の中に入ってそのまま地下室に直行し、アイスクリーム
・パーラーに足を踏み入れると、そこをめちゃくちゃに壊した。
やがて、怒りがおさまると彼女はニューヨーク行きの次の便に乗
った。』
ノーランの方が具体的に書いてはいますが、それは彼がヘルマン自
身の文章以外に資料を持っていたか、不明の部分について彼の想像
が入っているかです。ヘルマンが書いてないのに、その家に地下室
があることを知っているということは別に資料があるのでしょう。
しかし、カウンターとアイスクリーム・パーラーの違いはどう解釈
すべきでしょうか。原語に同じ意味があるのでしょうか。でないと
すると、どちらかが間違っていることになります。
「ペンテイメント」にはヘルマンの性格を伝える、こんなエピソー
ドも載っています。
『ダシール・ハメットとはじめて寝床を共にしたある昼下がりのこ
とである。ベッドの方に歩みながら私は言った。
「私のいとこで、ベータという女性のことを話しておきたいの」
ハメットが言った。
「どうしても話さなけりゃならないなら話したまえ。僕だったら、
よりによってこんな時を選びはしないと思うがね」』
私などからみても「変わった女だな」という印象を受けますが、一
番変わっていると思えるのはそれを自分で書くという点でしょう。
このほかにも自分の秘所の匂いについて言及したりしています。
正直といえば正直なのでしょう。
ハメットはこのあと、ヘルマンと同居したり、別居したり、愛し合
ったり、喧嘩したりしながら生きて行くことになるのです。