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『海外ミステリを読む』(34) 

  「ダシール・ハメットの生涯と作品」(7)

      第7章「マルタの鷹」

     この作品には幾つかの謎があります。謎と言っても作者が書き残し
    ていないので、解釈が読む人によって違って来るという程度のもの
       ですが、それが話を複雑にしていることには違いありません。 

    その一つが前回にも触れたラスト・シーンです。そして、最大の謎
    が世に「フリトクラフトの逸話」と呼ばれている章です。では、そ
    の「フリ トクラフトの逸話」とは何かを原文で読んで見ましょう。
    訳は村上啓夫氏です。村上氏は「スペード」ではなく「スペイド」
    と訳しているので、ここではそれを採用します。

      スペイドが「マルタの鷹」と呼ばれる宝物を自分のものにしようと
        争っているカイロと依頼人であるブリジッド・オーショーネシーを
        会わせて話し合いをしようと自分のアパートに彼女を連れ帰った場
        面です。カイロが到着するまではすることはないわけです。その待
        っている間にスペ イドが話始めるのです。 

     『スペイドは、テーブルのそばのひじかけ椅子に腰をおろすと、い
          きなりなんの前置きもなしに、数年前北西部で起こったある事件
      の話を、彼女に向かってはじめた。(中略)
         はじめ、ブリジッド・オーショーネシーは、あまり身を入れて話
         を聞いてはいなかった。というのは、話そのものに興味を持つよ
         りも、彼がそんな話をしだしたことに驚きを感じたらしく、従っ
         て話の内容よりも、そんな話を始めた彼の意図に好奇心をそそら
         れたからだった。
       だが、物語が進むにつれて、彼女もだんだんその話に引き込まれ
         て行き、やがて静かに耳を傾けるようになった。』

      このような前置きの後でハメットはその事件についてスペイドに語
         らせます。

     『タコマで不動産売買の事業を営んでいたフリトクラフトという男
         が、ある日、昼飯を食べに事務所を出かけたきり、帰って来なか
         った。出かける三十分足らず前に、自分から言い出してその日の
         午後四時にゴルフをやる約束をしておきながら、その約束も守ら
         なかった。細君も子供たちも、それっきり二度と彼の姿を見なか
         った。夫婦仲はすこぶる円満だと言われ、子供は二人、五才と三
         才になる男の子があった。
         タコマの郊外に自分の家を構え、新しいパッカードもあったし、
         その他成功したアメリカ人の生活にふさわしいものは、大抵持っ
         ていた。』

      この五年後にスペイドはフリトクラフト夫人の依頼を受けることに
        なるのです。夫によく似た男がスポーケインにいると聞いたので確
        かめて欲しいという依頼でした。

      スペイドは早速、その男を調べに行きます。その男は間違いなくフ
        リトクラフト本人でした。チャールズ・ピアースと名乗って、スポ
        ーケイン郊外に家と奥さんと男の子があり、自動車業で年収二万ド
     ルを得ていて四時にはゴルフをやる習慣だというのです。スペイド
        は依頼人から見つけたらどうしろという指令を受けていなかったの
        で、自分の判断で彼と会って、話を聞きます。

     『フリトクラフトには、全然罪の意識というようなものはなかった。
         前の家族には何不自由なく暮らして行けるようにして別れたのだ
         から、自分のやったことは完全に道理にかなった行為だと、思っ
         ているようだった。ただ、その道理にかなっているということを、
         スペイドにはっきり納得して貰えないかも知れないという疑いだ
         けが、彼の唯一の気がかりらしかった。それまでは、誰にもこ
         の話をしたことがなかった。彼にとっては、これが初めての試み
         だったのだ。
         「しかし、僕は理解できたよ」とスペイドはブリジッド・オーシ
          ョーネシーに言った。
         「けれども、フリトクラフト夫人は少しも理解しなかったね。と
         んでもない屁理屈だと言った。それも、そうかも知れない。
         とにかく、それで事件はけりがついた。細君はこの上スキャンダ
         ルの種にはなりたくなかったし、夫がそんなことまでして自分を
         騙した以上ー彼女にはそう思えたのだーもう未練はないと言った
         のだ。そこで、彼らは円満に離婚し、万事めでたく納まったとい
         うわけさ。」』

        この話はみのもんた先生にお聞きするまでなく、夫の行為が「道理
        にかなっている」とは思えません。妻の言い分が正しい筈です。な
        のに、スペイドは「僕は理解できたよ」と言っています。「ー彼女
        にはそう思えたのだー」と強調までしています。つまり、この男の
        行為を非難ではなく、納得しているのです。平気で妻を裏切り、他
        の女と遊びまわったハメットにはそう思えたのは分かりますが妻子
        のいないスペイドの台詞として使った意味は何だったのでしょう。

        フリトクラフトに何が起こったのか。それはこの後の説明で明らか
        にされます。

       『その日昼食に行く途中で、彼は建築中のビルのそばを通りかかっ
         た。すると、八階か九階の高所から梁のようなものが落ちてきて
         足もとの歩道に恐ろしい勢いで衝突した。危ないところだったが、
         体には触らなかった。けれども歩道の舗石のかけらが飛んできて、
         頬に当たった。皮膚が一部剥ぎ取られただけだったが、僕が会っ
         た時もまだその傷痕は残っていた。その時の話をしながら、彼は
         その傷痕を指でーまるで慈しむようにーなでていたよ。彼はその
         瞬間、むろんぞっと立ちすくんだが、恐怖よりも、むしろ何とも
         言えないショックを感じたそうだ。
         何者かが人生の蓋をとって、そのカラクリを覗き込ませたような
         気がしたというのだ。フリトクラフトは善良な市民であると共に、
         善良な夫であり、善良な父親だった。それは決してはたからの強
         制によったものではなく、もともと周囲と調子を合わせて行くこ
         とを何よりも気持ちよく思う人間だったからだ。彼はそんなふう
         に育てられてきたのだ。
         彼が知っている人生は、清潔で秩序正しく、健全で、責任を負っ
         てくれるものだった。だが、今落下してきた鉄の梁は、人生が根
         本的に決してそういう ものではないことを、彼に知らせたのだ。
         善良な市民であり、夫であり、父親である自分も、考えてみれば
         事務所からレストランへ行く僅かの間に、一本の鉄材の落下とい
         う偶発的事故によって、簡単にこの世から消されてしまうことも
         ありうるのだ。人間はそんなふうに偶然に死ぬものであって、た
         だ盲目的な運命が見逃してくれている間だけ生きているにすぎな
         いのだということを、彼はそのとき悟った。
         第一に、彼の心を攪乱したのは、そうした運命の不公正ではなか
         った。最初のショックが過ぎ去ると同時に、その点は諦めること
         が出来た。心をかき乱されたのは、自分の生活を思慮深く整えて
         行くというこれまでの生き方が、決して人生と歩調の合ったもの
         でないことを発見したこと だった。
         その落下した鉄材から二十フィートと歩かないうちに、彼はこの
         人生の姿に自分自身を適応させない限り、再び心の平和を取り戻
         せないことを知った、と言っている。昼食を食べ終えた頃にはこ
         の適応の手段を発見していた。自分の人生は一本の鉄材の落下に
         よって、簡単に終わりを告げたかもしれないのだから、この際あ
         っさりとどこかへ行ってしまうことで、自分の人生を変えてしま
         おう。自分も世間なみには家族の者を愛しているつもりだが、自
         分が去っても決して困らないだけのことはしてやってあるのだし、
         それに元来自分の愛情はいなくなったからと言って、妻子に耐え
         られぬつらさを与えるようなものではないのだから、と彼は言っ
         た。』

         そして、彼はそのあと、会社に戻らずによその土地に行ってしまっ
        たというのです。随分自分勝手な論理ですが、それがスペイドには
        反対ではなく、むしろ気に入っているのです。

        この話はこれ以後の事件の進展には全く無関係なのです。省いた所
        で物語には一切支障がないのです。ハメットはなぜ、ここでこんな
        エピソー ドを持ち出したのでしょうか。

        ノーランはこのエピソードについてはこう言及しています。

         『彼(スペードー小鷹氏はそう訳しています)はブリジッドにこの
          話をしながら、それで彼女が動揺するかも知れないと予想してい
          たー事実そうなった。スペードのほうが一枚うわ手だった。なぜ
          なら彼は梁が落ちてきているのを知っていて、それをじっと見つ
          めている男だったからだ。』

    この解釈はおかしいと思います。スペイドが話終わったあとの原文
    はこうです。

     『「まあ、とても面白いお話ね」ブリジッド・オーショーネシーは
      言って、椅子から立ち上がると、スペイドのすぐ前に立った。
      目が大きく見開かれ、深々とした色をたたえていた。「いまさ
      ら、お話しする必要はないけれど、あの男がここに来たとき、
      私はあなた次第で、どんな不利な立場にも立たされるわけね」』

          これを読んで分かるように彼女はスペイドの話には全く興味がなか
         ったのです。女が自分には興味のない話を他人が延々と話す間、礼
         儀として耳を傾けている振りをしていただけなのです。彼女の心配
         はもうすぐこの部屋にやってくる敵のことだけだったのです。面白
         くもない話が終わって、ほっとして場面だとしか私には思えません。
         動揺しているのはスペイドの話の内容のためではなく、この後、ス
         ペイドを味方につけられるかどうかを心配しているからです。です
         から、ノーランの解釈はおかしいし、彼の文章の最後の辺りはジョ
         ンソンと変わらない我田引水の気配が見られます。

          この原文で大事な箇所は「目が大きく見開かれ、深々とした色をた
         たえていた。」という一節なのです。視点はスペイドになっている
         のです。他の作家なら「スペイドはじっと彼女を見つめた」と書く
         はずです。ですが、ハメットはそうは書きません。男は興味のない
         女の目の色を見たりしないものです。ここはスペイドがブリジッド
         に対して恋情を抱いているとハメットは言いたいのです。 

           一方、もう一人の伝記作者のジョンソンはこう書いています。

     『「マルタの鷹」の中でハメットは、物語中の独立した小さな話を
           一つ書いている。フリットクラフト(原文のまま)という男の話
           で、妻子がいたにもかかわらず、あるいは妻子がいたがゆえに、
           彼は新しい人生を送ろうと決心する。通りを歩いていて、落下し
           てきた鉄梁に危うく殺されそうになり、間一髪で危機を脱したこ
           とが彼に人生のはかなさと、人生の正道を歩く必要を気づかせる。
           本を書き上げ、クノップに送り届けたハメットも、まさにその人
           物と同じことをやろうと計画していた。妻子をあとに残し、出版
           と文化と文学界の中心地であるニューヨークに向かおう。自分は、
           四作目の長編に取り掛かっている成功した作家なのだ。未来は目
           も前に大きく開けている。』

     ジョンソンはハメットがなぜ、この逸話をここに挿入したかという
         ことには全く関心がないのです。ただ、自分が話を持って行きたい
         方向に利用したに過ぎないのがよく分かると思います。このように
         伝記作者という者は対象をいかに自分流に料理するかをまず考える
         のです。対象となる人物を愛しているとしてもそうなのです。自分
         の著作であることを忘れることが出来ないからです。すべての伝記
         作者がそうだとは言いませんが、読者としてはそのことを頭に入れ
         ておかないと相手の術中に嵌ることになります。

          この逸話を正面から論じているのはステイヴン・マーカス唯一人(
         日本語に訳されている文章に限ってですが)と言っていいでしょう。
         彼はこの逸話を「この小説全体の最も重要な、もしくは中心的な要
         因」「ハメットの世界観ないしは想像力に通じる糸口」だと評して
         います。そこから引き出される結論は私のと少し違いますが、ハメ
         ットを解く重要な鍵だという点では私も同感です。この逸話を避け
         て通るハメット論は紛い物と言って過言ではないでしょう。

          マーカスはこの逸話を詳しく紹介したあとに、こう書いています。

     『フリトクラフトにとっては、落ちてきた鉄梁は「人生の蓋をあけ、
          そのからくりを覗かせてしまった」ものだった。そのからくりと
          いうのは、人生そのものが、つかみようのない、不明瞭な、でた
          らめで、移ろいやすいものであり、人間の存在は、つきつめれば
          我々の生き方とは呼応していないということである。なぜならほ
          とんどの人間は、彼 らの存在そのものが、あたかも秩序だった、
          倫理的かつ合理的なものであるかのように考えて生きているから
          である。だが、本当はそうでないことを体験的にもろに悟った結
          果、フリトクラフトは妻子を捨て失踪してしまった。
          彼は人間存在の本来の姿に呼応して、でたらめな行き当たりばっ
          たりの行動をとる。そして、目的もない数年間の放浪後、新しい
          生活を築こうと決めると、かって放棄したはずの古い生活をあっ
          さりと復元させてしまう。つまり、彼はまた、人生が秩序だった、
          意味のある、合理的なものであるかのようにふるまい、それに適
          応しようとする。そして、この話のこの部分が「いつも気に入っ
          ているところなんだ」とスペードはなかなかの皮肉をこめていう
          のである。そこがいちばん気に入っているという意味だ。なぜな
          ら、我々はここで、最も謎めいた、底知れぬ不合理な部分ーいか
          におおくを学び、それに通じていても、結局人間は、正気で、合
          理的に、分別と責任をも ってふるまい、行動しようと努め続け
          るものであるーということに思いいたるからだ。その行動にたと
          え論理的あるいは形而上的な理由や、はっきりと見出せるかある
          いは示すことの出来る理由がないことを知っても、我々はまだそ
          の生き方に固執し続けるだろう。この持続的な矛盾の認識こそ、
          ハメットの作品の核心ーあるいはその一つーに近接 しているも
          のなのである。』

          マーカスのこの文には一箇所だけ間違いらしき箇所があります。ス
         ペードが「いつも気に入っている」と書いている部分です。原作に
         は「いつも」はありません(いつかの訳文を比べて見ました。一人
         ならともかく複数の訳者がこの語を省略するとは思えません)。何
         故、そんな些細なことに拘るかといえば、この副詞は大きな意味を
         持つのです。
         「いつも」があればスペードがこの話をあちこちで持ち出している
         という意味になるからです。他の女性にもこの話をしたことにもな
         り、スペードのいう人物の設定まで変わってくるからです。今、手
         元にマーカスの原文はなく、訳文しかありませんので、どちらがこ
         の副詞を書き加えたのかの判断は出来ませんので、宿題にしておき
         ます。

     マーカスは長々と難解な表現で書いていますが、要するに人間とは
         矛盾した生き物であると言っているのです。人生の深みを覗いたに
         も関わらず、また、元の生活に戻ってしまうことでしか生きられな
         かった男の話なのです。スペイドがこの話が気に入ったということ
         は分かります。しかし、スペイドが何故、ここでこんな話をブリジ
         ッドにしたかについては書いていません。マーカスは高遠な、自分
         の論理を展開するのに夢中で、そのことを忘れたのかも知れません
         が、私にはそこにこそ、ハメットを解く鍵があるのではないと思え
         るのです。

         この逸話の語り手はハメットその人であり、登場人物であるスペイ
         ドはそれが気に入っていると言っているわけです。ここに作者と主
         人公との二重構造が感じられます。オプに語らせることは無理だが、
         新しい主人公のスペイドならそれが出来るのではないかとハメット
         は考えたのでしょう。

      この話を聞き終わったブリジッド・オーショーネシーの第1声は「
         まあ、とても面白いお話ね」でした。例えば、ここで彼女が別の台
         詞を言ったら物語は全く別の方向へ向かうのです。

             「それが私とどんな関係があるのかしら?」
             「人間、生まれ変われるということだよ」
             「だけど、その男は元の生活に戻ったのでしょう?」
             「習慣は同じでも、相手の女が違う。」

         と言った会話から話は変わって行くでしょう。そして、ラストは彼
         女を警察に突き出すのではなく、助けてやる場面になったかも知れ
         ません。 その場合、ラストは殺されたアーチャーの妻が嫉妬と復
         讐の為に、ブリ ジッドを殺すという風にも出来たでしょう。

         ですが、ハメットはそうは書きませんでした。ブリジッドがその逸
         話に関心を示さない設定にせざるをえなかったからです。私にはこ
         の逸話はスペイドがブリジッドを口説く手段として挿入されたので
         はないかという気がするのです。カイロが到着することを恐れてい
         るブリジッドに付け込んだのだと思います。しかし、それにはブリ
         ジッドがこの逸話を完全に理解出来たという前提が必要です。彼女
         は熱心に聴いている振りはしていたが、理解は出来なかったのです。
         そういう女性として設定してあるからです。作者が創りだした主人
         公であっても、動き出したあとでは勝手に変えられないのです。
         プロットよりも主人公の性格創りに中心を置き、あとはその登場人
         物達が勝手に絡み合うのに任せると言った書き方をする作家は結構
         います。その主人公の性格とか知性とかを変更すると最初から書き
         直さなければ辻褄が合わなくなることがあるので避けるものです。
         この作品もそういう書き方をしたように私には思えます。

         話が重すぎて、ブリジッドには理解出来ない内容になったことにハ
         メットは気がついたのだと思います。それだけではなく、スペイド
         にさえ似合わないと気がついたのではないでしょうか。

          スペンサー・シリーズの作者ロバート・B・パーカーは「ハメット
         とチャンドラーの私立探偵」(朝倉隆男訳)の中でこう書いていま
         す。

        『「マルタの鷹」の犯罪捜査は人生を表す隠喩であり、控え目な生
          活をしているのは、なんと言ってもスペード一人である。アメリ
          カ文学史上のどんな登場人物にも負けないほど袖をたくりあげた
          スペードは、生き延びる。そして、生き延びることで、なんとか
          自らの高潔さをあくまで崩さず、頑として守り通すことになる。
          高潔は「マルタの鷹」に照らし合わせた時、疑いを免れない言葉
          だが、小説が終わり、スペードの行動を調べてみると、彼が受け
          るべき非難はほとんど見つからないことに気がつく。
          彼は共同経営者の殺人事件を解き、殺人犯を警察に引き渡してい
          る。彼はまた、鷹を捜していた三人組の犯罪者も警察に突き出し
          ている。』

           何故、スペードに非難する点がない結果に終わったのか。そこにフ
          リトクラフトがいて、ブリジッドが「まあ、とても面白いお話ね」
          と理解を拒否したからです。

         『ブリジッド・オーショーネシーという人間にスペードが感じてい
          る誘惑は本物であり、それに対する彼の勝利は痛ましい。彼とブ
          リジッドが「二人でさぞや楽しく過ごせたのに」と思えれば楽し
          かったろうに。しかし、フリトクラフトと落ちてきた梁があった。』

          スペードはフリトクラフトの逸話を持ち出してブリジッドを試した
         のです。ですが、彼女にはそんな彼の意図さえ理解出来なかったの
         です。それで踏ん切りのついたスペードは非難されることのない結
         果へと事件を運んで行ったのだと私には思えます。フリトクラフト
         の逸話を挿入し、スペードとブリジッドというハメット自ら創作し
         た二人の主人公を生かすためにはそういう結末しかなかったに違い
         ありません。

          じゃあ、何故、二人に合うように書き直さなかったのか。それをし
         なかったのではなく、出来なかったのだと思います。これだけは挿
         入したかったに違いありません。作品に矛盾を残そうが構わない。
         そう思ったのではないでしょうか。だから、この逸話だけが作品の
         中で重く沈んでいるのです。自分の心を曝け出さない設定にしたオ
         プでは書けなかったので、スペイドを創り上げたのだと思いますが、
         この新しい主人公も、もはや自分の書きたいことを伝える役には立
         たないと気がついたから、このあと、スペイドもので長編を書けな
         かったのではないでしょうか。だから、あっさりと彼を捨て、また、
         別な主人公を創ったのでしょう。
     
          結論を言えば、ハメットはこの逸話の為に自分の首を絞めることに
         なったと私には思えます。この逸話は作品論にはよくても、自分の
         作中に入れてはいけなかったのです。ミステリを書けなくなったの
         はこの逸話のためだという気がしてなりません。彼はそのために、
         ミステリを越えた作品を書きたくなったのではないでしょうか。だ
         から、書けなくなったのだと思います。

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