『海外ミステリを読む』(47)
「スティーヴン・グリーンリーフ」(7)
「匿名原稿」
ー私立探偵ジョン・タナー・シリーズ第7作ー
(原作1991年・日本語訳1992年・黒原敏行訳)
(ハヤカワ・ポケット・ミステリ1591)
出版社を経営するブライス・チャタートンはタナーの20年来の友
人だった。タナーは彼に呼ばれて、その出版社に行った。
そこでは新人の詩人の出版記念パーテイが行われていて、ブライス
の妻のマーガレットも来ていた。会社の実質的なオーナーは彼女な
のだ。というのは彼女の最初の夫マーヴィン・ギリスからの離婚手
当で作った会社だからだ。タナーはその夜、彼女からこれがこの会
社の最後の出版記念パーテイになるだろうと聞かされる。経費ばか
りかかって利益が追いつかず、赤字が増えるだけの会社なので、今
季限りで資金提供を止めるとブライスに通告したという。何故なら、
マーヴィン・ギリス自身の会社の経営が行き詰っていて、彼女の取
り分を削ろうとしているからだという。
その場で、マーガレットはギリスとの間の娘ジェイン・アンが何か
トラブルに巻き込まれているようなのでタナーに調査して貰えない
かと言い出す。だが、タナーは自分はブライスに呼ばれて来たのだ
から、彼の方が優先だと断る。
パーテイの隙を見て、やっとブライスと二人きりになると、彼は呼
んだ理由をタナーに告げた。それは、会社に持ち込まれた原稿が傑
作なので、是非出版をしたいと思うのだが、結末が抜けているし、
作者がどこの誰なのか分からないので探して欲しいというものだっ
た。ブライスは全財産をつぎ込んでも、この小説を出版して会社を
立て直すつもりだとタナーに告げた。
引き受けたタナーがまず最初にしたことは、その原稿に触れたのが
自分と受付の女性だけだとブライスに聞かされたので、原稿の最初
の五ページのコピーを取って欲しいと頼むことだった。
ブライスがコピーを取りに行っている間、タナーは一人で待って
いたが、そこに今度はブライスには義理の娘のジェイン・アンがボ
ーイフレンドのロイドと一緒にやってくる。訊くと母親に会いに来
たという。理由はBMWを盗まれたことを話すのだという。我儘な
義理の娘とそれに悩む妻。タナーは友人の家庭の裏側を知らされた
ことに気が付く。
『彼は私にコピーを手渡した。私は小説の原稿よりもジェイン・
アンのことを考えながら、膝の上でコピーと原稿をそろえ、妻
と義理の娘とロイドという得体の知れない青年の支配する世界
にブライス・チャタートンを残して立ち去った。』
ブライスと別れたタナーは家に帰る途中、いつも頼みごとをしてい
る市警のチャーリー・スリート警部補の家に寄った。チャーリーは
ブライスとはポーカーをした仲だったので、この原稿に誰の指紋が
ついているか調べてくれないかというタナーの頼みを引き受けてく
れた。
そのあと、まっすぐアパートに帰ったタナーは早速預かった原稿に
に眼を通す。予想外に面白く、徹夜して読み上げてしまう。その小
説は「ハムラビ法典を讃えて」という題名で、上流階級の子弟ばか
りが入る有名私立学校セント・スティーヴンズ学園の教師デニス・
ワージーがアマンダ・キーファーという女子生徒から性的暴力を受
けたと訴えられ、無実の罪で刑務所に入れられるという内容のもの
だった。刑期を終えて出所した彼は犯人を見つけて復讐することを
誓う所で、原稿は終わっていた。
読み終えたタナーはこう思った。
『私の中に、この主人公に協力して一緒に事件の真相を究明した
いという気持ちが生じたのは、著者の卓抜な筆力を証明してい
るといえるだろう。』
『私は原稿をきちんとそろえて、ぼろぼろになった紐で縛り、デ
スクに戻した。それからもう一度、ベッドに仰向けになって、
著者を見つけ出す方法をあれこれ吟味しなが、今読んだばかり
の作品を書いたのは自分だといえる人間は、何という栄光に包
まれていることだろうと考えた。』
次の日からタナーは早速、作者探しを始める。まず、最初にタナー
は自らの読後の印象を大事にした。それによると、作者は教師で既
婚者だろうと推測する。さらに、この小説で描かれている街はサン
フランシスコに違いないと確信する。そして、そこから一歩進めて、
この作品に描かれている事件はこの街で実際に起きた事件ではない
だろうかと考えた。
現実にあった事件を踏まえているとしたら、警察の力を借りる必要
がある。そう考えたタナーは市警のチャーリー・スリートに電話し
て、似たような事件がなかったか調べて欲しいと協力を求める。
その次にはかって交際したことのあるベテイ・フォンテーンに電話
した。彼女が高校の教師をしていたので、情報を貰おうと思っての
ことだった。だが、タナーの知っている彼女の電話は現在使われて
いなかった。
タナーはベテイを探すことから仕事を始める。見つけると、旧交を
温め、そして、本音を吐き出す。これは仕事絡みなのだと。
「きみにこの街の私立高校について教えてもらおうと思ってね」
ベテイはそんなタナーを怒らずに、情報を与える。
「サンフランシスコでお金持ちの子供だけが通う学校といえば、私
の知る限り二つしかないわ」
「それはどこ?」
「サンフランシスコ・アーツとセバスチャン学園」
「セバスチャン学園のことを話してくれないか」
ベテイに理由を聞かれたタナーは小説のあらすじを話し、似たよう
なことがなかったかと尋ねる。ベテイは知らないと答えるが、その
学校で以前、サッカーのコーチをしていた女性を教えてくれる。
これを突破口にして、タナーは作者を探し出し、本当は何があった
のかを究明していく。作者は誰なのか。この小説に書かれたことは
本当に起こったことなのか。現実には何があったのか。二重、三重
にも仕組まれたプロットは読者をラストまで引っ張っていく。
訳者の黒原敏行氏はあとがきにこう書いています。
『虚構の下に隠された真実が徐々に明るみに出るにつれて、かえ
って謎は謎を呼ぶ。いったい、著者はなぜ匿名で原稿を出版社
に持ち込んだのか?もと教師に濡れ衣を着せた人物は誰なのか?
そもそもこの「ハムラビ法典を讃えて」はどの部分が虚構でど
の部分が事実なのか?タナーは真実を追い求めながら、いわば
“虚実皮膜の間”をさまようことになる。』
読者もタナーと一緒に現実と虚構の間をさまようことになる仕掛な
のです。さらに、黒原氏はこう続けます。
『グリーンリーフの持ち味である社会派的色彩と人物造形の深
さの点でも、その力量がいかんなく発揮されている。社会派
的色彩についていえば、ホームレスの問題や公教育の問題を
丹念に調査して盛り込み、マネー・ゲームに狂奔して富裕層
を太らせる一方で弱者を切り捨ててきた八十年代を厳しく弾
劾する。』
「ハムラビ法典を讃えて」の作者と目される男がどうやらホームレ
スになっているようだと知ったタナーが、ホームレス達のたむろす
る場所に行き、調査をする場面で、グリーンリーフはホームレス問
題に言及しています。
『「彼等は街中にいるんだよ、マーシュ。知っているだろう、
図書館に住み着いてるのもいるんだ。まったく、何てご時世
かね」』
図書館を利用することの多い方はご存知でしょうが、今は日本でも
この状況が日常の光景です。他の多くの面と同じで、少し遅れてア
メリカの社会の歪みは日本にも現れてきています。
グリーンリーフはこの問題に触れて作品の中でこう書いています。
『レーガン政権は住宅補助金を七十五パーセント削減し、失
業保険や食料切符といった福祉給付の受給資格を制限した
り、資格のある人々に対して手続きをひどく煩瑣にした。
貧窮地区の家賃は急上昇していくのに、福祉給付や最低賃
金は低水準に抑えられた。その間に、金持ちは何もせず、
ただ自分達の税金が半分以上も軽減されるのを喜んでいた。』
不況を克服するには役に立たない病人と貧困層を切り捨てないと社
会全体が浮かび上がれないからです。九割が生き残るために一割を
切り捨てるのが民主主義社会なのです。だが、それを口にしたら指
導者にはなれません。
グリーンリーフはさらに、こう続けます。
『エリート達が価値あるものを作り出すかわりに生産手段を外
国企業に売り渡す仕事で高い報酬を得るアメリカ、政治家た
ちが国民に国旗に対して忠誠を誓わせたがる一方で、忠誠を
誓って勇気ある行動をとり、血を流した兵士に建物の軒下や
地下鉄のトンネルや廃用になった下水溝で雨露をしのがせて
平気な顔をしているアメリカ』
ただ、この不満はチャーりーのもので、タナーのではないと逃げて
いるのはいささか弱腰ではありますが・・・
私が黒原氏の意見に付け加えることはあまりありませんが、一つだ
けヒントを与えるとしたら、濡れ衣を着せられた教師がなぜ罪を認
め、服役したかという点です。あとはご自分でお読み下さい。読ん
で損のない作品であることは保障します。
[深読みコーナー]
黒江氏の解説以外に気がついた点をいくつか挙げておきます。
1.この作品には秘書のペギーは出て来ません。娘のいるヴァンク
ーヴァーにいるという設定になっています。ベテイに別れた理
由を聞かれたタナーはこんなことを言っています。
「事件を引き起こした変態野郎をじゃなく、ことをややこしく
したと言ってペギーのほうを責めてしまったんだ。少なくと
も無意識のうちに。それが彼女の気に入らなかった。あたり
まえの話だがね。犯人は見つけた。手柄はほとんどペギーに
あった。それですべて問題は解決するはずだったが、ペギー
はしばらく私のオフィスで働くのをやめたほうがいいと判断
したんだ」
この作品のラストの文章はこうです。
『ペギーからはまだ連絡がない。』
まるで彼女が帰ってきてくれるのを待っているようなニュアンス
です。
2.読んでいて思わず、にやりと笑ってしまう文章のいくつか。
『そもそも殆どの男は、生きていくのに不可欠なことほど、へ
たくそだ。男の結婚適齢期とは、自分の不器用さを痛感し、
足りないところを補ってくれる最良と思われる同志を見つけ
る必要を感じたときなのだ。』
『「でも、私の仕事は人間という書物を読むことでしてね」
マーガレットは片方の眉を上げた。「あらそうなの。じゃ、
私はどういう書物かしら?」
「ミステリですね」私はあっさりと答えた。「いや、むしろ
ゴシック小説かな」』
『蔵書の殆どは、ベイエリア出身の、現在及び過去の有名な作
家の本だった。フランク・ノリス、ダシール・ハメット、ハ
ーブゴールド、アン・ライス』
『ぼくは「ガラスの鍵」のオリジナル・タイプ原稿を持ってい
るんだよ。これは数千ドルの値打ちがある。』
『「そこで、今言ったような男が実際に一編の小説を書き上げ
たとすると、彼はそれをどうするか?」
「アルフレッド・クノッフに送って、買ってもらおうとする
だろうな」』
『「セバスチャン学園での事件は複雑なんだよ、はんぱな探偵
さん。カフカ的な物語なのさ。真相は表に現れた事実とは全
然別のところにある。そして、手の汚れていない人間は誰も
いない。有罪か無罪かは、はっきり区別できないのさ」
「私にはロス・マクドナルド風の物語に聞こえるがね」』
3.この作品の冒頭に作者は次のような言葉を掲げています。
『この作品は虚構である。ここに現れる名前、人物、場所
出来事はすべて著者の・・・』
テレビ・ドラマでよく見かける文章ですが、グリーンリーフは
実はこの作品をここから始めているのだと私は読んでいます。
つまり、これは用心の為に付け加えているのではなく、読者へ
のヒントであり、凝りに凝ったプロットの一つなのだというの
が私の読みです。
この作品でグリーンリーフは名誉毀損の問題に触れているので
す。小説のモデルにされた人物が訴えた実際の事件に触れて、
この問題に言及しています。
タナーがブライスにこういう質問をする場面があります。
「じゃあ、訊くが、名誉毀損の賠償保険はどの位かけてるん
だ?」
それに対して、ブライスはこう答えます。
「名誉毀損?『ハムラビ』はフィクションだよ。一体、誰の
名誉をけがすって・・・ああ、そうか。これを犯罪ノンフ
ィクションとして出版した場合、もし著者が見当違いの人
間を自分に罠をかけた人物として弾劾したら、確かに名誉
毀損の問題がおこるな」
そのあと、ブライスは気を取り直して大丈夫だと続けます。
「なあに、平気だよ。こいつが実際には何であろうと、僕ら
は小説と呼べばいい。例によって、本書はフィクションで
あり、現在及び過去の実在の人物、団体とは一切無関係で
ある、というやつを入れとくさ。それで、何の問題もない
だろう」
しかし、タナーは「私はそうは思わない」と反論します。
「どうして?」というブライスに対して、タナーは説明して
聞かせます。
「最近の判例がいくつかあったように思う。そのうち、少な
くとも一つはカリフォルニア州のものだ。要するに、著者
や出版社がフィクションであると称しても、文書による名
誉毀損は成立しうるという判断だ」
日本に名誉毀損の賠償保険があるのかどうか私は知りませんが
この問題そのものは存在します。最近でも、柳美里氏の「石に
泳ぐ魚」という作品をめぐる一審判決では損害賠償130万、
単行本差し止めという作者の敗訴がありました。現在、控訴中
ですし、作品を読んでいないので批評は避けますが、興味のあ
る方の為に、一冊の本を紹介しておきます。
「プライバシーと出版・報道の自由」
(青弓社・2001年)
話を元にもどしますが、タナーは冒頭に「この作品は虚構である」
という文章を挿入することで、逆に実際にあったことのような印象
を読者に与えようとしているのです。このようにこの作品は冒頭か
から最後の文章まで作者の計算が行き届いているのを感じます。