『海外ミステリを読む』(43)
「スティーヴン・グリーンリーフの作品とその周辺」(3)
[70年代の作家たち(2)−マイクル・コリンズ]
マイクル・コリンズは本名デニス・リンズ。1924年セント・ル
イス生れ。1967年に「恐怖の掟」でMWA処女長編賞を受賞。
代表作は片腕の私立探偵ダン・フォーチューンを主人公にしたシリ
ーズ。「恐怖の掟」はその第1作。
『ダン・フォーチューンは、ニューヨークのチェルシー地区に生ま
れた。ポーランド系で、祖父がアメリカに移住してきた時はフォ
ルチュノフスキーという名だったが、父親がフォーチューンに改
名した。17歳の時、近所の非行少年たちと船荷を盗んでいる最
中に、船倉に落ち、左腕をひどく骨折したため、病院で左肩のす
ぐ下から切断された。
警官をしていた父親は、ある日失踪した。フォーチューンはロン
ドンやパリ、サンフランシスコ、東京で、船員、ウエイター、観
光ガイド、農業労働者、俳優などの職を転々としてから、生まれ
故郷のチェルシーに戻ってきて、探偵になった。
フォーチューンは内省的で、危険を察知すると、左腕の切り口が
うずく。
腕力で相手を負かせないことを承知しているため、無駄な抵抗は
しない。その代わり、フォーチューンは身障者であることを逆手
に取っている。健常者は、あってはならないことだが、障害者を
見下す傾向にある。みすぼらしい身なりをした片腕のフォーチュ
ーンは、そこで相手を油断させ、相手の本心を見抜く。
そして、コリンズは、フォーチューンを弱者の立場に立たせて、
アメリカ資本主義体制の矛盾、偽善、不平等性、非民主性を指摘
している。ロス・マクドナルド作のアーチャーものが心理的私立
探偵小説と呼ばれるのに対し、コリンズ作のフォーチューンもの
が社会的私立探偵小説と呼ばれるゆえんは、ここにある。』
この文章はフォーチューン・シリーズ11作目「フリーク」を訳
した木村仁良氏の同書のあとがきの文章です。私の手元にあるフ
ォーチューンものの翻訳はこの作品が最後です。このあとも4冊
程原作は出版されていますが、出版社が変わったりして、出来も
あまりよくないのか翻訳されていないようです。
シリーズ第1作「恐怖の掟」のポケミス版には原書にあるロス・
マクドナルドの賛辞が載っていますので、少し引用してみます。
『「恐怖の掟」は、私が近来読んできたうちでも最も面白い私立
探偵小説である。あまり独創的とは思えないようなところを舞
台にしながら、きわめて質の高い、独創的な作品にっている。
主人公で語り手であるダン・フォーチューンは、つむじ曲がり
で、内省的な人物であり、これがダンの正確を深みのある、魅
力的なものにさせている。主人公はチェルシー地区のスラム街
の住民たちを肌身に感じながら活動している。実際、そこに住
む人々は実に魅力的に描き出されている。警察、ギャングスタ
ー、コーラス・ガール、オフィス・ガール、あるいは街の少年
やその家族が、驚くべきほどの真実味とともに、生き生きと描
かれている。』
この賛辞のお返しにコリンズはシリーズ第2作「真鍮の虹」の巻
頭に「ケネス・ミラーに 感謝をこめて」という献辞を掲げてい
ます。その上、彼はサンタ・バーバラに居を移しています。余程
ロス・マクドナルドを尊敬していたのでしょう。
フォーチューン・シリーズはポケミスで8冊、創元推理文庫から
2冊でています。詳しいデータは私のホームページの「ミステリ
資料室」の「マイクル・コリンズ」にあります。尚、彼には別の
ペンネーム「マーク・サドラー」でも、作品があります。
[ペンネーム「マイクル・コリンズ」について]
Michaelは日本語ではマイケルと言ったほうが正しいような気が
ますが、何故かこの作家の場合はマイクルと訳されています。何
故こんな話をするかと言えば、このペンネームはアイルランド独
立運動の闘士マイケル・コリンズからきているのではないかとい
う気がするからです。このことに触れた文章を読んだことがない
ので、単に私の、いつもの勝手な深読みと思ってお読み下さい。
その根拠としてはダン・フォーチューンをポーランドからの移民
の子孫としていること。シリーズ第7作「鮮血色の夢」ではリト
アニアの独立運動をテーマにしていること。マーク・サドラー名
義の作品「ここにて死す」の冒頭に、マイケル・コリンズの先駆
者と言えるロバート・エメットが絞首刑の前に残した、歴史に残
る名言「アイルランドが独立を成し遂げるまで、俺の墓標を立る
な」を掲げていることなどです。
彼がアイリッシュなのかどうか私は知りません。でも、彼の作品
を読んでいて、その文章の背後にマイケル・コリンズという男の
生き様に対する共感を感じるのです。
アメリカはヨーロッパからの移民が築いた国です。その中にはイ
ギリスの圧制から逃れてきた多くのアイルランド人がいました。
彼等の多くはその上陸地、ニューヨークで、他に職がないので警
官になったそうです。今でもニューヨークの警官にアイリッシュ
が多いのはその時の名残りなのです。
アメリカのミステリを読む時に、ベトナム戦争と並んで、アイル
ランド問題が重要なファクターとして登場します。簡単な歴史的
背景を理解しておけば、より深く楽しめるでしょう。
「アイルランド問題とは何か-イギリスとの闘争、そして和平へ」
(鈴木良平著・丸善ライブラリー315)
この本をぱらぱらとめくるだけでも役に立ちます。
また、映画「マイケル・コリンズ」も手っ取り早くアイルランド
の状況を知るには役に立つでしょう。
この説の真贋はともかく、そういう想像で彼の作品を読めばより
楽しめるような気がします。作者がダン・フォーチューンに片腕
を喪わせたのは、あの状況ではやむをえない選択だったかも知れ
ないけれど、アイルランドが南と北に分断されることになった責
任の一端はマイケル・コリンズにもあるという痛みを負わせたの
かも知れない。そんな想像も出来るのではないでしょうか。
「共犯証言」
ー私立探偵ジョン・タナー・シリーズ第3作ー
(原作1982年・日本語訳1983年・佐々田雅子訳)
(ハヤカワ・ポケット・ミステリ1423)
サンフランシスコから遠くない地にある、架空の町「エルゴルド」
がこの作品の舞台。タナーはトルソンという検事補に呼ばれて、や
って来たのだった。仕事は轢き逃げ事件の目撃者が失踪したので探
し出すだけという簡単なものだとトルソンは説明した。だが、詳し
い事情を聞くと、犯人というのは、この町を牛耳っているギャング
のボス(トニー・フルート)で、さらにその証人は自ら名乗り出て
きたのだという。その場には失踪した証人テレサ・ブレアの夫ジェ
ームズ・ブレアもいて、タナーは夫のブレアからの依頼で妻を捜す
という形で引き受ける。
人はフルート誘拐されたのか、それともすでに殺されているのか、
それとも何らかの事情で姿を消したのか。タナーは色々なケースを
頭に入れながら捜査を開始する。
まず最初に、タナーは失踪したテレサが夫と住んでいた家を見に行
き、そこで隣に住むキャサリン・マーテインと息子のデイヴィと知
り合う。夫と別れ、一人息子と暮らすキャサリンはテレサは彼女の
夫のブレアに殺されたのではないかと言い出してタナーを驚かす。
タナーはキャサリンからテレサが共同経営者として働いてる洋品店
とテニス仲間の女性の名前を聞き出す。
そこからタナーは狭い町での捜索を次々に進めて行く。プロットと
としては私立探偵がギャングに牛耳られている町に乗り込んで、膿
搾り出して去って行くという、古くからあるパターンだ。その代表
作がハメットの「赤い収穫」。ポイズンヴィルをエルゴルドと変え
て、50年後のアメリカを浮かび上がらせていると言っていい。
訳者の佐々田雅子さんは、この本の「あとがき」にこういう文章を
書いています。書かれたのが1983年つまり20年前だというこ
とを頭に入れて読んで下さい。
『ハードボイルドが時代についていけなくなったのか、時代がハー
ドボイルドについていけなくなったのか、ロス・マクドナルドの
死去に象徴されるように、幸せなハードボイルドの時代は終わっ
た。』
「幸せなハードボイルドの時代」とは、なかなかいい言葉だと思い
ませんか。時代は流れ、二十年後の今日、二度と再び「幸せな」時
代は来なかったといえるでしょう。
『そして、第二世代ともいうべき「ネオ・ハードボイルド」の時代
が始まって、登場するヒーローも、子育て探偵や、ホモセクシュ
アル探偵など、ヴェトナム戦争と平行する時代のアメリカの社会
変動を色濃く反映した屈折の多い像に変わりつつあるようだ。』
ホモの探偵、片腕の探偵などの「屈折の多い」ヒーローは屈折した
アメリカ社会そのものを象徴しているのです。
『スティーヴン・グリーンリーフは、その中にあってむしろ典型的
なタイプとも思えるジョン・マーシャル・タナーを擁して登場し
た。それでも、第一作「致命傷」では消費者運動の大立者、第二
作「感傷の終わり」では学生運動の指導者を軸に配して、いかに
も、あの時代を通過してきた人間らしいプロットを展開させてい
る。
しかし、チャンドラー、マクドナルドに触発されて筆を執り始め
たというグリーンリーフは、この第三作において、あらためてハ
ードボイルドの王道をめざそうとするかのように、時代に密着し
た素材を避け、古いセピア色の写真を思わせるような懐かしい物
語を描いて見せた。舞台はサンフランシスコ湾岸の架空の町、エ
ルゴルド。陽光よりも霧が似合う、死にかけたような町だ。発端
は定石どおりの失踪。依頼をうけた探偵が捜索を続けるうちに事
件の謎は深まり、ギャングの影がちらつき、殺人も起きて最後は
どんでん返しで終わるというおきまりのコースをたどる。
グリーンリーフの、なぜいま、とも思えるようなこの試みは、そ
れでも相当の成功をおさめているように思われる。それはテンポ
のよさに加え、登場人物のキャラクターが前二作に比べ、より明
確に、より生き生きと描きこまれていることによるのではないだ
ろうか。これはなんと言っても魅力的なハードボイルド小説には
必須のファクターであって、この作品でも、ヒロインである謎の
女テレサ、不気味な夫ジェイムズを始め、点景として現れる人物
にまで実に細やかな筆が行き届いている。』
私もこの作品は成功していると思います。これまで見てきた三作
の中では、皮肉なことに、これが一番面白いと言っていいでしょ
う。つまり、作者はこの作品では自分好みのプロットを敢えて使
わずに、意識して先輩ハメットやロス・マクドナルドが築き上げ
たハードボイルド・タッチを描いて見せたわけです。バークレイ
ーだ、弁護士だという、時には鼻持ちならない、自慢話を削った
分だけ面白いと言えるからです。
『その次に車を停めたのはもうずいぶん長く走ったあとだった。
どこまで行ってもエルゴルドの影を振り払うことは出来なかっ
た。』
これがこの作品のラスト・シーンですが、私に言わせるとグリー
ンリーフはこの作品の「影」を振り払わずに、しがみついていた
方がよかったのではないか、そんな気がします。だが、それが出
来ないのが、ネオ・ハードボイルド派の宿命だったのかも知れま
せん。幸せなハードボイルドの時代は終わったのです。過ぎ去っ
た、幸せな時代を追いかけて行ったのが、ネオ・ハードボイルド
派だったのではないでしょうか。
●今月の推薦本
(1)「グリーン・アイス」(1930年作)
(ラウル・ホイットフィールド著・新藤純子訳・小学館)
この小説は幻の名作として、翻訳の待たれていた作品です。
ハメットの「マルタの鷹」は1929年9月号から12月号
まで「ブラック・マスク」に連載されたわけですが、この作
品はそのあと、1930年1月号と2月号に掲載されたので
す。傑作としての評判は高かったのですが、何故か、今日ま
で訳されることがありませんでした。
ハメットは同じ時期に同じ雑誌で活躍したホイットフィール
ドと友達でした。ハメットはこの作品をこんな風に評してい
ます。
『プロットは問題ではない。肝心なのは、この280ページ
に及ぶむきだしのアクションが、スタッカートのリズムで
ハンマーを打つような書き方でびっしりと濃密に書き込ま
れていることだ』
(ノーランの「ハメット伝」より)
この本の解説は池上冬樹氏が書いておられますが、ハメット
に関する新情報がありますので、引用させて頂きます。
『一文無しになったホイットフィールドを看護したのは、第
1夫人(最初の奥さんの意)のプルーデンスで、入院代金
はすべてハメットが支払った。
余談になるが、このプルーデンスとハメットには何らかの
男女関係があったと想像される。(中略)
プルーデンスはハメットの愛人だったが、彼女は元夫のホ
イットフィールドに対して特別の愛情があったようで、積
極的に看病をした。だが、その甲斐もなく、1945年、
ホイットフィールドは47年の生涯を閉じた。』
因みにホイットフィールドの病気も、ハメットと同じ結核で
した。
最近のミステリは面白くないと思っている方には推薦したい
作品です。70年の歳月に洗われて、今なお光を喪わない作
品だからです。
今、世上持てはやされている作品が10年持つかどうか分か
らないことを考えれば、この作品の価値が分かるというもの
です。ホイットフィールドの長編はもう一編同じ訳者で出さ
れています。以前、新刊紹介で、ご紹介した筈です。
「ハリウッド・ボウルの殺人」(新藤純子訳・小学館文庫)
(2)「ゼルプの裁き」(1987年)
ベルンハルト・シュリンク&ヴァルター・ポップ著
岩淵達治 他訳・小学館
珍しい、現代ドイツの私立探偵小説です。ベストセラーにな
った「朗読者」の作者の処女作です。共著者のヴァルター・
ポップは元弁護士だそうです。
『環境破壊の進む80年代の西ドイツで、義兄の経営する化
学工業会社のハッカー追跡を依頼された私立探偵ゼルプは
調査を進めるうちに義兄と自分の過去に関わる重大な事実
を掴む。戦前ナチの政権下で検事だった彼は、過去の罪の
意識を頑なに持ち続け、自ら歴史の暗闇に入り込んでいく
が・・・
「朗読者」の作家が知人と共作した初の長編ミステリ。』
(同書・表紙裏より)
主人公の私立探偵はナチ時代にすでに大人だったのですから年
配者(68歳という設定)です。そういう設定もユニークなら
舞台がドイツというのも趣向が変わって楽しめるでしょう。
実作者としての私には「こういう手があったのか」と参考にな
る作品でした。つまり、このドラマの主人公は私立探偵である
必要はないのです。それなのに、敢えて私立探偵を持ってきて
それが成功しています。私立探偵小説の逃げ場がここにある。
この手を使えば、まだまだ私立探偵小説は書ける。そんな思い
がします。
今月の2冊はいずれも小学館の海外ミステリー・シリーズの作
品です。やる気をなくしたように、旧作でお茶を濁している早
川書房のポケミスと比べて、小学館は元気です。シュリンクの
作品はこのあとも続々出す予定らしいです。