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『海外ミステリを読む』(42)

「スティーヴン・グリーンリーフの作品とその周辺」(2)

  [70年代の作家たち(1)−ジョゼフ・ハンセン]  

 ロス・マクドナルド以後の私立探偵小説はネオ・ハードボイルド
 派と呼ばれる作家達によって継承されてきました。前回取り上げ
 た、グリーンリーフの第1作「致命傷」が生まれたのは1979
 年です。
70年代のこの派の作品を列挙するとこうなります。

 1970

  「闇に消える」ジョセフ・ハンセン

 1971

  「黒い風に向かって歩け」コリンズ
  「誘惑」ビル・プロンジーニ
  「A型の女」マイケル・リューイン

 1973

  「殺意」「失踪」プロンジーニ
  「ゴッドウルフの行方」パーカー
  「死は償いを求める」ハンセン
  「大いなる賭け」ロジャー・サイモン

 1974

  「内なる敵」リューイン
  「ワイルド・ターキー」サイモン

 1975

  「トラブル・メイカー」ハンセン
  「失投」パーカー

 1976

  「約束の地」パーカー
  「夜勤刑事」リューイン
  「殺しのデュエット」エリオット・ウエスト

 1978

  「沈黙のセールスマン」リューイン
  「ユダの山羊」パーカー
  「誰もが恐れた男」ハンセン


 これを見れば、グリーンリーフはネオ・ハードボイルド派の中では
 「遅れてきた」作家といえるでしょう。そこで、グリーンリーフの
 作品を読む一方で、この派の初期の作家たちも簡単に見て行きたい
 と思います。第1回はこの年表のトップにあるジョセフ・ハンセン
 を取り上げました。

  ジョゼフ・ハンセン

   「1923年生まれ。当初は純文学をめざしていたが、
     若くして結婚、妻子を養う為に書店員などさまざまな
     仕事をするかたわら、ポルノ小説やゲイ小説、ゲイ・
     ミステリなどをゲイ専門の出版社から細々と出してい
     た。実質的なデヴュー作にあたる『闇に消える』もま
     たホモセクシュアルを中心に据えたテーマのために、
     3年間出版社をたらい回しされたが、70年代初期の
     ネオ・ハードボイルドの勃興とともにようやく日の目
     を見た。」
      (「海外ミステリ事典」新潮選書より・執筆は
        柿沼瑛子氏)

    ●「ミステリ・マガジン」は2回この作家の特集を組んで
     います。1990年の6月号では「作家特集」を、そ
     て、1993年3月号ではシリーズ完結特集を。

     シリーズ完結に当たっては作者本人が自作を語っていま
     すので、少し拾って見ます。訳は柿沼瑛子氏です。

     『私はデイヴの本をシリーズ化させるつもりはなかった。
          「闇に消える」を刊行しようという出版社はとうてい
     見つかりそうになく思えたからだ。彼等は私がホモセ
     クシュアル達を現実の生活の一部として、ごく当たり
     前の存在として扱ったことに震え上がったのである。』 

           
     だが、勇気ある出版社が現れ、その本は出版され、好評
         を得たのでシリーズ化する気になったようです。

     『私がブランドステッターの冒険譚をもっと書いてみよ
      うと決心したのはその時だった。デイヴが登場する以
           前の探偵小説におけるホモセクシュアルはと言えば、
      多くは犯罪者か、さもなくばめそめそした臆病者と相
      場が決まっていたのである。私は、誠実で勇敢で公正
      なデイヴという人物を何度も登場させることが重要だ
      と思った。そして、それらの本の中に私は可能な限り
      あらゆるホモセクシュアル達を投入しようと努めた。』

    『ときおり批評家が、私が自分の本にあまりにも多くのホ
     モセクシュアルを登場させすぎるといってケチをつける
     ことがあった。それに対する私のにこやかな答えといえ
     ば、殆どのミステリが少なすぎるのです、私の一握りの
     本はホモセクシュアルをまったく無視してきた大多数の
     ミステリに対して大海の一滴にすぎません、というもの
     であった。』

    ●ジョゼフ・ハンセンの特徴を一言でいうならば「ホモ」
     をミステリの主役に仕立てあげ、それを定着させた先駆
     者といえるでしょう。「この物語の核となっている
ホモ
     セクシュアルは、成熟した著者の筆によって、本を売る
     センセーショナルな要素としてではなく、生き方の一つ
     の状態として取り扱われている」というアメリカでの出
     版時の書評を小鷹氏は「ミステリ・マガジン」で伝えて
     います。
当時の状況を知る手がかりとして、この小鷹信
     光氏の文章を読んでみましょう。以下はハンセンの
ブラ
     ンドステッター・シリーズの最初の二作がアメリカで好
     評なので、小鷹氏が読んでの批評です。勿論原文です。
     日本ではまだ翻訳が出ていない時期です。

     『最新作「トラブルメイカー」は、ゲイバーの主人の奇
      怪な死で幕が開きますが、「ニューヨーク・タイムズ
      ・ブック・リヴュー」には、「ホモの保険調査員を主
      人公にしたシリーズ最新作」というコピーが堂々と刷
      り込まれていました。そんことが一つのセールスポイ
      ントになり得るということは、ミステリの世界だけで
      なく、人々の性意識が少しずつ、明白に変わりつつあ
      るという事かもしれません。
ジョゼフ・ハンセンのこ
      のシリーズは、いつ日本で翻訳されるのでしょうか?
      陽の目を見ることがあるのかどうか、ポルノに対する
      よりも根強い偏見が、例えば私自身の内部にもあるの
      ではないか。そんなことを考えさせられたりもするの
      です。』

     この文章は「ミステリマガジン」の1976年1月号に
     掲載された「続パパイラスの舟」の中の一節です。これ
     を読むと早川書房はまだ翻訳を決めていなかったようで
     すね。因みに第1作「闇に消える」がポケミスから出た
     のは1983年ですので7年後ということになります。


     小鷹氏は「闇に消える」についてはこう書いています。

     『定石通りの平凡で退屈な失踪人調査で始まったこの事
      件を、四三才のやもめ男がこれまた定石通りの手順で
      捜査してゆきます。記述は三人称。ロス・マクドナル
      ドばりの精密で重厚な叙述がつづき、重苦しい陰うつ
      なムードが行間に垂れ込めています。この沈んだ暗い
      ムードが主人公デイヴの心情をそのままうつしだして
      いることは明らかです。
      六章にはいって、突如せきを切ったように表出される
      主人公の心情吐露にでくわし、正直いって私は困惑し
      当惑し、うろたえてしまったのでした。』

      困惑した上に当惑したのですから大変ですが、気持ち
      は分かります。私も読んでいて飛ばしてしまう場面が
      あります。男同士の愛を切々と訴えられても困るので
      す。でも、不思議に女性にはあまり抵抗がないようで
      す。柿沼瑛子氏は
1990年の6月号で「ゲイ探偵の
      系譜」という論の中でハンセンはアメリカでも日本で
      も若い女性に評判がいいと書いています。その理由と
      して、ハンセンの作品は男同士ではあるけれど、「失
      われた愛を求めるロマンチックなラヴ・ストーリー」
      (小鷹氏の表現)だからなのでしょう。

      保険調査員ブランドステッター・シリーズの作品リス
      トは私のHPの「ミステリ資料室」の下記のページにあ
      ります。
        チャンドラー&ロス・マク以後の世代のミステリ

      

「感傷の終り」
    ー
私立探偵ジョン・タナー・シリーズ第2作ー
  
   (原作1980年・日本語訳1983年・斉藤数衛訳)
   (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1417)
 
    サン・フランシスコの富豪マックス・コトルは自分は癌で余
    命二ヶ月なのだと、タナーに告げる。だから、死ぬ前に一目
    行方不明の息子カールに会いたいので探し出してくれと依頼
    する。

    カールは10年前の父親の誕生日の日に麻薬を飲んだ姿で現
    れ、父親と喧嘩になり出て行った切り、10年間姿を見せな
    いのだと言う。息子との間に何があったのだとタナーが聞く
    と、マックスはこう答えた。

    「1969年のことだ。カールはバークレーでの四年間を終
     えたばかりだった。わしはもうかなりの資産家になってい
     た。カールは左翼政治思想を抱いていた。・・・・」

    このあと、作者はタナーにこう語らせる。

    「60年代にバークレーに荒れ狂った戦争反対と、それに伴
     う騒動が、まだ未熟なカールの内面を食い荒らしてしまい
     究極的には父親と父親が象徴する一切のものを拒否してし
     まった。」

    そして、この独白の最後を「60年代とは世にもむずかしい
    時代だった。」と結ばせている。この作品の訳者のあとがき
    にはグリーンリーフ自身が67年にカリフォルニア大学バー
    クレー分校法学部で博士号を取ったとある。つまり、この6
    0年代に対する述懐は作者自身のものと解釈していいのでは
    ないだろうか。カールを無事発見し、事件を解決したあとで
    タナーとカールの間でこういうやりとりがある。

    「僕は痛みのことなんか、そんなに気にしてないんだよ」と
    カールはふと思いついたように言った。「気にしているのは
    時間だよ。奴は僕から五年近い歳月を盗み取った。僕のエネ
    ルギーを、僕の関心を、別の方向にねじ曲げてしまった。僕
    にはやれることがほかにたくさんあったのに」
    「我々皆にとって」と、私は言った。「失われた十年間だっ
    たんだ、カール。七〇年代には、皆何一つまともなことがや
    れなかった。・・・」

    若者程、傷は深く残る。回復するのに十年かかると言ってい
    るのだろうが、回復すれば良い方で傷ついたまま一生を送る
    者もいる。日本でも学園闘争で傷ついた世代には同じことが
    言えるだろう。私は安保闘争には遅れた世代だが、先輩たち
    に、回復せずに一生その時の心の傷を負ったまま生きている
    のを見ている。

    作者はタナーに弁護士資格を持たせたまま私立探偵をさせて
    いるし、探す相手はバークレー出身の金持ち息子とくれば、
    ハメットが描く、学はなく、社会の底辺でうごめく人間達か
    らみれば、反感の対象でしかないという見方も一方では出来
    る。だが、彼には自分のよく知った世界しか書けないという
    思いがあったのだろう。ハメットだって自分が一番よく知っ
    ている世界を描いていたのだから。

     タナーは五千ドルの小切手を受け取り、仕事を始める。これ
    は第1作よりましな出だしだと思う。前作では仕事を依頼に
    来た女性が契約金を払うというのに断るという不自然な出だ
    しだった。弁護士はしたくないが、それでは生きていけない
    ので、生活の為に私立探偵をしている男なら、相手が切り出
    さない場合は自分から報酬の話をするくらいでなければ、設
    定に現実性が薄れる。それなのに、「彼女は私を雇うために
    何がしかの契約金を払うと申し出たが、断った。こういうこ
    とは初めてではなかった。」(第1作「致命傷」より)と書
    いてしまっていたからだ。

    タナーはまず最初にマックス・コトルの離婚した妻ーつまり
    カールの母親であるシェリー・ウィザーズを訪れる。彼女は
    今ではハークレイ・ロマンスのような女性向けの大衆小説家
    として成功している。

    シェリー・ウィザーズは別れた夫が死に掛けていると聞くと
    タナーにカール捜しに協力することを告げる。遺産が絡むこ
    とを察したからだ。協力の証しとして、カールのガールフレ
    ンド、アンバーの電話番号を教えてくれる。彼女もカールを
    捜していたという情報と共に。

    タナーはその電話番号を頼りにアンバーを探す。そこは風俗
    店だった。彼女は借金の為に、この店を辞められないがカー
    ルが救い出してくれると信じていた。二人はバークレーで出
    会ったという。だが、カールはある日何かのトラブルがあっ
    たらしく突然姿を消したらしい。その他に分かったことはカ
    ールの友達に詩人を名乗るハワード・レンという男がいたと
    いう位だった。

    そのトラブルとは何か。友人だという詩人。そして、アンバ
    ーを軸にしてタナーはサン・フランシスコの街を走り廻り、
    事件の真相に迫って行く。ベトナム戦争に反対し、アメリカ
    社会を内部から変えようとした若者達のその後の姿と、相変
    わることなく続けられている大企業の腐敗をコトルという一
    家族に象徴的に封じ込めて描こうとした作者の意図を出版社
    は「感傷の終り」という原題とは全く関係ないタイトルにし
    たのだろう。尚、原題は「死の床」。

    この作品は時間の経過としては僅か十日程。ロス・マクドナ
    ルドの作品を彷彿とさせる内容について、作者は自分として
    はむしろチャンドラーに強い影響を受けたと語っているが、
    どう見てもチャンドラーよりはロス・マクドナルドの世界だ
    ろう。
    それは本人も分かっているのだろう。自分は彼のように筋立
    てが複雑になり過ぎないように気を付けているという。

 [この作品の中の文章から]

    「きみは死というやつを深く考えてみることがあるかね、
     タナー君?」と、彼は体が楽になると、私に質問した。
    「真剣に、知的にそれと取り組むと言う意味においてだ
     が?」
       「このところ、私が知的に取り組んでる唯一のこととい
         えば、私の税金の申告書のことです、残念ながら」

    人生観。世の中には山ほどの人生観がある。いったん一
    つの人生観を身につけたら最後、それはマラリアのよう
    に生涯つきまとう。

        
    最大多数の最大幸福が、それを説く者の最大幸福と一致
    する場合には、私は決して協力しない。それに人類の幸
    福について微積分計算するのは、私の仕事ではない。私
    の仕事は依頼人の役に立つことだ。依頼人の利害が大衆
    の利害と一致しないことはざらにある。

        探偵として生計をたてる者は、午前中は切り捨てること
    になりがちだ。金、セックス、恋、憎しみー何に関わる
    事件だろうと、正午より前に大したことが起きたためし
    がない。

    「ジョン・マーシャル・タナー。私立探偵。ご用命のほ
     どを」

    「たまげた。まだ、そんなものが存在してるとは思わな
     かったぜ」
     「わが種族はいまや絶滅の危機にひんしている。その点
     については疑問の余地はない。おれ自身、スミソニア
     ンの綿密な調査の対象になっている」

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