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 『海外ミステリを読む』(52)

「スティーヴン・グリーンリーフ」(12)

   

「過去の傷口」
   ー
私立探偵ジョン・タナー・シリーズ第12作ー
  
 
           (原作1997年・黒原敏行訳)
              (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1672・1999年)
         
    ある朝、タナーはのんびりとコーヒーを飲んでいました。そこへ、顔見知りの
    判事の調査官から電話が入り、チャーリー・スリートが裁判所で男を射殺した
    というのです。最初は冗談と思っていたタナーですが、話を聞くと本当の出来
    事でした。

    チャーリー・スリートはタナーの親友であり、サンフランシスコ市警察の警部
    補です。

     『私の知り合いの中で、いちばん殺人と無縁に思えるのがチャーリー・ス
      リートだった。』

    タナーは警察絡みの情報が欲しい時にはチャーリーに助けを求めるし、私生活
    でも長年のポーカー仲間です。ですから、彼のことはよく知っています。

     『私生活もいたって穏やかだった。人の命の尊重という立場を一貫させて、
      死刑にも妊娠中絶にも反対する数少ない人間の一人だった。非番の時間
      は道を踏み外しそうな青少年のために捧げ、収入のかなりの部分をホー
      ムレスの保護施設や無料診療所への寄付にあてていた。』

    そんな男が突然、なんの理由もなく、人を射殺したと言われてもタナーには信
    じられないことでした。

    タナーはすぐにその現場へ走ります。知人達に会い、話を聞いて廻ります。そ
    の結果、チャーリーが殺人を犯したと言う事実を認めざるをえなかったのです。
    その次にタナーがしたことは、チャーリーが拒否したのに、高名な弁護士をつ
    けることでした。

    何故、あのチャーリーが人殺しをしたのだ。本人が話さないので、タナーは自
    分の手で、真相を探る決意をします。ですから今回は依頼人はいません。

    チャーリーが射殺したのはレナード・ウィンツという男です。その男が何故、
    法廷に立っていたかといえば、娘のジリアン・ウィンツに子供の頃、父親に性
    的虐待を受けたとして訴えられていたのです。だが、チャーリーがその事件に
    関わった形跡はありません。

    秘められた裏があるに違いないと思ったタナーは次に、チャーリーのアパート
    に侵入します。鍵はいつも郵便受けに入れてあるのに、ありません。ひょっと
    すると、自分が来るかも知れないと思い、チャーリーが取ったのではないか。
    タナーはその可能性を考えます。鍵がないので、窓ガラスを割って不法侵入し
    て、何度も来ているので、どこに何があるのか屋内を調べて廻ります。残され
    たもの、なくなっているものなどを検討した挙句、一つの結論を得ます。

     『チャーリーは釈放されたら街を出てどこかへ行くつもりであるに違いな
      い。そのどこかは、おそらく遠い辺鄙な田舎だろう。』

     『チャーリーは法廷で有罪を認めた。そして、釈放された場合は長く留守
      する用意をしていた。だが、家の中には、彼が二十四時間ほど前に殺し
      たレナード・ウィンツに関係する何物も見つからなかった。』

    とすれば、動機は別にあるはずだ。タナーは視点を換えて、再び家捜しをしま
    す。    

     『チャーリーは狂気の沙汰としか思えない行動を取った。もしあれが狂気
      のせいでないとすれば、その動機にかかわる人物は、とりあえず例の新
      しいガールフレンドを除けば、チャーリーの死んだ妻、フローラしか考
      えられない。探すべきなのはチャーリーに関係するものではなく、フロ
      ーラしか考えられない。私は彼女が秘密を隠すのに使った可能性のある
      場所を探した。』

    見つかったのは庭の納屋にあった写真の束でした。その写真に写っている人物
    は殆どタナーの知っている人達でした。中に2枚だけ知らない人物がいました。
    
生まれたばかりの赤ん坊の写真です。

     『チャーリーとフローラには子供がいなかった。いや、本当にいなかった
      のだろうか。かりに、生まれたばかりの赤ん坊を養子に出したのだとし
      たらどうだろう?その赤ん坊がジリアン・ウィンツだったとしたら?蔭
      ながら娘をずっと見守っていたチャーリーが、ある日、例の裁判のこと
      を知る。そして怒りに駆られて娘の仇をとったのだとしたら?ようやく
      糸口がつかめた感触を得た私は、写真の束をポケットにおさめて、玄関
      に向かった。

    糸口はジリアン・ウィンツにあると判断したタナーは早速、事件の細部を探り
    始めます。

    まず、彼女の弁護士に会い、話を聞きます。弁護士はタナーにこう言います。

     「わたしたちは、ミスター・ウィンツが娘のジリアンに数年にわたって性
      的虐待を加えていたと主張していたの。ジリアンがまだ子供のころに。
      それはあまりにおぞましい経験だったから、ジリアンは記憶を抑圧して
      いた。それをセラピストの助けを借りて、引き出すことができたの」

    タナーは確かめたいことがあるので、彼女に会わせてくれと頼みますが、弁護
    士は拒否します。

    仕方がないのでタナーは攻め方を変え、まず、ジリアンの母、つまり今は離婚
    した、元のレナード・ウィンツ夫人に会いに行きます。

    しかし、彼女は娘と元夫の争いに巻き込まれたくないので中立を守っていると
    いうのです。

     「血肉を分けた娘を犯すような変態と、二十年間結婚生活を送っていたの
      かと訊いているの?いいえ、ミスター・タナー。そんなことはなかった
      と信じてるわ」
     「でも、彼のために証言しようとはしなかった」
     「証言することがなかったからよ。人の道にはずれた行為は目撃しなかっ
      たけど、ジリアンが異常な精神状態にあるのも確かだし、あの子が私達
      の家で暮らしてる間、不都合なことは何も起こらなかったとは断言でき
      ないのよ。ただ、それが性的なことだったとは思わないけど。それや、
      これやを考えると、争いに巻き込まれない方がいいと思ったの」

    タナーは最後にジリアンは養子ではないのかと訊ねます。私達の子供ですとい
    う言葉を聞くと、じゃあ、父親はレナードでななく、チャーリー・スリートだ
    という可能性はないか。そして、この赤ん坊はジリアンではないかと質問しま
    す。彼女はチャーリーには会ったこともないし、その写真の赤ん坊も知らない
    と答え、タナーを追い出します。

        こうして、タナーの、最初の推理ージリアンがチャーリーの隠し子ではないか
    という推理は崩れ去り、タナーはやり直しをすることになります。その為に、
    本屋に立ち寄ります。

    『そこでアパートに帰る前にシテイ・ライツ書店に寄って、心理学の本をあ
     さることにした。私は児童虐待についての本がずいぶん多く書かれている
     ことに驚いたあとで、当面の関心の対象である「記憶の再生」を扱った本
     を二冊買い求め、アパートのある丘を登った。』

        そして、部屋に帰ると、酒を飲みながら、それらの本に目を通します。我々も
    ここで、タナーと一緒に、この問題を調べて見たいと思います。

    専門家によると、幼児時期に辛い虐待を受けながら、生き残って成人に達した
    人間を「アダルト・サヴァイヴァー」と呼ぶそうです。ジリアンはその一人と
    言えるでしょう。

    『アダルト・サヴァイヴァーとは、何とか生き延びて思春期、成人期に達し
     ているが、かっての外傷体験を心身に色濃く残している人々である。』

    斉藤 学著「家族の闇をさぐるー現代の親子関係」(2001年・小学館)か
    らの引用です。

    この「記憶の再生」という問題については、専門家の間でも意見は一致してい
    ないようです。タナーは本からの知識として、こう語ります。

    『賛成論者がカウンセラーによって引き出された患者の主張を無条件に受け
     入れるのに対して、反対論者は「過誤記憶」という現象を持ち出してくる。
     大人でも子供でも、暗示によって架空の記憶を植えつけられることがある
     のは、実験によって証明されているというのだ。児童虐待の事実を引き出
     したい患者に暗示をかけると、患者はその線に沿った物語を語り始め、や
     がてまったく客観的根拠を欠いた空想的な記憶を創り上げてしまう。』

    この問題に対して、斉藤氏は前著の中でこう述べています。

    『治療者がアダルト・サヴァイヴァーに「捏造した事件を植え込む」ことな
     どできるはずはないが、それでは患者の語ることのすべてが事実かという
     と、そうではない。自らの被害を拡大して述べたり、事件の脈絡を故意に
     変えて、自分を気の毒な被害者として扱ってもらおうとすることはよくあ
     ることとも言える。』

    治療者の立場に立つ人としては当然の発言でしょう。さらに、こう続きます。

    『作話の場合、意識状態が変化したり、神経系統の症状が伴うので見誤る
     ことは稀であるが、被害を誇大に言い立てる場合には、これを弁別する
     ことは困難である。しかし、臨床家は、その事実に配慮しすぎて裁判官
     の役割をとってはならないと思う。
     
そもそも事実関係の審査は治療者の仕事ではない。法理の問題は法律家
     や司直の手に委ね、治療者は傾聴に徹すればよいのである。

    専門家の意見を訊いた場合に、こういう答えを貰ったら、検察官や裁判官は
    どう判断すればいいのでしょうか。臨床家と違って、彼らは結論を急いで出
    さなければならないのです。

    ここにこの問題の複雑さがあるのです。ある裁判ではレイプを含む児童虐待
    が全面的に認められるかと思えば、全くの捏造だという結論が出るケースも
    あるようです。その複雑さは自分自身の記憶を辿って見ると、よく分かるの
    ではないでしょうか。

    子供の頃の自分の記憶と親を初めとする年輩の親族達の記憶を比較してみれ
    ば、その差異に驚くはずです。自分では暗い子供だったと思っていたのに、
    親類に「お前は明るい子だった」と言われて途惑う人も多いはずです。ある
    いは、その逆のケースもあるでしょう。記憶は生きていて、絶えず変化する
    と言われています。

    叉、別の専門家はこういう意見を述べています。

    『精神医学の専門家の多くは、セラピストが患者に偽記憶を植え付けるこ
     とに強い不安を抱いている。』

    こう主張しているのは精神医学の専門家のレノア・テアです。彼女の「記憶
    を消す子供たち」(吉田利子訳・1995年・草思社)からの引用です。

    『セラピストの中には、熱心なあまり、内的、外的裏付けに照らしてきび
     しく吟味せず、患者の言葉を鵜呑みにしてしまう者もいる。』

    『偽記憶の可能性が高いのは、近親姦の被害者専門のセラピストの場合で
     ある。この場合、患者は最初から子供時代の近親姦の記憶を予想してい
     る。セラピストと患者が、トラウマ体験の記憶が掘り起こされなければ
     治療が成功しないと信じている場合にはますます問題が起こりやすい。』

    セラピストがこの問題に関しては重要な役目を負っているようです。

    ジョン・コートレルの「記憶は嘘をつく」(石山鈴子訳・1997年・講談
    社)にはこういう文章があります。

    『セラピストが心理学者であれば、患者の記憶は心理分析的になり、認知
     的アプローチを取るセラピストなら、患者は理性で計れない考えを思い
     出す。出生の序列に関心を抱くセラピストであれば、患者は家族の一番
     の年長者だったこと、あるいは一番の年少者だったことについてあれこ
     れ思い出すだろうし、セラピストがインナーチャイルド・ワークショッ
     プに携わっているとすれば、患者は乳児のときの自己を見出すだろう。
     なかには、記憶の貯蔵庫は底なし沼で、多くのものが「そこ」にあると
     いう信念を、ほかのセラピー以上にもたらす一派もあるだろう。だから
     こそ、カウンセリングはいつまでたっても商売繁盛なのだ。』

        セラピスト次第で、記憶はどうにでも再生されうると言っているのでしょう
    か。私には結論は出せません。タナーも得たものは知識だけのようです。

    『本をざっと読み終えたあとも、ジリアン・ウィンツに何が起こったのか
     は依然として不明だった。』

    タナーは次に、現在のレナード・ウィンツ夫人に会いに行きます。彼女はジ
    リアンは狂っていると批判的でした。それにセラピストが悪いと告げます。
    セラピストが催眠術をかけているのだと思っているようです。結局、ジリア
    ンの写真は貰えませんでしたが、彼女がよく行く場所を教えてもらって退散
    します。

    タナーはその教えてもらった場所でジリアンを見つけます。写真はなくても
    彼女だと分かりました。

    『彼女はうつむいて、自分の足のすぐ前を見つめていた。私の足音を聞き
     つけると、ちらりと目をあげて、身をすくめたように見えた。私に殴ら
     れるか、何かを非難されるかするとでも思ったのだろうか。』

    彼女はタナーに告げます。

    「誰も真実の証言に耳を傾けようとしない。わたしたちの怒りを顧みよう
     としない。アメリカを支配する白人男性は、子供に対する犯罪が明るみ
     に出るのを望まないのよ。真実を語る者はみんな危害を加えられるのよ」

    タナーは彼女にチャーリーはどういう知り合いなのか話して欲しいと頼み
    ます。だが、彼女は拒否します。

    『「自分のために逮捕された男のことを、なぜ、話し渋るんです?彼はあ
      なたの人生の最大の障害物を取り除いてくれたわけでしょう?」
     ジリアンは私の詭弁にほんの一瞬しか動揺しなかった。
     「ごまかされないわ。あの男もあなたも敵なのよ」
     どうにも納得できない敵意だった。「しかし、彼はおそらく虐待の事実
     を信じたわけでしょう?そうでなかったら、なぜ、あなたのお父さんを
     殺すんです?」
     ジリアンは苛々と首を振った。「もちろん、裁判を中止させるためよ。
     わからないの?これでわたしは黙らされたのよ。わたしの敵は死んだ。
     だから、もう誰もわたしの話を聞かない。倒錯した勢力がまた勝ったの
     よ。女は身を縮めて苦しみに耐えるしかないのよ」』

    彼女はこんな調子なので、タナーはどうしようもありません。そして、次に
    問題のセラピストにも会います。だが、彼女からも答えは出て来ません。

    調査に行き詰ったタナーに突然チャーリーから電話がかかってきます。当然
    助けを求めての電話だと思ったのに、彼はもうあちこち調べ回るのはやめろ
    と言い出します。わけの分からないタナーにチャーリーはこう言います。

    『「これだけは教えてやろう。おれがしたことはあのウィンツって娘とは
      関係ない。あの性的虐待事件とはな。これはそういうことじゃないん
      だ」
     「どういうことなんだ?」
     「それはどうでもいい」
     「いや、よくない。おれはあんたとウィンツ親子の接点を必死で探した」
     「それで?」
     「何も見つからなかった」
     「そうだろうよ」』

    そして、このあとのチャーリーの言葉が事件を解く鍵になります。ここまで
    で、作者は全体の半分のページを費やしています。このあと、事件は急転直
    下解決へ向かいます。ヒントは逮捕されたチャーリーがどこからタナーに電
    話しているかにあります。

    [深読みコーナー]

   1.作者は調査に疲れたタナーにエレノアに会わせています。

     『エレノアというのは私の娘だ。少なくとも私はそう思っている。』

     シリーズが進むにつれてタナーの気持ちはすっかり父親になっています。
     自分が父親であることを信じているようです。作者はこれまで、曖昧にし
     ていた部分を断定に変えています。

     『(代理母だった女性は)まだ胎芽だった子供を堕ろし、私との交渉で
      子供を宿した。私は知らないうちに父親になってしまったのだった。』

     すでに人工妊娠してのに、その胎児を堕胎してしまい、タナーとの唯一度
     の性交渉で正常妊娠したという設定になったようです。簡単に出来ること
     なのでしょうか。

   2.引用させてもらったレノア・テア女史の著書「記憶を消す子供たち」の中
     に「ブラック・ダリアの息子」という章があり、作者がジェイムズ・エル
     ロイに実際に会って、色々な話を聞き出していますが、これが異色のエル
     ロイ論として面白く読めます。エルロイを語る時には母親の殺害という幼
     児体験は避けることは出来ません。専門家の目から見たエルロイは文学評
     論家の論とは違う視点からの作家論になっています。

   3.子供の頃に父親から性的虐待を受けた少女を主人公にした小説を一つ紹介
     しておきます。幼児虐待をテーマにしているアンドリュー・ヴァクスのア
     ウトロー探偵バーク・シリーズ(ハヤカワ文庫)は有名ですが、この作品
     はあまり知られていません。しかし、ヴァクスの暴力性や荒唐無稽さや文
     体の荒っぽさが嫌いな方にお勧め出来ます。簡単に言えばヴァクスとは対
     照的だという作品です。

     「記憶の闇の底から」
      (ジャック・ネヴィン著・岡 聖子訳・扶桑社文庫・1998年)

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