「海外ミステリを読む」(69)

 
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(トマス・H・クックの作品8)

「死の記憶」(1993年作)

  (佐藤和彦訳・文春文庫・1999)
  

 家族という最も身近で、最も大事な人間関係の崩壊を描いたこの作品は暗くて悲しい物語です。父親が自分の家の中で母と兄と姉をショットガンで次々に撃ち殺して逃げたという事件を、たまたま家にいなかった為に生き残った、当時9歳の末っ子が語り手として全貌を明らかにして行くという構成です。犯人は父親ですから、この物語には普通のミステリのような犯人捜しはありません。あるのは「父親は何故家族三人を殺したのか」の一点だけです。作者はそのたった一つの理由を求めて、執拗に家族一人一人がどんな人間だったのかを追い詰めて行きます。本来、外で他人とトラブルがあっても家族だけは自分の味方であり、家族だけは自分を支えてくれる存在である筈です。所がこの家族にはそれがなかったのです。何故、この家族は助け合いではなく、憎みあうような家族になってしまったのか。それは誰の責任なのか。作者は克明にその原因と結果を読者に語り続けます。

 一人だけ生き残ったステイーヴ・ファリスは設計事務所で働くサラリーマンで、共稼ぎの妻マリーと一人息子のピーターと三人で暮しています。平凡で安定した生活を営む彼ですが、心の中では九才だった時の事件が心の傷として今も残り、そばにいる妻には母ドロシーと姉ローラが、息子には兄のジェイミーの姿が重なる日々を送っています。

 このように家族の悲劇がステイーヴの心の中に傷として残っていたのは事実ですが、あくまでも傷だったのです。それを彼の心の奥底から引きずり出し、白日の下に晒した人物が彼の前に出現したのが新たな悲劇の幕開けだったことにはステイーヴは気が付きませんでした。

 その張本人とはノンフィクション作家のレベッカ・ソルテロという女性です。彼女はある日、突然ステイーヴの勤務先に現れます。

 「わたしは自分の家族を殺した人々の本を書いているのです」

 レベッカはそう名乗ってから、ステイーヴに話を聞きたいと申し入れます。彼はそれを断ることが出来なかったのです。レベッカの視線に彼はこう感じたからです。

  「父の犯罪の解明に力を貸さなければ、私自身もある意味でその片
   棒を担いだ、および腰の共犯者であると告げていた。」

 レベッカが彼の前に出現するまでのステイーヴは次のような状態だったのです。

  「いまでも死んだ家族のことを思い出すときは、いつもまず父の姿が
   頭に浮かぶ。まるで父が未開の辺境を守る番人のように、私の記
   憶の門の前に立ちはだかっているようだ。」

  「そういうわけで、私は長い間うしろを振り返ることがなかった。その
   ために、あらゆる記憶が薄れて来ていた。」

 だから、レベッカに「お父さまについて覚えてらっしゃることをお訊きしたいのです」といわれた時に、彼女が父と自分の間にある閉ざされた門を開けてくれるかも知れないと感じたのです。

 こうしてステイーヴはレベッカが開けてくれた門の中に入り、薄れ掛けた記憶を取戻し、知らなかったことを教えてもらい、家族の姿を再構築していくのです。

 母はその時、37歳。「気力に乏しく、進んで何かをしようという意志もなく」、「何より情熱が感じられない。何かに激しく、心を動かされたことがあるようにはとても思えなかった」。赤いハウスドレスを着て、ロマンス小説に読みふけり、日常から逃れている弱い人。ステイーヴには母親はそんな風に思えていたのです。自分の母親をそのようにしか思えないこと自体がすでに悲劇と言って過言ではないでしょう。

 子供は両親の青春時代のことなど殆ど知らないものです。両親自らが話したり、親戚の人が教えてくれる部分はあるでしょうが、子供の耳には入れられない話は伏せてあるわけです。レベッカがその伏せられた部分をステイーヴに教えると言う形で両親の過去が読者にも明らかにされて行きます。

 父親の軍隊記録、両親の結婚した日、ジェイミーの生まれた日などを繋ぎ合わせて行くと、ジェイミーの父親は別にいるということが明らかになります。つまり、父は母が他の男の子供を妊娠しているのを知っていながら結婚したことになります。その事実を知ったステイーヴは愕然としますが、謎の部分が少し解けたのも事実でした。

 レベッカが見せてくれた若い頃の写真の中の母はスティーヴの知っている母ではありませんでした。生き生きとしている母をみてステイーヴはレベッカにこう言います。

  「これを撮った人物がジェイミーの父親じゃないだろうか。だって、
   ほら、母の顔が輝いているだろう?」

  「ロマンス小説ばかり読んでいたのは、その頃の自分に戻るため
   だったのだ。母は相手のことが忘れられなかったのだ。」

 そして、父の写真に目をやって、こう続けます。

  「もしかして父が耐えられなかったのは、そのことかもしれない。
   残りの人生を、母の初恋の相手の影として生きることが」

 両親の結婚式当日の写真をみた時には、「偽りが始まったのはこの時だったのかも知れない」と思ってしまうようになります。両親の過去は知らない方が幸せかも知れません。

 兄のジェイミーは17歳。母とよく似た顔つきで、「自分自身の存在から切り離されたように感じている人々の一人」で、「自分の人生のうえに宙刷りになって足が地に着かず、方向を見定めることも、意志どおりに動くこともままならないように見えることさえ、時折あった」。「少年でありながら、すでにあの赤いハウスドレスの女性にはっきりと見てとれた無気力と気迫のなさを受け継いでいた」。

 このように母と兄にはあまり好意を持っていなかったステイーヴですが、姉のローラに対して別でした。「いまになれば、自分はローラに恋していたことが分かる」と思うのです。

 姉のローラは16歳。「私と同様父から黒い髪を受け継いだ」姉をステイーヴはこんな風に見ていました。

  「幼い私にさえローラが心に激しい感情を秘めていることは分かった。
   心のなかの何かがつねに揺れ動いていた。まるで崖縁に立って、あ
   る時は恐れを、ある時は憧れを抱いて谷底を見下ろしているかのよ
     うだった。」

 しかし、ステイーヴは今ではそんな姉を冷静に分析出来る年齢に達しています。

  「いま、ローラのことを思い出せば、当時彼女を苦しめていた憂鬱は
     体内の化学物質の増減によるものである。」

 「体内の化学物質の増減」とは要するに、ホルモンバランスが激しく揺れ動く思春期だったからだという意味です。自分が9歳だった頃は分からなかった姉と兄の対立は、一方は思春期の真っ只中であり、もう一人はその季節を卒業しつつあった為に起きていたことだったと分かるようになっていたのです。

 その頃のローラはこんな少女だったのです。

  「夜になると、よく母のロマンス小説に出てくる心千々に乱れた乙女
      さながら、家の中を影のようにあてもなく、深い孤独感を漂わせて
    歩きまわったものだった。」

 そんなローラへのジェイミーの反応はこうでした。

  「廊下から妹の足音が聞こえてくると、声を荒げて自分の部屋に戻れ
     とどなりつけてから、二段ベッドの端から身を乗り出して私を見下ろ
     し、こめかみに向けた人差し指をくるくるまわしてみせながら、こうさ
     さやくのだったー狂ってやがる。」

 ステイーヴはどうだったかと言えば、「ジェイミーを苛立たせた夜の徘徊に私は魅了された」のでした。

  「息を殺して彼女が部屋の外を通りすぎる足音に耳を傾けていたの
      も、壁に映った彼女の影さえ盗み見たいと思ったことも、あれは全
     部少年期における恋愛の手探りの始まりだったのだろう。」
   

 結婚式の日の父の写真を見て、「すると、父の家庭生活はどれもこれも嘘だったことになる」と感じたステイーヴでしたが、レベッカに「では、ローラに対する愛情はどうだったのかしら?それも偽っていたのかしら?」と訊かれた時にはこう答えます。

 「姉は父の心をなごませた。父が家族のなかで唯一幸せでいられる
  時間を与えていた」

 「父はローラを愛していた。それが分かるのは僕もローラを愛してい
  たからだ」

 つまり、ステイーヴの家族はこのような家族だったのです。

 「私は家族のことをひとりずつ考えてみた。くすぶる憤りと孤独を身に
  まとわせたジェイミー、変わりやすい気分のまま、ブルーの夜明けの
  光を浴びて家のなかを歩きまわるローラ、赤いハウスドレスのひだの
  奥に永遠に閉じ込められた母、ほかの子供たちとなんら変わりのない
  どこにでもいる小さな男の子だった私」

 父はこんな家族の何処が気に入らなくて殺したのでしょうか。ステイーヴにはこう思えるのでした。

  「それぞればらばらの人生を生きている私たちひとりひとりが父には
   耐えられないものであり、彼の人生がまったくの徒労に過ぎないこ
   とを示す生き証人だったのだ」

 レベッカは自分が本を書くために調べた、他の男たちのこともステイーヴに話して聞かせます。全員が自分の家族を殺した男です。彼女はこの男達の共通点をこう指摘しています。深刻な金銭問題はなかったし、愛人もいない。殺害はすべて自宅。発作的ではなく、事前に計画されていた。殺害後、全員が逃げている。自殺した者はいない。

 レベッカの話を聞き終ったステイーヴは「君はこういう男達の中に何を探しているんだね?」と訊ねます。それに対してレベッカはまるでステイーヴの心の中を読んだように、「生きていくうえで何に耐えられなかったのか、それが知りたいの」と答えます。その言葉は尚一層ステイーヴを事件の究明に向わせるのです。何故なら、その時にはすでにステイーヴも同じように考えるようになっていたからです。

  「彼は何者なのか?なぜあんなことをしたのか?あれ程の殺人を起
   こした心の核心にはどれ程暗く激しいものが渦巻いていたのだろう
   か?」

 レベッカの言葉はそんなステイーヴの心により多くの想像を生み出させて行ったのです。まるで、マクベスに主君殺しをそそのかす魔女の言葉のように。

  「人生という暗いゲームの全体を垣間見て、それが一歩、また一歩
      と進行して行く様子を見通して、そのあまりの耐え難さにゲームの
    ルールを破ろうとして殺人を決意したのではないだろうか?」

 そして、ついにはこういう風に思ってしまうのです。

  「そもそも父は私たち家族の誰かと一緒にいたいと思ったことが
     あるのだろうか」

  「私達家族が生きていては手に入らない人生に憧れていたのだ
     ろうか?」

 それは勝手な思い込みであり、父は家族を愛していたことが最後に分かるのですが、レベッカは最初から最後までそれを否定していたのです。でないと、彼女の作品は成立しないからです。彼女が書いているのは「家族を殺した殺人鬼」の物語なのです。

 レベッカの言葉が自分を狂わせていることにステイーヴは気が付いていませんでした。というのは、ステイーヴのしていることは父親と同じように自分の家庭を崩壊させる道へと向っていることに気がついていなかったからです。最初にレベッカが会社に来て、父のことを話してくれないかと言ったことを妻のマリーに隠したばっかりに、打ち明け損ない、嘘が嘘を生み出していたのです。

 夜、レベッカに会うようになれば、当然、残業だ、出張だと嘘を付かなければいけません。嘘はいつか発覚するものだと分かっていても、妻が嘘を知った時に誤解をし、その誤解がどんな結果を生むのか考える余裕がなくなっていたのです。会社で残業していたと言う嘘は会社に行けばすぐ露見する筈です。

 その嘘は息子の怪我で発覚します。レベッカに会っている時に息子が怪我をしたので、妻のマリーはそれを知らせるために会社に行き、夫がいないことを知るのです。その日の朝、レベッカから電話かかったときに受けたのは息子で名前をメモしていたのを彼女が見つけ、二人が会っていたことを察するわけです。怒ったマリーは息子を連れて、実家に行く途中で交通事故に遭い、二人とも即死してしまうのです。

 一方、レベッカはもうステイーヴから訊きだすことはないと判断して、完成したら本を送りますからという言葉を残して去って行きます。

 一人取り残されたステイーヴですが、謎は残っいます。

 1.父は事件の数ヶ月前にメキシコ行きの切符を二枚買っていたが、直前に
   一枚をキャンセルしている。誰と行くつもりだったのか。キャンセルした理
   由は何なのか。父には女がいたのか。数ヶ月前から家族殺しを計画して
   いたのか。

 2.母の死体だけはきれいに洗い、服を着せているが、二人の子供は無残
   な姿のままにしてあったのは何故か。

 3.三人を殺した後、父はしばらく家に留まっていたのは何故か?レベッカ
   はステイーヴを殺すために待っていたに違いないと言ったが、それは本
   当なのか。
  

 妻と息子の事故のあと、ステイーヴは父と同じように自分も家族を殺したのだと思うようになりました。

  『自分が二人を殺したことは、父が自分の妻と子供たちを殺したのと
   同じくらい確実だと思った。それは父から子へ受け継がれた血の
   遺産であり、それゆえに私はこう結論を下さざるをえなかった。二
   人とも死ななければならないと』

 そう思ったステイーヴは家を売り、安ホテルを転々としながら父親探しを始めるのです。その結果、スペインにいることを突き止め、会いに行きます。

 父が話してくれた真実はレベッカに導かれて得た結論とは全く別のものでした。

[深読みコーナー]

 この作品の中での一番の謎はレベッカです。作者はラストの直前で彼女を消してしまうのです。レベッカに導かれてステイーヴが再現した父親像は家族の重みに耐えかねて家族を殺してしまった敗残者というイメージの男だったのですが、実際は違ったわけです。所が作者はその実像が判明する前に彼女を作品から消してしまっているのです。ステイーヴから文句を言われるのを恐れたようにレベッカは彼の前から姿を消します。

 これをどう解釈するかで、この作品の内容が変わってくるような気がします。作品の中での二人の別れの場面はこうなっています。

  『「家族からだ」と私はだしぬけに言った。「彼等が父を殺そうとした
    からだ。父は勇気をふるって決意した。殺される前に家族を殺そ
     うと」
   私の言葉は弾丸のような衝撃をレベッカに与えたようだった。彼
   女は目をぎらぎらさせて、あとずさるように身を引いた。唇が開い
   たが、言葉が出てこなかった。これで終わりであることを示すよう
   に、唐突に手帳を閉じただけだった。』

 そして、完成したら本を送りますと言って、ステイーヴを彼女の家から追い出すのです。作者は彼女がステイーヴの中に家族を殺した父親と同じ凶暴さを感じて怖くなったのだと書いていますが、それは文字通りには受け取れないでしょう。そこにある裏の意味をどう解釈するかです。

 まず、一つの解釈として、ノンフィクションを書く人間の非情さと計算高さを非難か自己批判しているという解釈です。つまり、ここまでステイーヴを導いて再現した父親のイメージが嘘だったとすればレベッカは自分の作品を完成させる事が出来なくなるからです。書き直すか、この一家の話は省いてしまわないといけなくなるからです。息子に父親と同じ凶暴さを感じた作家は「よし、これでこの章は書ける」と思ったに違いないのです。そして、もうこれ以上の真実は要らないと切り捨てたのです。例えまだ隠された事実があったとしても、今のままで作品は完結できるという判断をしたから、立ち去ったのだという解釈です。ノンフィクション作家はこのように自分の都合に事実を合わせてしまうことがあると言っているような気がします。本来ならば、彼女の描いていた父親像が間違っていて、彼の人生を狂わせたことを詫びるべきなのに彼女は二度とステイーヴの前には現れません。レベッカは作者自身の分身です。だから、その扱いに迷いがあったのではないでしょうか。訳者の佐藤氏が「あとがき」で「本書がクックの作風の一つのターニング・ポイントになったと言って良さそうである。」と当り障りの表現をしているのはそういう意味だと思います。言い換えれば、作風は完成していないということです。作者自身が自分の分身であるレベッカの扱いに戸惑っている気配が感じられるのです。

 もう一つの解釈はレベッカに、「マクベス」に登場する魔女のような役を与えたのではないかという考えです。魔女達に「やがてかならず王となるお方」と囁かれたマクベスは自分の主君である王を殺すわけですが、それはマクベスの心の中に、王になりたいという欲望があったから、魔女の囁きも効果あったのです。レベッカが現れた時に、ステイーヴ自身も父の犯罪の真相を知りたいという気持があったから断れなかったわけです。

 自分の嘘の為に、妻と子を失い、茫然としているステイーヴの姿に私は「マクベス」の五幕五場の有名な独白の場面を見た思いがしました。魔女の囁きに唆されて王を殺したマクベスですが、良心の呵責に耐えかねた妻が自殺したと知った場面です。

      「人生は歩き回る影。あわれな役者・・・
       阿呆の語る物語。響きと怒りだけはものすさまじいが、
       意味するところは、無だ。」
                        (安西徹雄訳)

 父と同じように家族を失い、人生を狂わされた男には魔女はもう用事がないのです。目的を達したからです。そう考えれば辻褄は合うのではないでしょうか。 

シェイクピアを持ち出したついでに言えば、この作品は現代の日本に置き換えて舞台劇にしても充分通じるテーマだと思います。タイトルは「家族殺し」。レベッカに黒の衣装を着せて狂言回しにし、蜷川さんのような演出でやれば面白い芝居になるような気がします。

 というように色々と解釈が出来るレベッカ像です。それが作者の意図なのか、結果としてそうなってしまったのかは知りませんが・・・

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