「海外ミステリを読む」(66)

 
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(トマス・H・クックの作品5)

「熱い街で死んだ少女」(1989年作)

  (田中 靖訳・文春文庫・1992)
  

 この作品の原題は「STREETS OF FIRE」。そして、最初のページには日付と場所しか書いてありません。

       「1963年5月 アラバマ州バーミングハム」

 この二つがこの作品の全てを語っています。1963年5月のバーミングハムは「燃える街」だったのです。気温が高い「熱い街」ではなく、人種差別を巡る白人と黒人の対立に火がついたのです。

 バーミングハムはこういう街です。

  『アパラチア山脈の南端の傾斜に沿って広がるバーミングハム
   は、南部のアラバマ州にあるものの、北部の鉄鋼産業の前哨
   基地とも言えるところだ。無骨で荒々しい、日差しまですすけ
   て見えるこの都市は、自らを好んで「南部のピッツバーグ」と
   呼んでいた。そこは「ビッグ・ミュール」と呼ばれる小数の地主
   グループと、それと同じくらいに狭量の「長老市民」という特権
   階級によって牛耳られていたが、彼等は市の強硬派の政治家
   のなすがままにまかせていたため、市民の四十パーセントを黒
   人が占めているにもかかわらず、バーミングハムは南部の中で
   ももっとも難攻不落の人種隔離の要塞となっていた。』
   (「マーティン・ルーサー・キング」マーシャル・フレイデイ著
                       福田敬子訳・岩波書店)

 アメリカ史の中での1963年はどういう年だったのかを年表で見ましょう。

   2月 ケネデイ大統領、人種差別撤廃の公民権教書提出
   4月 バーミングハムで人種差別反対デモ
   8月 人種差別反対のワシントン大行進
  11月 ケネデイ大統領、ダラスで暗殺される

 年表にあるように1963年はケネデイ暗殺の年なのです。大統領の国家運営への不満が暗殺の原因でしょうが、その原因の一つに公民権問題があるのかも知れません。4月にバーミングハムですでにデモが行われていますが、これは自然発生というより黒人側の組織的な行動です。その中心となった南部キリスト教指導者会議(SCLC)の議長がマーティン・ルーサー・キング牧師でした。

  『1963年の春、キング牧師は人種差別が顕著なアラバマ州バー
   ミングハムで、差別撤廃の一大キャンペーンを開始する決意を
   した。彼は、人種間の平等をもたらすためには、連邦政府の力
   が不可欠であることを承知していたので、ケネデイ大統領が消
   極的な姿勢を崩さないのであれば、こちらからj引き出さねばな
   らないとかねがね思っていた。
   一方、強気な
バーミングハム警察署長ユージン・「ブル」・コナ
   ーは、徹底的に公民権運動を抑圧するつもりだった。そして5
   月3日、六千人の黒人の子供たちが、刑務所に留置された大
   人たちに代わってデモ行進した際、コナーの指揮する機動隊
   は、棍棒、電気仕掛けの家畜突き棒、警察犬、それに木の皮
   を剥ぎ取ってしまうほどに威力のある放水などを武器に襲い
   かかった。無力な子供たちが棍棒で叩かれ、水圧で吹き飛ば
   されていく様をテレビは放映し続け、全米にその模様は伝え
   られた。
ケネデイ大統領はたまりかねて、慌てて仲裁に入るこ
   とになった。

    (「アメリカ南部」ジェームス・M・バーダマン著
         森本豊富訳・講談社現代新書)

 作者は冒頭の「1963年5月 アラバマ州バーミングハム」という一言で読者がこういう歴史的事実を知識として知っていることを前提に話を進めるという手法をとっています。この小説は作者がこういう現実の時代背景の中に一つの殺人事件を放り込んで、どう料理したかという所が読みどころになります。

 主人公はバーミングハム警察のベン・ウェルマン部長刑事。工員だった父親が遺してくれた家に一人で住んでいる白人です。物語はキング牧師はすでにバーミングハムに来ていて、抗議行動を開始しているところから始まります。ベンはキングが演説している教会の前にパトカーを停めて警戒をしている所です。そこに本部から無線が入り、23番ストリートにある競技場跡から死体が見つかったので、そっちへ行けという命令が出されます。

 現場はダウンタウンの黒人地区です。被害者は12歳位の黒人少女で、頭部を拳銃で撃たれレイプされていました。ベンの上司ルーサー・スターネス警部は「われわれはこの事件をあくまで真剣に捜査していることを世間に示さなければならん。被害者が黒人の小娘だから、なおざりにしていると非難されないようにな」とベンに言い、この事件に出来る限り専念するとことを命じます。

 こうしてはベン・ウェルマン一人で捜査を始めるわけですが、状況は彼に不利でした。まず第一に、皆が連日デモ取り締まりに狩り出されているのに、彼だけがそれに参加しないので憎まれているのです。それでも大掛かりなデモの時は総動員体制になるので彼もそっちの仕事をしないわけにはいかないのです。

 ベンが狩り出されたデモはこういうデモでした。

 「今日はこちらのガードが固いと読んで、がきども盾に使う戦術に出た
  のさ。賭けてもいいが、今日のデモは18歳以上の大人は一人もい
  ない。小学校の4,5年か、せいぜい六年生くらいのじゃりっこだよ」

 これは実際にあったデモで、子供たちを痛めつける警官たちの姿がテレビで全国に放映されたために、公民権運動への国民の理解が得られたと言えるでしょう。そういう意味ではこのデモは双方にとって大きな意味を持つものになったのです。

 隊列を組んだデモ隊は同じように隊列を組んで道路の真ん中で待ち構える警察の方に進んできます。ベンもその中の一人として立っています。

  『最前列がデモの先頭と接触した。隊員たちはいっせいに突入し、
   われがちに参加者の腕をつかんで、裏通りや公園の後方で待ち
   構える囚人護送車やスクール・バスのほうに駆け足でひきたてて
   いった。デモの参加者は一人また一人と手荒くごぼう抜きされ、
   狩り立てられ、棍棒の先端で腕や脇腹をぐいぐいこづかれて、大
   きくどよめき、絶叫があいついだ。
   ベンはそのうしろで足を踏み出しながら、途方にくれたように坂道
   の上を眺めた。抗議デモのしんがりはすでに坂を越えたらしく、そ
   こには灰色の単調な街並みが続いているばかりだった。これなら
   衝突はすぐおわる。そう分かると、いいようのない安堵感が、ベン
   の全身をみたした。』

 上司の命令だからと参加したデモ規制。だが、早く終ってくれることを望んでいるばかりでは、仕事熱心の警官とはいえないようです。だが、ベンの思惑とは違い、デモは第二波、第三波と続きます。こうなると、ベンも見ているだけではすみません。デモに参加した少年や少女を隊列から排除する作業を仲間たちと同じようにせざるをえないのです。

   『ベンは再び十代の少年と少女を両脇に抱え込んで、小走りに
    公園のほうへ引き返した。(中略)彼は行列と公園のあいだを
    しゃにむに往復し続けた。体がひどく疎遠な存在と化し、まる
    で自分が見知らぬ他人になったように、勝手に動いていた。
    だからこそベンは太陽が正午に向かい、やがて傾いてゆく長
    い長い午後、さほど呵責を覚えることもなく反復運動を続けた。』

 「さほど呵責を覚えることもなく」ということは少しは呵責を感じているということです。つまり、ベンは殺人事件の捜査には違和感を覚えないけれど、デモの規制という仕事は嫌だなと思っていることになります。作者はここでベンという人間はどういう性格の人間かという伏線をここで敷いているのです。

 デモ隊の排除が終ると、署に戻り殺人事件の捜査に戻らなければなりません。ベンは検死官に結果を聞きに行きます。その時、検死官のパターソンはこう言います。この言葉が作者がこの作品で言いたかったことかも知れません。

  「いまは悩み多き時代なんだ、ベン」パターソンは言った。「だれも
   時代から逃げ出すわけにはいかない」

 検死が終ると、すぐ埋葬の場面になります。私はアメリカの制度に詳しくないので、これが普通に行われていることなのかどうかは知りませんが、被害者はまだ名前も住所も分かっていないはずです。前作では手首が欠けているので埋葬はできないと冷凍保存していたのですが、あれはニューヨークの話でした。今度の場合はアラバマ州です。州の規定で遺体の引取り人が見つからない場合は警察が勝手に埋葬できるようです。

 名前が分かっていない場合は死体番号のまま埋葬する規則のようですが、それでは可哀相だとベンは自分の母親の名前をつけます。こういうエピソードもベンの人間性を現す一つです。

 事件解決の発端は一人の黒人女性が失踪人届けを出しに署に来たことから始まります。12歳の姪が二日前から帰ってこないと申し出たのです。殺された少女の写真を見せると、叔母のエスターは姪だと確認します。名前はドリーン・バリンジャー。ドリーンは週末には白人の金持ちの家のベビーシッターをしているのですが、日曜日にその家に行ったきり帰ってきてないのだというのです。殺害時の状況を説明したベンに対して叔母は「捜査はちゃんとなさってるのかしら?」とベンに問い質します。

  『その口調にこめられた非難のひびきがベンのからだを箭のように
   つらぬいた。
   「目下捜査中です」自分でも驚くほど、きっぱりした口調だった。
   「犯人はかならず挙げてみせますよ、ミス・バリンジャー」』

 ベンには「捜査はちゃんとなさってるのかしら?」の一言が重く圧し掛かっています。被害者が貧乏な黒人の子供だからちゃんと捜査なんかしないのでしょうと言う意味なのです。そのあと、エスターをドリーンの墓に案内しようとして、歩きだすのですが、上司にそんなことはあとでいいからデモの規制に行くようにと命令されても無視して墓に向かいます。

 墓の前でベンはエスターに犯人が黒人だろうが白人だろうが捜査のやり方に変わりはないと言うのですが、彼女にはその言葉は信じられないようです。

  『エスターはゆっくり振り向いて、彼の目をみつめた。「そんな言葉
   が信じられると思います?」精一杯抑制しながらも、激しい口調
   だった。』

 その言葉にベンは激昂します。

  『「姪御さんを暴行し、殺したのは私じゃない」自分の声がかすかに
   震えを帯びるのが分かった。「私は犯人探しに本気で取り組もう
   としている警察官だ」こみあげた怒りが熱風のように顔を打ち、次
   第に高まって爆発せんばかりだった。「だから、あなたも協力して
   ほしい」忍耐の限度ぎりぎりの声で続けた。「たとえ、あなたの協
   力がなくても捜査は続けます。とことんやるつもりだ」』

 最後は自分自身に言い聞かせているわけですが、作者は何故ベンがそうむきになるのかは説明しません。このあと、しゃにむに事件の解決に向って、上司の命令も無視し、同僚との不和を無視して走るベンの姿を克明に描いていきます。

 捜査を妨げる最大の難関はベンが白人であり、被害者が黒人だということです。情報を集めに黒人街の酒場に乗り込むと「こんなところに来るなんて気が確かなのか」と言われるし、エスターの家を訪ねて、何度か会うとこんなことを言われます。

  「あなたはこんな場所に来るべきじゃないわ。近所の人たちが心配し
   て、あれこれ気をまわします」

 ベンは白人なので、そこまで考えていなかったのです。

  「私が抗議デモの情報をそっと流していると考える人もいるわ。あな
   たがこちらの動静をさぐりにきたスパイだと、みんな信じてるんです。
   ドリーンの事件を捜査しているなんてこれっぽっちも思っていない
   わ」

  それに対して、ベンはエスターの気持を訊きます。

  『ベンはまっすぐ彼女の瞳をのぞいた。「あなたも?」
   エスターは答えなかった。
   「どうなんです、エスター?」
   彼女は力なく首を振った。「わからないわ」 』

  このあと、ベンは自分でもはっきりと意識していなかった自分の心の中を知ることになります。

  『ベンは彼女の肩を引き寄せようとして、かろうじて思いとどまった。
   心の底深く隠されていた思慕の情が耐えがたいほど強く彼の全
   身を走り抜けた。「あなたを困らせるつもりはなかったんだ」うつ
   ろな声だった。
   「でも、こんなことは普通じゃないわ」エスターが言った。「誰が
   見たってそうよ」
   ベンはまるで焚火に惹かれながらもいやいや遠ざかる飢えたけ
   もののように、愛のかけらが徐々に心のひだに沈んでゆくのを
   感じた。』

  エスターにはベンの気持が分かっているし、嫌いでもなさそうです。しかし、殺人事件を捜査する白人の刑事と、被害者の叔母である黒人の自分。そこには越えることのできない溝があることをエスターは知っていて、ベンの自分への思いを断ち切ろうとしています。一線を越えれば待っているのは泥沼の恋愛。その一歩手前で踏みとどまろうとする大人の分別。それがこの場面です。

 「もうお邪魔しませんよ、ドリーンのことで報告することがなければ」と言い残して立ち去ろうとするベンに、エスターはこう訊ねます。

  『「あなたは最近のできごとをどうお思いになる?」彼女は唐突に
   たずねた。
   「最近のできごと?」
   「さかんなデモ騒ぎよ」エスターは言った。「街頭でおこなわれる
   抗議運動のこと」
   「とても残念だと思う」
   「でも、わたしたちのことはどう?」彼女はひたむきに質問を重ね
   た。「わたしたち黒人について、あなたはどんな意見をお持ちな
   の?」』

 エスターは「私のことをどう思うか」とは訊いていないのです。「私達のことをどう思うか」と訊いているのです。だから、ベンも彼女に対して、個人の愛ではなく、複数の人間たちへの愛について答えるしかないわけです。生きる知恵は男より女の方が常にしたたかなのです。

  『「人間誰しも、一度は自分にとって意味のある行動を起こし、より
   高く向上するチャンスが与えられていると私は信じている。その
   チャンスは万人平等にあるはずだよ」ベンは自分なりの信念が強
   く、激しく身内に湧き上がってくるのを感じた。「それは誰かの手
   で与えられるべきものじゃない。目の前に現れたら、立ち上がっ
   て掴み取るべきものなんだ」』

 ベンの捜査を阻んでいる、もう一つの要因は警察署内部の権力闘争でした。黒人街を担当している兄弟の刑事は、賄賂を取り、黒人に暴力を振るうことで街の治安を維持しているのでベンが邪魔なのです。だから、妨害はしても協力はしてくれません。黒人の女性を愛したために閑職に追いやられ、最後には自殺してしまう刑事。CIAに署の内部事情を通報していた為に仲間から殺されてしまう刑事。黒人との協調を主張する白人へのリンチを繰り返すグループ。デモ騒ぎに加えて、そんな署内の混乱がベンの捜査の邪魔をするのです。「こんな時に、黒人の女の子が一人殺されたって、どうでもいいじゃないか」というわけです。ですが、ベンは邪魔立てされればされる程、向きになって捜査にのめり込んで行くのです。

 悪戦苦闘して、真相を暴き、犯人を見つけたベンは、上司に報告すると、バッジと身分証を返し、「もう、たくさんだ」と言って署をあとにします。そのあと、エスターに会いに行きますが、デモに参加すると言って家を出たあとでした。

 ベンは集会が終わり、教会から出てきたエスターを見つけて近づきます。これから抗議デモが始まるところです。

  『「ぜひ報告したいおきたいことがある」彼はなんとかエスターに近
   づいて、声をかけた。振り向いた彼女の顔に驚きがよぎった。
   「すぐ立ち去ってちょうだい」エスターはとげをふくんだ声でささや
   いた。
   「あなたはこんなところにいる権利はないわ」』

 エスターの言葉を無視して、ベンは犯人が誰かを告げます。

  『「分かったわ」彼女は感情のない声でいった。「あなたはちゃんと
   報告して下さった。もう立ち去ったほうがいいわ」』

 エスターのそばからは離れたベンですが、デモの行列の横を一緒に歩き出します。やがて、消防隊が放水の用意をして待ち構えているところまで到着します。

  『本部長は消防隊のうしろに回りこんで、携帯マイクを振りかざして
   叫んだ。「放水だ、やっつけろ!」
   誰も動かなかった。歩道に立つベンは、消防士たちが高圧ホース
   を手に茫然と立ち尽くしているのを見た。放水する気配はまるで
   なかった。』

  これは最初に引用した「マーティン・ルーサー・キング」にも記載されていますので、実際にあったことでしょう。しかし、このあとはラスト・シーンに持って行くためのフィクションではないかと私は思います。

  『一緒に歩き続けるベンの目に、消防士たちが何人も肩を震わせ
   てすすり泣いているのが見えた。ほとんどの者がホースを投げ
   出し、持ち場に立ち尽くしていた。機動隊の厚い壁も次第にひ
   ろがり、黒い流れは整然と通り過ぎた。』

  そして、この作品のラストはこういう文章です。

  『行列のあいだから歌声が静かに湧き上がった。その美しい調べ
   に聞き入りながら、ベンの胸にも暖かい音楽のようなものがあふ
   れ出した。目頭がじんと熱くなり、手がぶるぶる震えた。(中略)
   胸のいちばん奥底で張りのある、美しい声が最初はかぼそく、
   しだいに力強く、ベン、あなたも前に進むんでしょうとせきたてた。
   彼は意を決したように、舗道におりるとデモ行進の端に並んだ。
   それから、ベンジャミン・ウエルマンは一瞬の気おくれを振り払
   って、もっとも人間的な奔流のなかにのみこまれていった。』

 作者は明記していませんが、この場面でデモ隊が歌っているのは「ウィー・シャル・オーヴァーカム」だと思います。最初の方でこういう文章があります。デモ隊を待ち受ける警官の一人がこういうのです。

   「あのいまいましい“ウィー・シャル・オーヴァーカム”をまた歌っ
   てやがるだろうが、今日はちと違う。勝利をめざすのはおれた
   ちよ」

 「We Shall Overcome」はバプテイスト派(キングもこの派の牧師です)の古い賛美歌だそうですが、日本では「勝利を我等に」と訳されていて、公民権運動やベトナム反戦運動のテーマソングのように歌われた歌です。

[深読みコーナー]

 この後、8月にはワシントンで公民権運動に携わる人々がすべて集まった大集会が開かれました。参加した25万人の中にはジョーン・バエズとマヘリア・ジャクソンという二人の大物歌手がいました。ジョーン・バエズは高校生の時にキング牧師の講演を聴き、感動し運動に協力するようになったのです。一方、黒人奴隷の孫だったマヘリア・ジャクソンはバプテイスト教会の合唱団出身なので、キング牧師の両親とも知り合いでした。そんな関係で闘争資金の募金活動の為に歌ってくれないかと頼まれると、「ささやかながらそのお役に立ち、一人の黒人として、また教会に通うクリスチャンとしてそれに参加する機会を持てたことを私はうれしく思った」と自伝の中に書いています。

 「ワシントン大行進」として歴史に残るこの日のことを、二人はそれぞれの自伝の中で、こう書いています。

  (ジョーン・バエズ)

  『1963年、キングが「私には夢がある」というあの最も有名な演説
   をした時、私はワシントンにいた。それは何度も書かれているよ
   うに、素晴らしい日だった。ただ、いえるのはその日私が歌うこと
   を頼まれたということが、私が自分自身に授けて胸に下げた勲章
   の一つだということだろう。
   灼熱の太陽の下で、独創的な虹の連合に向かって、私は35万
   の人々をリードして一緒に「
ウィー・シャル・オーヴァーカム」を歌
   った。

   (マヘリア・ジャクソン)

   『心から気高い気持になって、私は歌うために立ち上がった。こ
    の日、私が歌うのに最もふさわしい歌は何か、私は長い間、一
    生懸命に考えてきた。その答えを教えてくれたのはマーティン
    ・ルーサー・キングだった。どんな歌を歌ったらよいか私が人に
    話しているのをふと耳にしたとき、彼はこう言ってくれた。「マヘ
    リア、<私はなじられ、軽蔑されてきた>を私たちのために歌
    ってくれないかね」』

 私が今回、この二人の自伝に目を通したのは、この歴史的な日に立ち会った二人の歌手がお互いに相手をどう感じたのかを知りたいと思ったからでした。しかし、双方共に、相手の名前を書いていないのです。ハメット編の時にも書きましたが、自伝を読む場合のポイントの一つは何を書かなかったかを知ることにあります。この日、二人の間に会話が交わされたのでしょうか。参加した人が多すぎて話すことが出来なかった可能性はあります。あるいは、「今日は」と挨拶しただけに終ったのかも知れません。あるいは相手の存在を知ってはいても無視したかもしれません。書いていないだけに想像が膨らみます。

 ジョーン・バエズの方は全編自分の話が中心ですから、ボブ・デイランとの恋の経緯などのような、身近な人間のことしか書いていませんが、マヘリア・ジャクソンは参加者の中にマーロン・ブランドやポール・ニューマンがいたと書いているのですが、ただの参加者ではなく、同じように演壇に立ち、歌ったジョーン・バエズのことに触れていないのは何故なのだろうなどと、考えてしまいました。

 この二人の自伝を読んで一番面白かったのは、「ワシントン大行進」の日の記述の中に相手の名前が書いていないことでした。

 (付記)「ジョーン・バエズ自伝」
      (矢吹寛・佐藤ひろみ訳・晶文社)

     「マヘリア・ジャクソン自伝」
      (エヴァン・マクラウド・ワイリー共著・中澤幸夫訳・彩流社)

  

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