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「海外ミステリを読む」(66) |
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(トマス・H・クックの作品5) 「熱い街で死んだ少女」(1989年作) (田中 靖訳・文春文庫・1992) この作品の原題は「STREETS OF FIRE」。そして、最初のページには日付と場所しか書いてありません。 「1963年5月 アラバマ州バーミングハム」 この二つがこの作品の全てを語っています。1963年5月のバーミングハムは「燃える街」だったのです。気温が高い「熱い街」ではなく、人種差別を巡る白人と黒人の対立に火がついたのです。 バーミングハムはこういう街です。 『アパラチア山脈の南端の傾斜に沿って広がるバーミングハム アメリカ史の中での1963年はどういう年だったのかを年表で見ましょう。 2月 ケネデイ大統領、人種差別撤廃の公民権教書提出 年表にあるように1963年はケネデイ暗殺の年なのです。大統領の国家運営への不満が暗殺の原因でしょうが、その原因の一つに公民権問題があるのかも知れません。4月にバーミングハムですでにデモが行われていますが、これは自然発生というより黒人側の組織的な行動です。その中心となった南部キリスト教指導者会議(SCLC)の議長がマーティン・ルーサー・キング牧師でした。 『1963年の春、キング牧師は人種差別が顕著なアラバマ州バー 作者は冒頭の「1963年5月 アラバマ州バーミングハム」という一言で読者がこういう歴史的事実を知識として知っていることを前提に話を進めるという手法をとっています。この小説は作者がこういう現実の時代背景の中に一つの殺人事件を放り込んで、どう料理したかという所が読みどころになります。 主人公はバーミングハム警察のベン・ウェルマン部長刑事。工員だった父親が遺してくれた家に一人で住んでいる白人です。物語はキング牧師はすでにバーミングハムに来ていて、抗議行動を開始しているところから始まります。ベンはキングが演説している教会の前にパトカーを停めて警戒をしている所です。そこに本部から無線が入り、23番ストリートにある競技場跡から死体が見つかったので、そっちへ行けという命令が出されます。 現場はダウンタウンの黒人地区です。被害者は12歳位の黒人少女で、頭部を拳銃で撃たれレイプされていました。ベンの上司ルーサー・スターネス警部は「われわれはこの事件をあくまで真剣に捜査していることを世間に示さなければならん。被害者が黒人の小娘だから、なおざりにしていると非難されないようにな」とベンに言い、この事件に出来る限り専念するとことを命じます。 こうしてはベン・ウェルマン一人で捜査を始めるわけですが、状況は彼に不利でした。まず第一に、皆が連日デモ取り締まりに狩り出されているのに、彼だけがそれに参加しないので憎まれているのです。それでも大掛かりなデモの時は総動員体制になるので彼もそっちの仕事をしないわけにはいかないのです。 ベンが狩り出されたデモはこういうデモでした。 「今日はこちらのガードが固いと読んで、がきども盾に使う戦術に出た これは実際にあったデモで、子供たちを痛めつける警官たちの姿がテレビで全国に放映されたために、公民権運動への国民の理解が得られたと言えるでしょう。そういう意味ではこのデモは双方にとって大きな意味を持つものになったのです。 隊列を組んだデモ隊は同じように隊列を組んで道路の真ん中で待ち構える警察の方に進んできます。ベンもその中の一人として立っています。 『最前列がデモの先頭と接触した。隊員たちはいっせいに突入し、 上司の命令だからと参加したデモ規制。だが、早く終ってくれることを望んでいるばかりでは、仕事熱心の警官とはいえないようです。だが、ベンの思惑とは違い、デモは第二波、第三波と続きます。こうなると、ベンも見ているだけではすみません。デモに参加した少年や少女を隊列から排除する作業を仲間たちと同じようにせざるをえないのです。 『ベンは再び十代の少年と少女を両脇に抱え込んで、小走りに 「さほど呵責を覚えることもなく」ということは少しは呵責を感じているということです。つまり、ベンは殺人事件の捜査には違和感を覚えないけれど、デモの規制という仕事は嫌だなと思っていることになります。作者はここでベンという人間はどういう性格の人間かという伏線をここで敷いているのです。 デモ隊の排除が終ると、署に戻り殺人事件の捜査に戻らなければなりません。ベンは検死官に結果を聞きに行きます。その時、検死官のパターソンはこう言います。この言葉が作者がこの作品で言いたかったことかも知れません。 「いまは悩み多き時代なんだ、ベン」パターソンは言った。「だれも 検死が終ると、すぐ埋葬の場面になります。私はアメリカの制度に詳しくないので、これが普通に行われていることなのかどうかは知りませんが、被害者はまだ名前も住所も分かっていないはずです。前作では手首が欠けているので埋葬はできないと冷凍保存していたのですが、あれはニューヨークの話でした。今度の場合はアラバマ州です。州の規定で遺体の引取り人が見つからない場合は警察が勝手に埋葬できるようです。 名前が分かっていない場合は死体番号のまま埋葬する規則のようですが、それでは可哀相だとベンは自分の母親の名前をつけます。こういうエピソードもベンの人間性を現す一つです。 事件解決の発端は一人の黒人女性が失踪人届けを出しに署に来たことから始まります。12歳の姪が二日前から帰ってこないと申し出たのです。殺された少女の写真を見せると、叔母のエスターは姪だと確認します。名前はドリーン・バリンジャー。ドリーンは週末には白人の金持ちの家のベビーシッターをしているのですが、日曜日にその家に行ったきり帰ってきてないのだというのです。殺害時の状況を説明したベンに対して叔母は「捜査はちゃんとなさってるのかしら?」とベンに問い質します。 『その口調にこめられた非難のひびきがベンのからだを箭のように ベンには「捜査はちゃんとなさってるのかしら?」の一言が重く圧し掛かっています。被害者が貧乏な黒人の子供だからちゃんと捜査なんかしないのでしょうと言う意味なのです。そのあと、エスターをドリーンの墓に案内しようとして、歩きだすのですが、上司にそんなことはあとでいいからデモの規制に行くようにと命令されても無視して墓に向かいます。 墓の前でベンはエスターに犯人が黒人だろうが白人だろうが捜査のやり方に変わりはないと言うのですが、彼女にはその言葉は信じられないようです。 『エスターはゆっくり振り向いて、彼の目をみつめた。「そんな言葉 その言葉にベンは激昂します。 『「姪御さんを暴行し、殺したのは私じゃない」自分の声がかすかに 最後は自分自身に言い聞かせているわけですが、作者は何故ベンがそうむきになるのかは説明しません。このあと、しゃにむに事件の解決に向って、上司の命令も無視し、同僚との不和を無視して走るベンの姿を克明に描いていきます。 捜査を妨げる最大の難関はベンが白人であり、被害者が黒人だということです。情報を集めに黒人街の酒場に乗り込むと「こんなところに来るなんて気が確かなのか」と言われるし、エスターの家を訪ねて、何度か会うとこんなことを言われます。 「あなたはこんな場所に来るべきじゃないわ。近所の人たちが心配し ベンは白人なので、そこまで考えていなかったのです。 「私が抗議デモの情報をそっと流していると考える人もいるわ。あな それに対して、ベンはエスターの気持を訊きます。 『ベンはまっすぐ彼女の瞳をのぞいた。「あなたも?」 このあと、ベンは自分でもはっきりと意識していなかった自分の心の中を知ることになります。 『ベンは彼女の肩を引き寄せようとして、かろうじて思いとどまった。 エスターにはベンの気持が分かっているし、嫌いでもなさそうです。しかし、殺人事件を捜査する白人の刑事と、被害者の叔母である黒人の自分。そこには越えることのできない溝があることをエスターは知っていて、ベンの自分への思いを断ち切ろうとしています。一線を越えれば待っているのは泥沼の恋愛。その一歩手前で踏みとどまろうとする大人の分別。それがこの場面です。 「もうお邪魔しませんよ、ドリーンのことで報告することがなければ」と言い残して立ち去ろうとするベンに、エスターはこう訊ねます。 『「あなたは最近のできごとをどうお思いになる?」彼女は唐突に エスターは「私のことをどう思うか」とは訊いていないのです。「私達のことをどう思うか」と訊いているのです。だから、ベンも彼女に対して、個人の愛ではなく、複数の人間たちへの愛について答えるしかないわけです。生きる知恵は男より女の方が常にしたたかなのです。 『「人間誰しも、一度は自分にとって意味のある行動を起こし、より ベンの捜査を阻んでいる、もう一つの要因は警察署内部の権力闘争でした。黒人街を担当している兄弟の刑事は、賄賂を取り、黒人に暴力を振るうことで街の治安を維持しているのでベンが邪魔なのです。だから、妨害はしても協力はしてくれません。黒人の女性を愛したために閑職に追いやられ、最後には自殺してしまう刑事。CIAに署の内部事情を通報していた為に仲間から殺されてしまう刑事。黒人との協調を主張する白人へのリンチを繰り返すグループ。デモ騒ぎに加えて、そんな署内の混乱がベンの捜査の邪魔をするのです。「こんな時に、黒人の女の子が一人殺されたって、どうでもいいじゃないか」というわけです。ですが、ベンは邪魔立てされればされる程、向きになって捜査にのめり込んで行くのです。 悪戦苦闘して、真相を暴き、犯人を見つけたベンは、上司に報告すると、バッジと身分証を返し、「もう、たくさんだ」と言って署をあとにします。そのあと、エスターに会いに行きますが、デモに参加すると言って家を出たあとでした。 ベンは集会が終わり、教会から出てきたエスターを見つけて近づきます。これから抗議デモが始まるところです。 『「ぜひ報告したいおきたいことがある」彼はなんとかエスターに近 エスターの言葉を無視して、ベンは犯人が誰かを告げます。 『「分かったわ」彼女は感情のない声でいった。「あなたはちゃんと エスターのそばからは離れたベンですが、デモの行列の横を一緒に歩き出します。やがて、消防隊が放水の用意をして待ち構えているところまで到着します。 『本部長は消防隊のうしろに回りこんで、携帯マイクを振りかざして これは最初に引用した「マーティン・ルーサー・キング」にも記載されていますので、実際にあったことでしょう。しかし、このあとはラスト・シーンに持って行くためのフィクションではないかと私は思います。 『一緒に歩き続けるベンの目に、消防士たちが何人も肩を震わせ そして、この作品のラストはこういう文章です。 『行列のあいだから歌声が静かに湧き上がった。その美しい調べ 作者は明記していませんが、この場面でデモ隊が歌っているのは「ウィー・シャル・オーヴァーカム」だと思います。最初の方でこういう文章があります。デモ隊を待ち受ける警官の一人がこういうのです。 「あのいまいましい“ウィー・シャル・オーヴァーカム”をまた歌っ 「We Shall Overcome」はバプテイスト派(キングもこの派の牧師です)の古い賛美歌だそうですが、日本では「勝利を我等に」と訳されていて、公民権運動やベトナム反戦運動のテーマソングのように歌われた歌です。 [深読みコーナー] この後、8月にはワシントンで公民権運動に携わる人々がすべて集まった大集会が開かれました。参加した25万人の中にはジョーン・バエズとマヘリア・ジャクソンという二人の大物歌手がいました。ジョーン・バエズは高校生の時にキング牧師の講演を聴き、感動し運動に協力するようになったのです。一方、黒人奴隷の孫だったマヘリア・ジャクソンはバプテイスト教会の合唱団出身なので、キング牧師の両親とも知り合いでした。そんな関係で闘争資金の募金活動の為に歌ってくれないかと頼まれると、「ささやかながらそのお役に立ち、一人の黒人として、また教会に通うクリスチャンとしてそれに参加する機会を持てたことを私はうれしく思った」と自伝の中に書いています。 「ワシントン大行進」として歴史に残るこの日のことを、二人はそれぞれの自伝の中で、こう書いています。 (ジョーン・バエズ) 『1963年、キングが「私には夢がある」というあの最も有名な演説 (マヘリア・ジャクソン) 『心から気高い気持になって、私は歌うために立ち上がった。こ 私が今回、この二人の自伝に目を通したのは、この歴史的な日に立ち会った二人の歌手がお互いに相手をどう感じたのかを知りたいと思ったからでした。しかし、双方共に、相手の名前を書いていないのです。ハメット編の時にも書きましたが、自伝を読む場合のポイントの一つは何を書かなかったかを知ることにあります。この日、二人の間に会話が交わされたのでしょうか。参加した人が多すぎて話すことが出来なかった可能性はあります。あるいは、「今日は」と挨拶しただけに終ったのかも知れません。あるいは相手の存在を知ってはいても無視したかもしれません。書いていないだけに想像が膨らみます。 ジョーン・バエズの方は全編自分の話が中心ですから、ボブ・デイランとの恋の経緯などのような、身近な人間のことしか書いていませんが、マヘリア・ジャクソンは参加者の中にマーロン・ブランドやポール・ニューマンがいたと書いているのですが、ただの参加者ではなく、同じように演壇に立ち、歌ったジョーン・バエズのことに触れていないのは何故なのだろうなどと、考えてしまいました。 この二人の自伝を読んで一番面白かったのは、「ワシントン大行進」の日の記述の中に相手の名前が書いていないことでした。 (付記)「ジョーン・バエズ自伝」 「マヘリア・ジャクソン自伝」
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