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「海外ミステリを読む」(63) |
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(トマス・H・クックの作品2) 「神の街の殺人」(1983年作) (村松潔訳・文春文庫・2002) この物語の主人公はトム・ジャクソン。ソルトレーク警察殺人課の刑事です。ニューヨーク暮らしを捨てて、はるか彼方のユタ州まで来た男です。何故、この街に来たのだと聞かれたトムはこう答えます。 「ただ、ニューヨークにうんざりしただけです」 かといって、西海岸のロスやサンフランシスコまでは行かずに途中の街ソルトレークに留まった男が何を見たのか。それを描いたのがこの作品です。トムには途中下車の街でも、モルモン教徒には、ここは「神の街」なのです。ユダヤ人がイスラエルに神の国を建設したように、モルモン教徒はこの地に神の国を建設したのです。しかし、今では人口の4割が非モルモン教徒で、そこから起こる対立がこの物語の核といってもいいでしょう。 ですから、この作品をより深く楽しもうとすればモルモン教について知る必要があるでしょう。勿論、たかがミステリ。面白ければそれでいいという読み方も出来るでしょう。されど、ミステリ。この作品はもう一歩、踏み込んだ読み方も出来る作品でもあるわけです。 モルモン教は簡単に言えば、アメリカ生まれのキリスト教の一派です。正式には「末日(まつじつ)聖徒イエス・キリスト教会」であり、モルモン教という呼び名は俗称なのだそうです。酒も飲まないし、タバコも吸わないし、コーヒーさえいけないようです。真面目な人達です。1830年ジョセフ・スミスによって創始された当初は本部はニューヨーク州にあったのですが、迫害にあって西へ移住を続けました。その時期はアメリカの西部開拓時代と重なっているのです。オレゴン街道が東部から西部への有名なルートですが、信徒達は開拓者と遭遇してトラブルが起きるのを避けるために、自分達で開拓したルートまであり、その道はモルモン街道と呼ばれたそうです。 我々が西部劇で見る西部への移住は幌馬車隊ですが、信徒達は資金的に余裕がない時期には手押し車で移住して行ったそうです。それも冬のロッキー山脈をです。幌馬車隊がロッキー越えで苦労する様は映画ではハイライトになるシーンです。手押し車、日本流に言えばリヤカーです。それで冬のロッキーを越えるなどは、死を覚悟のの行進といっていいでしょう。信仰がなければ出来ないことです。 このような苦労を重ねた挙句に信徒達はソルトレークに達し、そこに神の国を作ったのです。ですが、トムはモルモン教徒ではないので、この街では少数派です。 『ソルトレークに来て十年になる今でも、彼(トム)にとって故郷という クックは作品の舞台となる街あるいは村を克明に描くのが特徴です。人間を創るのは住んでいる土地だという観念が強いのでしょう。この作品でも変わりません。随所に街の描写を入れています。 『モルモン教徒はなにはともあれ歴史感覚だけはすぐれている、と 『ソルトレークはがらんとしただだっ広い砂漠のなかに浮き上がった 『この町は通りが広いことで有名で、初めの頃はトムはその開放感 クック自身は田舎で生まれ、長い間ニューヨークに住んでいます。その関係でしょうか、彼の作品の舞台は田舎かニューヨークが殆どです。田舎に育ち、一生をその村で過ごす人々、あるいはニューヨークに出てきて、出身地を背負って生きる人々。そういう人間達を描いています。そういう意味ではこの作品は異色と言ってもいいでしょう。主人公のトムにとってはこの街が生まれた土地でもなく、長く住んでいる都会でもなく、「途中下車」で立ち寄った街に過ぎないからです。 クックは何故、ソルトレークを舞台に選んだのか。同じようにアメリカ生まれのキリスト教の一派である「エホバの証人」ではなく、モルモン教を選んだのは何故でしょう。教団の歴史が決め手だったとではないか。そんな気がします。作家として、興味を持ち、描いてみたいものがそこにあったからだと思います。 クックのテーマは「人間の心の中に宿る狂気」を描くことにあるように思えますが、この作品は宗教が人間に与える限界とでもいう部分にスポットライトを当てたのではないでしょうか。宗教は人間の魂を救うものです。しかし、狂気を抱える人間にはそれが通じないこともある。そう言っているような気がします。殆どの人間は多かれ少なかれ心の中に狂気を秘めているけれど、宗教はそれを諌め、正しい方向に向けてくれる。だが、極一部の人間にはそれが通じないケースがある。それをミステリという形式の小説にしてみたのが、この作品でしょう。 トムは一人暮らしですし、教会員ではないので、休日でも大寺院に礼拝に行くわけでもなく、大礼拝堂(タバナクル)に歌を聴きにいくこともありません。因みに、この作品の原題は「タバナクル」です。休日の朝、近くの食堂に行くと顔なじみのウェイトレスにこう言われます。 「いまごろは教会に行って、罪深い生活を悔い改めるべきじゃないの?」 彼女も流れ者で、非モルモン教徒です。 「あんたやわたしは、そのうち地獄に落ちるに違いないわ」 それに対して、トムはこう答えます。 「そこに着けば、そのときにはそれと分かるだろう」 トムはこの街が「あまりにも健全で、清潔で、この世らしからぬ輝きを放っているのが苦手」なのです。そんな街の中で自分は「光り輝く街から妙に隔絶したもの、完璧な健全さの大洋のなかでそれだけ切り離された、不潔で、頑なで、病んでいるという烙印を押された」ような印象を持って生きているのです。 『トムはふと思った。ソルトレークに住むモルモン教徒でない連中は 食事を終えて、アパートの自分の部屋に戻ると、上司から電話があり休日なのに悪いが、君の住んでいる近くで殺人事件が発生したので現場に行ってもらえないかと言われるとすることが出来たと喜ぶような生活です。 事件というのはモーテルで黒人の娼婦が殺されたというものでした。死因は絞殺ですが、奇妙なことに死体には汚れが一つなく、髪もきちんと梳かしてあったのです。犯人は裸の女性を殺してから体を拭いてきれいにし、服を着せたようです。性的な危害は加えられていませんでした。手掛かりは男が宿帳に書いたウィリアム・B・ソートンという名前だけです。 旅の途中の変質者(勿論、非モルモン教徒)の犯行という見方で捜査は始まるのですが、翌日には別の殺人事件が発生します。今度の被害者は男性の雑誌記者で、マグナム44を使っての射殺でした。こっちは復讐か怨恨かのどちらかだろうと思われ、トムは二つの別々の事件を抱えたと思いながら平行して捜査を進めて行きます。 捜査の進展がないのに、さらに殺人が続きます。郊外の山の中で二つの死体が発見されます。一人はモルモン教の幹部で、もう一人はブリガム・ヤング大学の女子学生です。二人は人気のない場所で何をしていたのか。別々だったのか。一緒だったのか。それも分かっていません。二人の共通点はモルモン教徒だということだけです こうして、事件はモルモン教会内部に及んでいくのです。事件を解く鍵は最初の殺人で犯人と思われる男が宿帳に書き記したウィリアム・ソートンという名前でした。第二の被害者の雑誌記者の身辺を調べている内に、その名前が浮かび上がってきたのです。 ウィリアム・ソートンという名前はモルモン教の過去の歴史の中にあったのです。ソートンは教団の初期にブリガム・ヤングと一緒にユタ州にやってきた開拓者で、1858年に殺人の罪で銃殺された人物です。つまり、150年前の殺人者が、今また新たに殺人を犯していることになります。何者かが、ソートンを名乗ることで、彼の行為を正当化しようとしていると思われます。つまり、犯人はソートンがそうであったように、教団の方針に反対なのです。 『ソルトレークは堕落した。何千という外来種によって雑種化される 『それをなんとかして食い止め、あらゆる腐敗や欺瞞を押しとどめる クックはこのように犯人側に立っての心理描写を各章の中に挟みこんで、物語を進めていきます。犯人はソートンの殺人を真似していると発見したトムは、最後に誰がターゲットかを推理し、それを阻止することで事件に決着をつけようとします。 これ以上はルール違反になりますので書けませんが、問題はこのソートンという人物が実在の人物かどうかということです。日本語の文献は少しは読んでみましたが、そ名前はありませんでした。英語の文献を読んでいないので断定は出来ませんが、私の勘では、作者が創作した人物だろうと思います。モルモン教の歴史の中に、こういう人物がいてもおかしくはないだろうと考えたのでしょう。これは洋の東西を問わず、歴史小説を書く場合の常套手段なのです。実際の歴史は変えられませんが、後世に伝わっていないことは多いのです。例えば、明智光秀は切り取られた首があるので、実は殺されてはいなかったとすることは無理ですが、源義経は死体が発見されていないので、生き延びて北へ向ったと仮定することは可能なわけです。あるいは平家の落ち武者が全国各地に隠れ里を作って生き延びたと仮定することは可能なわけです。現実に戦に破れた平家の軍勢は各地に散って行ったわけですから。 作者はモルモン教の歴史の中に、ソートンのような人物がいたと仮定しても違和感はないだろうと判断したのでしょう。この作品の中で、教団の初期には一夫多妻を容認していて幹部達の中には実際に複数の妻を持っていたと書いていますが、これはどの文献にも記述がありますので本当のことでしょう。作者はそのあたりの事実も頭に入れてあったのだと思います。モルモン教に対する迫害の大きな理由はこの「一夫多妻の容認」にあったようです。アメリカは清教徒たちが建国者なのですから、他の何よりも一夫多妻は許しがたい罪なのです。 クックは犯罪者の人生を追いかけたノンフィクションを何冊か書いていますが、この作品のように実際の歴史の中に犯罪者を嵌めこんで描いたのはこの作品だけだと思います。そういう意味でもこの作品は異色です。日本の出版社が彼の初期の作品なのに、名声が確立するまで翻訳を出さなかったのも、そのあたりにあるのでしょう。原作は1983年に発売されたのに、日本語版が出たのは2002年です。 最後に、結末について。クックは結末に凝るくせがあり、読者をあっと驚かせようとし勝ちです。時には「それはないだろう」よいうような結末もありますが、この作品の結末は予想外ではありますが、納得できる仕上がりになっています。 |
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