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 『海外ミステリを読む』(8)

      レイモンド・チャンドラー (1888ー1959)(8)

      (主人公)私立探偵 フィリップ・マーロウ
      (舞台となる街)ロサンゼルス
      (主要作品)
          「大いなる眠り」(1939)
          「さらば愛しき女よ」(1940)
           「高い窓」(1942)
            「湖中の女」(1943)
           「かわいい女」(1949)
           「長いお別れ」(1953)
          「プレイバック」(1958)
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      「プレイバック」
                          清水俊二訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
    ある弁護士から女の尾行を依頼された私立探偵フィリップ・マーロウは、
    ロサンゼルス駅に着いた特急列車の乗客の中にその女を見つけ出した。
    だが、駅の構内のコーヒー・ショップで服装の派手な若い男と一緒になる
        と、女の態度は急に変った。
             ( ハヤカワ・ミステリ総解説目録より)

    ユッカ街のマーロウの自宅に朝の6時30分に電話で仕事の依頼が入り
    ます。マーロウは当然ながら寝ています。仕事の内容は8時に到着する    
       特急列車から降りてくる女性を尾行し、どこまで行くか見届けろということ
       でした。30分後にその弁護士の秘書が相手の女性の写真と前金の25
       0ドルを持って、マーロウの自宅にやって来ます。

     その仕事を引受けたマーロウは早速、ユニオン・ステーションに行き、簡
       単にその女性(エレナー・キング)を見つけます。だが、彼女は男と会った
       り、コーヒーを飲んだりして、なかなか駅から先に進まないのです。
       チャンドラーがこの駅を小説に登場させるのはこの作品が始めてです。こ
       こはかってはチャイナタウンがあった場所で、今のチャイナタウンにニュー
       がついているのはここから移った為なのです。

    エレナーは11時過ぎの列車に乗り、サン・ディエゴで下車し、あとはタクシ
       ーでエスメラルダのランチョ・デスカンサドというホテルに入ります。尾行し
       たマーロウはフロントに嘘をついて、彼女の隣りの部屋にして貰います。
       そして、壁についている暖房装置の蓋をはずし、金属の壁の部分に用意
       してきた聴診器を当てて、電話のやり取りや訪れた男との会話を盗み聞
      きます。さらに男が去った後に、のこのこその部屋に行ってエレナーに「ロ
      サンゼルスのある弁護士が東部からの指示に従って僕を雇った。君のあ
      とをつけて、どこに落着くかを突き止めてくれと頼まれた。僕はその通り役
      目を果した」と話してしまうのです。
    こんなマーロウは初めてです。ここから事件が始るのですが、当然ながら
      いつもとは違う発展を見せます。

      今回の事件はこの女性が何者で、何をして逃げて来たのかという点にあ
      ります。長編の中では一番短いこの作品は色々な点でこれまでの作品と
     は違っています。まず第一に題名の意味が不明だということです。最後ま
      で読んでも作品の内容とは全く関係ないのです。マクシェインの「レイモン
      ド・チャンドラーの生涯」によると映画のシナリオとして書いた作品を長編
      に書き直したとありますので、その段階で題名を示唆する台詞か文章が
      削除されたのかも知れません。

    舞台となるのはもはやロサンゼルスではありません。「私は小説の舞台と
      してのロサンゼルスを失ったのです。ロサンゼルスの現実をそのまま書い
      たのは私が初めてですが、今のロサンゼルスはもうかってのように私の一
      部ではないのです」と彼は書いています。今回舞台となるエスメラルダは
      当時チャンドラーが住んでいて、終焉の地にもなるラ・ホヤをモデルにして
      います。

    前作「長いお別れ」から5年後のこの作品はチャンドラーが完成させた長
      編の最後の作品です。この5年間は30年連添った妻のシシーが亡くなり、
      彼自身はアル中の治療に入院したり、イギリス政府と国籍問題で揉めたり
      と多事多難な歳月でした。彼は精神的に疲れ切り、肉体は衰えていました。
      そんな状況から生まれたのがこの作品でした。チャンドラーは70才になっ
      ていたのです。次の文章はヘミングウェイが「川を渡って木立の中に」を出
      版して、評判が悪かった時に、チャンドラーがヘミングウェイを援護した文章
      です。

    『それはチャンピオンとナイフ投げの男の違いである。チャンピオンは一時
       的にその技を失ったのか、永久に失ったのか、どっちであるか、分っていな
       い。しかし、彼はもはや力をこめてナイフを投げられなくなると、代りに彼の
       心を投げる。彼は何かを投げる。ただ、マウンドから去って泣いてはいない』                    (「レイモンド・チャンドラーの生涯」より)

    この文章は我々からチャンドラーに贈る言葉にもなるような気がします。

   日本でこの作品を有名にしたのはこの作品の中のある文章です。作品の
    題名を知らない人でも、この台詞を知らない人はいないといっていいでしょ
      う。

    『男はタフでなくては生きて行けない。やさしくなくては生きている資格はない』

    この訳は実は清水俊二さんの訳ではないのです。この作品の中ではこうなっ
      ています。尾行していた相手の女性とベットを共にした翌朝のことです。

    『「あなたのようにしっかりした男がどうしてそんなにやさしくなれるの?」と、彼
       女は信じられないように訊ねた。
     「しっかりしていなかったら、生きていられない。やさしくなれなかったら、生
        きている資格がない」』

    これを作家の生島治郎氏が「タフでなくては生きて行けない。やさしくなくては
   生きている資格はない」と訳して、処女長編「傷痕の街」のあとがきで、ハード
   ボイルドとは何かを説く為に引合いに出したのだそうです。そのあと角川映画
      が森村誠一氏の「野生の証明」のためのテレビコマーシャルのキャッチコピー
    として、勝手に「男は」の一言を付加えて放映したのが上の台詞だと、向井敏
      氏の「探偵日和」(毎日新聞社)に書いてありました。
      確かに「男は」と書き加えることでコピーの出来がはるかに良くなっています。
      恐らく、熟練のプロのコピーライターの仕事でしょう。こうなるともう原作を離れ
      て、立派な日本語のコピーとして一人歩きを始めているのではないでしょうか。
    向井さんの「探偵日和」でこの話を知った時、ふと、ある詩の1節とそれに纏
      わるエピソードを思い出しました。

       「てふてふが一羽、韃靼海峡を渡って行った」

    このフレーズは安西冬衛さんの作品ですが、初校ではこうだったのだそうで
      す。

       「てふてふが一羽、間宮海峡を渡って行った」

    つまり、あとで「間宮」を「韃靼」に換えたのです。「間宮」からの連想では間
      宮林蔵。樺太が島であることを発見した江戸時代の探検家。世界地図の上
      に名を残している唯一人の日本人などで、イメージが海峡のこちら側に留ま
      るのですが、「韃靼」と書かれると海峡を越えて、大陸内部へとイメージがど
      んどん広がって行くような気がします。遊牧民族。馬賊。砂漠。らくだ。シル
      クロード。オアシス。更には遠くイスタンブールまで思い浮かんできます。一
      羽の蝶々が私の夢を乗せて、海峡を渡り、大陸の奥深く飛んで行く姿が浮
      んでくるではありませんか。これが漢字という表意言語の豊さであり、凄さだ
      と思います。この詩は「間宮」を「韃靼」に換えた為に永遠の傑作になったと
      言われています。韃靼という言葉が出たついでに付加えれば、文字通り「韃
   靼」(後藤利夫著)という題名の本があります。これは韃靼という遊牧民族の
   土地を探検した学者や宣教師についての研究書で、文庫版(中公文庫 え
      ー13−1。定価540円)も1992年に出たのですが、最近では見かけること
      もないので絶版かも知れません。古書価は原本なら数万円。文庫版でも千
      円以上すると思います。話が少し脇道に入り、ミステリの話から離れてきまし
      たので、元に戻します。

    問題の文章はチャンドラーの原文ではこうなっています。ご自分で訳してみ
      てはいかがですか?

        if I wasn't hard,I wouldn't be alive,if I couldn't ever gentle,
           I wouldn't deserve to be alive.

    この作品の最後の方で、突然パリにいるリンダ・ローリングから電話がかか
      ってきます。リンダ・ローリングは「長いお別れ」で殺されたシルヴィアの姉で
     す。「長いお別れ」ではこんな場面がありました。

    『一時間程たって、彼女は裸の腕を伸ばして私の耳をくすぐりながら言った。
       「私と結婚しようと思わない?」
    「六ヶ月と続かないね」
    「続かなかったからって、それがどうなの」と彼女は言った。「試してみる価
        値があると思わない?あなたは人生をどんなふうに考えてるの。危険なこ
        とは何もしないつもりなの」
    「僕は今年で42になるまで、自分だけを頼りに生きてきた。その為にまとも
        な生き方が出来なくなっている。その点では、君も少しばかりまともじゃな
        い。僕と違って、金のためなんだが」
      (中略)
     彼女は泣き出した。「バカ!バカ!」頬に涙が流れた。涙は私の頬にも伝
        わってきた。
    「半年か、それとも一年か二年続いたとして、あなたにどんな損があるの。オ
        フィスの埃だらけのデスクやいつも塵がたまっている窓のブラインドやひと
       りぼっちのさびしい暮しがそんなにありがたいの」
      (中略)
     私たちは別れの挨拶をかわした。車が角を曲るのを見送ってから、階段を
       登って、すぐ寝室へ行き、ベッドを作り直した。枕の上に真黒い長い髪が一
       本残っていた。腹の底に鉛のかたまりを飲みこんだような気持だった。こん
       なとき、フランス語にはいい言葉がある。フランス人はどんなことにもうまい
       言葉を持っていて、その言葉はいつも正しかった。さよならを言うのはわず
       かのあいだ死ぬことだ。』

     そしてこの作品でも途中でマーロウにこう言わせています。

    『そういうのとは違うんだ。その女は金持だった。僕と結婚すると言った。うま
    く行くとは思えなかった。恐らく、もう会うこともあるまい。だが、忘れられな
   いんだ』

    そして、電話をかけてきたリンダ・ローリングにマーロウは飛行機の切符を送
      ると言います。それに対して彼女は「行くわよ。行くわ。あなたの腕に私を抱い
      て。私をしっかり抱いてちょうだい」と答えるのです。
   チャンドラーはこの場面を入れたときには次回作では本当に二人を結婚させ
      るつもりだったようです。ですが、あとになって、そのことを後悔し、これは短編
     にして、別の長編を書こうとしたようです。
   このようにチャンドラーは最後まで書くことに意欲を燃やしていました。ですが
     肉体は彼を裏切り、1959年3月26日肺炎を悪化させ、死亡します。71歳
   でした。

   チャンドラーが最初の4章だけを書いていた、マーロウとリンダを結婚させた
     させた作品はロバート・B・パーカーが「プードル・スプリングス物語」として完
     成させました。これは菊池光さんの訳で文庫版(ハヤカワ文庫)もありますか
     ら、二人がどんな結婚生活を送り、その結末はどうなるのかを是非お読み下
     さい。この作品、思ったより面白いです。パーカーは敬愛する先輩作家のた
     めにと緊張しているせいか、スペンサー物と違って、下らぬジョークや料理の
     描写を慎んで、全体に丁寧に書きこんでいます。いつもこのように書いていた
     らスペンサー・シリーズはもっと面白くなっていたのにと私などには思える位で
     す。

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