『海外ミステリを読む』(5)
レイモンド・チャンドラー (1888ー1959)(5)
(主人公)私立探偵 フィリップ・マーロウ
(舞台となる街)ロサンゼルス
(主要作品)
「大いなる眠り」(1939)
「さらば愛しき女よ」(1940)
「高い窓」(1942)
「湖中の女」(1943)
「かわいい女」(1949)
「長いお別れ」(1953)
「プレイバック」(1958)
------------------------------------------------
「かわいい女」清水俊二訳(創元推理文庫)
失踪した兄を探してくれと、かわいい娘がマーロウのもとへ現れた時
彼は娘の態度の中にある奇妙な偽りに興味を抱いた。
娘の差出す虎の子の20ドルを受取って、彼は腰を上げることにした。
報酬の多寡は問題ではなかった。それは真実をあばき出すことを天職
とする者だけが知る、権力にも金にも女にも屈せずに進む非情のむな
しさであった。舞台は映画王国ハリウッド。街の顔役、ギャング、映画女
優、愛欲と物欲が十重二十重に錯綜する背景をさぐるマーロウの行く
先には、死体と拳銃の雨がふる!
(同書裏表紙より)
『小石をはめこんだような模様のガラスのドアにはげかかった黒ペンキで
「フィリップ・マーロウ・・・探偵調査」としるしている。タイルで張り詰めた浴
室が文化の象徴であった時代の建物にふさわしい見すぼらしいドアであ
る。そのドアには鍵がかかっているが、同じ文字がしるされてある隣のド
アは鍵がかかっていない。』
これがこの作品の冒頭です。事務所のドアに書いてある言葉について
の描写は今まで一度もありませんでした。これが最初で、最後です。
このあと、電話がかかってきます。
『「お待たせしました」と、私は受話器を取上げて、いった。
「探偵のフィリップ・マーロウさんですか?」
よく聞き取れぬ程低い、少女のような声だった。私はマーロウであると答
えた。
「料金はいくらなのですか?」
「どんな仕事なんです」
「電話ではいえないわ。秘密にお願いしたいことなのよ。でも、料金を伺っ
ておきたいと思ったので」
「一日40ドル。そのほかに、経費を実費で頂く。料金だけで済ませられる
のなら別です」
「とても、そんなにはさし上げられないのよ。私、そんなに給料をとっていま
せんし・・」
「どこから電話をかけてるんです」
「お隣りのドラッグ・ストアからよ」
「電話料がもったいない、エレヴェーターは無料だ」』
その5分後、依頼人のオファメイ・クエストが事務所に上がって来ます。彼
女をこう表現しています。
『清潔そうな感じの小柄な娘で、鳶色の髪、褐色の服、それに、縁なし眼鏡を
かけ、当世流行の不恰好な四角いハンドバッグを肩からつるしていた。口
紅もつけていないし、首飾や指輪のような装身具もつけていないうえに、縁
なし眼鏡が図書館の女事務員のような印象を与えた。』
彼女の依頼はベイ・シテイで働いている兄のオリンから連絡が途絶えたので
調べて欲しいというものでした。
これまでの作品ではマーロウの費用はずっと1日25ドルでした。それが40
ドルになったようです。もっとも、このあとでこんな台詞もあります。
『一日40ドル。それに実費を貰う。しかし、これはこっちの要求額で、普通は2
5ドル。もっと少ないときもある』
この依頼人からはさらに値切られて20ドルで引受けてしまいます。費用も変
ったと同じようにマーロウの年齢もこの作品では38歳に変っています。「大い
なる眠り」の時が33歳ですから5つ歳を取ったことになります。自宅の住所も
ブリストル・アパート428号と明記しています。
仕事を引受けたマーロウは早速、お馴染みのベイ・シテイへ行きます。依頼人
の兄が住むはずのアパートを訪ねて、部屋を調べて帰ろうとすると、さっきまで
酔いつぶれてはいたが確かに生きていた管理人が首に氷掻きを刺し込まれ
て、死んでいるのを発見します。
こうして殺人事件に巻きこまれたマーロウの活躍が始るわけですが、余所の街
からロスに逃げて来ているギャング、それに撮影所で働く男や女達が今回の主
役です。ハリウッドに住んでいるマーロウが初めて撮影所や女優といった映画
界の人間達に接するのがこの小説です。
何故、ハリウッドに住んでいながら今まで映画の世界を描かなかったかと言え
ば、それまで一度も撮影所に入ったことすらなかったからでしょう。
チャンドラーのハリウッド入りについては二つの本が別のことを書いています。
まず、マクシェインの「レイモンド・チャンドラーの
伝記」にはこういう文章があり
ます。
『チャンドラーに機会が訪れたのは1943年のなかば、ビリー・ワイルダーと協
力して、ジェイムズ・M・ケインの「倍額保険」のシナリオを書かないかと誘わ
れたときだった。(中略)。
ワイルダーはケイ
ンの中篇をリバテイで見つけて、パラマウントのベテラン
プロデュ
ーサーで、推理小説ファンでもあるジョゼフ・シストロムに薦めた。
シストロムは撮影所の脚本部長ウィリアム・ドージアーと相談して、チャンドラ
ーに口をかけてみることを提言した。ドージアーはクノップに電報でチャンドラ
ーの住所を問合せたところ、ロサンゼルスに住んでいることがわかって、思い
がけないことがあるものと驚いた。』
しかし、もう一つの資料「ビリー・ワイルダー・イン・ハリウッド」(モー
リス・ゾロ
トウ。河原畑 寧訳。日本テレビ)ではこうなっています。
『ある朝、ジョー・シストロムがビリーのオフィスに飛込んできて、分厚く束ねた
リバテイ誌をどしんと机の上に置いた。リバテイ誌は大衆週刊誌だが、それぞ
れの掲載記事に、普通に読んで何分かかるかを付記して、それを売物にして
いた。束ねてあったのは、ジェームズ・モンゴメリー・フラッグの挿絵がついたジ
ェームズ・M・ケインの小説「ダブル・インデムニテイ」が8回連載された1936
年2月15日から4月4日発行分のバックナンバーで、シストロムはビリーにすぐ
に読んでくれと頼んだ。(中略)
シストロムはこの作品の映画化を決め、ビリーの相棒に原作者のケインを呼ぼ
うとした。だが、ケインは20世紀フォックスでフリッツ・ラングの「西部魂」に参加
していて使えない。シストロムはいった。
「ケインに似た文体の作家を一人知っている、レイモンド・チャンドラーだ」
ワイルダーはチャンドラーを知らなかった。シストロムは「大いなる眠り」を買って
きて、ビリーに読ませた。1943年当時はミステリ愛読者にもチャンドラーはなじ
みのない作家だった。「大いなる眠り」をビリーは一気に読み終えた。大いに気
に入った。チャンドラー描くロサンゼルスにはきめ細やかな詩情があると言った』
マクシェインの本ではワイルダーが原作を見つけてきたと書いてありますが、ゾ
ロトウの本ではシストロムが見つけてワイルダーに薦めたとなっています。どち
らかの記憶違いか、意図的な嘘でしょう。伝記や自伝を読む面白さは何が本当
で、どこに嘘があり、何を書かなかったかを推理する所にあるわけで、下手なミ
ステリ小説より、そっちの方がはるかに面白いと感じることがよくあります。
(念の為に付記しますが、この作品がそうだと言っているわけではありません)
ゾロトウの本にはあまり知られていない、ビリー・ワイルダーから見たチャンドラ
ーの姿が描かれています。
『チャンドラーは25年間もロサンゼルスあるいはその周辺にいて、映画撮影所
の中に入ったことがなく、パラマウント撮影所がどこにあるかも知らなかった。』
これはいくらなんでもありえないと思います。ドライヴが好きだったチャンドラー
は撮影所に入ったことはなくても、パラマウン
ト撮影所の場所は知っていたと思
います。すぐ近くのカフェンガ・ブルーバードにマーロウの事務所を設定し、フラ
ンクリン・アベニューにはマーロウが住んでいたことにしたのですから、どのよう
な場所か位は見てある筈です。どんな作家でも小説を書くときには最低それ位
の調査はします。従って、これは悪意ある嘘だと私は思います。
『チャンドラーは頬に皺を寄せる癖があって、そのせいで不機嫌に見えた。下唇
が震え出す。大酒飲みなので、たいがい酔っぱらっているのだが、そう思わせ
ずになんとかごまかす術を心得ていた。アルコール依存症ながら、そこは年季
を入れた名人芸である。』
さらに次のような文章が続きます。チャンドラーが自宅で書いてきたシナリオを
読んだワイルダーの描写です。
『読み終わった原稿をビリーは投げたー放り出したのだ。それもチャンドラーめ
がけて。それは彼の胸に当って膝の上に落ちた。「こいつはクソですね、ミスタ
・チャンドラー」。愛想のいい顔でビリーは言った。「どうやら、あんたに人生の
真実を教えにゃなりませんな、ミスタ・チャンドラー。この映画は我々で書くの
です。一緒に、ですよ。この部屋にこもって脚本を書くのです。ずいぶんと長い
期間かかるでしょう。でも、たとえ、書上げるまで一年かかっても給料は支給さ
れますからね』
ビリー・ワイルダーがチャンドラーに面と向ってこんなことをいうでしょ
うか?
私には信じられませんが、
もし本当にこんなシーンがあったとしたら、チャンド
ラーは生活の為に我慢したということなのでしょう。何しろチャンドラーの給料
は週750ドルだったのです。この金額は二冊の本で一致していますから間違
いないでしょう。
チャンドラーは6ヶ月続いた、ワイルダーとのこの共同作業について手紙の中
で「苦悩に満ちた経験で、多分、私の命は縮められた」と書いています。
尚、この作品はその年のアカデミー賞の脚本賞と作品賞にノミネートされまし
たが、受賞したのは同じパラマウントが製作した「我が道を往く」でした。
命が縮む経験だったと言いながらも、チャンドラーはこの後もシナリオ・ライタ
ーとしての仕事を続けます。その辺りの事情にはマクシェインも触れていない
ようですが、根本には小説に行き詰っていたという事情があったのではないで
しょう か。
最初のパラマウントでは750ドルだった給料も1947年ユニバーサルとの契
約の時には4000ドルでした。これでは苦しみながら小説を書くより、簡単に
いい稼ぎが出来た筈です。
前作「湖中の女」の出版が1943年で、この作品が1949年ですから、この
間の6年間、チャンドラーはシナリオ・ライターとしての生活をしていたことにな
ります。
そう言った6年間の空白の後に、発表されたのがこの作品なのです。ですが、
製作欲に駆られて一気に書上げたのではなく、長い中断を挟みつつダラダラ
と書き継いたようです。それが作品の出来に影響を与えているような気がしま
す。
慣れない映画の仕事での不満、屈辱が本人が意識しない間に作品の中に忍
び込んだのではないでしょうか。例えば、マーロウに、用もないのに車で街を走
り廻らせながら、こんなことを言わせています。
『エンシノ街のうしろの丘の茂みからは、灯りがもれていた。映画スタアの屋
敷だ。何が映画スタアだ。ばかばかしい。ベッドの数を重ねたつわものじゃ
ないか』
また、撮影所に行けばそこの社長にこんなことを言わせています。
『映画館は1500あればいいのです。まちがったことばかりやっていて、それで
金が儲かる仕事は、この世の中に映画事業だけしかないで
しょうな』
募る不満はロサンゼルスという街にまで向けられています。
『「僕はこの街が好きだった」と、私はいった。考えつめるより何か言っていたか
ったのだ。「昔はよかった。ウィルシャー・ブールヴァードには街路樹があった。
ビヴァリイ・ヒルズは田舎町だった。ウエス
トウッドははげ山で、千百ドルの地
所も買い手がなかった。ハリウッドは街道にひとかたまりの小さな家があるだ
けだった。ロサンゼルスは汚い家が不規則に建っている、陽当りのいい、だだ
っぴろい町にすぎなかったが、人気がよく、平和だった。・・・
いまでは、大きな資本も流れこんでる。目先のきく、抜け目のない人間が入り
こんでる。ニューヨーク、シカゴ、デトロイトのやくざも来ている。
彼等が経営しているぜいたくなレストランやナイトクラブがある。彼等が所有し
ているホテルやアパートがある。そのホテルやアパートには、いかさま師や山
賊が住んでいる。ぜいたくな商品、にやけた室内装飾、同性愛のデザイナー、
紙のコップよりも個性のない、きびしい大都会のごみだ。・・・」
「大きな都会はどこだってそうよ」
「本当の都会なら、もっと違うものがあるさ。浮薄な表面の下に骨っぽい個性
がある。ロサンゼルスはハリウッドを持っていて、それをいやがっている。幸
運を喜ばなければいけないんだ。ハリウッドがなかったら、通信販売の都会
じゃないか。カタログにのっているものはなんでも、ほかのところへ行けばも
っと質のいいものが手に入るんだ」
「今夜は機嫌が悪いのね」』
ニューヨーク、シカゴ、デトロイトからはやくざ達に招かれたジャ
ズメン達もロ
サンゼルスにやって来ました。彼等は後にウェスト・
コースト派と呼ばれるよ
うになります。当時、「パシフィック・コ
ーストのハーレム」と呼ばれていたの
が、「さらば愛しき女よ」の冒頭に出てきたセントラル街なのです。1945年
にはダウンタウ
ンを出て、ハリウッドのクラブに出演していたのがデイジー・
ガレ
スビーのバンドでした。メンバーとして、ミルト・ジャクソン、ア
ル・ヘイグ、
それにチャーリー・パーカーがいました。
ですから、パラマウント撮影所で仕
事をしていたチャンドラーがハ
リウッドのどこかで、チャーリー・パーカーとす
れ違っていた可能性もあるのです。
作者自身のこの作品に対する評価は「これは私が積極的に嫌っているただ
一つの私の作品です。悪いムードの中で書かれ、それが作品に現れていま
す」というものですが、これはチャンドラーが精神的に落込んでいる中での自
己嫌悪だと割り引いて評価すべきだと私は思います。
チャンドラーが自ら「悪いムード」と評しているのは何も創作力の衰えや、彼と
夫人の体調不良といった個人的な問題に留まらず、もう一つの大きな問題が
影を投げかけているような気がします。
それは上記の二冊の本が避けて通っている「ハリウッドの赤狩り」です。やが
てダシール・ハメットをも投獄させることになる「赤狩り」は1947年に始ってい
て、当時のハリウッドはその問題で大きく揺れ動いていたのです。この問題は
ハメットの章で詳しく触れたいと思いますので、ここではこれ以上触れません
が、この問題がチャンドラーの言う「悪いムード」の中に含まれているのかも
知れないとだけ申し上げておきます。
結論としては、この作品は確かに代表作のいくつかの作品よりは劣るかも知
れませんが、他のミステリ作家の作品の中に並べた時にはやはり頭一つ抜き
ん出ている作品だと思います。
[この作品の中の名文句と名台詞]
『その朝はいかにもカリフォルニアの初夏らしい晴ればれと澄渡った朝だった。
雨季は終っていた。ハリウッドの街をめぐる丘は、あざやかな緑に燃えていた。
谷を越えて彼方にそびえている山には、まだ雪が残っていたが、街では、毛皮
のバーゲン・セールがはじまっていた。16歳の処女がいると宣伝している曖昧
宿が繁盛していた。
そして、ビヴァリー・ヒルズではノウゼンカズラの花が咲き
始めていた。』
『「ベイ・シテイ、ご存知なの?」
「知っている。僕はベイ・シテイへ行くたびに頭を新しく買い直さなければなら
ないんだ。」』
『彼は目を落して、もう一度、私の名刺を見た。「私立探偵だね。主にどんな仕
事をするんだね」
「理屈が通って法律に触れない仕事なら何でもするよ」
彼はうなずいた。「理屈なら言いようでどうにでも通る。法律に触れない仕事と
いっても考え方でどうにもなる」』
『ベイ・シテイにギャングはいない。ギャングはみんな映画に出演しているんだ』
『私はロサンゼルスに着く前から、ロサンゼルスの匂いに鼻をうたれた。長い間、
閉め切った部屋のような、黴臭い匂いだ。しかし、ネオン・サインが、それをごま
かしている。ネオン・サインはすばらしい。ネオン・サインを発明した男の記念碑
を建てなければいけない。15階
くらいの大理石で建てるのだ。無から有を生ん
だ男なのだ。』