
あれは小学校5年生の夏休み。その春に廃線になったばかりの長岡鉄道の大河津から与板まで、暑い中をただ線路に沿って、大人用の重い自転車を走らせていた。なぜか?
越後線沿線に住む僕は、身近な"電車"というと、柏崎か大河津でしか見られなかった。そしてなぜか古ぼけた車輌の長岡鉄道が好きだった。それなのに、1度も乗らないうちに廃止になってしまった。その無念さが僕をこのような行動に駆り立てたのではないかと思う。
それ以来である。廃止になった鉄道に郷愁を感じるようになったのは。小中学生時代は機動力がないので、父の手伝い(コンクリートブロックの積みおろし)で長岡線沿線に行った時くらいにしか見られなかった。その時はうきうきして線路跡を眺めていた。昭和52年(1977)頃まではほぼ全線に架線が張ってあったように記憶している。
写真を撮り始めたのは高校になってからである。当時はこんな事をしているのは自分だけだろうと思っていた。
この新聞は、廃止後の長岡線の写真を新潟日報に投稿し、掲載されたものです。

新潟日報1983(S58)年3月23日掲載