緘黙症(かんもくしょう)のこと

正常な言語能力を持っているのにも関わらず、全生活場面あるいは一部の生活場面で
言葉を発しない、発することが出来ない症状が長期間続くことを『緘黙症』いいます。
もっと詳しく区別すると、全く言葉を発することが出来ない症状を『全緘黙』、
ある特定の場や状況などで話せない症状を『場面緘黙(選択性緘黙)』と言います。
話す能力、話を聞く能力はあるのに、それが出来ないでいるのは、特定の精神障害や
知的障害、言語障害などとは別のカテゴリーに入る問題と考えられています。

場面緘黙症は、大人で言えば人前で緊張してうまく話せなくなる赤面症のような状態です。
話す能力は十分もっているのに、特定の場面(幼稚園や保育園、小学校のクラスなど)で
話せなくなるのです。「自分」という意識は人一倍強くて、頑固さをもつ半面、
傷つくことに対して敏感に反応し、貝のように口を閉ざしてしまいます。
選択性緘黙の場合、幼稚園や学校という社会的場面や、父親など特定の人物に
しゃべらないという特徴があります。また、こうした子どもは内弁慶の傾向をもっており、
家に近づくと元気が出始めます。

選択性緘黙児の割合は報告者によって数値が異なりますが、
児童の約0.2%ぐらいといわれています。

緘黙は幼稚園、小学校低学年で初発する子どもが圧倒的です。
そのほとんどが「場面緘黙」で幼稚園など新しい集団に入ったことをきっかけに
始まることが多いようです。
中学まで持ち越すと、治療は困難になりがちだと言われています。
また、学校の先生の協力が不可欠になります。
緘黙児は、その存在に気付かれながらも他への影響力が少ないことから
的確な教育的配慮を受けていない場合があります。

緘黙の原因はさまざまですが、一般に子ども側の特徴として、社会性が乏しい、
恥ずかしがり屋、自意識の過剰、劣等感あるいは敵意の抑圧、傷つきやすい・敏感な自我、
境界線前後の低知能で初期の対象関係の問題点からくる対人不安・集団経験の不足、
心理的外傷経験などがあります。
原因として考えられることは、過保護、干渉過多・溺愛・拒否など。

養育者側 の問題として、閉鎖的な対人関係、子どもの社会性を促進する事への消極性、
子どもに対する抑圧された攻撃、夫婦間の緊張や不和、他人に対する共感性」が低い、
「子供の感情や欲求の理解が不十分」などが挙げられ、そのため子どもが、情緒不安に陥る、
あるいは「母親のとる不十分な対人関係の取り入れ」などが問題になる場合などが
あげられますが、すべてが当てはまるものではありません。

学校は、主に言語的手段でやり取りをする場であり、教師によって指示されたことを
一人一人の児童生徒が言語的に受け答えをすることを前提としています。
そのため、口を利かないという緘黙児の態度は、学校教育において基本的な前提条件が
満たされていないということになり、はなはだ困った行動として受け取られることになります。
このような行動は1つの不適応な状態であるため、できるなら改善すべき状態なのですが、
別な見方をすれば、それは緘黙児にとっては相対的に安定した1つの適応形式でもあり、
そのことは十分認識しておく必要があります。

緘黙児は、口を利けないにも関わらず、学校に登校するのが基本的な特徴です。
非社会的性格傾向を持ちながら、学校という集団の場に身を起き続けるという行為は、
ある意味、矛盾しています。結果、集団の中で徹底して自分を隠そうとします。
緘黙児は、自分からは決して積極的に行動はせず、かといって自分から拒否や回避もしない
という傾向があります。なぜなら、積極的な拒否や逃避は逆の意味で目立ってしまうからです。

社会的場面での人の行動には、少なくとも3つの水準が断層的構造で存在しています。
一番下である3段目には「動作・態度表出」、二段目には「感情・非言語表出」、最上段には
「言語表出」という位置づけです。社会的場面において適応的行動が成り立つためには、
これら3段の水準が適切に機能しなければなりません。

ところが、何らかの緊張により適応的行動が壊れていく場合、原則として、一番最初に
最上段の「言語表現」が壊れていきます。さらに緊張が加わると、表情・目線・うなずき等の
「感情・非言語表出」が崩れていきます。そして最後に、最も基礎となる「動作・態度表出」の
水準が壊れ、動作のぎこちなさ、行動の抑止などが生じるといわれています。

「口を利かない(利けない)」という状態は、緘黙児が抱えている困難の一面に過ぎず、
問題が深刻になるにつれて、発話、発声などの言語的表出の困難から、次第に
感情・非言語的表出の困難へ、そして動作・運動の困難へと拡大していくのです。

−社会的場面での人の行動における3つの水準−
1段目言語表出
2段目感情・非言語表出
3段目動作・態度表出

緘黙は、情緒障害の現れのひとつです。

■情緒障害とは・・・情緒の現れ方が一般の人と比べて偏っていたり、現れ方が激しい等、
自分の意志ではコントロールできにくい状態です。しかし、それは一過性のもので
すぐ消滅してしまうため、ほとんど問題視されることはありません。その行動が幾度も繰り返され、
極端な現れ方をして社会的な不適応状態に置かれている子どもを情緒障害児と呼んでいます。
情緒の現れ方が問題である場合の他に、自閉のように情緒そのものが希薄であったり、
欠けていたりする場合があります。この両者を含めた概念としてとらえられています。

情緒障害を症状論的分類で整理すると、次のように分けることができます。

◎心因性の情緒障害
   ・・・神経症、緘黙、チック、登校拒否など一過性で一時的な混乱を中核とする状態。
   知的、身体的、器質的障害要因でないもの

◎脳の器質的・機能的障害による情緒障害
   ・・・自閉症、注意欠陥多動障害など、その要因が脳の中枢性障害によるものと推定されるもの

◎心身障害を伴う情緒・行動障害
   ・・・多動、自傷、反社会行動、著しい固執、寡動など身体障害や精神薄弱を伴いながら
   情緒・行動障害を示すもの

■心因性情緒障害
情緒とは、怒り、恐れ、喜び、悲しみ、嫌悪など一般に感情といわれるもので、それが必要以上に
強く現れたり、統制が困難で混乱を起こし、著しく社会的適応を欠いた時の状態を情緒障害といいます。
○神経性習癖………チック、爪かみ、夜尿、拒食、吃音など
○非社会的行動……緘黙、登校拒否、孤立、引込み思案など
○反社会的行動……反抗、乱暴、持ち出し、授業妨害、非行など

緘黙は敵意や拒絶の象徴であり、あるいは自信のなさの表現でもあります。
そしていったんしゃべらないという行動を身につけてしまうと、いつしゃべるのか、という
周囲の好奇心を意識して、しゃべる機会を失ってしまいます。
周囲の「あの子は話さない子だ。」「あの子はああいう子だ。」といった一面的で固定的な見方が,
場面緘黙の状態を固着させています。そういう環境では,克服するのが極めて困難です。
話すことを強要せず、ゆったりとした心で接してあげてましょう。
専門家のカウンセリングが必要になることもあります。

はじめは言葉を介さない関係を作ることが大切です。声をかけながらおはじきをやるとか、
ゲームを やるとかして、心のコミュニケーションづくりをすることがよいでしょう。
対応において肝心なのは、話すのを強要しないことです。
保育園で息のような小さな声が漏れたり、アイコンタクトで自分の意思を
伝えようとする気配が見られれば、それはよい兆しです。
“思わず”吹き出して笑えるような楽しいゲームに誘ってみるのもよく使う方法です。
場面緘黙児のなかには,しゃべらないが日記や作文を書くことが好きな子どももいます。
日記や作文をとおして、心の交流をはかるのも良いでしょう。

それでもなかなか突破口が開けず、同じ状態が続くようなら、園や学校の先生とも相談し、
児童相談センター、心理士のいる小児科病院、大学附属の心理教育相談室などの
専門機関に行くことがお勧めです。
しゃべらなくても可能なプレイセラピーや箱庭療法が有効です。


状態見極め表
レベル診断の手がかりとなる行動の様子あてはまらないやや
あてはまる
あてはまる
ことが多い
あてはまる
言語表出 教師に対して口を利かない
級友と口を利かない
教師に対して返事をしない
級友に対して返事をしない
教師に対して(何かの拍子で)声を出すこともない
級友に対して(何かの拍子で)声を出すこともない
感情・非言語表出 教師には笑いなどの感情表現をしない
級友には笑いなどの感情表現をしない
日記や作文などでも自分を表現しない
級友と遊ばない
教師にはうなずくなどの態度・動作でも応じない
級友にはうなずくなどの態度・動作でも応じない
みんなに合わせて手を挙げるようなこともしない
全体の行動についていくことが出来ない
教師と目線を合わせない
級友と目線を合わせない
動作・態度 衣服の着脱などの動作がのろい
歩くときなど膝が曲がらず動作がぎこちない
お客様扱い、人形扱いなどされるがままである
給食を食べない
緊張のため、自分の席や置かれた場所から動かない
緊張のため、しばしば発汗する
緊張のため、体が硬直し動かなくなる
対人恐怖への傾向がある
家への引きこもりや不登校傾向が見られる
※該当するところに点を打ち、それを折れ線グラフのように表すと緘黙の状態がわかりやすい。
※「言語表出レベル」→「感情・非言動表出レベル」→「動作・態度レベル」になるに従い、心理的防衛が強い。



以上、上記の緘黙に関する情報は、インターネットを中心に収集し自分なりにまとめました。
私自身には専門的な知識は全くないため、間違った情報も含まれているかも知れません。
あくまでも、参考程度に読んでいただけたらと思います。m(__)m



◆私の場面緘黙症体験談◆
私が『緘黙症』という言葉を知ったのは、2001年3月頃のことです。
ネットで”対人恐怖症”をキーワードにいろいろ検索していたら偶然見掛けた言葉。
症状を読み、「これだ!!」と叫びそうになりました。
『場面緘黙症』・・・まさに、私が子供の頃の症状にぴたりと当てはまっていたのです。
私の人生において、これはものすごい大発見でした。私の説明の付かなかった症状が
世の中においてきちんと説明され、研究されていたとは。
私は変人ではなかったという事実。目の前がパッと明るくなったような気がしました。

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私はしゃべらない子供でした。とは言っても、言語障害があったわけではなく、
特定の場へ行くと言葉を発しなくなる。そう言った方が正しいと思います。
私に初めてこの症状が出たのは、保育園へ入園した時でした。
突然の大人数に圧倒された?新しい場所に 驚いた?私の記憶も定かではありません。
ただ、誰かと会話することはありませんでした。
自分の意思表示の手段として、首をタテ・ヨコに振る『首振り動作』をやり始めました。

小学生になってもこの症状は続きました。名前を呼ばれた時の返事や授業中に先生に
指された時の受け答え、教科書の朗読などは出来たのですが、その他の場面では
首振り動作での対応がメインとなっていました。
授業の合間の休憩時間は、何をするでもなく、ただじ〜っと静かに自分の席に座っていました。
そのことをなぜか知っていた母には時々、「黙ってイスに座って卵でも温めてるんじゃないの?」
とか、「その口は給食を食べるためだけにあるんだよね」というようなことを言われた記憶があります。
言い方としては決して嫌みではなく冗談っぽく言われていたので、傷ついたりはしませんでしたが、
母なりに私のそんな私の症状を心配していたんだと思います。

低学年の頃は、それに加えて吃音の症状もありました。話し始めの言葉がなかなか出てこなかった
記憶がありますが、いつの間にか治っていました。
高学年になると、親しくしてくれるクラスメイトが現れ、言葉は出ないままでしたが、
時々笑顔を出せるようになりました。この時期、生まれて初めて学校へ行くのが楽しいと感じました。

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中学生になってもこの症状は続いていました。中学に進学した途端、小学生時代に一番仲良くして
くれていた子に突然無視されるようになり、私は学校で笑顔を見せることは無くなっていました。
そして、中学2年の時。クラス替えがあり、ある1人のクラスメイトと出会いました。
彼女は私に「友達になりたい。」と言ってくれました。なぜ彼女が私と友達になりたいと思ったのかは、
今でもわかりません。けれど、「友達になりたい」と言った彼女の言葉は決して嘘ではなく、
何も話さない私を全く気にしていない様子でいつも誘ってくれ、私と一緒にいてくれました。
そんな彼女と接しているうちに、私の緘黙症状が次第に緩和していきました。
まるで、ものすごい吹雪の中にあった氷山に突然の晴天が訪れ、氷が少しずつ溶けていくように。。。

彼女と知り合って約1年後には、彼女の前でなら普通におしゃべりが出来るようになり、
普段の自分でいられるようになっていました。彼女以外のクラスメイトとは、首振り動作に加え、
単語での会話が可能になっていました。

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高校生になりました。私は地元の高校へ進学。私に「友達になりたい」と言ってくれた彼女は、
家庭の事情で進学しませんでした。心細かったのですが、中学の時に彼女を通じて顔見知りだった
クラスメイト1人と急速に親しくなり、気軽に会話が出来るほどの友達になりました。
緘黙症状はまだまだあるものの、中学で友達になった彼女、高校で友達になったクラスメイト以外の
人とも簡単な会話が可能になっていました。簡単な会話が出来るようになってくると、いつの間にか
首振り動作はなくなっていました。

少しずつ学校で会話が出来るようになってくると、もっといろんな人とおしゃべりがしたいという気持ちになり、
某通信教育の会報にて文通相手を募集して、複数の人と文通を始めたりもしました。

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私にとって緘黙症状が出る特定の場は、保育園・小学校・中学校という集団の場でした。
集団の中では、自分から動かない(動けない)、自分から話しかけない(話しかけられない)状態でしたが、
帰宅後は、学校で話せない分を補うかのようにしゃべり、「うるさい!」と怒られたりしていました。
近所の子と遊ぶ時はリーダー的存在でもありました。

授業で先生に指された時などは、なぜか普通に発言すること出来、その点は救いだったなと感じています。
緘黙児の特徴でも挙げられていますが、私もこんな状態にも関わらず、登校拒否することなく、皆勤でした。
他のクラスメイトと同じように、友達同士でおしゃべりしたり、ふざけたり、笑い合ったり・・・そういうことに
ずっと憧れていました。学生時代にそういう付き合いがなかったこと(出来なかったこと)は、今振り返っても
とても寂しいものでした。あの無口だった時期を、もっといろんな人達と会話をしたり、接していたら、
今とはもっと違う視野で世の中を見たり、もっとたくさんの世界を知ったり、もっと違う生き方をしていたり
したんじゃないかとか、色々と思ってしまいます。

私の場合、体格が良かった(笑)のと、ある程度勉強が出来た(自分で言うな!)のでイジメの対象には
それほどなりませんでした。けれども、しゃべらないということで「汚い」「気持ち悪い」「変な人」などと
言われたことは何度もあります。
また、小学4年の時の担任だった先生には、ターゲットにされてよく罵声を浴びせられました。
新任で初めて担当したクラスだったので、その先生にとって私の存在がとてもやりにくかったのだと思います。
20年以上前のことなのに、今でもその先生の名前はしっかりと覚えています。
表には出しませんでしたが、私は負けん気が強かったため、誰かに言われたこと、やられたことに対して内心、
闘志をふつふつと燃やしていました。「こいつら、何言ってんだああ!」 ・・・全て心の中で言ってるんですが(^^;
私にとってはこの”負けん気”が、自分という存在を保つ上でとても大事な役割を果たしてくれたように思います。
何を言われてもそんなに落ち込むこともありませんでした。常に無感情だったため、イジメだとも感じませんでした。
(数年経ってから、「もしかしてイジメだったのかも?」と思ったぐらいです)

高校を卒業後、すぐに社会人となった私ですが、社会人になってからも随所で緘黙症状は出てきて、
おかげでいろんなことを経験しました。社会人になると学生の時のような対応では対処できなくなってくるので。。
主婦になった今でも、見慣れない場所に行ったり見慣れない人の中にいたりすると異様に無口モードに
なってしまうのは、あの頃程ではないにしろ、緘黙症状が未だに尾を引いているんだと思います。
人間ってなかなか変われないものなんですね。だからこそ、子供の頃・・・早期に周りの大人達が
気付いて対処してやることがとても大切だと実感しています。子供の頃の影響はとても大きいのです。

今現在、緘黙症状と共に学校生活を送っている子供達、その中の1人でも多くの子が、一日でも多く
楽しい学校生活を送ることが出来るよう、心から願い、そして応援します。
せめてこのページを読んで下さった人達がほんの少しでも緘黙症の症状の存在を気に留めてくれ、
理解しようと努めて下されば、とても嬉しく思います。
緘黙症のことが広く世間に浸透しますように・・・・。


最後に、こんな私に「友達になりたい」と言ってくれた彼女に、この場を借りて心から感謝します。



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