●report. 9 紙本著彩歌舞伎絵図(絵看板)
絵の具層の厚い絵画の掛軸装


4.義経千本桜 吉野山図 / 修復前写真と裏面斜光写真(画面の皺、折れ、波打が激しい状態であった)

◇処置前作品寸法
1.勧進帳図           幅 943〜942 ×高さ1330〜1335ミリ 
2.炎上の風景のある図      幅1090〜1094×高さ1362〜1365ミリ
3.妹背山道行 双蝶々曲輪日記  幅974〜977 ×高さ1359〜1362ミリ
4.義経千本桜 吉野山図     幅795〜802×高さ584〜592 ミリ
◇処置前全寸法
1.勧進帳図           幅3975〜980×高さ1363〜1372ミリ 
2.炎上の風景のある図      未 装 幀
3.妹背山道行 双蝶々曲輪日記  幅1008〜1012×高さ1393〜1397ミリ
4.義経千本桜 吉野山図     幅833〜842×高さ624〜632ミリ

*修復前の作品は歪み変型しており計測値により3〜7ミリ程度の差があった
 

■作品と旧装幀の特徴
本作の基底材料は鳥の子様の黄味がかった色の厚手の和紙。各々に作品に向かって左側に10cm程度の幅の料紙の延長、拡大を目的とした接合部が見られる。おそらくは膠を接着剤料として顔料による彩色により歌舞伎を題材とした描画がされている。描画層は部分的に異なった色の絵の具を何層にも塗重ねられており、この部分の絵の具層は厚い。装幀は各々に5cm幅程の紋様のある裂地が作品周囲に取り付けられ、2層ないし3層の裏打が施されていた。四隅には真鍮と思われる金属製の丸い穴のあいた鐶が取り付けられており、この穴に鋲や釘などを刺して作品を展示したものと思われる。

■修復前の損傷状況
作品は長期間、大きく丸めて放置してあった様相があり、とくに丸めた状態の外周(巻終わり)と作品の下方となる巻きはじめ(丸めて筒状になる折りにその内側に見える部分)、裏面全体に塵埃の体積、変色、汚損などが見られた。絵の具層の厚さ、絵の具の乾燥と経年による硬化と巻芯(例えば掛軸装の軸棒の様なもの)がなかった事から、あるいは不用意な取扱いから、画面上には深層の折れ、亀裂などが目立ち、一部に破損、擦れ傷、絵の具層の剥落等も見られた。さらに裏打の部分剥離も手伝って、画面は全体にひきつれ、歪み、変型していた。料紙裏面には過去数回に及ぶ装幀のやり直し、または修理をおこなった箇所が認められた。また、恐らくはこの時に過って料紙を積層剥離させたようで、部分的に料紙が薄くなっており、一部に局所的な裏打修理などが施されていた。修復前の調査により、描画部分は水分に敏感で容易に絵の具が移動する事が分かった。
表装は、作品周囲の表裏裂地が汚損、変退色し、裂地は糸の解れやほころびが見られ、劣化して朽けていた。裏面の裏打、伸長拡大目的の料紙の結合部分には糊離れが見られた。
4点の作品中、1点は裏打、表装とも失われ、料紙の結合部分も遊離していた(過去には存在していたものと思われた)。
     
       
■修復の目的 

─所有者の要請─
本作品は博物館施設の所有するもので、今回の修復に際しては、後の展示活用、限りある収蔵施設における有効的な収納の方法として、とくに掛軸装としての新たな装幀が求められた。この要請を受けて、祐松堂では作品を細かく観察調査した上で問題点を明らかにし、その対策を検討した。

─作品の損傷と問題点─
本作品は4点何れも絵の具層が厚く、画面が硬く硬化しており、今回の処置以前にも、長期間小さく巻かれて保管されていたために発生したであろうと推測される画面の折れや亀裂損傷などが生じていた。
痛んだ掛軸装作品の保管方法のひとつに太巻き添え軸の利用がある。これは、収納時に桐材のアタッチメントを軸棒に取り付け、巻芯を太くして(巻径を太くして)作品へのストレスを回避するという物だが、今回の作品の場合は幅が大きく、さらに希望として、通常利用される太巻き添え軸の直径よりさらに大きな巻径の芯を望んでいたため、良質の材料を用いて製作した場合に限られた予算への圧迫が懸念された。一方、これとは別に、木材などで通常より太い軸棒を製作し、これを掛軸の取り付けた場合も、重量の面で作品に付加をかける事も懸念された。


◎紙筒製軸棒を装着した掛軸(左)と太巻き添え軸を装着して巻いた掛軸(右)の比較

─掛軸装として『収納=巻く』ための対策─
上記の問題点を踏まえ、他の保存、修復関係者、各種材料素材取り扱い、販売店への問い合わせ、情報収集の上、巻芯として有効な素材を比較検討した結果、直径70@の紙製の筒を入手し、施設側の了解のもと、これを中性紙で被覆した後に軸棒として利用することとした。
なお、紙筒を利用した理由としては 、1.軽量である 2.反り、変型が少なく必要と思われる強度を確保できた 3.素材として作品に悪影響を与えないマ酸性紙であるために中性紙による被覆を行って利用(装着時にはさらに石州和紙による被覆、総裏打紙、裏打ちされた表装裂地を巻かれる=作品には直接に接触しない) 4.安価である の点を評価した。

【施設側の要望】
1.展示活用する作品として良好な観賞を可能にする。

2.収蔵スペースに制約があるため収納時はコンパクトに収納出来る掛軸装幀をおこなう。

3.定められた予算内での対応


【要望に対する問題点】
1.本作品は総じて絵の具層が厚いことと、経年劣化により小さく巻くと作品に大きなストレスが加わり、再損傷が危惧(従来の太巻き添え軸の巻径(直径)でもなお作品へのストレス付加が懸念された)された。

2.作品本紙が大きいために装幀コストが増大する(予算の制約)。とくに従来の太巻き添え軸を製作した場合は、専用の桐箱とともに大きな金額になる。

3.作品幅が大きなため、従来の
杉材軸木の装着は、作品への大きな重量付加になり、再損傷の危険が考えらる。

4.作品本紙が大きい(幅も広い)ために表装後の取扱い(収納〜展示)が困難になる可能性があった。

【問題の対策と検討】
1.作品の内容、大きさから判断し、装幀(表装裂地の装着)はできるだけ小さくする。

2.中性紙で被覆した紙筒の利用。
軸木の軽量化と大口径化(コストの削減と軽量化)マ従来の材料素材、様式、形態以外のモノを利用。

  ◎今回利用した紙筒(中性紙被覆)と軸首(桐材)

3.中性紙製収納箱の利用(コストの削減)
近年国立の主要な図書館、美術館、博物館でもその利用が多くなった中性紙を利用した紙箱は、材料が安価で加工も容易で製作コストも押さえられる。さらに完成度を高める事によって、従来の桐材製収納箱に匹敵する保存環境が得られる。

◎中性紙性の紙筒
昨今は予算に応じて中性紙製の紙筒を使用する。本修復事業時にも外国製品などに中性紙製の紙筒があったようであるが、入手が困難(とくに少量では入手出来なかった)か、高額であったため、定められた事業予算内での利用は出来なかった。最近では国内生産もはじまり、比較的入手しやすくはなったが、直径70ミリ、長さ2メートルの梱包用紙筒が1本あたり300円程度であるのに対して、同様のサイズの中性紙紙筒は15,000円ほどする。


絵画・美術工芸品・文化資料の保存修復 中塚祐松堂

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