作 品 組 成
本作品は、紙を基底材料とし、料紙(背景全面)に金箔を押した後、膠を接着剤とする顔料と墨で描画、揮毫がされた作品。現在の表装形態になる以前は扇子として利用され、後日扇子の骨を除いて表装した模様。
表装は柱の部分の細い、一般に『茶掛け』等と呼ばれる様式で、薄地、無地の絹織物の天地と中廻し、ひょうたんと蝙蝠の図柄の竹屋町金襴の一文字から構成され、中廻しと同じ裂地によって製作された風帯が下がっていた。作品は鳥の子和紙様の台紙にはめ込まれた後に表装されていた。表装の中廻し上部には、団十郎の家紋三升<みます>が染め抜きされていた。

◎団十郎の家紋三升<みます>
修復処置前の損傷状況
今回の修復処置前、表装された作品全体を展開すると、扇面状の作品本紙の部分には横方向へ走る強い折れ筋が何本も走り、台紙を含めて画面全体が激しく不規則に波打っていた。この折れ山の多くは、頂点付近に絵具や金箔、料紙の摩滅、深層の亀裂などが見られ、一部は料紙が断絶し、かろうじて裏打ち紙によって保持されている状態であった。作品本体、扇面の部分には、過去における修復処置等が数カ所見受けられた。とくに裏面には、もともと扇面として折りを付けておいた箇所に、テープ状に裁断した細い和紙を局所裏打ちし、折れ伏せとしてあった。
表装部分は、今日に到るまで何度かの修復を経た様子で、また、十分な幅の裂地を用意できなかったのか、各々の部位に数カ所の継ぎはぎが認められ、本来は天地の表装部、『地』の部位の一枚の裂地として、連続しているはずの下部の軸棒の付け根の部分にも裂地が細く重ね合わせて接合されていた。天地の上部中央あたりには、2箇所の虫喰い穴があった。紺色に染められた中廻し、風帯の表装裂地は経年の劣化によってか、折れ目の付近に繊維の綻び、摩滅等が見られ、部分的に色落ちしていた。表装裂地、作品間の付回し(接合)部分には糊離れが見られ、裏面には裏打ち紙の糊離れも多く認められた。
修復の目的、方針
主として本紙(作品本体)上に発生していた激しい波打ち、折れ、深亀裂等損傷部の修復処置による改善、安定化をはかる。表装部は中廻し、一文字に団十郎家所縁の紋様等があるため、所有者との協議の上、台紙の部分を除いてすべて再利用するものとし、作品本紙と同様に表装裂地についてもクリーニングをおこない、旧裏打ち紙の除去と新規裏打ちによる作品、表装の支持強化、安定化をめざす。加えて修復後の保存を良好にするために太巻き添え軸と専用の収納箱製作する。
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◎修復後の状況 表装部は旧表装材料を再利用した
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修復後作品寸法:h191〜192×w516ミリ 修復後全寸法(装幀): h1025×w546〜7ミリ
修復処置の概要
1.調査、採寸、写真撮影
装幀を含めた作品全体、本紙の状態を調査、観察、記録し、写真撮影を行った。
2.解体〜旧裏打除去
表装の裏面全体を加湿し、旧裏打ち紙を除去し、作品と表装を分離(作品は台紙に付けたままの状態)、さらに表装部分は各々の部位に分解した。なお、各々の部位に施されている肌裏打(第一層目の裏打ち紙)は各々残存させた。
3.簡易洗浄と描着力の安定化処置
作品の表面をケミカルスポンジで慎重に払拭し、表面に付着した汚れをできるだけ取り除き、簡易洗浄とした。描画部分に純水で稀釈した膠水を含浸させて安定化処置とした。とくに亀裂等激しい部分については、以後の作業に備えて典具帖紙等を用いて養生、仮固定した。
4.本紙の変型修正
先に分解した作品部(台紙に取り付けられたままの状態)を加湿し、適度に膨潤したのを見計らって仮張りに固定、このまま乾燥を待ってしばらくおき、画面の波打ち、変型修正とした。

◎修復前の状態(作品左側)
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◎修復後の状態
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5.表装部の洗浄
先に分解した表装の各部位に対して、裂地表面よりフィルターでろ過した水を軽くスプレーし、吸い取り紙にて脱水して洗浄処置とした。
6.表装部の修理と新規裏打ち
表装裂地におおきな虫喰い欠失のあった『天』の部分に対しては、絹織物をその穴の形状に合わせて裁断してはめ込み、先に分解した各々の表装裂地に対して、新規に1回裏打ちを施した。
6.作品、旧台紙の分離
ほぼ平滑になった作品を旧台紙より分離した。分離には小さな筆を用い、接着部に限定して必要最小限の加水を行って作業を進めた。
7.本紙の折れ、亀裂損傷の補強〜新規裏打ち
作品本紙上に発生していた折れ、亀裂の筋線に合わせて、裏面より数ミリ幅に裁断した和紙を局所裏打ちし、折れ伏せ、補強処置とした。この処置部が十分に乾燥するのを待って裏打ちを行い、仮張りにて乾燥させた。
8.台紙の製作〜作品との接合
台紙用の雁皮紙を用意し、作品の状態(厚さ、強度、しなやかさ)にあわせて裏打ちを施し、仮張りにて乾燥させた。
裏打ちした作品、台紙の乾燥後、台紙に作品をはめ込んでさらに全体を裏打ちして仮張り乾燥させた。
9.旧表装裂地の裏打ち
先に洗浄処置した旧表装裂地に対して、本紙同様に裏打ちを行って仮張り乾燥させた。
10.付け廻し(表装裂地と本紙の接合)〜総裏打
裏打処置した本紙と裂地を接合、付け廻し作業を行い掛軸の形態に表装した。
接着箇所の乾燥後、宇陀紙にて総裏打(最終の裏打)を行い仮張りに張り込んだ。
11.補彩等調整
ほころび、脱色の激しい表装裂地の部分、先に裂地を充填した『天』の部分等に補彩を行った。補彩はウィンザーニュートン社製水彩絵の具を純水で稀釈して用いた。
とくに作品本紙については補彩等は行わず、旧修理、充填箇所についても現状を維持した。
12.調整(仮張り乾燥/表裏)
作品の表裏を数日間の間隔を開けて数回、交互に仮張り乾燥させ、仮張りより作品を取り外すごとに、裏面に強刷毛による撫で込と軽い裏摺りを行った。
13.仕上げ
軸棒、八双、軸首、紐を新調した。十分に乾燥した掛軸を仮張りより取り外し、耳すきを行い、用意した軸棒等を取り付けて掛軸を仕上げた。
14.収納箱
作品の損傷状況を踏まえ、今後の保存管理をより安寧に、長期に保てる様に太巻き添え軸を製作した。
T.S.スピロン社製アーカイバルボードを用い、収納箱を製作した。製作用の接着剤はPVA(ポリビニルアルコール)を用いた。
*以上、裏打ちなどの表装作業における接着剤は自家製生麩糊(一部に経年10年ほどの古糊を使用)を用いた。