修復家の私考 〜 伝統・文化・芸術、そして文化財修復の世界 〜
◆脳と身体と
最近見たテレビ番組で、自らの体内に埋め込んだ電極からコンピューターを介し、ロボットアームを動かしていた科学者の実験場面が強く印象に残っている。この科学者は、脳と神経の働きについて研究をしているようで、この究極的とも思える実験では、サルの脳に直接電極を埋め込み、切断した腕にロボットアームを接合し、その腕を自ら動かして餌を取らせるという、ちょっとおぞましくさえ見えるものであった。番組の制作者も、情報を提供する側も、さすがにお茶の間に流すのは問題があると思ったか、あるいは特許や利権に関わる機密があったか、肝心の頭のあたりは黒いシールドで隠されていた。この研究では、脳からの信号の出力のあり方や運動組織への情報伝達のあり方に注目をしていたのだと思うのだが、脳医学の伝統的な考え方では、ながく脳中心。私達の全ての身体機能、運動が、コンピューターの中央演算装置、集積回路よろしく、脳によって支配されていると考えられて来たという。
近年、この考え方に異論を唱えるアフォーダンスという学問領域があらわれて、ここでは、私達の触覚を担当する手や足、視覚を担当する目や嗅覚の鼻、味覚の舌、聴音の耳といった身体のパーツ、その感覚器感自体が脳に匹敵する機能を持ち、それを認識する(知覚する)能力を持ち得ているのではないかと考えられていて、いまも(ひそかに?秘密じゃないのだけれど、一般にはあまり知られていないと思う)研究が進められているという。
脳から身体の各部へ出力される命令、逆に体の各々の機能からから脳に伝えられる情報には、伝達に必用な時間があるが、例えばトップアスリートと呼ばれる競技者らは、その科学的説明ができない、むしろ完全に否定さえするような芸当を私達にみせてくれる。子供の頃から今まで、野球にはおよそ関心もなかった(当時は変なヤツと思われていたに違いない)私が、そのカッコ良さもさることながら、ひたむきで、真摯な姿勢と言動に魅了され、思わずファンになってしまったシアトルマリナーズのイチロー選手は、ある番組のインタビューのなかで、『僕はあまり球を見たくない。球を見定めようとするとどうしても振り遅れてしまい、ヒットにはつながり難くなってしまうから、、、』という様なことをいっていた。飛んでくるのは目にも止まらぬ豪速球。おまけに意表をつくように変化球も飛んで来る。いわいる常識では考えられぬ瞬時にバットを振るかどうかを決断し、ボールのコースを予測してそこにバットの芯を必用なスピードとパワーで持って行く。身体の外部から入力した情報を脳に伝え、必用な運動をするための神経の情報伝達スピードを科学的に計算するかぎり、どうしても答えがあわない。説明が出来ないという。簡単に、『勘』が当たったというのは容易いが、5年間連続して、長いシーズン中に、大きな体調の変化さえあるだろうなかで、200本以上のヒットを産み出す能力は、到底そんなもので片付けられるものとは言えまい。ひとえに努力の賜物といえば多くの人が納得するだろうか。けれど、科学的な答えを求める限り、私達の動作の全てが脳からの支配のみによって成り立っているとする硬直した考え方では、どうにもこうにも解決しない、、、。今、イタリアのトリノでは、冬期オリンピックの真っ最中。スキーが趣味で大好きな私は、アルペン競技に釘付け。私は競技こそ出る事はなかったが、スキーをはじめた頃に参加していたクラブで、技術向上の一貫としてよく回転競技(スラローム)の練習をした。回転競技は、くねくねと曲がりくねったコースに立てられた旗門をいかに早く通過するかを競うものだが、これがなかなか難しい。スキーを装着して『曲がる』には、回転弧の外周に向かってスキーのエッジ(両端、細い鋼がついている部分)を立て、自分の体重によって雪面を荷重(加圧)をし、抵抗をつくらなければならないのだが、これがへたをするとブレーキにつながり、推進力が落ちる。この結果として、旗門の通過スピード、タイムが遅くなるので、旗門を通過するために必用な最小限の抵抗をつくることに意識を集中しなければならない。なお、滑走距離をできる限り短くすることによってタイムが上がるから、コースの内側、旗門の根元ギリギリにスキーを走らせる必要がある。基本としては、できるだけ斜面の高い位地から直線的に斜面下の最短距離を狙うようにして、回転弧の終わり(次のターンに入る直前)が旗問の根元あたりにくると良い。さらには、高速で滑走する中で、前走者が滑って凸凹に荒れて行くコースの中、滑走者は足裏から伝わる抵抗と震動を頼りに、果敢に旗門を攻めなければならない。目の前の旗門を見ていたら、旗門の根元ばかりを見ていたら、次の旗門に入るための柁取りは遅れ、理想のコースをとれないばかりか、へたをすればコースアウトにさえなる。もちろん、言うまでもなく、足先には『目』はついていない。ここにも、練習の末に得る事のできる、目からの情報だけに頼らない、新たな身体感覚、私達の持つ様々な身体機能が感知する情報を全身に交流させ、瞬時に動作に顕現化する能力が必要となる。
私達の世界は、実際、常に揺れ動き続けている。私達が今見ている全ての物は、光によって見えているわけだが、この光も瞬時たりとも静止はしない。常に空気や物質によってねじ曲げられ、反射し続けている。そして私達人間も、全ての生物、この地球も宇宙も、留まる事はなく動き続けている。このめくるめく流動、変化の中に、何かを見い出したり、何かを創造出来る私達人間の代わりは、けっしてコンピューターには出来ないのだと思う。
060222☆参考
『アフォーダンス 新しい認知の理論』 佐々木正人 著
岩波書店 岩波ライブラリー12 ISBN4-00-006512-2『アフォーダンスという行為』 佐々木正人・三嶋博之 編
金子書房 シリーズ身体とシステム ISBN4-7608-9511-6
絵画・美術工芸品・文化資料の保存修復 中塚祐松堂
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